625 / 854
日常
第五百八十七話 小籠包
しおりを挟む
家を出ようとしたタイミングで、スマホが鳴った。
「あ、母さん」
今日帰ってくるのか。
「うめず。今日、父さんと母さんが帰ってくるって」
「わう」
「俺より先に帰ってくると思うから、頼むぞ」
「わふっ」
うめずは頼もしく返事をした。尻尾が嬉しそうに揺れているからなんか締まらないけど、それがいい。
「じゃ、いってきます」
ここ数日の暖かさから一転、今日はずいぶんと冷え込んでいる。風が吹くととんでもなく寒い。季節の変わり目は温度差がなあ、厳しいよなあ。
校門に立っている先生たちも寒そうだ。そんなに寒いなら、無理して立たなくてもいいのになあ。特に校門は日陰になっているから、余計に寒いんだ。生徒会も今日はマフラーに手袋と完全防備である。
寒い日は、温かいものが恋しくなる。おでん、鍋……揚げ物もいいな、揚げ物。あっつあつの揚げ物っていいよな。冷めてもうまいのはあるけど、揚げたてって、やっぱり違う。
多分、俺が帰る頃には父さんと母さんは帰って来てるだろうからな。なんか用意してくれてると嬉しいなあ。それか、なんかお土産買ってきてくれないかな。この辺じゃなかなか食べられないようなもの。
冷え冷えとする階段を上り、人の声が聞こえるもののどこか静かな感じのする廊下を歩き、人の熱気で幾分か暖かい教室に入る。教室も誰かが騒いでいるわけでも、話に興じる人たちがいるわけでもないのだが、なんとなくざわめいている。
「おはよう、一条」
「おう、おはよう」
前の席の中村は、見慣れない参考書を開いて、ノートに問題を解いていた。ああ、塾の参考書か、と思ったのは、自分の席に座ってのことである。
朝課外は国語、となれば、古語辞典が必要だな。ロッカーに行かないと。教室に入る前にもってくりゃよかった。どうにも俺はこういうところで段取りが悪い。日常生活に大きな支障があるわけではないが、地味に手間が増えるんだ。
廊下の窓からは、サブグラウンドとテニスコートが見える。理系の方からは、裏門付近に植えられている桜の木も見えるのだが、こちらからは見えない。
暖かい日が続いたものの、桜はまだ咲かない。温度差がしっかりないと桜も咲かない、と前に父さんが言っていたのを思い出す。暖かいばかりではだめなのか。
今年の春も、花見に行けるといいなあ。どんな弁当を作ろうか。
朝課外の予習も、今日必要な物の忘れ物もないことを確認し、弁当の構想を練る。
出汁巻きがうまく作れるようになったから、それを入れた弁当を作りたいな。きんぴらごぼうや、れんこんのきんぴらもあると嬉しいな。
魚か肉か、どちらを入れるか悩ましいな。魚はシンプルに焼いたものか、それとも炊いたものか……銀だらみりんもうまいし干物も捨てがたい。肉はからあげかな。それとも照り焼き? 魚の照り焼きもいいんだよなあ。
いっそのこと両方入れるとか。豪華すぎるかな。
あ、幕の内弁当ってやつを作ってみたいな。あれって、何をもってして幕の内というのだろう。明確な定義とかあるのだろうか。今度調べてみよう。
和風で統一するのもいいが、洋食、中華、韓国料理にジャンクフードも捨てがたい。いろんなハンバーガー作ってフライドポテト添えるのも夢があるなあ。小さいころ本で読んだ、外国のピクニックの様子も憧れなんだ。ピーナツバターとジャムのサンドイッチをバスケットに詰めて、りんごも持って行く。
弁当ではないが、高速道路のサービスエリアであるような軽食もいい。車にもちこんで、食べながら移動する。これって、言葉じゃ言い表せない感慨があるよなあ。
しょっぱいものから甘いもの、変わり種もたくさんで、選ぶだけでも楽しい。サービスエリアといえば、俺は小籠包を思い出す。薄皮の肉汁たっぷりのやつじゃなくて、小さい肉まんみたいなやつ。あれ、好きなんだよなあ。
あとは柚子風味のイカの塩辛とか、甘辛いたれとごまをイカと和えた、丼としても茶漬けとしても食べられるやつとか。サービスエリアって、なんであんなにワクワクするんだろう。俺が行き慣れていないってだけなのか。
「なんか楽しそうだな、一条」
いつの間にか課題を終えたらしい中村が、にこにこ笑いながら言ってくる。
