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日常
第五百九十八話 牛丼
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新学期が始まり入学式も終われば、あとはもういつも通りの授業と日常があるばかりだ。朝課外は当然のごとくあるし、昼休みには図書委員の仕事がある。
返却された本を本棚に戻していると、詰所にいる漆原先生が眠そうにしながらパソコンと向き合っているのが見える。
そんでまた、辛気臭い顔をしたやつがカウンターにだれている。
「終わったなあ……春休み」
「まだ言ってんのか、咲良」
さっきから、ペン立ての鉛筆を出したり入れたり、返却された本を数ページ開いては閉じ、棚に戻し、椅子を揺らし……と、暇を持て余しているように見えるが、本人曰く休息なのだそうだ。
「春休みが終わったのはとっくの前だし、それに、その言葉は今日だけでも百回は聞いた」
「百回は言ってない」
「そう感じるくらいには、言ってる」
「嘘だぁ」
「人の感覚を嘘呼ばわりすんな。ほれ、暇なら手伝え」
咲良の顔の横に山積みの本を置くと、咲良は「う~ん」と言いながらのっそりと立ち上がり、本を抱えてカウンターから出てきた。ほら、やっぱり暇だったんじゃないか。
「春休みとか冬休みって、なんでこんなに儚いんだろうな~」
抱えた本を落とさないようにバランスを取りながら、咲良は言った。
「短いからじゃないか」
「雪解けとか花が散るとか、そんな感じ」
「まあ、それはそうだ。時期的にもなあ」
父さんと母さんも仕事に行ったし、ほんとに、休みが終わったんだなあと実感する。
元の生活に戻ったということは、飯を自分でどうにかしないといけないということだ。休みの間はほとんど母さんにまかせっきりだったからなあ。しばらくは出来合いのものでもいいか。
花丸スーパーの弁当、そういや種類が増えたんだっけ。総菜もいろいろあるし、寿司も安いパックが出来たんだとか。田中さんが言っていた。
「にしても……」
咲良はあきれたようにため息をついて言った。
「本が多い!」
「そりゃ休み明けだし、督促状出したし」
「も~、休みは儚いんだから、こんなに読めないでしょー」
と、誰にともなく咲良は、小さな子どもに言い聞かせるような口調でつぶやいた。
確かに、今日は返却図書が多い。分厚い本が多いのは、休み明けの特徴である。みんな、休みに夢見てるんだなあ。
「おっと……」
これは市立図書館から団体貸出してある本だ。これも、これも。まだ仕事に慣れていない一年生が、返却処理をした後に、学校の図書館の本と混ざって棚に置いてしまうのは多々あることだ。特に、図書館になじみがないとなあ。
団体貸出の本は図書館に入ってすぐのところに特集されている。リクエスト本とか、それに関係する本とか、あとは先生たちからの要望とか、そういうのをもとに借りているからか、ジャンルはまちまちだし、巻数もばらばらだ。
「これは……こっちか」
「はー、終わった終わった」
咲良は肩を回しながら隣にやってくる。
「何見てるんだ、春都」
「市立図書館の本。統一性ねぇなあと思って」
「あー確かに」
咲良は文庫本と、大判の本を手に取った。
「こっちは日本文学集、そんでこっちはミニキャラの書き方講座……書の世界とかもあるなあ」
「微生物の育て方まであるぞ」
「誰がリクエストしたんだろうな」
あれこれと本を見ていたら、予鈴が鳴った。教室にぼちぼち向かいながら、咲良は一つあくびをして聞いてきた。
「春都、午後から何?」
「数学と体育。そっちは?」
「英語と現代文。どっちも小テストある」
「俺そっちの方がいい……」
「体育が六時間目ってだけいいじゃん。中途半端な時間にあるより楽だろ」
「まあ、それはそうだ」
新しい時間割りに慣れるのには、まだ少し時間がかかりそうだ。
弁当を買って帰ろうと花丸スーパーに寄ったものの、どれもこれも売り切れてしまっていた。夕方になって安売りしてたし、ただでさえ安いものがさらに安く売られてんだから、そりゃ売れるか。寿司もパーティー用みたいなのしか売ってないし、次が出来上がるのを待つ時間もない。家にあるもので何か作るしかない。
そう思って家のドアを開けると、何やら甘い香りが漂っている。なんだなんだ。
「あれ、ばあちゃん」
「おかえりー春都」
「ただいま……来てたんだ?」
あれ? 今日来るって連絡来てたっけ? ……ないよなあ。
「連絡したでしょ?」
「いや、何も」
「あれ?」
ばあちゃんは言って鍋に蓋をすると、自分の携帯を取り出した。
「あらま、お母さんに送ってるわ」
「あはは。まあ、よくあるよね……」
「そろそろご飯できるから、お風呂入っちゃいなさい」
「はーい」
相変わらず熱々の風呂に入り、ホカホカのまま居間へ向かう。
今日の晩飯は……牛丼だ。それに玉ねぎと豆腐のみそ汁まである。紅しょうが付きだなんて、豪華だ。
「いただきます」
つゆがたっぷりの牛肉だけで、まずは食べてみる。あー、この味付け、甘すぎず辛すぎないうまみを引き出す味わい。噛みしめるほどに牛肉の味と脂のうま味が染み出してきて、砂糖の素朴な味わいと醤油の香ばしさと相まってうまい。
ご飯も一緒に食うと……たまんねえなあ。出汁が染みておかゆみたいな感じもする。さらさらっとかきこむのがうまいんだ。
紅しょうがも一緒に食べると爽やかで、いくらでも食べられる。牛肉の濃い味に紅しょうがの酸味が染みて、また違ったうま味になるんだ。一緒に炊いてある薄い玉ねぎもまた、甘味があっておいしい。
玉ねぎのみそ汁は香ばしい。豆腐のまろやかさとプルプルした食感がいい。シャキッとしたところも残っている玉ねぎは、味噌の風味を吸っていい感じだ。
「携帯の字、小さくて見えづらいのよね」
そう言いながらばあちゃんは向かいに座った。
「設定で変えられるよ」
「それがよく分かんないの」
「じゃあ、あとで見せて。やってみる」
「あら、ありがとう」
それにしても、うまい。
花丸スーパーの弁当が全部売り切れていたのは、このためだったか。いやあ、ほんとに、売り切れててよかったなあ。
「ごちそうさまでした」
返却された本を本棚に戻していると、詰所にいる漆原先生が眠そうにしながらパソコンと向き合っているのが見える。
そんでまた、辛気臭い顔をしたやつがカウンターにだれている。
「終わったなあ……春休み」
「まだ言ってんのか、咲良」
さっきから、ペン立ての鉛筆を出したり入れたり、返却された本を数ページ開いては閉じ、棚に戻し、椅子を揺らし……と、暇を持て余しているように見えるが、本人曰く休息なのだそうだ。
「春休みが終わったのはとっくの前だし、それに、その言葉は今日だけでも百回は聞いた」
「百回は言ってない」
「そう感じるくらいには、言ってる」
「嘘だぁ」
「人の感覚を嘘呼ばわりすんな。ほれ、暇なら手伝え」
咲良の顔の横に山積みの本を置くと、咲良は「う~ん」と言いながらのっそりと立ち上がり、本を抱えてカウンターから出てきた。ほら、やっぱり暇だったんじゃないか。
「春休みとか冬休みって、なんでこんなに儚いんだろうな~」
抱えた本を落とさないようにバランスを取りながら、咲良は言った。
「短いからじゃないか」
「雪解けとか花が散るとか、そんな感じ」
「まあ、それはそうだ。時期的にもなあ」
父さんと母さんも仕事に行ったし、ほんとに、休みが終わったんだなあと実感する。
元の生活に戻ったということは、飯を自分でどうにかしないといけないということだ。休みの間はほとんど母さんにまかせっきりだったからなあ。しばらくは出来合いのものでもいいか。
花丸スーパーの弁当、そういや種類が増えたんだっけ。総菜もいろいろあるし、寿司も安いパックが出来たんだとか。田中さんが言っていた。
「にしても……」
咲良はあきれたようにため息をついて言った。
「本が多い!」
「そりゃ休み明けだし、督促状出したし」
「も~、休みは儚いんだから、こんなに読めないでしょー」
と、誰にともなく咲良は、小さな子どもに言い聞かせるような口調でつぶやいた。
確かに、今日は返却図書が多い。分厚い本が多いのは、休み明けの特徴である。みんな、休みに夢見てるんだなあ。
「おっと……」
これは市立図書館から団体貸出してある本だ。これも、これも。まだ仕事に慣れていない一年生が、返却処理をした後に、学校の図書館の本と混ざって棚に置いてしまうのは多々あることだ。特に、図書館になじみがないとなあ。
団体貸出の本は図書館に入ってすぐのところに特集されている。リクエスト本とか、それに関係する本とか、あとは先生たちからの要望とか、そういうのをもとに借りているからか、ジャンルはまちまちだし、巻数もばらばらだ。
「これは……こっちか」
「はー、終わった終わった」
咲良は肩を回しながら隣にやってくる。
「何見てるんだ、春都」
「市立図書館の本。統一性ねぇなあと思って」
「あー確かに」
咲良は文庫本と、大判の本を手に取った。
「こっちは日本文学集、そんでこっちはミニキャラの書き方講座……書の世界とかもあるなあ」
「微生物の育て方まであるぞ」
「誰がリクエストしたんだろうな」
あれこれと本を見ていたら、予鈴が鳴った。教室にぼちぼち向かいながら、咲良は一つあくびをして聞いてきた。
「春都、午後から何?」
「数学と体育。そっちは?」
「英語と現代文。どっちも小テストある」
「俺そっちの方がいい……」
「体育が六時間目ってだけいいじゃん。中途半端な時間にあるより楽だろ」
「まあ、それはそうだ」
新しい時間割りに慣れるのには、まだ少し時間がかかりそうだ。
弁当を買って帰ろうと花丸スーパーに寄ったものの、どれもこれも売り切れてしまっていた。夕方になって安売りしてたし、ただでさえ安いものがさらに安く売られてんだから、そりゃ売れるか。寿司もパーティー用みたいなのしか売ってないし、次が出来上がるのを待つ時間もない。家にあるもので何か作るしかない。
そう思って家のドアを開けると、何やら甘い香りが漂っている。なんだなんだ。
「あれ、ばあちゃん」
「おかえりー春都」
「ただいま……来てたんだ?」
あれ? 今日来るって連絡来てたっけ? ……ないよなあ。
「連絡したでしょ?」
「いや、何も」
「あれ?」
ばあちゃんは言って鍋に蓋をすると、自分の携帯を取り出した。
「あらま、お母さんに送ってるわ」
「あはは。まあ、よくあるよね……」
「そろそろご飯できるから、お風呂入っちゃいなさい」
「はーい」
相変わらず熱々の風呂に入り、ホカホカのまま居間へ向かう。
今日の晩飯は……牛丼だ。それに玉ねぎと豆腐のみそ汁まである。紅しょうが付きだなんて、豪華だ。
「いただきます」
つゆがたっぷりの牛肉だけで、まずは食べてみる。あー、この味付け、甘すぎず辛すぎないうまみを引き出す味わい。噛みしめるほどに牛肉の味と脂のうま味が染み出してきて、砂糖の素朴な味わいと醤油の香ばしさと相まってうまい。
ご飯も一緒に食うと……たまんねえなあ。出汁が染みておかゆみたいな感じもする。さらさらっとかきこむのがうまいんだ。
紅しょうがも一緒に食べると爽やかで、いくらでも食べられる。牛肉の濃い味に紅しょうがの酸味が染みて、また違ったうま味になるんだ。一緒に炊いてある薄い玉ねぎもまた、甘味があっておいしい。
玉ねぎのみそ汁は香ばしい。豆腐のまろやかさとプルプルした食感がいい。シャキッとしたところも残っている玉ねぎは、味噌の風味を吸っていい感じだ。
「携帯の字、小さくて見えづらいのよね」
そう言いながらばあちゃんは向かいに座った。
「設定で変えられるよ」
「それがよく分かんないの」
「じゃあ、あとで見せて。やってみる」
「あら、ありがとう」
それにしても、うまい。
花丸スーパーの弁当が全部売り切れていたのは、このためだったか。いやあ、ほんとに、売り切れててよかったなあ。
「ごちそうさまでした」
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