一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百二十話 メンチカツ

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 課外四時間目も終わり、あとは帰るだけ……とはいかない。今日は体育祭の係決めと競技決めがある。
「えー、まず、応援団から決めたいと思いまーす」
 体育館の一角、自分が所属する赤ブロックの輪では、ブロックリーダーが、メンバー全員そろったのを確認すると、さっそく係決めが始まった。他のブロックも体育館の各所で話し合いをしている。
 競技にも出ないし、何の係もしない俺としては、とても暇な時間だ。暑いし、腹減ったし、帰りたいんだけど。
 暑さと気だるさにぼんやりしながら他のブロックに視線をやる。
 白ブロックには百瀬がいる。あいつは運動神経いいから、そこまで体育祭が憂鬱ではないらしい。面倒くさくはあるみたいだけど。
 青ブロックには朝比奈。いつも通り気だるげな様子で、話はあまり聞いていないみたいだ。特に放送部は競技には出ないし何かの係になるわけでもないし、そうなって当然か。俺も、気がそぞろだ。
 それにしたって咲良は露骨だ。紫ブロックの輪から少し外れたところに座り、大口を開けてあくびをしている。眠そうにゆらゆらしたかと思えば壁にもたれかかって少し眠り、ハッとして壁から離れ、面倒くさそうにため息をつく。
 何やってんだ、あいつ。
 着々と話し合いは進み、俺らのブロックは係も競技も決まってしまった。よそのブロックよりも早く終わったようで、なんとなく得した気分だ。
 ブロックごとに解散していいことになっているので、解散の号令がかかったらとっとと体育館を出る。
 間もなくして、他のブロックも話し合いを終えたみたいで、ぞろぞろと体育館から人が出てきた。混雑する前に出られてよかった。ただでさえ出入り口が狭いというのに、そこに人が殺到するともう出られない。
 教室に戻り、帰る準備をする。今日は放送部の仕事もないからすぐに帰れる。
 と、一つお使いを頼まれてるんだった。
「春都~、帰ろうぜ~」
 廊下に出たところで、咲良と鉢合わせた。
「なんかお前、早くない? 紫、話し合い終わったのさっきじゃなかったか?」
「だってバッグここに置いてたもん」
 と、咲良はうちのクラスの前のロッカーを指さす。
「え、嘘だろ、お前」
「気付いてなかったん?」
「まったく」
「だってさー、早く帰りたいじゃん?」
 それはそうだろうけど、そこまでするか。たまにこいつがよく分からない。妙なところで遠慮するかと思えば、大胆なところもある。
 何考えてんだろ。何も考えてないんだろうなあ。
 校門を出て、いつもであれば右に向かうのだが、今日はまっすぐ行く。
「ありゃ、珍しい。春都がこっちから帰るって」
「まあな」
「なんか用事があんの?」
 そう聞かれれば、答えるしかない。
「お使い頼まれてるんだ。メンチカツ」
「メンチカツって、あの肉屋の?」
「そう」
「じゃ、俺も行く!」
 そう言うと思った。
 前に一緒に買いに行ったとき、大層お気に召していたのは知っている。それに、あの道はなかなか一人では、しかも地元じゃないと寄り付きにくいもんなあ。
「え、持ち帰りだけ? 食わないの?」
 そわそわした様子で聞いてくる咲良がなんかおかしくて、つい笑ってしまう。
「どうすっかなあ」
「せっかくなら食べようぜ。ちょっと腹減ってるしさ。な?」
「そうだな」
 最初からそのつもりだ。
 肉屋に近づくにつれて、人は少なくなる。路地裏の日陰はひんやりしていて、夏真っ盛り、という時期は過ぎたのだなあと知らされるようだ。
「こんにちはー」
「はいはい、いらっしゃいませ」
 店の奥から、店主がやってくる。メンチカツは……揚げたてだあ。
「メンチカツ、六つ下さい」
「あと二つ! 食べて帰るんで!」
 咲良が急いで付け加えると、店主はくすくすと笑った。
「はあい。ちょっと待っててね」
 持って帰る分は母さんからお金をもらっているし、食べて帰る分は小遣いで足りる。
「どうぞ」
 先にメンチカツを受け取る。
「ありがとうございます」
「それでこっちはすぐ食べる分ね。これはサービスしとくよ」
「えっ」
 いいのだろうか。と、こちらが遠慮の言葉を発する前に、店主は有無を言わせぬ朗らかな笑顔で言った。
「また買いに来てね」
「はい。ありがとうございます」
 こういうのは、ありがたく受け取っておくほうがいいのかな。
 支払いを済ませ、歩きながら食うことにした。
「いただきます」
 紙一枚隔ててはいるが、熱さとサクサク感が手に伝わってくる。
 まずは豪快に一口。しっかり揚がったきつね色の見た目どおり、サクッと、ザクッとした香ばしい衣。ジュワッとあふれる肉汁はうま味たっぷりで、細かく刻まれた玉ねぎの甘味も一緒に出てくる。
「ん~、これこれ! これが食いたかったんだあ」
 と、咲良はご満悦だ。
 肉はほろほろと崩れるような、それでいてしっかりとしているような、程よい口当たりである。噛みしめるほどに脂のうま味と肉のうま味が滲み出す。
 あふれた肉汁は衣にもしみこんでいく。しっとりした衣もうまいんだよなあ。
 途中で自販機の前を通りがかる。つい誘惑に負けてコーラを買ってしまった。だって、揚げたてメンチカツと炭酸って、魅力的じゃん。食べたくなるじゃん。
 脂っこい口の中に、甘くはじけるコーラが流れ込んでくる。これこれ、この感覚。鼻に抜ける炭酸特有の風味がまたいい。
 時間がたつと、メンチカツは歯ごたえを増す。これもまたいい。噛み応えのある肉っていうのは、味が合っていいもんだ。
 日なたは確かに暑いが、その熱さなんてどうだっていいくらいにうまい。暑いときに揚げ物はちょっと……っていうのも分からなくはないが、この暑い中食うからこそ、うまい揚げ物もあると俺は思う。
 まあ、季節に関係なく、俺は揚げ物、大歓迎だけどな。
 他のメンチカツは、どうやって食おうかなあ。

「ごちそうさまでした」
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