「なんかいいことでもあったのか? それとも、いいことがあるとか?」
「んー、まあ、いいことっちゃいいことだな。花見弁当どうしようかなって」
「花見に行く予定があるのか」
「いや、ないけど。あとはサービスエリアの飯とか……」
「遠出でもするのか?」
首を横に振って「別に」と言うと、中村は少し呆れたように笑って「なんだそれは」と言った。
なんだよ、想像するのはタダだし、誰にも迷惑かけないだろ。
強く望めば、叶うものもある。
「小籠包だ」
父さんと母さんからのお土産は、サービスエリアの小籠包だった。透明のパックに十個入っていて、二パックもあった。二人、レンタカーで帰ってきたらしい。母さんがお茶を入れながら笑って言った。
「高速で帰ってきたからね。春都、好きでしょ?」
「ちょうど食べたいと思ってた」
「うまいもんな、ここの小籠包」
片づけを終えた父さんはソファにどっかりと座りながら言う。うめずはパタパタとしっぽを振って、ソファに前足を置いた。
「お腹空いたでしょ。ご飯まで時間あるから、食べよう」
と、母さんが机に温かい緑茶を置く。
「いただきます」
小籠包は、まだほんのりと温かい。ふわふわしていて、やわらかくて、優しい香りがする。
肉まんより小さい小籠包。そっとかじってみる。ほのかに甘く、ほわっとした口当たり。噛むと少しもちもちする。この生地の甘さに肉の味わいがよく合う。具だくさん、みっちり、という感じではなく、ほんの少し隙間もあって程よい量の餡だ。味付けは濃すぎず、甘味のある生地にぴったりだ。
噛むと、ふかあっと空気が抜ける感じがするのがまた面白い。肉まんよりは密度がないが、その分、軽々といくつも食べられる。
熱々の緑茶と合わせれば、もう最高だ。車の中で食うのもいいが、家でゆっくりと食うのもいい。
一パックの半分も食ってしまったが、父さんも母さんも「もっと食べろ」と言う。その言葉に甘えて、しこたま食った。
いやあ、満足だ。しかもあと一パックあるって、嬉しすぎる。またあとで食べよう。
「ごちそうさまでした」
「あ、母さん」
今日帰ってくるのか。
「うめず。今日、父さんと母さんが帰ってくるって」
「わう」
「俺より先に帰ってくると思うから、頼むぞ」
「わふっ」
うめずは頼もしく返事をした。尻尾が嬉しそうに揺れているからなんか締まらないけど、それがいい。
「じゃ、いってきます」
ここ数日の暖かさから一転、今日はずいぶんと冷え込んでいる。風が吹くととんでもなく寒い。季節の変わり目は温度差がなあ、厳しいよなあ。
校門に立っている先生たちも寒そうだ。そんなに寒いなら、無理して立たなくてもいいのになあ。特に校門は日陰になっているから、余計に寒いんだ。生徒会も今日はマフラーに手袋と完全防備である。
寒い日は、温かいものが恋しくなる。おでん、鍋……揚げ物もいいな、揚げ物。あっつあつの揚げ物っていいよな。冷めてもうまいのはあるけど、揚げたてって、やっぱり違う。
多分、俺が帰る頃には父さんと母さんは帰って来てるだろうからな。なんか用意してくれてると嬉しいなあ。それか、なんかお土産買ってきてくれないかな。この辺じゃなかなか食べられないようなもの。
冷え冷えとする階段を上り、人の声が聞こえるもののどこか静かな感じのする廊下を歩き、人の熱気で幾分か暖かい教室に入る。教室も誰かが騒いでいるわけでも、話に興じる人たちがいるわけでもないのだが、なんとなくざわめいている。
「おはよう、一条」
「おう、おはよう」
前の席の中村は、見慣れない参考書を開いて、ノートに問題を解いていた。ああ、塾の参考書か、と思ったのは、自分の席に座ってのことである。
朝課外は国語、となれば、古語辞典が必要だな。ロッカーに行かないと。教室に入る前にもってくりゃよかった。どうにも俺はこういうところで段取りが悪い。日常生活に大きな支障があるわけではないが、地味に手間が増えるんだ。
廊下の窓からは、サブグラウンドとテニスコートが見える。理系の方からは、裏門付近に植えられている桜の木も見えるのだが、こちらからは見えない。
