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日常
第六百四話 文化祭弁当
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あとは人が集まり、開会するのを待つだけとなった祭り会場の雰囲気がなんか好きだ。
早朝、視聴覚室で発声練習を終えて、体育館へ向かう。人がいない、うっすらと冷える空気の中を歩いていると、どこかへ出かけたくなるのは何だろうか。
人のいない体育館は、いつも以上に声が響くようだ。放送席もちゃんと準備されている。ちょっとワクワクするぞ。
まあ、なんだ。上手にできるかはさておき、上映も含めて、無事に終わるといいな。
「これで、午前の部は終わりです。午後の部の開始時刻は……」
体育館の二階の通路で、アナウンスを聞いている。放送部の発表は午後の部だから、機材の最終確認だ。
司会は思ったよりもあっけなく終わってしまった。拍子抜けしたというか、ほっとしたなあ。
「割と何とかなるもんだな」
と、必要な機材や道具があるかを確認しながら、咲良が言った。
「ああ、なんか、思ったよりな」
「てかみんな司会よりも吹奏楽の発表の方が気になってるし、弁論大会は寝てるしさー」
よし、電源もちゃんと入るな。
「まさかお前らが司会をするとは……」
昨日の準備の時にいなかった朝比奈が、こまごまとした物を片付けながら言った。そして、心底ほっとしたように続ける。
「俺、その場にいなくてよかった」
「あはは、運がいいのか何なのか、って感じだなあ」
咲良は言って、下をのぞき込んだ。昼休み中に行われる、有志発表の説明がされているようだ。人混みの中におらず、こういうところで文化祭を眺められるって、気分がいいな。
壁にもたれかかり、ぼんやりとステージを見る。何もないステージ上に今からいろいろ運びこまれるんだなあ、とか、今は静かな校内も今に賑やかになるんだなあ、とか考えると、朝のひんやりとした静けさが恋しくなってくる。
「皆さん、起立してください」
そろそろ解散のようだ。
解散後、行く当てもないのでとりあえず図書館に向かう。
「漆原先生、こんにちは」
「おお、一条君。来たのか」
漆原先生はいつも通りの恰好で、飄々とした様子で笑った。気合の入っている先生たちも多い中、こう、何も変わらないのはいいな。
「静かですね」
すでによそは人でごった返しずいぶんと賑やかだったが、図書館付近だけ切り取られたように静かだ。先生はそれを不満に思っていないようで、むしろ嬉しそうに言った。
「ああ。着ぐるみを着られないのは惜しかったが、落ち着いていられるのはありがたい」
「着ぐるみ、気に入ったんですね」
「普段、まず着ないものだからな」
それはまあ、分かる。些細な非日常って、なんかワクワクするよな。
一言二言話したら、視聴覚室へ向かう。照明の消えた薄暗い視聴覚室には誰もいない。分厚い扉を隔てると、喧騒も小さく、やっと一息ついた。思ったよりも疲れていたみたいだ。
視聴覚室の取っては、簡易的な鍵にもなる。ガチャガチャッと下に向けたら、より一層落ち着いた。
「さて……」
自分の荷物を置いていた席に座り、ブラインドの向こうに少しだけ見える体育館に目を向ける。エレキギターだかなんだか知らないが、けたたましい音がうっすらと聞こえている。有志発表って、割とレベル高いんだよなあ。
まあ、見に行くつもりはない。人多いんだ。それに今日は生徒会が校内を練り歩いて「一緒に写真を撮りましょう!」みたいなことやってるみたいだし、ここから出たくない。一番の安全地帯だ。
お茶を一口飲んだら、ノートと教科書、筆箱を取り出す。
昼休みは視聴覚室に引きこもる予定だったから、持ってきておいた。まずは古文の予習をして、次は英語かなあ。
ノートと教科書を開くと、なんとなくざわついていた心が静かになる。
やっぱ俺は、こっちのほうが好きだなあ。
古文の予習を終え、英語の予習も終盤に差し掛かったところで視聴覚室の扉が開いた。咲良がやってきたようだ。
「あれっ、春都もういる。見て回ってないのか?」
