一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
660 / 854
日常

第六百十九話 蒸かしジャガイモ

しおりを挟む
「まだ係決め終わってないからなー。今日は機材の確認くらいだな」
 発声練習を終えた早瀬が、大会用の原稿を見ながら言う。
「俺らは大会あるから、その練習もしないとだけど。お前らは機材確認したら帰っていいと思うぞ」
 咲良と朝比奈と視線を合わせる。
「昼飯、食う必要あったか?」
「まあ……いつまでかかるか分かんないし……」
 と、朝比奈が咲良の疑問に答える。
 マイクとかコードとか細々した機材の確認は視聴覚室でやって、部員が大会の練習を始めたら倉庫のスピーカーとかを確認しに行く。
 階段を下りながら咲良が言った。
「スピーカーの確認てさあ、数?」
「数……まあ、それもじゃないか」
「でもさー、あれだけデカくて高いやつの数が合わないってこと、そうそうないんじゃねーの」
「そりゃまあ、そうだろうけど」
 答えながらだんだん自分も、この確認作業に疑問を持ち始めてしまう。音の確認は別の日にやるって先生は言っていた。じゃあ、やっぱり数か。それと、スムーズに出し入れできるかどうか。
 うーん、音の確認する日に、まとめてやってもよさそうな気はするが。
「……せっかく昼飯食ったし、その分は働いた方がいい」
 朝比奈の言葉に、とりあえず納得することにしておいた。

 機材の確認が終わったら、本当にやることがなくなったので、荷物を持って昇降口に向かう。「昼飯分働いた気がしねえ~」などと咲良の言葉を聞きながら、二階におり立った時、一階からのぼってきていた漆原先生に会った。先生は少しびっくりしてから、いつも見せるような余裕そうな笑みを浮かべた。
「やあ、ちょうどよかった。君たちに用があったんだ。頼めるかい?」
「何すか?」
 咲良が聞くと漆原先生は「実はな……」と話し始めた。
「業務が立て込んでいてな。返却された本の片付けができていないんだ。図書館自体は閉館しているんだが、どうにも追いつかなくてな。それを手伝ってほしいんだが」
「いっすよ。どうせあと帰るだけだし」
 咲良の言葉に、俺も朝比奈も頷く。咲良は笑って続けた。
「せっかく昼飯食ったし」
「なんだそれは」
「こっちの話っす」
 二階の廊下を通って、図書館まで向かうことにする。人は少なく、部活動の掛け声や吹奏楽部の楽器を演奏する音にまぎれて、体育祭の応援練習の声が聞こえてくる。応援団長とか、その辺は決まってるんだっけ。いつ決めてんだろう。
 図書館には確かに、本が山積みになっていた。加えて、先生の机にも書類やら何やらが今にも崩れそうなくらいに積まれている。
 またさぼったのか、とうっすら思いながら三人そろって漆原先生を見ると、先生は肩くらいの高さに両手を上げて苦笑した。
「おっと君たち、これは俺がさぼった結果じゃないぞ。いいわけではなく俺の名誉のために言うが、これは、仕方のないことなんだ」
「大変ですね」
「まあな」
 さっそく俺たちは仕事に取り掛かることにした。
 ハードカバーの本から片づけていく。こういう本は読むのに時間がかかるから、長期休みには借りられがちだと思う。みんながみんな、読破するとは限らないけど。内容が濃いものも多いから、時間はかかる。
「すげえ、この本棚、すっからかん! みんな何借りて読んでんだろ」
 そう言って咲良は笑って続ける。
「お前ら、なんか借りた?」
「文庫本を何冊か。早々に読み終わったけど」
「おー、春都って読むの早いよな」
「そうか?」
「朝比奈は何借りたー?」
 外国文学の棚の下段を片付けていた朝比奈は、作業の手を休めず答える。こちらからはチラチラと頭が見え隠れしているのが見えた。
「一冊だけ。あんまり時間ないけど、読みたい本があったから」
「みんな借りてんだねー」
「咲良は何も借りてないのか」
「俺? 俺も借りた。上限いっぱい!」
「……読んだのか?」
 その問いには、咲良はにっこりと笑ったまま答えなかった。
「読んでないんだな」
 と、朝比奈が言うと「そんなことはない。あらすじは見たもん」と咲良は棚に寄りかかる。
「それは読んだうちに入らんだろ……」
「まー、俺もいろいろあるからさ!」
 それから咲良はあれこれ話題を変え、せわしなく話をした。そのおかげとでもいうべきか、思ったよりも早く片付けは終わった。
 昼飯分は働いたかな。腹が減った。

 予定よりも早い帰りだったので、晩飯はまだできていなかった。しかし、腹が減った。
「ジャガイモならあるよ」
 と、母さんが言う通り、台所の床には箱一杯のジャガイモがあった。ばあちゃんがお客さんからもらったのを分けてもらったんだと。
 ジャガイモを洗って、ラップで包んでレンジでチンする。大きめだが、二つは食えそうだ。
 最近買ったドレッシングが、合いそうなんだよなあ。バターも準備しようっと。
「いただきます」
 やけどしないようにラップをはがし、箸で半分に割る。箸から伝わるぷつり、ぷつりと皮が破ける感じと、ほくほくとした感じがたまらない。
 ほこっ、と半分に割れ、湯気が立つ。まずは、ドレッシングから。
 オレンジ色が濃く、油は少なめの野菜ドレッシングだ。クリーミーだが、味わいはさっぱりとしているんだ。
 このジャガイモは、とろとろというよりホックホクだ。えぐみはなく、甘味がほどよい。なんだかうま味を感じる芋だ。ドレッシングのほんのりとした酸味と野菜のコクがとても合う。皮がうまく剥がれると、なんだか得した気分だ。
 少し崩してドレッシングと混ぜるようにして食べると、とろとろでいい。ポテトサラダでも食べている気分になる。
 熱々のうちに、バターも溶かしたいところだ。
 ジャガイモとバターって、合うよなあ。なんでこんなに合うんだろう。バターの塩気とうま味が、ジャガイモの味わいを引き立てる。バターは苦手だと思っていたけど、このコクは、バターにしかないんだ。
 それにしても、ジャガイモって、こんなにおいしかったっけ。いくらでも食べられそうだ。
 たくさんあるからどんどん食べてって母さんも言ってたことだし、また食べよう。今度は何を付けようかなあ。レンチンしただけのジャガイモって恐ろしい。もうすっかりとりこになってしまった。ばあちゃんが好きな食べ物なだけはある。
 蒸かした芋って、うまいんだな。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...