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日常
第五百六十六話 ペペロンチーノ
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クラスマッチ当日は、すがすがしいほどの晴天だった。
全員一度は試合に出ないといけない、などという訳の分からんルールのせいで、こんな天気だというのに気分は薄暗かったが、それもまあ、杞憂に終わった。
どうしても勝ちたいらしいクラスマッチガチ勢たちにとっても、そのルールは面倒だったみたいで、あまり戦力を必要としない序盤にまとめて控えのやつらを出場させて、とっとと選手交代、という作戦をどのクラスも取っていた。そのおかげで俺は、開始五分で暇になった。
サブグラウンドは練習用に開放されて人が多い。メイングラウンドの隅の方で、大人しく体育座りをして、試合の行方を眺める。さすがに自分のクラスの試合の時は、ちょっと近づくけど。
「おー、すげえ」
相変わらず、百瀬は運動神経抜群だなあ。咲良は若干やる気なさげで、朝比奈は存在感というか威圧感で相手を圧倒している。なるほど、見た目で圧力かけるってのもありか。まあ、朝比奈本人は、そんな気、微塵もないんだろうけどな。
「もう出番は終わったのか? 一条君」
試合の合間に、二宮先生が声をかけてきた。先生はさっきから審判をしていて、生徒たちに負けず劣らずいい汗をかいている。
「はい。あとは観戦します」
「そうか。物足りなくないか?」
「いいえ、まったく」
若干食い気味に答えると、先生は大笑いした。
「まあいいや。何か手がいるときはまた声をかけるかもしれないけど、よろしくね」
「はい」
先生はまた、別の試合の審判に行ってしまった。
試合は目の前でやっているというのに、なんだか遠く感じる。疎外感、とはまた違うな。何だろうこの感じは。下校が早い日の昼間みたいな感覚だ。
「お、やってるなあ」
「いいか、少しだけだからな」
「そう言うなよ。事務長先生もゆっくり見て来いと言っていただろう」
「しかしなあ……」
何やら聞き覚えのある声がする。見れば、漆原先生と石上先生が連れ立ってやってきていた。最初に俺に気付いたのは石上先生だった。
「なんだ、一条君。怪我でもしたのか」
「えっ?」
「こんなところに座って」
どうやら、一人離れた場所にいたから、そう思ったらしい。心配するような視線を向けられて、なんだか決まり悪いというかむずがゆかったので、首を横に振った。
「いや、ただ単に戦力外なだけです。勝ち負けにも特に興味ないし」
「そうなのか。それはよかった」
本当にほっとしたような表情を浮かべて石上先生は言った。いいんだ。
「よいしょっと」
漆原先生が隣に座った。
「おお、よく見えるな、ここ」
「さぼっていないように見せながら、いかにぼーっとできるか。考えた結果がこの場所です」
「よく考えたな。なあ、石上も座れ」
石上先生は少しためらったが、腕時計を確認し、はあっと息をつくと、漆原先生とは反対側の、俺の隣に座った。先生二人に挟まれる形で座る羽目になってしまった。まあいいか。ちょっと楽しいし。
春のような、冬のような温度の風が吹き、歓声と掛け声をかきまぜる。体育館からは、さっきから賑やかな音楽流れ続けていた。
「女子は体育館でダンス……だったか?」
ぼんやりとしていた漆原先生が言った。
「そうですね」
「雨が降ったら……男子はどうするんだ?」
「ダンスの見学だそうです」
「それは……」
石上先生は言葉を選ぼうとしたのか少し口ごもり、眼鏡を押し上げながら言った。
「男子も女子も嫌がりそうだな」
「まあ、そうですね。女子は特に」
男子は正直、寝れるからラッキーみたいな人もいるもんなあ。ガチ勢のやつらはそうとは限らないだろうけど。俺としては、どっちでもいいのだが。
「心底興味なさそうだな、君」
