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日常
番外編 井上咲良のつまみ食い⑥
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休日の朝、朝食を終えた咲良は自室のベッドに横になり、漫画を読んでいた。もう何度も読んだその漫画は表紙のあちこちに折り目がついている。
珍しく宿題もすっかり終わって上機嫌な咲良だが、扉をノックする音が聞こえた途端、きゅっと顔にしわが寄る。ノックの音を無視し咲良は読書を続けた。扉の前にいるのがだれか、ある程度予想がついているからである。そしてそれに関わると、ろくなことがないと知っているのだ。
「ねー、兄ちゃん。兄ちゃんってば」
ノックの音はだんだん強くなる。無視をするにも限界が来たのか、咲良は漫画を伏せて不機嫌そうに立ち上がると、乱暴に扉を開いた。開けた先にいたのは、妹の鈴香だ。
鈴香はあきれたような顔をした。
「もー、一回で出てきてよね」
「うるせえ。静かにしろ」
咲良はそれだけ言うと、扉を閉めようとした。鈴香は扉の隙間に足を挟み、それを阻止する。それを見て、咲良は心底面倒くさそうな顔をして鈴香を見る。
「なんだ」
「用があるから来たに決まってんでしょ。察しが悪いんだから。そんなだからモテないのよ」
「うるせえ、喧嘩売りに来たんなら帰れ」
「ああ、もう。すぐそうやって跳ねのける」
鈴香は手に持っていた広告を咲良に突き付けた。派手な丸が付けられたところは広告の中では小さな部分で、咲良は眉間にしわを寄せ目を細めてそれを見る。
「……それがどうした」
「今日から販売されるグッズよ。この辺には対象店舗はないけど、兄ちゃんの学校がある町にはあるの。だからあ……」
鈴香はとびきりの笑顔を浮かべて言った。
「買ってきて」
「ヤダ」
「お願い」
「自分で行け」
「部活があるの。それに、これ、すっごく人気だから朝一で行かないと売り切れちゃうから、今日しかないんだって。兄ちゃん暇でしょ? お金はちゃんと渡すから~」
こうなった鈴香は諦めないし、断ると厄介だということを咲良は知っている。
深い深いため息をつき、咲良は広告と軍資金を受け取った。
「くれぐれも買ってくるものを間違えないようにね」
そう言い含められ、咲良はますます深いため息をついたのだった。
「あー……あれかあ」
咲良は店内に目を凝らす。それらしい陳列棚は入ってすぐのところにあるようだった。
咲良はため息をつくとスマホを取り出した。開店まであと数分。いくつかの店が連なった、とても広い駐車場のあるその場所に人影は少ない。本当に今日、朝一で行かなければならなかったのだろうか、と咲良は首をひねった。
開店してからも人は少なく、頼まれたものはすべてつつがなく手に入れた。
「クッションにキーホルダーとシャツ二枚……髪飾り。よし、間違いなし。買い忘れてまた来ないといけなくなるとか、文句言われるとか、面倒だからな」
大荷物を抱えて、咲良は店を出る。このまま帰るのも癪だから他の店を見て回ろうかとも思ったが、この荷物である。仕方なく帰ることにした。
「ふーっ……」
バスの座席に落ち着くと、咲良は深いため息をついた。買ったクッションを枕にでもしてやろうかと思っていたが、形が崩れたのなんの言われると面倒なので、肘置きにするだけにとどめて置いた。
休日ではあるが、バスの乗客は少ない。
「いつもこんなだと座れるんだけどなあ……ふぁあ……」
ぼんやりとしながら、咲良は窓の外に視線を向ける。ごとごとと揺れながら流れていく景色はいつもと同じようでいて、休みの日特有の空気に満ちている。
「……これ、何のキャラなんだろう」
