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日常
第六百十九話 蒸かしジャガイモ
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「まだ係決め終わってないからなー。今日は機材の確認くらいだな」
発声練習を終えた早瀬が、大会用の原稿を見ながら言う。
「俺らは大会あるから、その練習もしないとだけど。お前らは機材確認したら帰っていいと思うぞ」
咲良と朝比奈と視線を合わせる。
「昼飯、食う必要あったか?」
「まあ……いつまでかかるか分かんないし……」
と、朝比奈が咲良の疑問に答える。
マイクとかコードとか細々した機材の確認は視聴覚室でやって、部員が大会の練習を始めたら倉庫のスピーカーとかを確認しに行く。
階段を下りながら咲良が言った。
「スピーカーの確認てさあ、数?」
「数……まあ、それもじゃないか」
「でもさー、あれだけデカくて高いやつの数が合わないってこと、そうそうないんじゃねーの」
「そりゃまあ、そうだろうけど」
答えながらだんだん自分も、この確認作業に疑問を持ち始めてしまう。音の確認は別の日にやるって先生は言っていた。じゃあ、やっぱり数か。それと、スムーズに出し入れできるかどうか。
うーん、音の確認する日に、まとめてやってもよさそうな気はするが。
「……せっかく昼飯食ったし、その分は働いた方がいい」
朝比奈の言葉に、とりあえず納得することにしておいた。
機材の確認が終わったら、本当にやることがなくなったので、荷物を持って昇降口に向かう。「昼飯分働いた気がしねえ~」などと咲良の言葉を聞きながら、二階におり立った時、一階からのぼってきていた漆原先生に会った。先生は少しびっくりしてから、いつも見せるような余裕そうな笑みを浮かべた。
「やあ、ちょうどよかった。君たちに用があったんだ。頼めるかい?」
「何すか?」
咲良が聞くと漆原先生は「実はな……」と話し始めた。
「業務が立て込んでいてな。返却された本の片付けができていないんだ。図書館自体は閉館しているんだが、どうにも追いつかなくてな。それを手伝ってほしいんだが」
「いっすよ。どうせあと帰るだけだし」
咲良の言葉に、俺も朝比奈も頷く。咲良は笑って続けた。
「せっかく昼飯食ったし」
「なんだそれは」
「こっちの話っす」
二階の廊下を通って、図書館まで向かうことにする。人は少なく、部活動の掛け声や吹奏楽部の楽器を演奏する音にまぎれて、体育祭の応援練習の声が聞こえてくる。応援団長とか、その辺は決まってるんだっけ。いつ決めてんだろう。
図書館には確かに、本が山積みになっていた。加えて、先生の机にも書類やら何やらが今にも崩れそうなくらいに積まれている。
またさぼったのか、とうっすら思いながら三人そろって漆原先生を見ると、先生は肩くらいの高さに両手を上げて苦笑した。
「おっと君たち、これは俺がさぼった結果じゃないぞ。いいわけではなく俺の名誉のために言うが、これは、仕方のないことなんだ」
「大変ですね」
「まあな」
さっそく俺たちは仕事に取り掛かることにした。
ハードカバーの本から片づけていく。こういう本は読むのに時間がかかるから、長期休みには借りられがちだと思う。みんながみんな、読破するとは限らないけど。内容が濃いものも多いから、時間はかかる。
「すげえ、この本棚、すっからかん! みんな何借りて読んでんだろ」
そう言って咲良は笑って続ける。
「お前ら、なんか借りた?」
「文庫本を何冊か。早々に読み終わったけど」
「おー、春都って読むの早いよな」
「そうか?」
「朝比奈は何借りたー?」
外国文学の棚の下段を片付けていた朝比奈は、作業の手を休めず答える。こちらからはチラチラと頭が見え隠れしているのが見えた。
「一冊だけ。あんまり時間ないけど、読みたい本があったから」
「みんな借りてんだねー」
「咲良は何も借りてないのか」
「俺? 俺も借りた。上限いっぱい!」
「……読んだのか?」
その問いには、咲良はにっこりと笑ったまま答えなかった。
「読んでないんだな」
と、朝比奈が言うと「そんなことはない。あらすじは見たもん」と咲良は棚に寄りかかる。
