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日常
第六百十六話 フレンチトースト
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朝比奈の別荘から家に帰りついたのは、一番日の高い時間だった。車から降りると、その暑さに思わず顔が歪む。やっぱり、別荘って涼しかったんだなあ。
今日は、家ではなく店の方に向かう。大した距離ではないが、この暑さだと途方もない距離のように思える。
「ただいまー」
真っ先に俺を出迎えたのはうめずだった。
「わうっ」
「おー、うめず」
「おかえり。どうだった?」
のしかかってくるうめずをなだめながら母さんが言った。
「楽しかったよ」
「よかったじゃん」
じいちゃんとばあちゃんは配達か何かに行っているらしくていなかった。父さんはテレビを見ながらくつろいでいた。
「おかえりー。楽しかったか?」
「うん」
「わふ、わふっ」
「はいはい、ちょっと待ってろ」
今日はやけにうめずがくっついてくる。暑いって。
「ところで春都、それは何?」
「ん? これ?」
行きがけには持っていなかった荷物……まあ、お土産ってやつだ。やけに長い袋だから、母さんが不思議そうに指さす。と、ちょうどじいちゃんとばあちゃんが帰ってきた。
「ただいま~、外は暑いね……あら、春都。おかえりなさい」
「ただいま、ばあちゃん」
「おお、帰ってたか」
「うん。さっきね」
帰りに真野さんが「おいしいから」と立ち寄ってくれた地元のパン屋さんで買ったんだ。ご当地パンっていうのかな。とにかく、ちょっとお高い別荘地のパンだ。
「はい。フランスパン」
「フランスパン?」
父さんが面白そうに笑った。
「形からしてまさかとは思ったけど、ほんとにフランスパンなんだ?」
「何でパンなんだ?」
と、じいちゃんも笑いをこらえきれない。あれ、俺なんか面白いことしたかな。母さんとばあちゃんもにこにこしている。
「別荘地にしかないパン屋さんだって。確かこれ一本で……」
値段を言うと、みんな驚いてしまった。
「このまま食べるにしても、焼いて食べるにしてもかたいって」
「かたいパンは好きだけど……へえ、別荘地ってすごいのね……」
母さんがしずしずとフランスパンを扱うようになった。じいちゃんは遠巻きに見ているし。まあ、分からんでもないけど。
朝比奈の様子見てたらつい麻痺しちまうんだよなあ。パンも家用か何かよく分からんが、結構な量を買ってたから。やっぱり高いんだ。俺の感覚は間違ってなかったんだな。
「フレンチトースト作ろうかなって思ってる。食べる?」
「食べる」
おお、即答。母さんはフランスパンをテーブルに置くと言った。
「じゃあ、アイス買ってこようか。バニラアイス。あるとおいしいでしょ」
「それはもちろん」
「買ってくるね」
こういう時の母さんはなんというか、いつも以上に行動が早い。
「うめずにもお土産な」
別荘地にはドッグランみたいなところもあって、そこにある店にいろいろ売っていたんだよな。クッキー、ケーキ、ジャーキー……クッキーしか買えなかったけど、うめずは興味津々だ。やけにせっついてくる。
「お土産がそんなに嬉しいか」
「春都が帰ってきたのがうれしいんだよ」
と、父さんが言った。そうなのか? と思ってうめずを見ると、じっと見つめ返された。
さて、それじゃあ作りますか。
フランスパンは厚すぎず薄すぎない、程よいサイズに切る。香ばしい、いい匂いがする。このパン、もちろん焼いて食べてもそのまま食べてもうまいらしいが、フレンチトーストにしてもうまいって聞いたんだよな。店内のカフェスペースでも提供されていた。ちょっと高かったけど。
浸すのは豆乳と卵、砂糖を混ぜたもの。バニラエッセンスがあってもいいけど今日はアイスのせるし、いいか。
