一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百七十四話 コンビニ飯

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 この時期になると、下校時刻が早い日が多くなる。かといってまっすぐ帰れる日ばかりではなく、部活も当然のようにある。今日は俺らも召集された。
「昼飯っていらないんだよな?」
 視聴覚室に向かいながら、咲良が言った。三年生の教室の並びにある視聴覚室に行くのは、今の時期は特に気を使う。空気がピリピリしてんだよなあ。でも、こいつには関係なさそうだ。
「ああ、すぐ終わるって」
「片付けだったよな。雑用要員なわけだし、頑張らないとな」
「そうだな」
 視聴覚室の鍵はすでに開いていた。朝比奈と早瀬がもう来ていたようだ。
「おっ、久しぶりに来たな」
 早瀬は愛想よく笑った。
「特に一条は、会うのも久しぶりだ」
「部活にでもこない限り、理系とはなかなか関わらんからな」
「体育で一緒になることもないし」
 あ、でも咲良は理系だけど、毎日のごとく話すな。例外ってやつか。
 部員が集まるまではまだ時間がかかりそうだったので、椅子に座って少しのんびりする。それにしても、改めて見ると散らかってんなあ、準備室。CDは山積み、プリントは散乱、カセットテープまである。
「片付けってさあ、何すんの? ここの掃除だけ?」
 咲良がのんきに聞くと、早瀬は意味深に笑った。
「ここもだけど、こっちと、こっちも」
 早瀬が示したのは、物置と本棚だった。そういえばここの物置、空いてるとこ見たことないな。最近まで、機材が詰め込まれていると思い込んでいたくらいだ。本棚にはカーテンがかかっていて中をうかがい知ることはできない。
「いやー、どうなってんだろうね。この中。俺もあんまり直視したことないから」
 なんて不穏なことを言うんだ、早瀬。
 朝比奈があきれたように聞く。
「直視したことないって……何で」
「都合の悪いことからは目をそむけたくなるのが、人間だろ?」
「答えになってない」
「まあ、見ればわかるよ」
 今すぐ中を確認したいが、物置の前には椅子がずらっと並んでいて容易には開けられない。
「……本棚は?」
 恐る恐る朝比奈が問う。早瀬は本棚に近づきながら「ここはねぇ……」とつぶやき、壁に寄りかかった。
「まあ、いろいろある。本とか、勧誘ポスターとか、朗読CDとか、過去問とか」
「過去問?」
「後は教科書だね」
「教科書?」
 到底部活には関係なさそうなものだが。早瀬は続けた。
「過去問は、歴代の先輩たちが卒業するときに置いて行ったんだ。後輩のためとか言いながら、自分ちの荷物を減らしたかったんだろうな。教科書はまあ、忘れものとか、置き勉とか。ロッカーに入れとくと検閲の対象になるようなやつをここに置いて」
 と、早瀬は本棚を軽くたたいた。
「物が増えて見るに堪えなくなったから、余った部費でカーテンを購入したわけだ」
「俺知ってる。こういうの、臭い物に蓋をする、っていうんだろ」
 咲良は、すでに一仕事終えたようにぐったりした様子で言ったが、諦めたようにため息をつくと背もたれに寄りかかった。
「まー、食いもんとかなけりゃ大丈夫だな」
「さすがにないだろ」
「放置された食べ物ほど怖いものはない……」
 はは、と三人で笑うが、早瀬は目を合わせようとしない。
「……食べ物は、ないよな?」
 咲良が念を押すように、というか祈るように聞くと、早瀬は一つ深呼吸をして後ろを向いた。
「……あったらごめん」
 さすがに笑えない答えが返って来て、咲良は天を仰いだ。
「あったとして、いつの食いもんだよ」
「さあ……あっ。皆来たみたいだ、さ、集合集合」
 早瀬はそそくさと視聴覚室へ向かった。
「……本当に、昼前に終わるんだろうな」
 朝比奈の言葉に、はっきりと答えられるやつは、誰もいなかった。

「もー、やっぱり終わんねーじゃん!」
 財布だけ持ってコンビニに向かう途中、咲良が不満げに言った。結局、あれやこれやと色々なものが発掘され、物置も思わず開いてすぐ閉じてしまうくらい散らかってたし、案の定、いつのものか分からない飴が大量に出てきた。
「食堂は閉まってるし……あーもー、昨日の今頃は楽しかったのになあ」
「昼飯うまかったし、あっちこっち目新しいもんがあったからな」
 言えば朝比奈も頷いた。
 学校からコンビニに昼飯を買いに行くなんて、思えば初めてかもしれない。そもそもコンビニの飯を学校に持ってったこともないからな。まあ、ちょっと楽しいので、片付けが長引いたのも良しとしよう。日差しが暖かいなあ、いい気分だ。空気もきれいだし。
 ちょうど昼時だということもあってか、結構売り切れのものも多かった。おにぎりは豊富にあるみたいだ。じゃあ、明太マヨと辛子高菜、あとは鮭にするかな。からあげ棒もうまそうだ。買ってしまえ。
 片づけはまだまだ終わらないが、昼飯を食べられる程度には準備室を片付けておいた。椅子に座り、さっそく食う。
「いただきます」
 まずはおにぎりを一つ食おう。明太マヨかな。これは味付きのりなんだよな。
 パリッといい食感で、のりは甘めの味付けでうまい。ていうか、明太マヨうまいなあ。たっぷり入っていて、マヨネーズのまろやかさと明太子の塩気のバランスが抜群だ。味のりの甘味との相性もいいなあ。冷えた米粒もモチモチで、最高にうまい。腹減ってたからかな。いつも以上にコンビニの飯がうまい。
 辛子高菜は当然辛いな。ご飯が進む。うちで食う高菜とはまた違った味わいだが、それもいい。みずみずしくて食感もいい。焼きのりもうまいんだよなあ、このおにぎり。
 鮭は安定のうまさって感じだな。魚臭さはなくて、甘めの塩味に鮭のうま味と脂が滲み出す。ほんのりやわらかめなのがご飯となじんでちょうどいい。こっちも焼きのりだ。パリパリのりのおにぎりもいいもんだなあ。
 からあげ棒は、どっしりと重い。ふわサクッとした衣はにんにく控えめの醤油味だ。身もやわらかくジューシーで、皮目のカリジュワッとした口当たりがたまらない。口いっぱいにうまみが満ちて……買ってよかった。
 なんか、想像以上に腹が減ってたみたいだ。あっという間に食べ終わってしまった。咲良も朝比奈も同じようで、遠い目をして無言で食べている。
 お茶で口の中をさっぱりさせる。さて、もうひと頑張りするとしますかね。

「ごちそうさまでした」
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