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日常
第六百一話 目玉焼きのせごはん
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土曜課外は朝課外がない分、いつもよりも楽かもしれないが、そもそも土曜日に学校に来なきゃいけないっていうのが引っかかる。午前中のうちに勉強しておけば午後から心地良く過ごせるのも確かだが、しんどい時はしんどい。
「なー、春都。何やってんの?」
今日も今日とて朝っぱらから押しかけてきた咲良は、机の上を見ながら不思議そうに聞いてきた。
「国語のワークじゃん。しかも授業じゃ使わないやつ」
「テスト範囲のところやってる」
「えっ、範囲出てたっけ?」
と、咲良は驚いたように言って教室後ろにある黒板を見た。
「いや、まだ」
「だよなあ。あれ出るの、テスト一週間前だよなあ」
「先生が言ってたんだよ。今回は範囲が広いから気を付けろーって」
「俺聞いてない」
「文系だけかもしれないな」
ただでさえ他の教科も忙しいし、いつも通りの範囲だったとしても提出日までに終わらせるのが大変な量である。それがもっと増えるとなったら……想像するのも恐ろしい。内容が難しいとかそういうこと以前に、こなすのが大変なのだ。答えを見ても追いつくかどうか。
咲良は「なんだ、そっかあ」と気が抜けたように笑った。
「文系だから文系科目の範囲が広いのは当然だよな」
なんとなくその言い方が気にくわなかったので一言文句でも言ってやろうかと思ったら、咲良は早々に話題を変えた。というか、廊下に何やら見知ったやつを見かけたらしかった。
「おっ、橘じゃん。おーい、橘~」
ゆらゆらと気軽そうに咲良は廊下にいる橘に近づいた。橘は咲良を見かけると愛想よく笑った。
ここからじゃあ、何を話しているかよく聞こえない。さて、ワークの続きを……
「おーい、春都~。お前もこっち来いよ~」
……だよなあ。
「二年の階に来るなんて珍しいな、橘」
「職員室に寄った帰りなんです」
「ああ、なるほど」
職員室は二階にある。教室棟とは別の棟にあるから、二年の廊下を通らずとも行けるはずなのだが。そう思っていたら、橘は屈託のない笑みを浮かべて言った。
「ここ通ったら、先輩たちに会えるかなーと思って!」
すると咲良はいたずらっぽい笑みを浮かべると、橘を見て言った。
「先輩たち、じゃなくて、春都に会えたらいいなーって思ってんだろ。俺は関係ないだろ~」
「そんなことないですよ。井上先輩にもちゃんと会いたかったです」
「ほんとかー?」
「本当です~」
橘は橘で、いたずらっ子のような表情を咲良に向けていた。仲いいな、こいつら。やっぱ昔から知っているだけある。
「先輩方、何してらしたんです?」
橘は、今度は明るい笑みを浮かべてこちらを向いた。咲良といい、橘といい、百面相だなあ。見ていて飽きない。
「まあ、勉強だ。勉強」
「邪魔しちゃいました?」
「いや、別に焦るようなものでもないし。気にしなくていい」
「そーそー、気にしなくていいの」
咲良もあっけらかんとそういうから、「お前は少し気にしろ」と言うと、へへと笑った。
「でもやっぱり、二年生の教室は人がいっぱいですね。一年生の教室、さみしいですよ」
と、橘が言うので、いろいろな考えが頭を巡った。
インフルエンザか何かで学級閉鎖にでもなっているか、はたまた欠席が多いのだろうか。しかし今の時期は風邪が流行っているイメージがあまりない。精神的にしんどい人が多いのか。それはありうるが、教室が閑散とするほどであれば、かなりの問題だ。
そういえば、俺たちが一年生の時も似たようなことがあった気がする。そこに思い至ったとき、咲良が口を開いた。
「あっ、さぼりか。それと忘れてるやつ」
「正解です」
そうそう、土曜課外は欠席扱いにならないからさぼるやつ出てくるんだよなあ。中学校まではそもそも土曜課外がなかったから、忘れるやつもいる。
でも、しばらくすると、欠席扱いにならなくても先生たちの心証に関わってくるって気づくし、土曜課外があることに慣れて、逆に土曜課外のない日に学校に来るやつもいる。
「先輩たちもさぼりました?」
興味津々、というように橘は聞いてくる。