きょうだいとはいえ、お互いのことにはよっぽどのことがない限り干渉しない。妹がこんな感じのキャラクターのキーホルダーを学校の鞄につけていたような気はするが、詳しくは知らないのだ。
かといって詮索するつもりもない。咲良は袋をなでつけると背もたれに身を預けてまぶたを閉じた。
いつものバス停で降り、グーッと伸びをすると咲良はぽっつりぽっつりと歩き出す。人はおらず、車の通りも少ない。
「実にのどかだ……」
大きくあくびをすると、澄み切った空気が体に流れ込んでくる。生ぬるくて湿っぽい空気が体中に重くのしかかってくる。
「ただいまー」
荷物はとりあえず居間に置いておき、咲良はさっさとジャージに着替えるとテレビをつけた。
今日は鈴香の帰りが遅い。となると、いつも見られないDVDを見るチャンスである。
いそいそと昼食の準備をし、DVDをセットすると咲良は座布団に座った。両親と祖父母が畑に持っていった弁当と同じものが、今日の昼食だ。弁当箱ではなく白い皿に、おにぎりと卵焼き、ウインナーを焼いたものと漬物がのっている。
「いただきます」
咲良はまず、おにぎりに手を付けた。三角形のおにぎりが四つほどあって、梅と昆布が二つずつだ。
家で漬けた梅は甘めで、しその風味はほのかに香るだけだ。うま味がジュワジュワと出てきて、程よい酸味がご飯を進ませる。昆布は佃煮で、甘辛い味付けと昆布の風味がご飯に合う。
温かい緑茶をすすり、おかずを口にする。
ウインナーは小さ目で、香辛料の香りよりも肉の香りの方が強い。薄い皮はしなしなとしていて、冷たい口当たりが弁当っぽい。
卵焼きは出汁の味。ふかふかの卵の食感から出汁のうま味が滲み出してきて、卵の風味も際立つ。
「はー、落ち着いた」
そう言いながら咲良はきゅうりの漬物を口にし、お茶を飲んだ。白菜の浅漬けはしんなりとしていながらもシャキシャキ食感が残っている。お茶請けにもちょうどいいのだ。
あとで漬けものをおかわりして、お茶でも飲みながらのんびりしよう。そう思った時にはもう、咲良の機嫌は元通りであった。
「ごちそうさまでした」
珍しく宿題もすっかり終わって上機嫌な咲良だが、扉をノックする音が聞こえた途端、きゅっと顔にしわが寄る。ノックの音を無視し咲良は読書を続けた。扉の前にいるのがだれか、ある程度予想がついているからである。そしてそれに関わると、ろくなことがないと知っているのだ。
「ねー、兄ちゃん。兄ちゃんってば」
ノックの音はだんだん強くなる。無視をするにも限界が来たのか、咲良は漫画を伏せて不機嫌そうに立ち上がると、乱暴に扉を開いた。開けた先にいたのは、妹の鈴香だ。
鈴香はあきれたような顔をした。
「もー、一回で出てきてよね」
「うるせえ。静かにしろ」
咲良はそれだけ言うと、扉を閉めようとした。鈴香は扉の隙間に足を挟み、それを阻止する。それを見て、咲良は心底面倒くさそうな顔をして鈴香を見る。
「なんだ」
「用があるから来たに決まってんでしょ。察しが悪いんだから。そんなだからモテないのよ」
「うるせえ、喧嘩売りに来たんなら帰れ」
「ああ、もう。すぐそうやって跳ねのける」
鈴香は手に持っていた広告を咲良に突き付けた。派手な丸が付けられたところは広告の中では小さな部分で、咲良は眉間にしわを寄せ目を細めてそれを見る。
「……それがどうした」
「今日から販売されるグッズよ。この辺には対象店舗はないけど、兄ちゃんの学校がある町にはあるの。だからあ……」
鈴香はとびきりの笑顔を浮かべて言った。
「買ってきて」
「ヤダ」
「お願い」
「自分で行け」
「部活があるの。それに、これ、すっごく人気だから朝一で行かないと売り切れちゃうから、今日しかないんだって。兄ちゃん暇でしょ? お金はちゃんと渡すから~」
こうなった鈴香は諦めないし、断ると厄介だということを咲良は知っている。
