一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百九十話 手作りクレープ

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 ありったけのクッションをベッドの上に置き、寄りかかれるようにする。まだうっすらと冷えるので、ブランケットも用意しよう。手元には、普段忙しくて読めていない漫画や、久々に読みたくなった漫画一式を積んでおく。
 休みの日、たまにはのんびりぐうたら過ごすのもいい。
「よいしょ……っと」
 クッションと漫画に埋もれるようにして座り、ブランケットを足にかける。あー、幸せだ。できることならここから動きたくない。まあ、極力動かないためにこんな空間を作ったわけだが。飲み物は水筒に入れて準備している。
 まずはどれから読もうか。新しいやつからにしよう。ということは、前の巻から読むべきか。その方がより楽しめるかな。でも、早く読みたい気もする。
 いいや、新しいの読んで、気になったら前のを読もう。
 ビニールをはがして、まずは本の手触りを確かめる。電子書籍も便利でいいが、やっぱり、この本の手触りはたまらない。新しい本の匂い、紙の質感、表紙の手触り、重み……これはどうにも譲れない。
 待ちに待った新刊、今回の表紙は真っ青な空がまぶしい。いまだ寒さの残る季節だが、本の中は真夏である。
「さて」
 表紙をめくるときは、いつも少しだけ緊張する。でも、読み進めていくうちに、だんだんそんな気分は忘れてしまうのだが。

 うんうん、今回もいい話だった。えーっと、次は何を読もうかな。そうだ、あれ、二回目まだだな。
 本というのは初めて読む瞬間が最も感慨深いようにも思うが、二回目からが本番、みたいなところもある。一回目では読み切れなかった部分を二回目に読み、三回目になるとまた違うことに気付く……そういうのを繰り返すのが楽しい。
 いまだに、もう何十回も読んだ本でも、こんなシーンがあったのかと思うときあるもんなあ。そして、飯テロ系の漫画は、何度読んでもいい。
「これか、これだな」
 一巻から順番に読んでいくのも好きだが、遡って読んでいくのもなんか好きだ。一度順番に読んだからこそ楽しめる読み方でもある。そうそう、前の巻でそう言ってたよね、とか、ああ出てきたなあこの料理、とか、そうなるのが楽しい。
 基本的に俺が読む漫画に出てくるのは、しょっぱい料理が多い。酒のつまみになりそうなやつだな。もちろん、ご飯にも合いそうだ。
 でも甘いものが全く出てこないかというと、そうじゃない。クリームたっぷりのケーキとか、チョコレートと一緒に食べるチュロスとか、重々しいクレープとか。それもうまそうなんだよなあ。
 しこたま本を読むと、満足感もあるが疲労もたまる。お茶を飲み、横になって天井を見上げる。
 ふかふかのクッションに埋もれてぼんやりできる時間って、尊い。あちこち出かけるのも悪くはないのだが、やっぱり、俺は休みの日は家でのんびり過ごす方が好きだ。たまに出かけるのは、悪くないけどなあ。
 とりあえず読みたい本は全部読んだことだし、しばらく目と頭を休めよう。昼寝するほどではないが、目をつむって周りの音に耳を澄ませるのは良い休息になる。
 車のエンジン音、小鳥のさえずり、ヘリコプターの音も近い。きらきらと眩しい日差しは音が聞こえそうなまぶしさで、日の当たるところは暖かい。ポカポカ陽気の中でまどろむのは気持ちがいいなあ。
 家の中も程よい音であふれている。昼下がりのワイドショーの笑い声、新聞をめくる音、食器が触れ合う音、何か調理を始めようとする音……
「……何作るんだ?」
 なんとなく気になって起き上がる。扉を開けると、音は少し大きくなった。
「あっ、春都。ちょうどいいところに。手伝ってー」
 台所に立っていた母さんがそう言って手招きをする。父さんは父さんで、テレビを見ながらバナナの皮をむいている。え、何でバナナ。
「何やってんの」
「おやつを作ろうと思って。クレープ」
「ああ、その具材でバナナ」
「ご名答」
 台所には、小さないちごが詰まったパックとかみかんの缶詰とかもあった。全部家にあったやつだ。絞るだけのホイップクリームはいつ買ったんだろう。消費期限には余裕があるけど。
「私は生地を焼くから、春都はいちご切って」
「了解」
 生地はホットケーキの粉を使うのか。薄く焼くの、難しそうだ。俺だったら途中であきらめてホットケーキでいいやってなりそう。
 クレープに挟むいちごかあ。やっぱり薄く切った方がいいだろうか。でも、食べ応えも欲しいし……半分にしよう。へたを取って、しっかり洗って、水気を取ったら半分に切り分けて皿に盛る。甘酸っぱい、春の香りがする。
 その間にも生地は次々焼かれていく。父さんは慎重にバナナを切り分けていた。
 みかんの缶詰は器に盛る。
「はい、生地できた」
「果物もできた」
「バナナ、切り分けたよ~」
 生地と果物をテーブルに持って行く。だらだらとテレビを流しながら食べるスイーツ、いいね。
「いただきます」
 まずは生地にホイップクリームをたっぷりのせて、いちごを散りばめる。
 ほのかに温かい生地に、ひんやりと冷たいホイップクリーム。クレープの醍醐味の一つだよな、この温度差は。もちっとはしているが歯切れのいい生地は、ほんのり甘いホットケーキ味だ。ホイップクリームの甘さは控えめで、いちごの酸味ある爽やかな甘みがよく合う。
 今度はみかんを挟んでみよう。
 ちょっと果物が生ぬるくなる感じ、面白い。シロップの甘さも相まって、スイーツ食ってるなあ、って実感する。缶詰のみかんは、ひんやり食べたい時もあるけど、こういうふうにぬるくなってもうまい。
 みかんって、クリームとの相性がいまいちな気もしていたが、実際、そんなことはないんだな。
 バナナ入れると、いかにもクレープって感じだ。食べ応えがあるのは、バナナクレープだな。バナナそのものがうまいから、クリーム少なめでも十分だ。あ、そうだ。余っていたチョコレートを一緒にくるんでみよう。
 うん、間違いない。チョコバナナクレープ、うまい。
 すべての果物をくるんでみる。豪華な味だ。みかんの甘味にいちごの酸味、バナナのこっくりとした味わい、少し冷めた生地の風味、クリームのコク。
 家でも、一級のクレープって、作れるもんなんだなあ。

「ごちそうさまでした」
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