しばらく浸したら、フライパンにバターを溶かして焼いていく。ああ、甘い、いいにおいがする。
「ただいまー」
あと一回焼けばいいかなというタイミングで母さんが帰ってきた。
「あらっ、いい匂い」
「もうすぐできあがるよ」
「楽しみね~」
一人ずつ皿に盛って、完成だ。
うめずにはクッキーを。
「いただきます」
「わうっ」
熱々のフレンチトーストの上に、バニラアイスをのせる。とろーっと滑るようにとろけていく様子は何ともたまらない気持ちになる。
まずは何もないところから食べてみる。ぷるっとしていてプリンのようでもあり、もっちりとしているのでやっぱりパンだなあと思う。ナイフとフォークで食べるのが正解だな、これは。
ふわっとろっ、少しさくっとした食感。口当たりは柔らかく、じゅわあっと口いっぱいに甘さが広がっていく。卵のコクと豆乳のすっきりとした風味とまろやかさ、砂糖の甘味、焦げ目の香ばしさ……こりゃたまらんなあ。パリッとしたところもうまい。
周りは噛み応えがあってまたいい。にちっもちっとした食感は、歯に心地いい。
では、満を持して、アイスをのせたところを食べる。
ひんやりととろけるバニラアイス、温かいフレンチトースト。この温度差がいいんだよなあ。アイスとフレンチトースト、対立している甘さのようだが、徐々になじんでいくのがうまい。
少し冷えたフレンチトーストはぷるっぷるで、また違ったおいしさになる。熱々だと甘さを感じにくくさっぱりしているが、冷えるとコクのある甘みが前面に出てくるようだ。
そうなるとアイスが爽やかに感じられるんだから、色々楽しめるというものである。
それに、風味がよく主張の強すぎないパンがまたいいんだ。パンそのものが前面に押し出されるわけではないが、香ばしさとほのかで素朴な甘みはフレンチトーストのグレードをアップさせる。
父さんと母さん、じいちゃんとばあちゃんも満足してくれたみたいでよかった。
まだまだあと半分残っているし、今度は何を作ろうか。またフレンチトーストでもいいなあ。
フレンチトースト、はまってしまいそうだ。
「ごちそうさまでした」
今日は、家ではなく店の方に向かう。大した距離ではないが、この暑さだと途方もない距離のように思える。
「ただいまー」
真っ先に俺を出迎えたのはうめずだった。
「わうっ」
「おー、うめず」
「おかえり。どうだった?」
のしかかってくるうめずをなだめながら母さんが言った。
「楽しかったよ」
「よかったじゃん」
じいちゃんとばあちゃんは配達か何かに行っているらしくていなかった。父さんはテレビを見ながらくつろいでいた。
「おかえりー。楽しかったか?」
「うん」
「わふ、わふっ」
「はいはい、ちょっと待ってろ」
今日はやけにうめずがくっついてくる。暑いって。
「ところで春都、それは何?」
「ん? これ?」
行きがけには持っていなかった荷物……まあ、お土産ってやつだ。やけに長い袋だから、母さんが不思議そうに指さす。と、ちょうどじいちゃんとばあちゃんが帰ってきた。
「ただいま~、外は暑いね……あら、春都。おかえりなさい」
「ただいま、ばあちゃん」
「おお、帰ってたか」
「うん。さっきね」
帰りに真野さんが「おいしいから」と立ち寄ってくれた地元のパン屋さんで買ったんだ。ご当地パンっていうのかな。とにかく、ちょっとお高い別荘地のパンだ。
「はい。フランスパン」
「フランスパン?」
父さんが面白そうに笑った。
「形からしてまさかとは思ったけど、ほんとにフランスパンなんだ?」
「何でパンなんだ?」
と、じいちゃんも笑いをこらえきれない。あれ、俺なんか面白いことしたかな。母さんとばあちゃんもにこにこしている。
「別荘地にしかないパン屋さんだって。確かこれ一本で……」
値段を言うと、みんな驚いてしまった。
「このまま食べるにしても、焼いて食べるにしてもかたいって」
