一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百八十二話 揚げたこ

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 朝起きてまず考えるのは、たいてい、昼食のことだ。弁当にするか、学食にするか。弁当にするならおかずは何にしようか。前もって考えているときもあるのだが、毎回そうやって考えられれば苦労しない。朝になってどうしようかなと考えることも多い。何なら、前の日の晩とか、日曜日とかからずっと考えてしまう。
 最近、毛布を下に敷いて羽毛布団だけを着て寝るとよい、と聞いて実践してみたのだが、とてつもなく心地いい。布団と毛布が分裂して寒い思いをすることもなくなったし、寝つきもよくなった。
 おかげで朝起きるのが、余計に面倒になったものだ。真冬ではないとはいえ、朝はまだ冷える。暖かくなった、というより、若干寒さが和らいだ、って感じの空気だ。
「とりあえず、卵焼き……」
 洗面所に向かいながら、ぼんやりとする頭で弁当の構成を考える。卵焼きは絶対いるし、あと肉……なんか肉食いたい。歯磨きしながら飯のことを考えると、なんか口の中が変な感じがする。
 野菜もいるよなあ。あ、ピーマンが一個だけ残ってたな。あれ炒めよう。レンチンしてかつお節と和えるのもいいなあ。
 肉はウインナーとミートボールにしよう。まあ、そんなもんかな。
「よし」
 顔も洗った、着替えも済ませた。さて、調理開始だ。
 まずはピーマンを細く切っていく。切り方によっては異様に苦くなったり、食感が悪くなったりするから、ピーマンを切るときは結構気を使う。
 切ったピーマンは耐熱の皿に入れ、ラップをかけてレンジでチン。その間に、鍋に湯を沸かし、ミートボールを袋ごと温めておく。いろいろな味があるミートボールだが、結局はいつものやつに落ち着くんだなあ。
 加熱したピーマンにはツナも混ぜる。味付けは麺つゆと少しの醤油。甘くなりすぎず、味も薄くならなくていいんだ。最後にかつお節も和えたら完璧だ。
 弁当に入れるのにちょうどいい、小さめサイズの皮なしウインナーも炒めたら、とりあえず詰める。弁当箱に銀紙入れて、おかずを詰め込む作業はちょっとワクワクする。あとは卵焼きだな。
 卵を三つ割り、砂糖の容器を手に取ったところでふと考える。たまには、出汁巻きも食べたいな。よっしゃ、出汁巻きにしよう。
 出汁巻きって作り慣れてないな。ちゃんと調べよう。えーっと、白だしで作る卵焼き……ああ、あったあった。
 まずは卵をよく溶く。それは任せろ、得意だ。白身を切るようにして混ぜ、泡が立たない程度に、空気を含ませながら溶く。そしたら水と白だしを分量通り入れて、またよく混ぜる。おお、サラサラになった。いつもと違う。砂糖入れると、どっちかっていうと、もったりするんだよな。
 卵焼き用のフライパンにしっかり油をひいて、温まったところに卵液を流し入れる。おお、いつもと違う。なんか、薄いっていうか、匂いも違うし、面白いな。
「巻きづらい……」
 出汁巻きは、巻きづらいんだよなあ。俺がへたくそなのか、そもそも出汁巻きというのはそういうものなのか、卵焼きより難易度高い。
「あああ、崩れる」
 ほぼスクランブルエッグのものを何とかかき集め、力業で出汁巻きっぽくしていく。うん、これでよし。うまそうだし、食えるし、それでいいだろうよ。
「あー、うん。いい、上手上手」
 何とか巻きの形になった。これも弁当に入れたら完成……
「……隙間が」
 なんと、おかずが足りない。弁当に隙間ができちゃいけないだろう。いや悪いってことはないけど、俺が自分で作るときは、極力隙間をなくしたい。
「ええ~……どうしよっかなあ~」
 何入れる? 冷凍? でも冷凍なんかあったっけ……最近買ってないんだよなあ。
 あ、たこ焼き。いいね、これ入れよう。揚げたこにして入れたらよさそうだ。冷凍の徳用パックのたこ焼きは、あると食べたい時にすぐ食べられて便利なんだけど、中途半端に余りがちだ。そういう時に揚げたこにすると、弁当にも入れられるしおやつにもなるし、いいんだな。
 揚げ焼き程度の油をフライパンに注いで、揚げていく。ああ、この香ばしい香り、たまらんなあ。
 これを詰めたら……よし、埋まった。割とがっつり入ったな。ふふ。
「上等」
 さて、粗熱がとれるまでの間、朝飯食おう。

「なんか、春都めっちゃ機嫌よくない?」
 昼休み早々、弁当箱を持って教室にやってきた咲良が言った。
「なんかいいことでもあった?」
「何で」
 こっちも弁当を開きながら聞くと、咲良はパイプ椅子をもってきて座り、俺の弁当を見ながら言った。
「いや、なんかこう……満足げっていうか、してやったり、みたいな顔してたから。あ、もしかしてなんか弁当に仕込んでる?」
 そんなに顔に出てたか、俺。
「特別何かしてるってわけじゃない」
「なになに、なんかあるんでしょ」
「いいから、食うぞ」
 腹が減ってしょうがない。
「いただきます」
 まずは出汁巻きから。おお、なんかプルプルだ。冷めてもジュワッとふわっとした食感は変わらない。むしろ出汁の味が引き立つ。しょっぱさとうま味のバランスがいいなあ。甘くない卵焼きでもいいもんだ。
 ウインナーは肉の味が結構する。でも癖がなくて、程よい香辛料の香りがご飯に合う。弁当らしい匂いだ。
 ピーマンのほろ苦さとツナからにじみ出る味わいはよく合う。かつお節のうま味が合わさると完璧だ。炒めたのも好きだが、最近はこういうのもうまいと思う。
「で、この弁当にどんな仕掛けがあるわけ?」
 ミートボールを口にしたところで、咲良がまたしつこく聞いてくる。肉の味わいと、トマト風味の強いデミグラスソースみたいなソースがよく合う。ミートボールはご飯にも合うし、シンプルにゆでただけのスパゲティともよく合う。
「仕掛けっつーか……うまく埋まったっていうか……」
「埋まった?」
「弁当箱の隙間。これでうめたらちょうどよかったから」
 と、揚げたこを示せば、咲良は「弁当にたこ焼き?」と驚いた様子だった。なんだ、なんか変か。
「弁当に揚げたこ入れるんだ?」
「うまいぞ」
「確かにうまそう。一個ちょうだい!」
「えぇー……」
 まあ、結構入れてきたし……
「やるけど、お前のとんかつも一つくれ」
「えっ、いいよ」
 いいんだ。
 咲良の弁当箱からソースカツをひと切れ貰い、咲良は揚げたこを箸でつまんだ。このソースカツ、冷凍のやつだな。うまいんだよなあ、これ。噛み応えのある衣にジュワッと甘いソースが染みて、肉は臭みもなく、淡白でいい。
 揚げたこもうまい。カリッとした表面にもちぷわっとした口当たり、とろりとした中身は出汁が効いていて、紅しょうがの酸味が心地いい。たこもそれなりに大きいので、噛み応えも味もあってうまい。
「ん、うまいな、たこ焼き」
 咲良がにこにこしながら言う。
「カツもうまい」
「交換すんのもたまにはいいな。自分が食わねえようなの食えるし」
「たまにはな」
 あんなにぎっちり詰まっていた弁当箱も、すっかり空っぽになった。弁当箱に飯を詰め込むのもいいが、腹にたまるのがやっぱいいな。

「ごちそうさまでした」
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