一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百八十四話 ポップコーン

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 高校入試の日は、学校が休みになる。せっかく平日の昼間、自由に動けるんだし図書館にでも行こう。
「……なんか静かだな」
 図書館の近くまで来たはいいものの、なんか、図書館が暗い。朝早くて人がいないというより、これは、閉まってる感じだ。
「あー、やっぱり」
 閉館の札が出ている。確認して来るべきだったなあ。いつも開いてる曜日だから油断していた。そうだよなあ、臨時休館とか、当然あるよなあ。
「さて……」
 このまま帰るのもなんだかもったいない。
 あたりを見渡してみても人は少なく、実にのどかな時間が流れている。今、どこの公立高校でも試験があっている時間なんだよなあ。世間にとってはただの平日。こうしてみると、自分にとってとんでもないことが起きていたとしても、世界は関係なく回ってくんだなあ、と思う。
 まあ、今そんな気の遠くなるようなことを考える必要はない。この町に来ると、どうしてか色々考えこんでしまう。
 とりあえずショッピングモールに行くか、それともデパ地下か……
 ああ、映画館に行くか。バス乗ってちょっとあるけど、時間はあるし、たまにはいいだろう。何見るかなあ。
 バスを待っている間に、上映中かつちょうどいい時間の映画を調べ、バスに乗ってからは外の景色を見ながら何を見ようか考える。バスでスマホを見ると、高確率で酔うんだ。バス独特の匂いって、普段あまり触れないからちょっとワクワクするが、車酔いを誘発するんだなあ。
 さて、何を見ようか。二択までは絞れたのだが、そのどちらを選ぼうか。邦画か、アニメか。よし、邦画の方にしよう。ドラマで見てたやつだし、どんな感じの話かはある程度分かっているから、安心して見られそうだ。
 それに、アニメの方は話題作っていうか、めっちゃ盛り上がってて人多そうなんだよなあ。できればスカスカの座席で見たい。
 映画館のバス停で降り、中に入る。風圧すら感じる爆音のゲームセンターを通り過ぎ、通路に客席があるカフェを抜け、大きな階段を上った先が劇場……
 ……横に広がってのろのろと歩く若者集団が前にいる。あー、エスカレーターかエレベーターであがった方がよかったかなあ。ここのエレベーター、そういや使ったことないな。もういっそ、ささーっと追い越すか……
「う、げぇっ」
 って、あいつら同じ中学の同級生だし。しかも同じクラスのやつもいる。嘘だろぉ、こんなところで知ってるやつに会うとか、勘弁してくれよ。顔見たことあるだけならまだしも、中途半端に知ってて、中途半端に声かけてくるタイプのやつらとか、もう。
 映画館、来ない方がよかっただろうか。でも見たかったんだよなあ、あの映画。こんなときでなきゃ劇場に来ないし、あいつらのためだけに我慢するのも癪だし。
 よし、絶対関わらないぞ。
 劇場に着くと、目の前の集団は上映スケジュールの表示に向かった。よし、今のうちに発券だ。
 ショッピングモールの映画館とは違う系列の劇場だが、券売機の操作方法は似ている。ささっと操作をして、発券。よし、間違いなし。入場までは……あと十分程度といったところか。今のうちに手洗いを済ませて、食いもんを買おう。
 何食おうかなあ。やはりポップコーンか……いやしかし、ポテトも気になる。飲み物は炭酸にすべきか否か……ああ、いかん。あんまりのんびりしていると時間が無くなってしまう。
 フードとドリンクのコーナーに人は少なく、同級生たちは券売機の前ですったもんだしているのが見えた。
「いらっしゃいませ」
「えーっと……」
 どうしようかな、と思っていたところ、カウンターの人が親切に言った。
「ただいま、期間限定でポップコーンうま塩味が半額になっております。いかがですか?」
「半額か……」
「セットのポップコーンも、味を問わず半額です」
 それはなんと魅力的な。よっしゃ、ポップコーンのセットにしよう。
「じゃあ、ポップコーンセット……うま塩味で、飲み物はこれを」
「かしこまりました。以上でよろしいですか?」
「はい」
 会計を済ませると、店員さんは「少々お待ちください」と言って、ポップコーンをケースに入れながらジュースも準備し始めた。
 うーん、チュロスもうまそうなんだけどなあ。食べることに一生懸命になり過ぎて映画の内容が入ってこなさそうだ。その点、ポップコーンは淡々と食べられる。よくできてるよなあ。
 げっ、あいつら来た。早く早く。
「お待たせしました」
「あ、ありがとうございます」
 何とかやつらが来る前に、ポップコーンとジュースを受け取って入場口に行く。
「お客様にお知らせします――」
 おっ、ナイスタイミング。ちょうど入場時刻だ。あいつらは……どうやら、同じ時間帯ではないらしい。そのことにほっとしながら、半券を係の人に渡す。
 えーっと、ずいぶん奥の方のスクリーンなんだな。手前の方は賑やかだが、奥に行くにつれて静かになる。古い映画館の雰囲気が漂っていて、なんか好きだ。小さい頃は、子ども用の座布団みたいなの、使ってたなあ。
 お、予告始まってる。えーっと、俺の席は……映画館にしても野球場の座席にしても、すみっこの席が一番好きだな。
「よし」
 はあ、落ち着いた。スマホはマナーモードにして、飲み物はドリンクホルダーに。おっ、この映画も面白そうだ。公開いつだろう……
 あっ。予告に見入っていたら、本編始まってしまった。ポップコーンもまだ食ってねえ。
「いただきます……」
 本編始まったし、そっと食う。
 ん、パリッとしていて、ほんのり温かくてうまい。うま塩というだけあって、確かにうま味たっぷりの塩味だ。ジュワッとよだれがあふれ出してくるみたいな感じがする。サクサク、サクサクと次々食べてしまう。
 そこにジュースがよく合う。ライムとレモンの風味がする、甘い炭酸だ。癖がなくて、サイダーよりもいろんな風味がして、結構好きだ。細かい氷が入ってるってのもいい。家じゃ使わない氷だもんなあ。
 ちょっと薄くなってるのは、放置したからか。まあ、これはこれで好きだ。
 ポップコーンそのものの温かさと湿気で、少ししんなりしたポップコーンもまたいい。音が控えめで気にせず食える。みちっとした歯触りがまた……たまらん。
 それにしてもこのドラマ、映画になるとこんな感じなんだなあ。光の当て方とか間の取り方とかそういうのが地上波のドラマと違うのは他の作品にも言えることだが、ドラマで見たことある作品だと、余計に感じる。
 あはは、これCMで見たシーンだ。こんなシーンだったのか。本編で見るとまた印象違うなあ。
 ポップコーンの底の方には塩味がたまっていて、ちょっとしょっぱい。ジュースで流すのがうまい。
 チュロスは帰りに買って行こう。何味にしようかなあ。ポテトも食べたいなあ……

「ごちそうさまでした」
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