「それは読んだうちに入らんだろ……」
「まー、俺もいろいろあるからさ!」
それから咲良はあれこれ話題を変え、せわしなく話をした。そのおかげとでもいうべきか、思ったよりも早く片付けは終わった。
昼飯分は働いたかな。腹が減った。
予定よりも早い帰りだったので、晩飯はまだできていなかった。しかし、腹が減った。
「ジャガイモならあるよ」
と、母さんが言う通り、台所の床には箱一杯のジャガイモがあった。ばあちゃんがお客さんからもらったのを分けてもらったんだと。
ジャガイモを洗って、ラップで包んでレンジでチンする。大きめだが、二つは食えそうだ。
最近買ったドレッシングが、合いそうなんだよなあ。バターも準備しようっと。
「いただきます」
やけどしないようにラップをはがし、箸で半分に割る。箸から伝わるぷつり、ぷつりと皮が破ける感じと、ほくほくとした感じがたまらない。
ほこっ、と半分に割れ、湯気が立つ。まずは、ドレッシングから。
オレンジ色が濃く、油は少なめの野菜ドレッシングだ。クリーミーだが、味わいはさっぱりとしているんだ。
このジャガイモは、とろとろというよりホックホクだ。えぐみはなく、甘味がほどよい。なんだかうま味を感じる芋だ。ドレッシングのほんのりとした酸味と野菜のコクがとても合う。皮がうまく剥がれると、なんだか得した気分だ。
少し崩してドレッシングと混ぜるようにして食べると、とろとろでいい。ポテトサラダでも食べている気分になる。
熱々のうちに、バターも溶かしたいところだ。
ジャガイモとバターって、合うよなあ。なんでこんなに合うんだろう。バターの塩気とうま味が、ジャガイモの味わいを引き立てる。バターは苦手だと思っていたけど、このコクは、バターにしかないんだ。
それにしても、ジャガイモって、こんなにおいしかったっけ。いくらでも食べられそうだ。
たくさんあるからどんどん食べてって母さんも言ってたことだし、また食べよう。今度は何を付けようかなあ。レンチンしただけのジャガイモって恐ろしい。もうすっかりとりこになってしまった。ばあちゃんが好きな食べ物なだけはある。
蒸かした芋って、うまいんだな。
「ごちそうさまでした」
発声練習を終えた早瀬が、大会用の原稿を見ながら言う。
「俺らは大会あるから、その練習もしないとだけど。お前らは機材確認したら帰っていいと思うぞ」
咲良と朝比奈と視線を合わせる。
「昼飯、食う必要あったか?」
「まあ……いつまでかかるか分かんないし……」
と、朝比奈が咲良の疑問に答える。
マイクとかコードとか細々した機材の確認は視聴覚室でやって、部員が大会の練習を始めたら倉庫のスピーカーとかを確認しに行く。
階段を下りながら咲良が言った。
「スピーカーの確認てさあ、数?」
「数……まあ、それもじゃないか」
「でもさー、あれだけデカくて高いやつの数が合わないってこと、そうそうないんじゃねーの」
「そりゃまあ、そうだろうけど」
答えながらだんだん自分も、この確認作業に疑問を持ち始めてしまう。音の確認は別の日にやるって先生は言っていた。じゃあ、やっぱり数か。それと、スムーズに出し入れできるかどうか。
うーん、音の確認する日に、まとめてやってもよさそうな気はするが。
「……せっかく昼飯食ったし、その分は働いた方がいい」
朝比奈の言葉に、とりあえず納得することにしておいた。
機材の確認が終わったら、本当にやることがなくなったので、荷物を持って昇降口に向かう。「昼飯分働いた気がしねえ~」などと咲良の言葉を聞きながら、二階におり立った時、一階からのぼってきていた漆原先生に会った。先生は少しびっくりしてから、いつも見せるような余裕そうな笑みを浮かべた。
「やあ、ちょうどよかった。君たちに用があったんだ。頼めるかい?」
「何すか?」
咲良が聞くと漆原先生は「実はな……」と話し始めた。
「業務が立て込んでいてな。返却された本の片付けができていないんだ。図書館自体は閉館しているんだが、どうにも追いつかなくてな。それを手伝ってほしいんだが」
「いっすよ。どうせあと帰るだけだし」
咲良の言葉に、俺も朝比奈も頷く。咲良は笑って続けた。
「せっかく昼飯食ったし」
