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日常
第五百八十話 ちらし寿司
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ここ数日早く帰っているから、土曜課外が特別に感じない。土曜課外で使う教材は平日とは違うから、間違えないようにしないと。課外は基本、国語と数学と英語くらいしかないから、よそのクラスも同じ時間に同じ教科やってること多くて、なかなか借りられないんだ。いや、知り合い多いやつだったら、そうとも限らないか……
土曜課外は割とみんな遅めに来る。俺も結構遅めに来ているつもりだが、それよりももっと遅いやつらがいるからなあ。
「……で」
まだ半分ほどしか人が来ていない教室、中村の席には勇樹が座っていた。本来の持ち主は今日も俺の後ろに立っている。勇気はすがすがしいほどの笑みを浮かべていた。
「どうだった、昨日は」
「楽しかった!」
「そうか」
あんだけ悩んどいて、感想は一言か。まあ、別にいいんだけどさ。勇樹は楽しさと興奮の余韻に浸るように言った。
「気さくな人でさ、俺らが何か話題を用意しなくても色々話してくれたんだよな。決して強豪校でもないけどそれでもちゃんと教えてくれたし。気配りの出来る、すごい人だったなあ」
「よかったなあ」
中村がうんうんと頷いて笑った。
「ちょっと見に行ったけど、確かに、賑やかだったな。隣のバスケ部もバレー部のこと気にしてたもんな。ネット越しにじーっと見てた」
「そーそー。いいだろーって、ちょっと気分良かった」
「分かる、特別感あるよな」
「緊張してたのがもったいないくらいだった」
こういうのを杞憂というのだろうな、と勇樹の笑みを見て思う。
徐々に人が増えてきて、そろそろ予鈴が鳴ろうとする頃。慌てた様子で一人、教室に駆け込んできた。騒がしいなあ、別に焦るような時間じゃ……
「やばいやばいやばい、どうしよう」
「あ? 咲良か。どうした」
「ねえどうしよう春都。やってしまった」
「だから何だ」
要領を得ない咲良に呆れて聞けば、慌てたまま答えた。
「課外の教材、一式忘れた」
一瞬こいつがなにを言っているのか理解できなくて、少しの間の後やっと分かって、頭を抱えた。
「お前は……」
「ねえ、どうしよう。二組って一時間目何?」
「数学」
「国語貸して!」
「はあ……二時間目俺ら国語だから、絶対返せよ」
鞄に入れていた国語のワークを渡すと、咲良は幾分か落ち着いたようで、やっと笑った。
「大丈夫だ! 二時間目は数学だから、借りに来るし!」
「……そうか」
「今日は数学、復習だから文系と同じ教材なんだよな~」
よかったよかった、と咲良は言う。ん? でも、二時間目が数学ということは……
「咲良。三時間目は何だ」
「え? 英語……あっ!」
一気に咲良の表情が驚愕と絶望に染まる。うちのクラスも英語だぞ、三時間目。
「ど、どう、どうすればいいと思う?」
「俺だったらまず百瀬に借りに行くけど……」
教室近いし、文系だし。ただ、一組は教材が違うこともあるんだよなあ。同じ教材を使うこともあるけど、俺らがやらない科目も履修してるから……
「でも、教材違うかも……」
言い終わる前に、咲良は教室を飛び出した。大丈夫か、あいつ。
間もなくして予鈴が鳴った。パタパタと慌ただしい足音が聞こえる廊下を颯爽と咲良は駆け抜けて行った。
途中、こちらに視線をやり、すがすがしい表情で親指を立てた。
……大丈夫そうだな。
四時間目の自習が終わったらとっとと帰る。なんか、疲れたな。昼飯どうしよう……
「ん? ばあちゃん?」
「あら、春都。おかえり」
十字路の横断歩道で信号を待っていたら、ばあちゃんを見つけた。
「ただいま」
「ちょうどよかった。これを持って行こうと思ってたの」
ばあちゃんから渡されたのはビニール袋だった。中には、透明のパックに入った色鮮やかな何かがある。これは……
「ちらし寿司。今の時期は食べたくなるのよね。よかったらお昼に食べて」
「ありがとう、助かる」
「この後修理とか配達が立て込んでてね。お昼、作ってあげられないから」
「大丈夫、ちらし寿司好きだから」
「よかった」
それじゃあね、とばあちゃんは店の方に帰って行った。
いやあ、まさかこんな、嬉しいことがあるとは。あ、そういえばうちにお吸い物があったな。インスタントで、松茸風味のやつ。あれと合いそうだ。
「ただいま」
とりあえずお湯を沸かして、その間に着替えを済ませて、ちらし寿司を出す。もうパックのままでいいか。お吸い物はお椀に、飲み物は麦茶で。
「いただきます」
あ、割りばしも入ってる。これは嬉しい。洗い物が減る。
でんぶのピンク色が華やかだなあ。錦糸卵の黄色とのコントラストがいい。味もいい。酸味は程よく、甘味もあって、すいすい入っていく。でんぶの甘味と錦糸卵の風味がちらし寿司らしくていいな。
たけのこの食感もいいなあ。しいたけも一緒に炊いてあって、うま味がある。ばあちゃんの味付けは絶妙で、具材はどれも甘めなのにくどくないんだ。むしろ次から次へと食べたくなる。
米はもっちりとしていて、食べ応えがある。それをお吸い物でほどくのが好きだ。出汁のうま味とのりの風味、麩の食感も相まって、贅沢している気分になる。