深い深いため息をつき、咲良は広告と軍資金を受け取った。
「くれぐれも買ってくるものを間違えないようにね」
そう言い含められ、咲良はますます深いため息をついたのだった。
「あー……あれかあ」
咲良は店内に目を凝らす。それらしい陳列棚は入ってすぐのところにあるようだった。
咲良はため息をつくとスマホを取り出した。開店まであと数分。いくつかの店が連なった、とても広い駐車場のあるその場所に人影は少ない。本当に今日、朝一で行かなければならなかったのだろうか、と咲良は首をひねった。
開店してからも人は少なく、頼まれたものはすべてつつがなく手に入れた。
「クッションにキーホルダーとシャツ二枚……髪飾り。よし、間違いなし。買い忘れてまた来ないといけなくなるとか、文句言われるとか、面倒だからな」
大荷物を抱えて、咲良は店を出る。このまま帰るのも癪だから他の店を見て回ろうかとも思ったが、この荷物である。仕方なく帰ることにした。
「ふーっ……」
バスの座席に落ち着くと、咲良は深いため息をついた。買ったクッションを枕にでもしてやろうかと思っていたが、形が崩れたのなんの言われると面倒なので、肘置きにするだけにとどめて置いた。
休日ではあるが、バスの乗客は少ない。
「いつもこんなだと座れるんだけどなあ……ふぁあ……」
ぼんやりとしながら、咲良は窓の外に視線を向ける。ごとごとと揺れながら流れていく景色はいつもと同じようでいて、休みの日特有の空気に満ちている。
「……これ、何のキャラなんだろう」
きょうだいとはいえ、お互いのことにはよっぽどのことがない限り干渉しない。妹がこんな感じのキャラクターのキーホルダーを学校の鞄につけていたような気はするが、詳しくは知らないのだ。
かといって詮索するつもりもない。咲良は袋をなでつけると背もたれに身を預けてまぶたを閉じた。
いつものバス停で降り、グーッと伸びをすると咲良はぽっつりぽっつりと歩き出す。人はおらず、車の通りも少ない。
「実にのどかだ……」
大きくあくびをすると、澄み切った空気が体に流れ込んでくる。生ぬるくて湿っぽい空気が体中に重くのしかかってくる。
「ただいまー」
荷物はとりあえず居間に置いておき、咲良はさっさとジャージに着替えるとテレビをつけた。
今日は鈴香の帰りが遅い。となると、いつも見られないDVDを見るチャンスである。
いそいそと昼食の準備をし、DVDをセットすると咲良は座布団に座った。両親と祖父母が畑に持っていった弁当と同じものが、今日の昼食だ。弁当箱ではなく白い皿に、おにぎりと卵焼き、ウインナーを焼いたものと漬物がのっている。
「いただきます」
咲良はまず、おにぎりに手を付けた。三角形のおにぎりが四つほどあって、梅と昆布が二つずつだ。
家で漬けた梅は甘めで、しその風味はほのかに香るだけだ。うま味がジュワジュワと出てきて、程よい酸味がご飯を進ませる。昆布は佃煮で、甘辛い味付けと昆布の風味がご飯に合う。
温かい緑茶をすすり、おかずを口にする。
ウインナーは小さ目で、香辛料の香りよりも肉の香りの方が強い。薄い皮はしなしなとしていて、冷たい口当たりが弁当っぽい。
卵焼きは出汁の味。ふかふかの卵の食感から出汁のうま味が滲み出してきて、卵の風味も際立つ。
「はー、落ち着いた」
そう言いながら咲良はきゅうりの漬物を口にし、お茶を飲んだ。白菜の浅漬けはしんなりとしていながらもシャキシャキ食感が残っている。お茶請けにもちょうどいいのだ。
あとで漬けものをおかわりして、お茶でも飲みながらのんびりしよう。そう思った時にはもう、咲良の機嫌は元通りであった。
「ごちそうさまでした」
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