漆原先生に笑って言われ、ぐうの音も出ない。
「あー、何やってんすかこんなところでぇ」
あ、咲良来た。
「やれやれ、疲れたなあ。よいしょっと」
咲良は、俺と漆原先生の間に割って座った。
「俺もさぼろう」
「さぼってねーっつの」
「ねー、さっき体育館から曲流れてきたじゃん? あれさー」
咲良は次々と話を始める。なんか、咲良が来たことで途端に賑やかになったな。さっきまで遠くにあった喧騒があっという間に近づいてきたみたいだ。
まあ、こんな賑やかさも悪くない。
大して動いてはないが、少し疲れた。一日中外にいるってだけで、結構体力奪われるもんだなあ。
こんな日は元気になりそうなものを食べたい。でも、どっしりこないもの。
ペペロンチーノにしよう。にんにくは控えめにして、唐辛子も入れる。この二つを炒めたら少し白だしを入れて、レンジでチンしたスパゲティを入れて絡める。これがうちのペペロンチーノだ。
「いただきます」
フォークでスパゲティを巻くのは、結構難しい。油をまとったものだと、その難易度は格段に上がる。でも、うまいんだよなあ、ニンニク風味の油って。
ほんの少しなのに、しっかり香るにんにく。でも、あとに残らない感じがちょうどいい。がっつりにんにく効かせるのもいいんだけどなあ。今日はこれくらいがいいなあ。小さなかけらを噛みしめると、一気に香ばしくなる。いい風味だ。
唐辛子も、種を取って量もそんなにないのに、ひりひりする。疲れた時とかって、辛い物が恋しくなる。体がポカポカして、汗が出てくるようだ。
そんで白だし。いい感じにうまみを足してくれる。にんにくもうま味はあるんだが、白だしのうま味って、また違う。まろやかになるというか、和風寄りになるから舌になじむというか。
洋食とか中華作ると、どうしても和風のうま味が恋しくなるんだよなあ。そういう時はつい、醤油とか白だしを入れてしまう。これがまた合うんだな。
でもまあ、本格的なものを食ってみたい気もする。店で食うか、自分で試してみるか……
今日はこのペペロンチーノがうまい。それでよし、だな。
「ごちそうさまでした」
全員一度は試合に出ないといけない、などという訳の分からんルールのせいで、こんな天気だというのに気分は薄暗かったが、それもまあ、杞憂に終わった。
どうしても勝ちたいらしいクラスマッチガチ勢たちにとっても、そのルールは面倒だったみたいで、あまり戦力を必要としない序盤にまとめて控えのやつらを出場させて、とっとと選手交代、という作戦をどのクラスも取っていた。そのおかげで俺は、開始五分で暇になった。
サブグラウンドは練習用に開放されて人が多い。メイングラウンドの隅の方で、大人しく体育座りをして、試合の行方を眺める。さすがに自分のクラスの試合の時は、ちょっと近づくけど。
「おー、すげえ」
相変わらず、百瀬は運動神経抜群だなあ。咲良は若干やる気なさげで、朝比奈は存在感というか威圧感で相手を圧倒している。なるほど、見た目で圧力かけるってのもありか。まあ、朝比奈本人は、そんな気、微塵もないんだろうけどな。
「もう出番は終わったのか? 一条君」
試合の合間に、二宮先生が声をかけてきた。先生はさっきから審判をしていて、生徒たちに負けず劣らずいい汗をかいている。
「はい。あとは観戦します」
「そうか。物足りなくないか?」
「いいえ、まったく」
若干食い気味に答えると、先生は大笑いした。
「まあいいや。何か手がいるときはまた声をかけるかもしれないけど、よろしくね」
「はい」
先生はまた、別の試合の審判に行ってしまった。
試合は目の前でやっているというのに、なんだか遠く感じる。疎外感、とはまた違うな。何だろうこの感じは。下校が早い日の昼間みたいな感覚だ。
「お、やってるなあ」
「いいか、少しだけだからな」
「そう言うなよ。事務長先生もゆっくり見て来いと言っていただろう」
「しかしなあ……」
何やら聞き覚えのある声がする。見れば、漆原先生と石上先生が連れ立ってやってきていた。最初に俺に気付いたのは石上先生だった。
