一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百七十八話 パン

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 早く帰れる日が多いのはいいが、なんか感覚狂うな。朝課外がある日とない日、下校が早い日、いつも通りの日、早く帰れる日にしてもめっちゃ早い日と普通に早い日、普段より一時間だけ早い日とか、いろんな時間割りが入り乱れて、管理するのが大変だ。
 今日は朝課外ありの三時間目で下校の日だ。こんな日に移動教室ばかりあると、より一層、学校に来た気がしない。
 誰よりも早く会議室に向かう。英語は習熟度別クラスになっていて、いつもであれば隣の教室に行けばいいのだが、今日はなんか映画見るとかで移動になった。地味に遠いから、めんどくさい。
 席を選び放題だというのは、嬉しい反面、落ち着かないな。ここでよかっただろうか、別の席にすべきか、などと考えてしまう。それならいっそ出席番号順に決めてもらっといたほうが楽な気もする。今日は自由に座っていいらしいから……後ろの方の、窓際にしよう。
 会議室って、なかなか来ない。活動が盛んな委員会とか行事の実行委員会とかに入ってるとよく使うことになるらしいが、俺は今のところ、授業で数回しか使ったことがない。
 椅子の座り心地がいいんだ。生地がふかふかで、座ったときに衝撃を吸収してくれる感じ。教室の椅子は木製で重いんだよなあ。よくぶつかってけがをする。
 まったく人が来ないと思っていたが、五分もすればちらほらと増え始める。にぎやかなグループは前の方に座り、後ろの方になるにつれ、まばらになっていく。三人で一つの机に座るところもあれば、一人で一つの机を陣取るやつもいる。俺は後者だ。そうなると後から来たやつらは、選択肢が狭まるわけだ。
 でも、仲いいやつ同士でかたまって座るから、結局はうまくいく。いつもであれば俺の隣には誰も来ないのだが、今日は一人、近づいてくる奴がいた。
「一条、となりいい?」
「おう。空いてるぞ」
 教科書と筆箱を小脇に抱え、やってきたのは宮野だ。宮野は安堵したように隣の席に座る。
「いつも早いのに、今日は珍しいな。宮野」
「途中で部活のことで呼び止められて……出遅れた」
「なるほどな」
 授業が始まるまであと数分。先生もやってきて、数人の生徒とともに、カーテンを閉めた。照明も落とされ、簡易的な映画館のようである。カーテンの隙間から床に差し込む薄明かりが、映画館の間接照明のようにも見えた。
 先生がプロジェクターの準備をする間、会議室の中はざわついたままだ。他の教室からは離れたところにあるから、先生もあまり注意しない。
「今日さ、遅刻してくる人、多かったんだって」
 宮野が筆箱をいじりながら言った。
「あ、そうなん」
「それこそさっき話してたやつが言ってたんだけど、朝課外がないと思い込んでた人が多かったみたいで。のんびりしてたもんだから、一時間目も結構ギリギリに来た人、いたみたいだよ」
「あー。まあ、朝課外最近、ない日あるもんな」
「そのまま諦めて、休む人もいるんだって」
 なんて大胆な。朝課外を忘れたにしても、学校には行くぞ、俺。体育とか成績の低い科目の分は、出席日数でカバーしなければ。
「うちのクラスはそうでもないよな」
「まー、家近い人多いからねえ。家が遠いやつが多いクラスは、結構人少ないみたい」
「ちょっと行って帰ってくるぐらいなら、家にいた方がマシってことか……」
「僕も気持ちわかるなあ。ま、親がうるさいから行くけど」
 小中高と家が近かったから、そういう思考回路になったことがない。何があっても行かねばならない、ということが多かったように思う。小さい頃は、誰よりも家が近いということを自慢に思っていたものだが、割と不都合なことも多い。
 宮野はふっと表情に影を落とし、苦笑した。
「で、その休んだり遅刻したりしたやつらにバレー部もいたもんだから、放課後のミーティングで話をするって……勘弁してほしいよね、まったく」
「連帯責任ってやつか」
「そうそう。まあ、なんか他に連絡もあるみたいだけどね
 ようやくチャイムが鳴り、スピーカーのボリュームをひねるように会議室の喧騒が小さくなる。
「じゃあ、上映しまーす」
 先生はそれだけ言って、再生ボタンを押した。間もなくして、古い映画がプロジェクタ―に映し出された。
 さて、授業が終わった後、起きてるやつは何人いるかな。

 部活だ何だと忙しそうなやつらを横目に、とっとと帰路に着く。ここ数日、何かとアクティブに動いていたので、今日はなんだかゆっくり休みたい気分だ。天気もいいことだし、家でのんびり昼飯でも食おう。
 簡単に済ませたいなあ。うちに何があっただろうか。食パンとマーガリンはあったな。あとチーズと、野菜、それにキムチ。
「ただいまー」
「わうっ」
「おう、うめず。ただいま」
 うめずは居間の、日当たりのいいフローリングで丸まっていた。気持ちよさそうだな。
 さて、とりあえず食パンを焼こう。それから野菜は……キュウリとトマト。キュウリは程よい厚さの薄切りにして、トマトはざく切り。キムチとマーガリンはテーブルに。チーズ、買っとくと何となく心が豊かになる。
 おっと、危ない。パンが焦げるところだった。
「熱っ、とと……」
 皿にのせ、準備万端だ。
「いただきます」
 まずはシンプルにマーガリンだけで。熱々のパンにマーガリンを塗ると、みるみる溶けていく。その様子がなんだか楽しい。みちっと噛み応えのあるパンには、マーガリンの塩気がよく合う。溶けたマーガリンがジュワッと染み出してきて、それがうまいんだよなあ。
 キュウリはマヨネーズをかけよう。パンにキュウリを無造作にのせると、なんだか変な光景だ。
 パリッとみずみずしく、冷たいキュウリ。パンに触れたところだけは、ちょっとだけぬるい。パンは熱々で、温度差が面白い。マヨネーズのしょっぱさとまろやかさは、相変わらずパンにもきゅうりにもよく合う。
 トマトは……ドレッシングをかけて食べよう。醤油風味で、刻んだオリーブがまぎれたドレッシングは、トマトの酸味に合う。塩もマヨネーズもうまいが、ドレッシングは尖りが無くていいな。キュウリとトマトって、相性いい。
 マーガリンとキムチ、ってのも合う。マーガリンの塩気と滑らかさ、コク、それにキムチの、ほんのちょっとの辛さ、みずみずしさ。それとパンが合わさると、うま味があるんだ。
 チーズは包装をはがすところから楽しい。かじりつけば風味が鼻に抜け、口いっぱいにチーズの味が広がる。
 うちにあるもので、うまいものは食えるもんだ。
 また食パン買っとかないとなあ。

「ごちそうさまでした」
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