一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百十五話 キャンプ飯③

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 夜も更けてすっかり涼しくなった。すったもんだしながらもなんとか片づけを済ませる。
「お風呂は沸かしてありますから、皆さんどうぞ」
 と、真野さんに言われたので、順番に入ることにした。
 めちゃくちゃ広くて泳げそう……ってわけでもないが、それでも十分な広さだ。星空を見ながらの風呂なんて、贅沢だなあ。
「いいねー、なんか泊まり! って感じ!」
 ホカホカといい気分でリビングスペースに戻ると、咲良の楽しそうな声が聞こえてきた。どうやら、寝る準備をしているらしい。そういや、せっかくだからここに布団引いて雑魚寝しようって言ってたっけ。
「一条の布団も敷いてるよー」
「おう、百瀬。ありがとな」
「いーえ。んじゃ、俺、風呂行ってくる~」
 二枚ずつ頭を突き合わせるように敷いたみたいだな。俺は……咲良の隣か。
「お前、こっちくんなよ」
 言えば咲良は「俺はそんなに寝相悪くありません~」と言って笑い、布団に仰向けになって寝ころんだ。そして寝返りを打つと、ワクワクした様子で目を輝かせる。
「ところでさ、夜は何すんの? ゲーム? それともなんか話す?」
 その提案に向かいの朝比奈と目を合わせる。
「ゲームって……なんかあるか、朝比奈」
「……ちょっと待ってろ」
 朝比奈はおもむろに立ち上がると、廊下に出て行ってしまった。少し待っていると、風呂上がりの百瀬とともに、何やら大きな箱を持って帰ってきた。
「人生ゲームなら、ある」
「おっ、いいじゃん。それしよう」
 みんな風呂に入ったので、真野さんも呼んで五人で人生ゲームをすることにした。俺の駒はオレンジか。おそらく人型なのであろうピンを差し込み、スタート地点に置く。
「順番は、数字が大きい順な。銀行役は一番小さい数字の人で」
 咲良が手際よく決めていくので、それに従う。ルーレットを回すのって、ちょっと緊張するんだよな。
「銀行役は私ですね」
 と、一を出した真野さんが引き受ける。
 ルール通り、最初の軍資金をもらったら、保険に入るかどうか決める。絶妙にリアルなのが不思議なんだよなあ。まあ、人生ゲームって名前なんだし、それもそうか。
「えー、保険に入るのにお金いるの? じゃ、入らない!」
 咲良が朗らかに宣言する。
「いいのか」
「だってさあ、何も起こらなかったらもったいないじゃん」
「まあ、それはそうだが……」
 何が起こるか分からないから、俺は入っておく。
 最初の方はこれといってデカいイベントはないような気がする。後半が割とでかい金額動いたり、危ない橋渡らされたりするんだよなあ。
「パティシエに就職しますか……か。しとくか」
「えー、貴志、パティシエになるの? ケーキ安くしてね。俺はタレントだって」
「俺は医者! 高収入だぜ」
「お前のいる病院には、極力行きたくないな。えーっと……俺は料理人か」
「私は会社員ですね。出世できるといいのですが」
 途中まではそれなりに一進一退の攻防を繰り広げていたが、家を買ったあたりで状況が変化する。咲良は「せっかくだから」と持ち金全部使い果たして大豪邸を買った。
「勇気あるねぇ、井上」
「保険もいらない!」
「怖いな……」
 と、朝比奈が信じられないというように咲良を見る。
 真野さんは堅実な進め方をしていて、どういうわけかルーレットもいい数字が出る。何かコツでもあるのだろうか、と思ってじっと見ていると目が合って、子どもっぽい笑顔を向けられた。あ、こりゃなんか裏があるな。さすがじいちゃんの友達というかなんというか。
 朝比奈は割とリスクを負いそうな進め方してるけど、うまいことリターンがあるんだよなあ。百瀬は途中、ギャンブルで失敗して借金地獄だったけど返済してしまってプラスに転じている。俺はといえば、地道に淡々と進めるばかりだ。
 咲良は順調に駒を進め……
「あっ! フリーターになった! 失業かよ~」
 いや、なんだか雲行きが怪しい。
「事故……火災……真野さん~」
「はい、約束手形ですね。何枚です?」
「咲良お前……」
「皆まで言うな、春都」
 結局家を買った後、咲良の手元に増えていったのは約束手形ばかりだった。最終的に、真野さんが一位と相成ったのである。
 もう一勝負……といきたいところであったが、どうにも眠い。今日は一日はしゃぎすぎたかな。咲良も悔しさより眠気が勝ったらしい。
 片づけを済ませて布団にもぐりこめば、俺も間もなくして眠りに落ちた。

 次に目が覚めたのは、すっかり日が昇った頃だった。
「ふぁ……」
 朝比奈も百瀬も起きていて、咲良だけがまだ布団にしがみついていた。それを三人で引きはがし片付け、身支度を整える。その間に真野さんが朝食を作ってくれていた。
 おにぎりにウインナー、卵焼き、具だくさんのみそ汁と夏野菜のサラダ。ウインナーと卵焼き、サラダは三食皿にきれいに盛ってある。
「いただきます」
 まずはサラダを。プチトマトときゅうり、薄切り玉ねぎをドレッシングで和えたものだ。さっぱりとしていて、トマトの酸味が程よく、きゅうりはみずみずしい。玉ねぎは辛すぎないで爽やかだ。
 卵焼きは出汁の味。上品な味で、じゅわっとした口当たりがお店のものみたいだ。ふわふわっとしてもいて、またうちの卵焼きとは違う感じでうまい。
「昼前に帰るんだっけ」
 起き渋っていた割には目覚めのいい咲良が言う。
 あ、このウインナー、うまい。香辛料の風味は程よく、脂っぽくはないがジューシーだ。
「ああ、その予定だな」
「楽しかったなあ」
「俺も、久々に満喫したよ~」
 と百瀬が笑った。
 みそ汁の具は……厚揚げ、にんじん、大根。厚揚げは大豆の香り豊かで、いちょう切りされたにんじんも大根もほくほくだ。出汁のうま味が濃く、かといってみその風味を邪魔しない。
 そんでもって、おにぎりとよく合う。シンプルな塩おにぎりなのが、余計にうまい。
「また誘ってくれよ、な?」
 咲良が念を押すように言うと、朝比奈は少し笑って「……ああ」と頷いた。
 それにしても、二日間の日程の割にはずいぶん長いことここにいた気分がする。新しいことや見慣れないことに出会うと時間がゆっくり過ぎる感じがする、というのは本当のようだ。いろんなものも食べられたし、よかった。名残惜しさが入る隙間もないくらいに充実していたように思う。
 あー、楽しかったなあ。

「ごちそうさまでした」
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