メロンパンやらカレーパンを引っ提げて、咲良は前の席に座った。
「んー、ずっと引きこもってた」
「あ、そう。なにやって……えっ、うそだろ、勉強してんの?」
「おう」
「はー……偉いなあ。よくやるなあ」
「ただやりたくてやってただけだ」
しかし、そろそろ昼飯の時間か。サクッと終わらせてしまおう。
「図書館、めっちゃ静かだったぜ。なんかあそこだけ、陸の孤島って感じ」
咲良は言いながら、葉脈のしおりを見せてきた。
「見て、作った」
「おーいいな」
「上手って誉められたんだー」
咲良は、十分に楽しんだようである。それは何よりだ。
さて、飯を食おう。集中していて気付かなかったが、腹が減った。教科書とノートをしまって、弁当箱を出す。
「お、食う?」
「食う」
「じゃ、俺も食おう」
と、咲良はいそいそとパンの袋を開けた。
「いただきます」
ご飯にはおかかのふりかけ、豚肉とピーマンを炒めたものに卵焼きとプチトマト、それと冷凍のハンバーグ。
まずはピーマンを。豚の味が染み、塩こしょうの効いたピーマンはうまい。シャキシャキしつつもほんのりやわらかいのが弁当って感じだ。もちろん、豚肉そのものもうまい。脂身のところが甘くてやわらかくて、肉からはジュワッとうま味が染み出す。
ひんやりしたご飯は噛みしめるほどに甘みが出てくる。おかかのうま味を含んだ塩からさがよく合う。
冷凍ハンバーグにはオーロラソース。ケチャップだけでも、マヨネーズだけでもうまいのだが、両方が合わさると、塩気も酸味もまろやかさもバランスが良くなるんだ。ちょっとやわらかめのハンバーグとなじんで、米が進む。
プチトマトで口をすっきりさせたら、卵焼き。卵焼きの黄色とプチトマトの赤って、それだけでもう弁当って感じだよなあ。
んー、甘い卵焼き。今日の砂糖の量はちょうどよかったみたいだ。
「午後からも忙しいけど、二階から見られるのはちょっと楽しみだな」
咲良は言って、二つ目のメロンパンをほおばった。チョコチップ入りみたいだ。
「それはそうだな」
「なー」
長い昼休みももうすぐ終わる。
あとは気楽に、文化祭の雰囲気を楽しむとしようかな。
「ごちそうさまでした」
早朝、視聴覚室で発声練習を終えて、体育館へ向かう。人がいない、うっすらと冷える空気の中を歩いていると、どこかへ出かけたくなるのは何だろうか。
人のいない体育館は、いつも以上に声が響くようだ。放送席もちゃんと準備されている。ちょっとワクワクするぞ。
まあ、なんだ。上手にできるかはさておき、上映も含めて、無事に終わるといいな。
「これで、午前の部は終わりです。午後の部の開始時刻は……」
体育館の二階の通路で、アナウンスを聞いている。放送部の発表は午後の部だから、機材の最終確認だ。
司会は思ったよりもあっけなく終わってしまった。拍子抜けしたというか、ほっとしたなあ。
「割と何とかなるもんだな」
と、必要な機材や道具があるかを確認しながら、咲良が言った。
「ああ、なんか、思ったよりな」
「てかみんな司会よりも吹奏楽の発表の方が気になってるし、弁論大会は寝てるしさー」
よし、電源もちゃんと入るな。
「まさかお前らが司会をするとは……」
昨日の準備の時にいなかった朝比奈が、こまごまとした物を片付けながら言った。そして、心底ほっとしたように続ける。
「俺、その場にいなくてよかった」
「あはは、運がいいのか何なのか、って感じだなあ」
咲良は言って、下をのぞき込んだ。昼休み中に行われる、有志発表の説明がされているようだ。人混みの中におらず、こういうところで文化祭を眺められるって、気分がいいな。
壁にもたれかかり、ぼんやりとステージを見る。何もないステージ上に今からいろいろ運びこまれるんだなあ、とか、今は静かな校内も今に賑やかになるんだなあ、とか考えると、朝のひんやりとした静けさが恋しくなってくる。
「皆さん、起立してください」
そろそろ解散のようだ。
解散後、行く当てもないのでとりあえず図書館に向かう。
「漆原先生、こんにちは」
「おお、一条君。来たのか」