「かたいパンは好きだけど……へえ、別荘地ってすごいのね……」
母さんがしずしずとフランスパンを扱うようになった。じいちゃんは遠巻きに見ているし。まあ、分からんでもないけど。
朝比奈の様子見てたらつい麻痺しちまうんだよなあ。パンも家用か何かよく分からんが、結構な量を買ってたから。やっぱり高いんだ。俺の感覚は間違ってなかったんだな。
「フレンチトースト作ろうかなって思ってる。食べる?」
「食べる」
おお、即答。母さんはフランスパンをテーブルに置くと言った。
「じゃあ、アイス買ってこようか。バニラアイス。あるとおいしいでしょ」
「それはもちろん」
「買ってくるね」
こういう時の母さんはなんというか、いつも以上に行動が早い。
「うめずにもお土産な」
別荘地にはドッグランみたいなところもあって、そこにある店にいろいろ売っていたんだよな。クッキー、ケーキ、ジャーキー……クッキーしか買えなかったけど、うめずは興味津々だ。やけにせっついてくる。
「お土産がそんなに嬉しいか」
「春都が帰ってきたのがうれしいんだよ」
と、父さんが言った。そうなのか? と思ってうめずを見ると、じっと見つめ返された。
さて、それじゃあ作りますか。
フランスパンは厚すぎず薄すぎない、程よいサイズに切る。香ばしい、いい匂いがする。このパン、もちろん焼いて食べてもそのまま食べてもうまいらしいが、フレンチトーストにしてもうまいって聞いたんだよな。店内のカフェスペースでも提供されていた。ちょっと高かったけど。
浸すのは豆乳と卵、砂糖を混ぜたもの。バニラエッセンスがあってもいいけど今日はアイスのせるし、いいか。
しばらく浸したら、フライパンにバターを溶かして焼いていく。ああ、甘い、いいにおいがする。
「ただいまー」
あと一回焼けばいいかなというタイミングで母さんが帰ってきた。
「あらっ、いい匂い」
「もうすぐできあがるよ」
「楽しみね~」
一人ずつ皿に盛って、完成だ。
うめずにはクッキーを。
「いただきます」
「わうっ」
熱々のフレンチトーストの上に、バニラアイスをのせる。とろーっと滑るようにとろけていく様子は何ともたまらない気持ちになる。
まずは何もないところから食べてみる。ぷるっとしていてプリンのようでもあり、もっちりとしているのでやっぱりパンだなあと思う。ナイフとフォークで食べるのが正解だな、これは。
ふわっとろっ、少しさくっとした食感。口当たりは柔らかく、じゅわあっと口いっぱいに甘さが広がっていく。卵のコクと豆乳のすっきりとした風味とまろやかさ、砂糖の甘味、焦げ目の香ばしさ……こりゃたまらんなあ。パリッとしたところもうまい。
周りは噛み応えがあってまたいい。にちっもちっとした食感は、歯に心地いい。
では、満を持して、アイスをのせたところを食べる。
ひんやりととろけるバニラアイス、温かいフレンチトースト。この温度差がいいんだよなあ。アイスとフレンチトースト、対立している甘さのようだが、徐々になじんでいくのがうまい。
少し冷えたフレンチトーストはぷるっぷるで、また違ったおいしさになる。熱々だと甘さを感じにくくさっぱりしているが、冷えるとコクのある甘みが前面に出てくるようだ。
そうなるとアイスが爽やかに感じられるんだから、色々楽しめるというものである。
それに、風味がよく主張の強すぎないパンがまたいいんだ。パンそのものが前面に押し出されるわけではないが、香ばしさとほのかで素朴な甘みはフレンチトーストのグレードをアップさせる。
父さんと母さん、じいちゃんとばあちゃんも満足してくれたみたいでよかった。
まだまだあと半分残っているし、今度は何を作ろうか。またフレンチトーストでもいいなあ。
フレンチトースト、はまってしまいそうだ。
「ごちそうさまでした」
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