一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百六十四話 コーヒー牛乳とカステラ

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 帰りに店に寄って、昼飯を食う。
「いただきます」
 レンジでチンした市販の弁当は、何気にうまい。なんかワクワクすんだよなあ。
 カリカリに揚げられた一口サイズの鶏肉は、甘辛いたれでコーティングされている。ごまもふりかけられていて、いい香りだ。カリッと食感の後、ジュワッとうま味があふれ出す。ごまが香ばしいなあ。
「ドーナツ、ありがとうね」
 と、ばあちゃんが温かいお茶を持って来てくれた。
「あ、ありがと」
「ドーナツなんて自分じゃ買わないからねえ」
 ばあちゃんは笑って言うと、台所に戻った。
 昼間っからテレビ見ながらのんびり飯が食えるって、贅沢だ。うっすら温まったご飯を食べる。濃い味付けのおかずには、白米がよく合うなあ。
 メインのおかず以外にも、二つ、ちょっとずつおかずがある。青椒肉絲とザーサイか。青椒肉絲は野菜たっぷりで、肉はほんの少し。案外、このバランスがいいんだなあ。たけのこのジャキジャキ食感、ピーマンは少しくたっとしていて、パプリカの甘味が程よい。肉も噛めばうま味が滲み出す。
 ザーサイは独特な風味だなあ。このちょびっとの量がちょうどいいくらいの塩辛さである。癖になる味というのは、こういうものをいうのだろうか。
 ああ、緑茶が染みる。
「ごちそうさまでした」
 空っぽの弁当箱と箸を片付けていたら、ばあちゃんが台所から声をかけてきた。
「春都、これから何か用事ある?」
「何もないよー」
「じゃあ、一休みしたら、一緒に行こうか」
「……どこに?」
 ばあちゃんは振り返り、にっこりと笑って言った。
「つくし採り」

 うめずもつれてやってきたのは、山のふもとの、日当たりのいい川沿いだった。見ればちらほらと、お年寄りの姿が見える。
「最近は何日か、天気が良かったからなあ」
 近くにある知り合いの家に車を停めてきたじいちゃんがやってきて、辺りを見回しながら言った。うめずもその家で預かってもらっている。何でも酪農家さんの家のようで、真野さんというらしい。ばあちゃんはすでにつくしを採りまくっている。やる気満々だなあ。
「どれ……」
 おお、本当だ。いっぱい生えてる。あっちにも。
「こんなに採っていいもんなの……?」
 あんまり採れすぎて、ちょっと不安になる。ふと周りを見渡すと、ビニール袋いっぱいにつくしを詰め込んだばあちゃんが視界に入ってきた。
「うわ、すっご」
「ばあちゃんは、こういうの好きだからな」
 じいちゃんがちまちまとつくしを採りながら、笑って言った。
「適当なところで声かけないと、ここの土手のつくし全部採り尽くしかねない」
 そんなバカな、と思うが、じいちゃんがここまで真剣に言うし、ばあちゃんの様子も見ていると、本当にそんな気がしてくる。
「すごいな、ばあちゃん」
「敵わんなあ」
 それから少しして、切り上げた。ばあちゃんは三袋目の口を縛っているところだった。

 じいちゃんが真野さんの家に車を停めるのは、敷地が広いからってだけではないらしい。
「上がって行くだろう?」
「ああ」
「初めまして。真野俊介です」
「あ、一条、春都です。初めまして……」
 じいちゃんの同級生だという真野俊介さんは、普段は違うところに住んでいるらしいが、今日はたまたまこっちに来ていたらしい。
「おじゃまします……」
 立派な家だなあ。玄関に、でかい板がある。金持ちの家でよく見かけるやつだ。部屋もいくつあるんだろう。朝比奈の家ほどではないにしても、十分豪華だ。通された一室は掃除が行き届いていて、天井も高く、居心地がよかった。
「いつものでいいか?」
「悪いな、催促するようで」
「なに。今更遠慮するな」
 真野さんはじいちゃんとは正反対って感じの、どっちかというと英国紳士っぽい感じの人だった。この二人が仲いいって、想像つかないなあと思っていたけど、真野さんが笑った顔が意外と無邪気で、なんとなく合点がいった。
 なんでも真野さんは通いのお手伝いさんをしているらしい。車の中で聞いた話だと、真野さんはまあヤンチャな人だったみたいで、就職しようにもできず、家業は長男が継ぐと決まっていたから、両親が必死で働き口を探したんだとか。
「悪いやつではないんだ。今でこそ穏やかだが、若い頃は、正義感が拳に出てたから……」
 じいちゃんは笑って言っていた。
「はい、お待たせ」
 真野さんが持ってきたのは、コーヒー牛乳とカステラだった。
「ありがとうございます」
「取れたての牛乳とコーヒー、砂糖だけのコーヒー牛乳だよ」
「うまいぞぉ」
 じいちゃんがそこまで言うのだから、よっぽどうまいんだろうな。
「いただきます」
 まずはコーヒー牛乳を……
 なにこれ、こんなうまいの、飲んだことない。牛乳のコクが違うのか? 癖はないが、牛乳の濃いうま味がじわぁ……っと口に広がり、ほろ苦いコーヒーの風味が程よく香る。砂糖の素朴な甘さが、また牛乳に合うんだ。
 コーヒー牛乳って甘いものだと思ってたけど、これは違う。確かに甘いのは甘いんだけど、甘ったるくなくて、こう……うまい。
「うまぁ……」
「ふふ、気に入ったようでよかった」
 真野さんは穏やかに笑った。
 カステラもしっとりふわふわで、底のザラメが嬉しい。ジャキジャキした甘さが好きなんだよなあ。すっきりとした甘さも好きだが、甘ったるいのも嫌いじゃない。
 そしてまた、コーヒー牛乳とよく合う。口の中でジュワジュワと混ざる感じがたまらないなあ。
「一条君……一つ聞いてもいいかな?」
 じいちゃんたちと話していた真野さんが、会話の狭間で遠慮がちに聞いてきた。
「はい」
「一条君って、もしかして朝比奈君って知ってる? 朝比奈貴志君」
「へ、あ、はい。知ってます。その……よく話します」
 こないだ一緒に街に行ったばかりです。
 真野さんはぱあっと顔を輝かせて頷いた。
「そうか、やっぱり」
「なんだ、春都を知っているのか?」
 じいちゃんが聞くと、真野さんは言った。
「僕が手伝いに行ってる家の息子さんが、一条君のお友達なんだ。おいしそうにご飯を食べる子だって聞いてねえ、名前もそうだし、もしかしてと思って」
 えっ、そんなふうに思われてたのか、俺。てか、真野さんの仕事先って、朝比奈の家だったのか。じゃあ、朝比奈の言うお手伝いさんって、真野さんだったってことか。
 あまりの情報量に戸惑っていると、真野さんは笑って言った。
「おかげで、食事に興味を持ってもらえるようになってね。嬉しい限りだよ」
 ……まあ、歓迎はされているようだから、悪い気はしない。
 それにしても、世間て狭いんだか広いんだか分らんなあ……うかつなことはしていられない。これも田舎の宿命か。
 はあ、コーヒー牛乳、うまかった。

「ごちそうさまでした」
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