一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

番外編 先生たちのつまみ食い①

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 夏よりも早く冬よりも遅く夜の帳が下りた街に、赤ちょうちんの明かりが灯る。その明かりが街になじむころ、老舗居酒屋の暖簾をくぐる影が四つあった。
「はぁー、くたびれたなあ」
 そう言いながら、漆原はコートを脱いだ。
「今週もよく働いた」
 マフラーを外し、几帳面にたたみ、ほうっとため息をついたのは石上だ。
「何飲もうかしらねー」
 うきうきと上機嫌そうに、羽室は言う。
「あ、座敷空いてます~?」
 店員に愛想よく確認し、三人を連れて座敷席へ向かう二宮。
 漆原は石上と並んで座り、その向かいの席に、羽室と二宮が並んで座る。小上がりになっている座敷席にはちょっとした目隠しもついているので、通路を行きかう人らの視線を気にしなくていい。
「さて、先輩方何頼みます?」
 一番年下の二宮が、メニューを見ながら言った。二宮を除く三人は同級生で、二宮は共通の後輩なのである。
「マッコリある?」
 羽室が聞くと、二宮は「ありますねー」と快く答えた。
「じゃあ、私それで。マッコリって、体にいいらしいのよね」
「俺は芋焼酎のロック」
 漆原の迷いない言葉に「漆原君、最初からいくわねぇ」と羽室が笑った。
「どうしようかな……俺はじゃあ、ビールで」
 石上は言いながら、次に飲む酒を考えていた。
「俺はレモンサワーにします。食べ物はどうします?」
 二宮はメニューを素早くめくって、おつまみコーナーを開いた。
「とりあえず、焼き鳥の盛り合わせにします?」
 その提案に三人も同意し、二宮は店員を呼んだ。注文を通して間もなく、酒とお通しが運ばれてきた。
「よし、二宮。乾杯の音頭はお前に任せる」
 漆原がにやっと笑って言うと、二宮は「俺すか!」と言いながら、楽しそうにグラスを掲げた。
「じゃ、カンパーイ!」
 各々酒をグイッとあおり、長い息をつく。
 焼き鳥も運ばれてきた。ずいぶんなボリュームである。
「じゃあ、いただきます」
 二宮は豚バラの串を取った。余分な脂は落ち、炭火で焼かれた豚バラは、風味もよく脂っこくなさそうである。
「こうやってみんなで飲むのも久しぶりね」
 お通しの枝豆をつまみながら、羽室が言う。
「そうだなあ、なかなか忙しくてなあ」
 漆原はカリカリの鳥皮を食み、焼酎をなめるようにして飲んだ。
「外食そのものが久しぶりだ」
 とうにビールを飲み干した石上は、店員に芋焼酎のお湯割りを頼んだ。
 二宮は黙々と焼き鳥を食べながら、三人の話に相槌を打つ。特にねぎまが気に入ったようで、追加でまた頼んでいた。鶏肉もねぎも大ぶりで、食べ応えがありそうである。他にもからあげやらなにやらボリュームのあるものを頼みつつ、サラダやさっぱり系のおつまみも追加する。
 それからしばらく、最近の仕事の話で三人は盛り上がって、二宮は聞き役に徹していた。昔からこの四人はこの調子で、二宮も三人が話しているのを見ているのが楽しかった。
「……お前、相変わらずよく食うなあ」
 ふと石上が二宮に言うと、二宮は「腹減ってんすよ」と屈託なく笑った。
「昔っから燃費悪いんすよねぇ、俺。たらふく食った一時間後にはもう腹減ってんですよ。だから最近、食費浮かすためにいろいろ頑張ってんですけど、うまくいかなくて」
 心底おいしそうに鶏のからあげを口にして、二宮は続けた。
「なかなかうまく作れないんすよねえ。俺、料理苦手みたいです」
「いつも何食べてるの?」
「基本的にキャベツ焼ですねー」
「キャベツ焼?」
 不思議そうに羽室が聞き返すと、二宮は平然と言った。
「キャベツと小麦粉、卵だけのお好み焼きみたいなものです。たまに豚肉が追加されることもあるんですけどね」
 それを聞いて、羽室はからあげの皿を漆原の方に寄せた。
「たくさん食べなさい」
「? あざっす!」
「……あ、そういえば」
 ゴリゴリと噛んでいた薬研軟骨のからあげを飲み込み、焼酎を飲み干して次の酒を頼んだ漆原が、二宮に聞いた。
「最近、二年の担当になったんだろう、お前」
「あ、そうなんすよ。学年であんなに雰囲気違うもんなんですねえ」
「めちゃくちゃ運動嫌いなやつ、いないか?」
 店員から「どうも」と漆原は芋焼酎のお湯割りを受け取る。二宮は三杯目のレモンサワーを飲みながら考えこんだ。羽室はいつの間にか、熱燗に移行し、ちまちまと鶏のたたきを食べている。
「何人か心当たりはいるんですけど……漆原先輩が言ってるのって、二組の子ですかね。一条君」
「そうそう、一条君だ」
「最近、事務室掃除に来てるなあ、そういえば」
 石上がお湯割りをぐびりと飲んでつぶやく。羽室も頷いた。
「そうね。この間見かけたわ」
 二宮は言った。
「あの子、体育が心底嫌いみたいですもんねえ。他の雑用とかは嫌な顔一つせず、きちっとやってくれるんですけど。でも、一条君がどうしたんです?」
「一条君の作る飯はうまいぞ」
 ほぼ空になった皿を眺めながら、漆原は焼酎のコップを傾けた。
「えっ、そうなんですか。何で知ってるんです」
「何でって、食ったことあるからなあ」
 漆原は、今度は石上の方を向いてそう言った。石上は頷き、羽室はにこにこと会話を聞いている。
「あれはうまかった。料理上手だな、一条君は」
「二宮、お前も習ったらどうだ? たまに調理部で教えているらしいぞ」
「ええー、それもう先生じゃないですか。すごいっすね、一条君」
 そろそろお開きかという空気が漂い始め、二宮は氷が溶けて少し薄くなったレモンサワーを飲み干した。
「割り勘にするには俺食い過ぎてますよね。どうします?」
「いや、俺らは酒をかなり飲んでるからな。割り勘でいいさ」
 漆原はそう言って、焼酎の最後の一口を飲んだ。
「さて、次にこうやって飲める日はいつになるやら」
 石上は空になったグラスの縁をなでながら言った。
「たまに飲めるくらいがいいのよ」
 羽室は締めのみそ汁をグイッとあおって言った。
 ぼんやりとした明かりに酔いしれる夢の中のような街には、酔っ払いたちの陽気な笑い声が響いていた。

「ごちそうさまでした」
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