「なんだそれは」
「こっちの話っす」
二階の廊下を通って、図書館まで向かうことにする。人は少なく、部活動の掛け声や吹奏楽部の楽器を演奏する音にまぎれて、体育祭の応援練習の声が聞こえてくる。応援団長とか、その辺は決まってるんだっけ。いつ決めてんだろう。
図書館には確かに、本が山積みになっていた。加えて、先生の机にも書類やら何やらが今にも崩れそうなくらいに積まれている。
またさぼったのか、とうっすら思いながら三人そろって漆原先生を見ると、先生は肩くらいの高さに両手を上げて苦笑した。
「おっと君たち、これは俺がさぼった結果じゃないぞ。いいわけではなく俺の名誉のために言うが、これは、仕方のないことなんだ」
「大変ですね」
「まあな」
さっそく俺たちは仕事に取り掛かることにした。
ハードカバーの本から片づけていく。こういう本は読むのに時間がかかるから、長期休みには借りられがちだと思う。みんながみんな、読破するとは限らないけど。内容が濃いものも多いから、時間はかかる。
「すげえ、この本棚、すっからかん! みんな何借りて読んでんだろ」
そう言って咲良は笑って続ける。
「お前ら、なんか借りた?」
「文庫本を何冊か。早々に読み終わったけど」
「おー、春都って読むの早いよな」
「そうか?」
「朝比奈は何借りたー?」
外国文学の棚の下段を片付けていた朝比奈は、作業の手を休めず答える。こちらからはチラチラと頭が見え隠れしているのが見えた。
「一冊だけ。あんまり時間ないけど、読みたい本があったから」
「みんな借りてんだねー」
「咲良は何も借りてないのか」
「俺? 俺も借りた。上限いっぱい!」
「……読んだのか?」
その問いには、咲良はにっこりと笑ったまま答えなかった。
「読んでないんだな」
と、朝比奈が言うと「そんなことはない。あらすじは見たもん」と咲良は棚に寄りかかる。
「それは読んだうちに入らんだろ……」
「まー、俺もいろいろあるからさ!」
それから咲良はあれこれ話題を変え、せわしなく話をした。そのおかげとでもいうべきか、思ったよりも早く片付けは終わった。
昼飯分は働いたかな。腹が減った。
予定よりも早い帰りだったので、晩飯はまだできていなかった。しかし、腹が減った。
「ジャガイモならあるよ」
と、母さんが言う通り、台所の床には箱一杯のジャガイモがあった。ばあちゃんがお客さんからもらったのを分けてもらったんだと。
ジャガイモを洗って、ラップで包んでレンジでチンする。大きめだが、二つは食えそうだ。
最近買ったドレッシングが、合いそうなんだよなあ。バターも準備しようっと。
「いただきます」
やけどしないようにラップをはがし、箸で半分に割る。箸から伝わるぷつり、ぷつりと皮が破ける感じと、ほくほくとした感じがたまらない。
ほこっ、と半分に割れ、湯気が立つ。まずは、ドレッシングから。
オレンジ色が濃く、油は少なめの野菜ドレッシングだ。クリーミーだが、味わいはさっぱりとしているんだ。
このジャガイモは、とろとろというよりホックホクだ。えぐみはなく、甘味がほどよい。なんだかうま味を感じる芋だ。ドレッシングのほんのりとした酸味と野菜のコクがとても合う。皮がうまく剥がれると、なんだか得した気分だ。
少し崩してドレッシングと混ぜるようにして食べると、とろとろでいい。ポテトサラダでも食べている気分になる。
熱々のうちに、バターも溶かしたいところだ。
ジャガイモとバターって、合うよなあ。なんでこんなに合うんだろう。バターの塩気とうま味が、ジャガイモの味わいを引き立てる。バターは苦手だと思っていたけど、このコクは、バターにしかないんだ。
それにしても、ジャガイモって、こんなにおいしかったっけ。いくらでも食べられそうだ。
たくさんあるからどんどん食べてって母さんも言ってたことだし、また食べよう。今度は何を付けようかなあ。レンチンしただけのジャガイモって恐ろしい。もうすっかりとりこになってしまった。ばあちゃんが好きな食べ物なだけはある。
蒸かした芋って、うまいんだな。
「ごちそうさまでした」
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