一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
598 / 854
日常

第五百六十二話 激レアカレーパン

しおりを挟む
 昼の弁当の準備をしないと、いつもより朝がゆっくりだ。この週末は……というか、土曜日はくたびれたからなあ。学食に行くのは億劫だけど、体を休めるのも大事だよな。
「おはよー、春都。こないだは疲れたなあ」
「ああ、咲良。おはよう」
 咲良は頭の後ろで手を組み、はーっと息をついた。
「なんかまだ疲れが抜けきってない感じ~」
「そうだな」
「人混みってやっぱ疲れるんだな~。学校とはまた違う疲れっつーの?」
 昇降口からは食堂が見える。まだ人もパンもすっからかんで、厨房の裏口にはトラックが停まっていた。
 そのトラックを目にした咲良は「あっ」と声をあげた。
「どうした」
「今日、月曜だよな?」
「あ? ああ……」
 週の半ばになって曜日が分からなくなることはあるが、週の最初に分からなくなることは、あんまりないよなあ……こいつ、大丈夫か? まだ疲れてんのか。
「知ってるか、春都」
 咲良は声を潜めると、周りを気にしながら言った。
「食堂のカレーパンの秘密」
「なんだそれ」
 やけに真剣そうな顔で咲良は続けた。
「月に一回、月曜日にあのトラックが来るんだけどな。その日、食堂に並ぶカレーパンはすごく、特別なんだ」
「そんなのがあるのか」
「すぐに売り切れるから滅多に買えないんだ。だから、人にもあんまり知られてない。いつも整理券が配られて、昼休みになって出来立てがもらえるんだけど、その整理券も二時間目までには配布が終わんの」
「えぇ……」
「それぐらい人気なんだよ」
「やっぱ違うのか? いつものとは」
 聞くと咲良は「俺もうわさでしか聞いたことがないんだけどさあ……」と囁く。
「どっかのお菓子屋さんが作ってる、牛筋カレーパンなんだって。値段の割には大きくて食べ応えがあって、めちゃくちゃうまいらしい。店でも人気みたいでなあ……」
「食ってみたいな、それ」
 でも今日は移動教室のオンパレードなんだよなあ。朝課外以外はほとんどよその教室にいる。買いに行くなんて暇は少しもない。
 咲良は準備運動をするようなそぶりを見せて言った。
「俺は今日、ラッキーなことに移動教室がないから、整理券貰いに行くぜ。一人二枚までだから、春都の分も取っといてやろうか」
「えっ、いいのか?」
「おうよ」
 任せとけ! と咲良は明るく笑った。
「その代わり、金はあとでもらうぞ」
「それはもちろんだが……高いのか? 五百円とか」
「いや、二百円くらい」
 思ったより安いな。人気のパンというのだから、もっと高いと思ってた。
 なんでも、そのカレーパンで十分腹は満たされるらしい。なので、他のものは買わないと決めた。飲み物だけ、準備しとくか。楽しみだなあ。

「ほれ、春都。整理券」
 昼休み早々、クラスにやってきた咲良は、二枚の整理券を手にしていた。そのうちの一枚を受け取り、食堂へ向かう。
「ありがとな」
「いやー、すごかったぜ。戦いだったわ」
「ああ、見てた見てた」
 ちょうど渡り廊下を歩いていた時、食堂が見えたのだが、まあ、すごかったなあ。吸い寄せられていく、という表現があそこまでしっくりくる光景は、なかなかない。
 カレーパンの列に並び、順番を待っている間に食堂の席は埋まっていく。
「はーい、次の方~」
「きたきた!」
 咲良がうきうきしながら整理券をおばちゃんに渡す。俺も一緒に渡したほうがよさそうだ。あ、ショップカードが置いてある。この店かあ、一枚もらっていこう。
「熱いから気を付けてね~」
 おしゃれな柄の紙袋に入れられたカレーパンはずっしりとしていて、確かに熱かった。ああ、香ばしい匂いだ。
 食堂は席が埋まっていたので、教室に戻る。が、俺の教室も咲良の教室も満員だ。
 いったんひとけのない渡り廊下に避難する。咲良は言った。
「どうするよ、屋上は寒いだろ?」
「そりゃなあ」
「お、どうしたんだ、君たち」
 あ、漆原先生。
「いやーそれがですね」
 咲良が事情を話すと、先生は「なるほどなあ」とつぶやき、意味深に笑って言った。
「それじゃあ、君たちにいい場所を教えてあげよう。ついてきなさい」

 言われるがままやってきたのは、図書館の裏、今は使われていない渡り廊下だった。イスとテーブルがあって、風に合わせて揺れる木陰がきれいだ。周りの建物とかが風よけになっていて、寒くもない。
「俺の秘密の休憩場所だ。いい場所だろう」
「校内を私物化してるんすか?」
 咲良がいたずらっぽく笑いながら聞くと、先生は堂々と言った。
「昼休みの間だけこうさせてもらってるんだ。ここで食う飯はうまい」
 確かに、人目に付かないし、雨もしのげるし、いい場所だ。
「まあ、座れ。俺も昼飯だ」
「あ、先生も買ったんですね、カレーパン」
「まあな」
 キャンプ用品らしき折り畳みの椅子に座る。意外とおさまりがいいな。
「いただきます」
 さてさて、どんな見た目かなあ。
 うっすらときつね色に色づいたカレーパン。見た目の破壊力がまずすごい。でかいし、いい感じの色味だ。
 思い切ってかぶりついてみる。サクッとした表面、もっちり、むっちりとした生地。脂っこくなくて、でも、しっとりとしていて、小麦臭さもない。ほんのりと感じる自然な甘さが、最高にうまい。まだカレーは食ってないが、パンだけでこんなにうまいとは。そのカレーも、香りだけでうまいと分かる。
 カレー、たっぷり入ってるなあ。ドライカレーと、米にかけて食うカレーの間くらいの水分量だ。どれどれ、まずは一口。
 スパイスの香りは濃すぎず、でも、ちゃんとある。うま味たっぷりのルーは熱々で、辛さもちょうどいい。甘すぎないルーは、甘めのパンとの相性が抜群だ。なにこれ、超うまい。カレーパンってこんなにうまかったっけ。揚げたてだからか? いや、でも分かる。これは、出来たてじゃなくてもうまいやつだ。
 牛筋はとろとろで、でも少し噛み応えもあって、ジュワッと味が染み出してくる。ほんのり、脂が甘くてコクがある。牛筋カレーって、かしこまった感じがするっていうか、おしゃれな店で出てくるイメージで、なんとなく食べてなかったけど、うまいな。ニンジンも甘くてうまい。
 もっちもちのパン生地に、ルーのほのかな辛さと香り、そして具材。どれが一つ欠けてもなしえない味わいのカレーパンだ、これは。
「これ、うまいな」
 咲良も珍しく言葉少なに食べている。
「食べ応えあるなあ」
 先生もにこにこしながら食べている。やっぱり、これはおいしいカレーパンなのだ。
 これ、絶対店に買いに行こう。また食べたい。今度は二つくらい食べたい。お菓子も気になるし、絶対行こう。
 絶対、絶対また食べよう。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...