そして、確かに腹にたまっているのに、まだまだ入っていきそうな感じ。ちらし寿司やいなり寿司を食った時に陥る、不思議な感覚だ。なんだかおもしろい。
ああ、食った食った。大満足だ。
ちらし寿司、かなり好きだなあ。
「ごちそうさまでした」
土曜課外は割とみんな遅めに来る。俺も結構遅めに来ているつもりだが、それよりももっと遅いやつらがいるからなあ。
「……で」
まだ半分ほどしか人が来ていない教室、中村の席には勇樹が座っていた。本来の持ち主は今日も俺の後ろに立っている。勇気はすがすがしいほどの笑みを浮かべていた。
「どうだった、昨日は」
「楽しかった!」
「そうか」
あんだけ悩んどいて、感想は一言か。まあ、別にいいんだけどさ。勇樹は楽しさと興奮の余韻に浸るように言った。
「気さくな人でさ、俺らが何か話題を用意しなくても色々話してくれたんだよな。決して強豪校でもないけどそれでもちゃんと教えてくれたし。気配りの出来る、すごい人だったなあ」
「よかったなあ」
中村がうんうんと頷いて笑った。
「ちょっと見に行ったけど、確かに、賑やかだったな。隣のバスケ部もバレー部のこと気にしてたもんな。ネット越しにじーっと見てた」
「そーそー。いいだろーって、ちょっと気分良かった」
「分かる、特別感あるよな」
「緊張してたのがもったいないくらいだった」
こういうのを杞憂というのだろうな、と勇樹の笑みを見て思う。
徐々に人が増えてきて、そろそろ予鈴が鳴ろうとする頃。慌てた様子で一人、教室に駆け込んできた。騒がしいなあ、別に焦るような時間じゃ……
「やばいやばいやばい、どうしよう」
「あ? 咲良か。どうした」
「ねえどうしよう春都。やってしまった」
「だから何だ」
要領を得ない咲良に呆れて聞けば、慌てたまま答えた。
「課外の教材、一式忘れた」
一瞬こいつがなにを言っているのか理解できなくて、少しの間の後やっと分かって、頭を抱えた。
「お前は……」
「ねえ、どうしよう。二組って一時間目何?」
「数学」
「国語貸して!」
「はあ……二時間目俺ら国語だから、絶対返せよ」
鞄に入れていた国語のワークを渡すと、咲良は幾分か落ち着いたようで、やっと笑った。
「大丈夫だ! 二時間目は数学だから、借りに来るし!」
「……そうか」
「今日は数学、復習だから文系と同じ教材なんだよな~」
よかったよかった、と咲良は言う。ん? でも、二時間目が数学ということは……
「咲良。三時間目は何だ」
「え? 英語……あっ!」
一気に咲良の表情が驚愕と絶望に染まる。うちのクラスも英語だぞ、三時間目。
「ど、どう、どうすればいいと思う?」
「俺だったらまず百瀬に借りに行くけど……」
教室近いし、文系だし。ただ、一組は教材が違うこともあるんだよなあ。同じ教材を使うこともあるけど、俺らがやらない科目も履修してるから……
「でも、教材違うかも……」
言い終わる前に、咲良は教室を飛び出した。大丈夫か、あいつ。
間もなくして予鈴が鳴った。パタパタと慌ただしい足音が聞こえる廊下を颯爽と咲良は駆け抜けて行った。
途中、こちらに視線をやり、すがすがしい表情で親指を立てた。
……大丈夫そうだな。
四時間目の自習が終わったらとっとと帰る。なんか、疲れたな。昼飯どうしよう……
「ん? ばあちゃん?」
「あら、春都。おかえり」
十字路の横断歩道で信号を待っていたら、ばあちゃんを見つけた。
「ただいま」
「ちょうどよかった。これを持って行こうと思ってたの」
ばあちゃんから渡されたのはビニール袋だった。中には、透明のパックに入った色鮮やかな何かがある。これは……
「ちらし寿司。今の時期は食べたくなるのよね。よかったらお昼に食べて」
「ありがとう、助かる」
「この後修理とか配達が立て込んでてね。お昼、作ってあげられないから」
「大丈夫、ちらし寿司好きだから」
「よかった」
それじゃあね、とばあちゃんは店の方に帰って行った。
いやあ、まさかこんな、嬉しいことがあるとは。あ、そういえばうちにお吸い物があったな。インスタントで、松茸風味のやつ。あれと合いそうだ。
「ただいま」
とりあえずお湯を沸かして、その間に着替えを済ませて、ちらし寿司を出す。もうパックのままでいいか。お吸い物はお椀に、飲み物は麦茶で。
「いただきます」
あ、割りばしも入ってる。これは嬉しい。洗い物が減る。
でんぶのピンク色が華やかだなあ。錦糸卵の黄色とのコントラストがいい。味もいい。酸味は程よく、甘味もあって、すいすい入っていく。でんぶの甘味と錦糸卵の風味がちらし寿司らしくていいな。
たけのこの食感もいいなあ。しいたけも一緒に炊いてあって、うま味がある。ばあちゃんの味付けは絶妙で、具材はどれも甘めなのにくどくないんだ。むしろ次から次へと食べたくなる。
米はもっちりとしていて、食べ応えがある。それをお吸い物でほどくのが好きだ。出汁のうま味とのりの風味、麩の食感も相まって、贅沢している気分になる。
そして、確かに腹にたまっているのに、まだまだ入っていきそうな感じ。ちらし寿司やいなり寿司を食った時に陥る、不思議な感覚だ。なんだかおもしろい。
ああ、食った食った。大満足だ。
ちらし寿司、かなり好きだなあ。
「ごちそうさまでした」
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