暖かい日が続いたものの、桜はまだ咲かない。温度差がしっかりないと桜も咲かない、と前に父さんが言っていたのを思い出す。暖かいばかりではだめなのか。
今年の春も、花見に行けるといいなあ。どんな弁当を作ろうか。
朝課外の予習も、今日必要な物の忘れ物もないことを確認し、弁当の構想を練る。
出汁巻きがうまく作れるようになったから、それを入れた弁当を作りたいな。きんぴらごぼうや、れんこんのきんぴらもあると嬉しいな。
魚か肉か、どちらを入れるか悩ましいな。魚はシンプルに焼いたものか、それとも炊いたものか……銀だらみりんもうまいし干物も捨てがたい。肉はからあげかな。それとも照り焼き? 魚の照り焼きもいいんだよなあ。
いっそのこと両方入れるとか。豪華すぎるかな。
あ、幕の内弁当ってやつを作ってみたいな。あれって、何をもってして幕の内というのだろう。明確な定義とかあるのだろうか。今度調べてみよう。
和風で統一するのもいいが、洋食、中華、韓国料理にジャンクフードも捨てがたい。いろんなハンバーガー作ってフライドポテト添えるのも夢があるなあ。小さいころ本で読んだ、外国のピクニックの様子も憧れなんだ。ピーナツバターとジャムのサンドイッチをバスケットに詰めて、りんごも持って行く。
弁当ではないが、高速道路のサービスエリアであるような軽食もいい。車にもちこんで、食べながら移動する。これって、言葉じゃ言い表せない感慨があるよなあ。
しょっぱいものから甘いもの、変わり種もたくさんで、選ぶだけでも楽しい。サービスエリアといえば、俺は小籠包を思い出す。薄皮の肉汁たっぷりのやつじゃなくて、小さい肉まんみたいなやつ。あれ、好きなんだよなあ。
あとは柚子風味のイカの塩辛とか、甘辛いたれとごまをイカと和えた、丼としても茶漬けとしても食べられるやつとか。サービスエリアって、なんであんなにワクワクするんだろう。俺が行き慣れていないってだけなのか。
「なんか楽しそうだな、一条」
いつの間にか課題を終えたらしい中村が、にこにこ笑いながら言ってくる。
「なんかいいことでもあったのか? それとも、いいことがあるとか?」
「んー、まあ、いいことっちゃいいことだな。花見弁当どうしようかなって」
「花見に行く予定があるのか」
「いや、ないけど。あとはサービスエリアの飯とか……」
「遠出でもするのか?」
首を横に振って「別に」と言うと、中村は少し呆れたように笑って「なんだそれは」と言った。
なんだよ、想像するのはタダだし、誰にも迷惑かけないだろ。
強く望めば、叶うものもある。
「小籠包だ」
父さんと母さんからのお土産は、サービスエリアの小籠包だった。透明のパックに十個入っていて、二パックもあった。二人、レンタカーで帰ってきたらしい。母さんがお茶を入れながら笑って言った。
「高速で帰ってきたからね。春都、好きでしょ?」
「ちょうど食べたいと思ってた」
「うまいもんな、ここの小籠包」
片づけを終えた父さんはソファにどっかりと座りながら言う。うめずはパタパタとしっぽを振って、ソファに前足を置いた。
「お腹空いたでしょ。ご飯まで時間あるから、食べよう」
と、母さんが机に温かい緑茶を置く。
「いただきます」
小籠包は、まだほんのりと温かい。ふわふわしていて、やわらかくて、優しい香りがする。
肉まんより小さい小籠包。そっとかじってみる。ほのかに甘く、ほわっとした口当たり。噛むと少しもちもちする。この生地の甘さに肉の味わいがよく合う。具だくさん、みっちり、という感じではなく、ほんの少し隙間もあって程よい量の餡だ。味付けは濃すぎず、甘味のある生地にぴったりだ。
噛むと、ふかあっと空気が抜ける感じがするのがまた面白い。肉まんよりは密度がないが、その分、軽々といくつも食べられる。
熱々の緑茶と合わせれば、もう最高だ。車の中で食うのもいいが、家でゆっくりと食うのもいい。
一パックの半分も食ってしまったが、父さんも母さんも「もっと食べろ」と言う。その言葉に甘えて、しこたま食った。
いやあ、満足だ。しかもあと一パックあるって、嬉しすぎる。またあとで食べよう。
「ごちそうさまでした」
19
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる