一条春都の料理帖

藤里 侑

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第五百九十七話 オムライス

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 春休みは、どこもかしこも人が多い。ショッピングモールともなるとどこを見渡しても人、人、人である。ましてや花見シーズンが終わってしまったから、こういう施設に集まる人も多いのだろう。
 よっぽど用事がない限り、できれば近寄りたくない場所である。
 暇を持て余した咲良にしつこく誘われて断るのも面倒で来てしまったが、やっぱり意地でも断っておくべきだったかと少し考える。
「で、お前は何がしたいんだ」
 どこへ行くともなしに人の合間を縫って歩きながら聞けば、咲良はあっけらかんと言った。
「んー、特にないんだよな、これといって」
「じゃあ何で来たんだ」
「来ればなんかあるかなあと思って。こういうとこ来る時って、そういうもんだろ?」
「そういうもんなのか……」
 目的と行く店を決めて、さっと行ってさっと帰ってくる。こういうとこに来るときは、それが普通だと思っていた。いろいろな考え方があるんだなあ。
「あ、これ見たことある!」
 咲良が吸い寄せられていったのは、海外の商品が並ぶ店だった。白や黄色で統一された店内はまぶしくて、思わず目をすぼめる。香水の香りと甘いお菓子の匂い、それと化粧品の匂いに雑貨の匂いが相まって、いかにも海外って感じがする。
 女の人が多い店内にも臆することなく咲良は入っていく。
「ほら、春都。これ動画でよく見るやつ」
「どれ?」
 咲良が真っ先に向かった商品棚には、粘土細工のような、あるいはおもちゃのようなものがたくさん並んでいた。袋詰めされているあたり、お菓子風の雑貨といった感じか。……いや、違うな。これはお菓子だ。
「食えるのか、これ」
「全部食いもんだよ。すげー色だよな~、見ろよ、これ。消しゴムみたい」
「へえ……いろいろあるんだな」
 味はどうかはともかくとして、一度くらいは食べてみたい。でも、おいしくなかったらどうしようという心配もある。安いものではないから余計になあ。
「これとか知ってんじゃねえの? 結構流行ってるっつーか、妹によく見せられる」
 そう言って咲良は、また一段と蛍光色がまぶしいお菓子を手に取った。
「見たことあるような、ないような……」
「あ、そう? じゃあこれは?」
「……知らん」
「なんだ、春都にも知らないことってあるんだな」
 と、咲良は楽しそうに笑った。
「何でも知ってそうなのに」
「何でもは知らねえよ。お前は俺を何だと思ってんだ」
 咲良は、妹が欲しがっていたというお菓子だけ買っていった。自分で食う分はいらねえのかと思ったが「興味はあるけど、自分で食べるのはちょっと」と言っていた。
 次に何となく向かったのは、アニメグッズの専門店だ。
「やっぱショッピングモール来ると、来ちゃうよな~」
「地元にないからな」
 各々好きなジャンルが違うので、好きに見て回る。ここはあまり混んでいないし、見知ったものがたくさん並んでいるので少しほっとする。
 最近突然はまったアニメのコーナーを探す。子ども向けのアニメだがなんか面白くて、気づけばどっぷりはまっていた。一話が短いし、見た後気分がいいアニメだ。質のいい作画、心地よい声、程よいバランスのストーリー……かなり長いこと放送されているというのに、俺はどうして見ていなかったのだろうと思ったくらいだ。
「お、結構ある」
 あまり期待していなかったのだが、思ったよりもコーナーが広い。なんか買うか……買うとしたら何にしようか……うーん、悩む。
 キーホルダーがやっぱり順当だろうが、キャラクターごとに展開されているからどれを買おうか悩む。それじゃあ、全員集合している書下ろしイラストの色紙か。でも、どこに飾ろうか。
 あっ、なんだ、こっちにもキーホルダーあるのか。こっちは違うアニメだと思っていた。おお、これはいい。好きなキャラが全部載ってるやつ。アクリルキーホルダーだが手ごろな値段で、二つ買ってもいいくらいだ。これにしよう。鞄につけようかなあ。
 会計を終え、いまだ商品棚の前であれこれと悩んでいる咲良の元へ向かう。
「ありゃ、もう買ったの?」
「おう。先に外で待ってる」
「まーまー、そんなこと言わずさあ、相談に乗ってくれよー」
 げえ、こうなるとこいつ長いんだよなあ。というか、かご一杯に商品を積んでおいて、まだ買う気か。
 咲良は真剣そのものといった表情で言った。
「これとこれなんだけど、中身がなにか分かんなくてさあ。でも、こっちに開封済みのやつがあって、それが推しなんだよ。でもそっちはちょっと高くてさあ。どっち買うかなって」
「推しでいいんじゃないか」
「でもなあ~、この子も欲しいんだよなあ~」
「好きにするのが一番だ……」
「ええ~、んー……」
 結局、咲良の買い物はそれから一時間半くらいかかった。
 腹ペコだ。
 店のすぐ近くがフードコートになっているので、そこで食うことにした。人はまだ少ないので、先に席を取っておく。
 オムライスの専門店があったので、それにした。デミグラスソースのオムライス、うまそうだ。咲良はぶれずにかつ丼である。
「いただきます」
 半熟ではないが、ふわふわの卵だ。濃い焦げ茶色のデミグラスソースと優しい黄色の卵、この組み合わせは否応にもワクワクする。
 スプーンを入れると、程よい色のチキンライスが見える。透き通った玉ねぎもきれいだ。
 ほわっほわの卵はよく火が通っていて、口の中でうまくほどけていく。デミグラスソースは濃厚なうま味と香ばしさがいい。口いっぱいに広がり、鼻から抜ける香りがたまらないな。
 チキンライスはバターのコクが最高だ。くどくはないが、うま味がしっかりある。鶏は淡白で、玉ねぎのさわやかな香りとこっくりとした甘みがうまい。デミグラスソースのオムライスは、なんだか特別な感じがする。
 卵とソース、チキンライスのバランスがばっちりで、次々食べてしまう。オムライスとは飲み物だったか、と錯覚するようだ。
「お前は相変わらず、かつ丼なんだな」
「ん? おう、うまいぞ!」
 咲良は屈託なく笑って言った。
「お店とか、作る人とか、それによってずいぶん変わるんだ。ここのは、甘さ控えめで醤油の風味が強いかな~。卵はかため。いつもの感じと違うけど、これもうまい」
「ほう……」
「からあげも、いろいろ違うだろ? それと同じようなもんだよ。オムライスもいろんなのあるしな!」
 そう言って咲良は、卵ととんかつ、それにご飯を器用に箸ですくい上げて、豪快に一口で食べた。
「ん~、んま!」
「なるほどなあ……」
 半熟、よく焼き、ケチャップ、デミグラスソース……世の中には、まだまだ知らないオムライスがあるのだろう。
 せっかくだから、いろいろ、試してみたいものだなあ。
 それはそうと、今日のオムライスはなかなか俺の好みにぴったりである。

「ごちそうさまでした」
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