「さぼることも、忘れることもなかったな。あとが面倒そうだから」
「俺もー。むしろ、来なくていい日に来てた。なんか、何も考えてなかったな。あはは」
そう咲良と答えると、橘は「さすがです!」と目を輝かせた。
「やっぱり、先輩たちは真面目なんですね」
「いや真面目ってわけではない……」
咲良の言葉も聞こえていないのか、橘は「僕も先輩たちみたいなセリフ言いたいなあ」などとつぶやいて、自分の世界に入り込んでしまっていた。
咲良と視線を合わせ、思わず苦笑した。
人からあこがれのまなざしを向けられるのは、直射日光に当たり続けているのと同じくらい体力を消耗するように思う。実際、今日は太陽の光も強いから、だいぶ疲れてしまった。
昼は簡単に済ませよう。どんぶりにご飯を盛って、目玉焼きをのせて、あとは漬物で。それと、インスタントのあおさのみそ汁。
「いただきます」
黄身はほんのり半熟だ。白身はしっかり焼いているので、縁がサクサクしている。香ばしくて、程よい塩こしょうの風味がたまらない。目玉焼きは弁当に入れてもうまいんだな。その時は、もっとしっかり火を通す。
醤油を垂らして、まずは目玉焼きとご飯だけで食べる。とろりとした黄身はまろやかで、コク深い。白身も合わせて食べると、プリプリとした食感が加わってもっとうまくなる。醤油の味わいが、卵の香ばしさを際立たせる。
そこにキムチを入れてみる。シャキッとみずみずしい白菜にピリ辛な風味が加わって、いい感じの味変になる。キムチと卵って、合うんだよなあ。
キュウリの浅漬けは食感がいい。青い風味と出汁の効いた味わい、しょっぱさがまろやかな黄身と淡白な白身に合うんだ。ご飯だけでも合うんだけど、卵と一緒に食うとまた違ったおいしさがあるというものだ。
白菜の浅漬けは、何といってもそのみずみずしさがたまらないな。葉の部分はしゃきしゃきでしょっぱさが際立ち、茎の部分は甘さが際立つ。ほんのり効いている鷹の爪の風味がいいアクセントだ。
あおさのみそ汁は風味がいいよなあ。のりの風味と味噌の香ばしい風味、小さな豆腐の無いようである大豆の感じ。目玉焼きとご飯に合う、合う。
さて、昼から何しようか。誰にも邪魔されない、俺だけの時間だ。好きに過ごそう。
窓際のカーテン越しの日差しの中、うめずが大きなあくびをした。
「ごちそうさまでした」
「なー、春都。何やってんの?」
今日も今日とて朝っぱらから押しかけてきた咲良は、机の上を見ながら不思議そうに聞いてきた。
「国語のワークじゃん。しかも授業じゃ使わないやつ」
「テスト範囲のところやってる」
「えっ、範囲出てたっけ?」
と、咲良は驚いたように言って教室後ろにある黒板を見た。
「いや、まだ」
「だよなあ。あれ出るの、テスト一週間前だよなあ」
「先生が言ってたんだよ。今回は範囲が広いから気を付けろーって」
「俺聞いてない」
「文系だけかもしれないな」
ただでさえ他の教科も忙しいし、いつも通りの範囲だったとしても提出日までに終わらせるのが大変な量である。それがもっと増えるとなったら……想像するのも恐ろしい。内容が難しいとかそういうこと以前に、こなすのが大変なのだ。答えを見ても追いつくかどうか。
咲良は「なんだ、そっかあ」と気が抜けたように笑った。
「文系だから文系科目の範囲が広いのは当然だよな」
なんとなくその言い方が気にくわなかったので一言文句でも言ってやろうかと思ったら、咲良は早々に話題を変えた。というか、廊下に何やら見知ったやつを見かけたらしかった。
「おっ、橘じゃん。おーい、橘~」
ゆらゆらと気軽そうに咲良は廊下にいる橘に近づいた。橘は咲良を見かけると愛想よく笑った。
ここからじゃあ、何を話しているかよく聞こえない。さて、ワークの続きを……
「おーい、春都~。お前もこっち来いよ~」
……だよなあ。
「二年の階に来るなんて珍しいな、橘」
「職員室に寄った帰りなんです」
「ああ、なるほど」
職員室は二階にある。教室棟とは別の棟にあるから、二年の廊下を通らずとも行けるはずなのだが。そう思っていたら、橘は屈託のない笑みを浮かべて言った。
「ここ通ったら、先輩たちに会えるかなーと思って!」
すると咲良はいたずらっぽい笑みを浮かべると、橘を見て言った。