漆原先生はいつも通りの恰好で、飄々とした様子で笑った。気合の入っている先生たちも多い中、こう、何も変わらないのはいいな。
「静かですね」
すでによそは人でごった返しずいぶんと賑やかだったが、図書館付近だけ切り取られたように静かだ。先生はそれを不満に思っていないようで、むしろ嬉しそうに言った。
「ああ。着ぐるみを着られないのは惜しかったが、落ち着いていられるのはありがたい」
「着ぐるみ、気に入ったんですね」
「普段、まず着ないものだからな」
それはまあ、分かる。些細な非日常って、なんかワクワクするよな。
一言二言話したら、視聴覚室へ向かう。照明の消えた薄暗い視聴覚室には誰もいない。分厚い扉を隔てると、喧騒も小さく、やっと一息ついた。思ったよりも疲れていたみたいだ。
視聴覚室の取っては、簡易的な鍵にもなる。ガチャガチャッと下に向けたら、より一層落ち着いた。
「さて……」
自分の荷物を置いていた席に座り、ブラインドの向こうに少しだけ見える体育館に目を向ける。エレキギターだかなんだか知らないが、けたたましい音がうっすらと聞こえている。有志発表って、割とレベル高いんだよなあ。
まあ、見に行くつもりはない。人多いんだ。それに今日は生徒会が校内を練り歩いて「一緒に写真を撮りましょう!」みたいなことやってるみたいだし、ここから出たくない。一番の安全地帯だ。
お茶を一口飲んだら、ノートと教科書、筆箱を取り出す。
昼休みは視聴覚室に引きこもる予定だったから、持ってきておいた。まずは古文の予習をして、次は英語かなあ。
ノートと教科書を開くと、なんとなくざわついていた心が静かになる。
やっぱ俺は、こっちのほうが好きだなあ。
古文の予習を終え、英語の予習も終盤に差し掛かったところで視聴覚室の扉が開いた。咲良がやってきたようだ。
「あれっ、春都もういる。見て回ってないのか?」
メロンパンやらカレーパンを引っ提げて、咲良は前の席に座った。
「んー、ずっと引きこもってた」
「あ、そう。なにやって……えっ、うそだろ、勉強してんの?」
「おう」
「はー……偉いなあ。よくやるなあ」
「ただやりたくてやってただけだ」
しかし、そろそろ昼飯の時間か。サクッと終わらせてしまおう。
「図書館、めっちゃ静かだったぜ。なんかあそこだけ、陸の孤島って感じ」
咲良は言いながら、葉脈のしおりを見せてきた。
「見て、作った」
「おーいいな」
「上手って誉められたんだー」
咲良は、十分に楽しんだようである。それは何よりだ。
さて、飯を食おう。集中していて気付かなかったが、腹が減った。教科書とノートをしまって、弁当箱を出す。
「お、食う?」
「食う」
「じゃ、俺も食おう」
と、咲良はいそいそとパンの袋を開けた。
「いただきます」
ご飯にはおかかのふりかけ、豚肉とピーマンを炒めたものに卵焼きとプチトマト、それと冷凍のハンバーグ。
まずはピーマンを。豚の味が染み、塩こしょうの効いたピーマンはうまい。シャキシャキしつつもほんのりやわらかいのが弁当って感じだ。もちろん、豚肉そのものもうまい。脂身のところが甘くてやわらかくて、肉からはジュワッとうま味が染み出す。
ひんやりしたご飯は噛みしめるほどに甘みが出てくる。おかかのうま味を含んだ塩からさがよく合う。
冷凍ハンバーグにはオーロラソース。ケチャップだけでも、マヨネーズだけでもうまいのだが、両方が合わさると、塩気も酸味もまろやかさもバランスが良くなるんだ。ちょっとやわらかめのハンバーグとなじんで、米が進む。
プチトマトで口をすっきりさせたら、卵焼き。卵焼きの黄色とプチトマトの赤って、それだけでもう弁当って感じだよなあ。
んー、甘い卵焼き。今日の砂糖の量はちょうどよかったみたいだ。
「午後からも忙しいけど、二階から見られるのはちょっと楽しみだな」
咲良は言って、二つ目のメロンパンをほおばった。チョコチップ入りみたいだ。
「それはそうだな」
「なー」
長い昼休みももうすぐ終わる。
あとは気楽に、文化祭の雰囲気を楽しむとしようかな。
「ごちそうさまでした」
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