一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百八十九話 ハンバーガー

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 週末はいい天気だったので、コインランドリーへ行くことにした。外に干すとか、そういうわけではないのだが、雨が降っているときよりよっぽどいい。
「はーい、春都。次~」
「人使い荒くない?」
「若者が働くのよ」
 母さんにあれやこれやと指示を出され、布団を車に積み込む。乾燥した後に入れるビニール袋を忘れてはいけない。運転席には父さんが座り、「近くのコインランドリーはどこかな」とスマホで探していた。
「これで全部ね?」
「うん……たぶん」
「よし、ここが近いね」
 車で行かなければなかなか寄り付かないスーパーやドラッグストアがある方へ行く。自転車で行けない距離ではないのだが、交通量が多くて危ないんだ。
 小さなクリーニング屋さんの裏に、大きな駐車場を擁するコインランドリーがある。コインランドリーそのものはちんまりとしているので、なんだか不思議な見た目だ。大きな雨除けがあるのが便利だと思う。
 人は少なく、使用中の洗濯機や乾燥機もわずかだ。人が少なければ、コインランドリーの雰囲気は嫌いじゃない。嗅ぎ慣れない洗剤の香りが充満しているのはまあ、あれだが、空調も効いていて意外と居心地がいいんだな。
 車から布団を下ろし、地面に付かないように気を付けながらコインランドリーの中へ向かう。
「おりゃっ」
 大きな洗濯機は、なんとなく怖い。人が二人くらいは入れそうだ。
 自販機で買った洗剤を入れたら、ぐっと力を込めて扉を閉める。時間の分だけ百円玉を入れ、洗い方を選択したら、ごうんっ、と回りだした。ちょっとびっくりする。
 洗っている様子を見るのは楽しいが、ずっと見ていると目が回る。それに、時間もだいぶかかるのでいったん帰ることにした。別の客とすれ違ったとき、母さんが「こんにちは」と声を発した。どうやらお得意様のようだった。
「あら、一条さん」
 お得意様らしいご婦人は嬉しそうに笑うと、母さんを連れてまた屋内に戻ってしまった。父さんと俺も、それに続いて戻る。
「ご家族でいらしてたの?」
「はい。天気もいいですし、布団を一気に片付けておこうと」
「こちらは息子さん? おいくつなの?」
「あ、高校二年生です」
 そう答えると、お得意様は感心した様子というか、嬉しそうというか、ともかく、悪い印象は持たなかったらしい表情で深く頷いた。
「その年でお手伝いをなさるなんて、いいお子さんね」
 確かにお子様ではあるが、この年で言われるとなんか変な感じがする。父さんも一言二言話すと、母さんとお得意様からは少し離れたベンチに座った。父さんは声を潜めて、俺の耳元で言った。
「あのお客さん、お話好きだから。たぶん、洗濯終わるまで続くよ」
「乾燥まで?」
「乾燥まで」
「そっかあ……」
 ま、別に用事もないし、いいんだけど。ちらっと横目で二人の様子を見る。お得意様の楽しそうな笑い声を母さんは難なく受け流す。なるほど、受け止めることがすべてではないのだなあ。
 さて、一時間くらい、何をしようか。とりあえずゲームにログインして、ログボをもらっておく。父さんもゲームをやっているみたいだ。なんのゲームだろう。見覚えはないが、聞き覚えのある声がうっすらと聞こえてくる。
 ログボをもらったら、後はすることはない。ゲームって充電食うからなあ。あっちこっちの飲食店のメニューでも眺めていようか。
 まずは弁当屋から。期間限定、春の丼特集か……魚と野菜が主なんだな。肉系はあんまりないのかな……いや、あるな。濃厚なたれでいただく、カルビ丼。味や食べ応えもそうかもしれないが、値段もなかなかヘビーだ。でも、うまそう。
 寿司屋のメニューも見ていて楽しい。高い店から回転寿司まで。まあ、回転寿司の方がなじみ深いな。食ってみたいメニューは山のようにある。
 洗濯が終わったみたいなので、乾燥機に移す。お得意様の勢いはまだ衰えず、おしゃべりは続く。
 今度はよく行くハンバーガー屋のメニューだ。おなじみのメニューもいい。食べ応えのあるでっかいハンバーガーにシンプルかつ、お手頃なハンバーガー。サイドメニューも魅力的だ。ポテトにチキンナゲット、シェイク……どうしてこういう店のジュースって、見慣れているものばかりなのに、魅力的に感じるのだろう。
 しかし今気になるのは、期間限定のこのがっつりメニューだ。黒こしょうをきかせた、スパイシーなバーベキューソースたっぷりで、肉厚ビーフパテが二枚。レタスとトマトも挟まっているし、パンもふわふわでうまそうだ。
「それ、食べたいのか?」
 と、横からのぞき込んできた父さんが言った。
「うまそうだなって」
「じゃあ、帰りに買って、家で食べようか」
「えっ、いいの。やった」
 乾燥も終わり、片付けも終わった頃、母さんはやっとお得意様から解放された。疲労困ぱいの母さんは、テイクアウトの提案を断ろうはずもなかった。

 今この瞬間に食べたいものを食べられるって、なんて幸せなんだろう。漂うジャンキーな香り、揚げたてのポテト、チキンナゲットにソースはバーベキューとマスタード、そしてジュースはコーラだ。
「いただきます」
 やっぱりまずは、ハンバーガーから。おお、写真よりも魅力的だ。温かさも相まって、たまらない気分だ。
 ふかふかのバンズはシンプルな味わいで、ジュワジュワとしみこんだバーベキューソースが香ばしい。肉も食べ応えがあるなあ。がっつり肉の味がわかる感じで、ハンバーグステーキ、って感じだ。
 みずみずしいレタスの青さに、トマトのシャクっとした歯触りと酸味もまた格別だ。肉とパンを一緒に食うと、どうしてこんなにも野菜の魅力は増すのだろう。
 あっ、ピクルスも入ってんだ。こりゃあいい。
 口いっぱいに、パン、肉、レタス、トマト、たっぷりのソースが満ちていく。これほど幸せなことがあっていいのだろうか。
 ポテトも忘れちゃいけない。塩気が強くて、カリッカリだ。チキンナゲットのソースをつけてもうまい。こっちのバーベキューソースは甘いな。
 チキンナゲットはサクサクで、淡白な肉質がまたいい。きつすぎないスパイスの香りというのもまたいいもんだ。酸味が控えめでピリッとするマスタードもうまい。
 そこにコーラ。合うに決まってる。シュワシュワパチパチの刺激と甘さ、コーラ特有の風味が、ジャンクフードにはよく合う。
 ハンバーガーのソースをポテトやチキンナゲットにもつけてみる。ああ、合う合う。
 ハンバーガーの最後の一口を噛みしめたら、口の中にコーラを巡らせる。最高の気分だ。
 なんか、うまく食べられた気がする。最高に楽しめた。なんだか、満腹感とは別の達成感にも満ちていた。

「ごちそうさまでした」
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