「先輩たち、じゃなくて、春都に会えたらいいなーって思ってんだろ。俺は関係ないだろ~」
「そんなことないですよ。井上先輩にもちゃんと会いたかったです」
「ほんとかー?」
「本当です~」
橘は橘で、いたずらっ子のような表情を咲良に向けていた。仲いいな、こいつら。やっぱ昔から知っているだけある。
「先輩方、何してらしたんです?」
橘は、今度は明るい笑みを浮かべてこちらを向いた。咲良といい、橘といい、百面相だなあ。見ていて飽きない。
「まあ、勉強だ。勉強」
「邪魔しちゃいました?」
「いや、別に焦るようなものでもないし。気にしなくていい」
「そーそー、気にしなくていいの」
咲良もあっけらかんとそういうから、「お前は少し気にしろ」と言うと、へへと笑った。
「でもやっぱり、二年生の教室は人がいっぱいですね。一年生の教室、さみしいですよ」
と、橘が言うので、いろいろな考えが頭を巡った。
インフルエンザか何かで学級閉鎖にでもなっているか、はたまた欠席が多いのだろうか。しかし今の時期は風邪が流行っているイメージがあまりない。精神的にしんどい人が多いのか。それはありうるが、教室が閑散とするほどであれば、かなりの問題だ。
そういえば、俺たちが一年生の時も似たようなことがあった気がする。そこに思い至ったとき、咲良が口を開いた。
「あっ、さぼりか。それと忘れてるやつ」
「正解です」
そうそう、土曜課外は欠席扱いにならないからさぼるやつ出てくるんだよなあ。中学校まではそもそも土曜課外がなかったから、忘れるやつもいる。
でも、しばらくすると、欠席扱いにならなくても先生たちの心証に関わってくるって気づくし、土曜課外があることに慣れて、逆に土曜課外のない日に学校に来るやつもいる。
「先輩たちもさぼりました?」
興味津々、というように橘は聞いてくる。
「さぼることも、忘れることもなかったな。あとが面倒そうだから」
「俺もー。むしろ、来なくていい日に来てた。なんか、何も考えてなかったな。あはは」
そう咲良と答えると、橘は「さすがです!」と目を輝かせた。
「やっぱり、先輩たちは真面目なんですね」
「いや真面目ってわけではない……」
咲良の言葉も聞こえていないのか、橘は「僕も先輩たちみたいなセリフ言いたいなあ」などとつぶやいて、自分の世界に入り込んでしまっていた。
咲良と視線を合わせ、思わず苦笑した。
人からあこがれのまなざしを向けられるのは、直射日光に当たり続けているのと同じくらい体力を消耗するように思う。実際、今日は太陽の光も強いから、だいぶ疲れてしまった。
昼は簡単に済ませよう。どんぶりにご飯を盛って、目玉焼きをのせて、あとは漬物で。それと、インスタントのあおさのみそ汁。
「いただきます」
黄身はほんのり半熟だ。白身はしっかり焼いているので、縁がサクサクしている。香ばしくて、程よい塩こしょうの風味がたまらない。目玉焼きは弁当に入れてもうまいんだな。その時は、もっとしっかり火を通す。
醤油を垂らして、まずは目玉焼きとご飯だけで食べる。とろりとした黄身はまろやかで、コク深い。白身も合わせて食べると、プリプリとした食感が加わってもっとうまくなる。醤油の味わいが、卵の香ばしさを際立たせる。
そこにキムチを入れてみる。シャキッとみずみずしい白菜にピリ辛な風味が加わって、いい感じの味変になる。キムチと卵って、合うんだよなあ。
キュウリの浅漬けは食感がいい。青い風味と出汁の効いた味わい、しょっぱさがまろやかな黄身と淡白な白身に合うんだ。ご飯だけでも合うんだけど、卵と一緒に食うとまた違ったおいしさがあるというものだ。
白菜の浅漬けは、何といってもそのみずみずしさがたまらないな。葉の部分はしゃきしゃきでしょっぱさが際立ち、茎の部分は甘さが際立つ。ほんのり効いている鷹の爪の風味がいいアクセントだ。
あおさのみそ汁は風味がいいよなあ。のりの風味と味噌の香ばしい風味、小さな豆腐の無いようである大豆の感じ。目玉焼きとご飯に合う、合う。
さて、昼から何しようか。誰にも邪魔されない、俺だけの時間だ。好きに過ごそう。
窓際のカーテン越しの日差しの中、うめずが大きなあくびをした。
「ごちそうさまでした」
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