「なんだ、一条君。怪我でもしたのか」
「えっ?」
「こんなところに座って」
どうやら、一人離れた場所にいたから、そう思ったらしい。心配するような視線を向けられて、なんだか決まり悪いというかむずがゆかったので、首を横に振った。
「いや、ただ単に戦力外なだけです。勝ち負けにも特に興味ないし」
「そうなのか。それはよかった」
本当にほっとしたような表情を浮かべて石上先生は言った。いいんだ。
「よいしょっと」
漆原先生が隣に座った。
「おお、よく見えるな、ここ」
「さぼっていないように見せながら、いかにぼーっとできるか。考えた結果がこの場所です」
「よく考えたな。なあ、石上も座れ」
石上先生は少しためらったが、腕時計を確認し、はあっと息をつくと、漆原先生とは反対側の、俺の隣に座った。先生二人に挟まれる形で座る羽目になってしまった。まあいいか。ちょっと楽しいし。
春のような、冬のような温度の風が吹き、歓声と掛け声をかきまぜる。体育館からは、さっきから賑やかな音楽流れ続けていた。
「女子は体育館でダンス……だったか?」
ぼんやりとしていた漆原先生が言った。
「そうですね」
「雨が降ったら……男子はどうするんだ?」
「ダンスの見学だそうです」
「それは……」
石上先生は言葉を選ぼうとしたのか少し口ごもり、眼鏡を押し上げながら言った。
「男子も女子も嫌がりそうだな」
「まあ、そうですね。女子は特に」
男子は正直、寝れるからラッキーみたいな人もいるもんなあ。ガチ勢のやつらはそうとは限らないだろうけど。俺としては、どっちでもいいのだが。
「心底興味なさそうだな、君」
漆原先生に笑って言われ、ぐうの音も出ない。
「あー、何やってんすかこんなところでぇ」
あ、咲良来た。
「やれやれ、疲れたなあ。よいしょっと」
咲良は、俺と漆原先生の間に割って座った。
「俺もさぼろう」
「さぼってねーっつの」
「ねー、さっき体育館から曲流れてきたじゃん? あれさー」
咲良は次々と話を始める。なんか、咲良が来たことで途端に賑やかになったな。さっきまで遠くにあった喧騒があっという間に近づいてきたみたいだ。
まあ、こんな賑やかさも悪くない。
大して動いてはないが、少し疲れた。一日中外にいるってだけで、結構体力奪われるもんだなあ。
こんな日は元気になりそうなものを食べたい。でも、どっしりこないもの。
ペペロンチーノにしよう。にんにくは控えめにして、唐辛子も入れる。この二つを炒めたら少し白だしを入れて、レンジでチンしたスパゲティを入れて絡める。これがうちのペペロンチーノだ。
「いただきます」
フォークでスパゲティを巻くのは、結構難しい。油をまとったものだと、その難易度は格段に上がる。でも、うまいんだよなあ、ニンニク風味の油って。
ほんの少しなのに、しっかり香るにんにく。でも、あとに残らない感じがちょうどいい。がっつりにんにく効かせるのもいいんだけどなあ。今日はこれくらいがいいなあ。小さなかけらを噛みしめると、一気に香ばしくなる。いい風味だ。
唐辛子も、種を取って量もそんなにないのに、ひりひりする。疲れた時とかって、辛い物が恋しくなる。体がポカポカして、汗が出てくるようだ。
そんで白だし。いい感じにうまみを足してくれる。にんにくもうま味はあるんだが、白だしのうま味って、また違う。まろやかになるというか、和風寄りになるから舌になじむというか。
洋食とか中華作ると、どうしても和風のうま味が恋しくなるんだよなあ。そういう時はつい、醤油とか白だしを入れてしまう。これがまた合うんだな。
でもまあ、本格的なものを食ってみたい気もする。店で食うか、自分で試してみるか……
今日はこのペペロンチーノがうまい。それでよし、だな。
「ごちそうさまでした」
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