一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百九十六話 花見弁当2

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 酒盛りじゃない花見がしたい。
 咲良からそんな連絡が来たのは、花見をした日の晩のことだった。結構歩いて疲れ切って、やっと布団に……というタイミングで送ってくるあたり、間がいいんだか悪いんだか分からないやつだ。
 だらだら長々と文章が送られてきたが要約すると、
『酔っ払いたちの世話でろくに桜が見られなかった。ちびどもの世話で飯も食えてない。俺だってのんびり花見しながら飯が食いたい』
 ということらしい。
「俺にどうしろと」
 そう送り返せば、間もなくして返信が来た。
『明日、花見に行こう』
 かくして、二日連続の花見が決定したのである。

 花見をする公園は、昨日とはまた違った場所だ。小学生の頃、鍛錬遠足で来たことがあるようなないような気がする。
 公園に行く前に、コンビニで飯を買う。あの後咲良は、朝比奈と百瀬も誘ったようだった。
「かつ丼か、カツカレーか、ソースカツ弁当か……」
「とんかつしか選択肢がないのか?」
「お菓子は俺、作って来てるからね~」
「……あ、肉まんまだあるんだ」
 いろいろと目移りするが、ここは幕の内にしよう。
「えー、なんか春都、ひねりなくない?」
 そう言う咲良は、味噌かつカレー丼なるものを手にしていた。ソースも付属してんのか。それは……うまいのだろうか。
「花見っつったらこれだろ」
「そっかあ。で……」
 朝比奈はクリーム系のスパゲティ、百瀬は小さいおにぎり弁当を買っていた。
「朝比奈、スパゲティなんだ」
「俺は今これが食いたい」
「まあ、食いたいもん食うのが一番だよな~」
 会計を済ませて、ぼちぼち公園へ向かう。
「おっ、なかなかいい感じじゃん」
 公園に入って、咲良は嬉しそうに言った。
 その公園には入り口がいくつかあって、周囲は住宅街になっている。開けた広場には真新しい遊具が光り、そんな広場を取り囲むように桜が植わっている。少し高くなったところには立派な銅像があった。あー、これ見たことあるわ。何回か来たな、ここ。
 案外空いていて、子どもの姿もない。遊具は貸し切り状態だ。
「さて、それじゃあ……」
 咲良は言うと、俺に荷物を預けてきた。あまりにも自然だったから、つい、受け取ってしまう。
「遊ぶぞー!」
 咲良は言いながら、遊具に突進した。見れば百瀬も全力疾走だ。荷物は朝比奈に預けたらしい。そんで、大荷物を抱えた朝比奈もそわそわしている。
「朝比奈……」
 なんだかもう、何でもどうでもよくなって、朝比奈から荷物を受け取った。
「……行ってこい」
 その言葉を聞くや否や、朝比奈も遊具まで猛ダッシュした。さて、どこか飯が食えるような場所は……ああ、あの東屋いいな。テーブルと椅子もあることだし。
「よいしょ……っと」
 荷物を置き、椅子に座る。あいつら元気だなあ。
「あはは! この滑り台、かなり怖い!」
 波打つ赤い滑り台を百瀬が滑る。途中で浮いたぞ、あいつ。朝比奈は高いところに登っただけでも楽しいようで、遊具のてっぺんで目をキラキラさせていた。
 咲良は……ブランコか。なんか妙に上手だな。みるみる勢いが増して、とんでもない高さになっていく。一回転しそうな勢いだったが、途中で勢いを緩める。見ているこっちがハラハラしていた。
「春都~、こっちのブランコ空いてるぞ~」
 咲良が楽しそうにそう言って、自分の隣を指さすから、行かざるを得ない。
「お前、ブランコうまいな」
「昔っからやってるからなあ~。妹が生まれてからは特に公園で遊ぶこと多かったし、コツがあるんだぜ?」
「ほう」
 俺は、ゆらゆら揺れているだけでいいな。目をつむると空を飛んでいるような気がしてくる。
「こうやって最大限足を延ばして~、折り曲げるタイミングがあってだな」
「すげえよ、お前は」
「なんか春都って妙なところで感心するよな~」
「そうか?」
 素直にすげえと思ってるだけなんだがなあ……
 満足するまで遊んだら、飯にする。
「いただきます」
 幕の内弁当って、豪華だなあ。結局自分で作ることはなかったけど、まあいいや。
 卵焼きに煮物、ひじきにコロッケに鮭。ご飯には黒ごまがかかっている。
 まずはひじき。甘い味付けで、食感が楽しい。一緒に炊いてある大豆がトロトロで、ニンジンの色がまぶしい。
 コロッケにはソースをかけて食べる。ちょっとだけ酸味のあるソースは、ジャガイモとひき肉のうま味によく合う。極限まで潰されたジャガイモはトロットロで、衣はサクサクだ。この食感の違いは、コンビニのコロッケならではだよなあ。
 卵焼きは出汁巻きと甘いのの中間って感じだな。プルプルしている。ほんの少しひじきの色が移っているのがなんだか愛おしい。
 鮭はほろほろと崩れ、塩加減もちょうどいい。皮は少し柔らかい。
 ご飯を切って食べる感じが、弁当らしくて好きだ。やわらかめの米に、鮭がよく合う。黒ごまも香ばしくていいアクセントになっている。
「お菓子はねー、じゃん! 三色団子~。花見といったらこれでしょ」
 百瀬は透明のパックを取り出した。中には、串にささったピンク、緑、白の団子がある。
「うまそうだな!」
 咲良は言って、一本手に取った。
「あ、これ、あんこ入ってる……」
 と、朝比奈が言うと、百瀬は少し得意げに言った。
「ピンクにはなんも入ってないけど、白にはこしあん、緑には白あんが入ってるよ~」
 うん、これはうまいな。三色団子って、あんまり食べた記憶ないけど、これはうまい。ほんのり甘い団子はもちもちで、ペットボトルの緑茶がよく合う。白あんは上品な甘さで、こしあんはこっくりとしたうま味がたまらない。
 団子の最後の一口を食べたとき、ふわっと目の前に桜がひとひら舞い降りた。今年は、結構いろんなところの桜を見たように思う。
 そろそろ、見納めか。名残惜しいが、散るさまも美しいのが桜だ。
 目の前のひとひらだけお土産にして、あとは目に焼き付けておくとしよう。

「ごちそうさまでした」
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