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日常
第五百六十二話 激レアカレーパン
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昼の弁当の準備をしないと、いつもより朝がゆっくりだ。この週末は……というか、土曜日はくたびれたからなあ。学食に行くのは億劫だけど、体を休めるのも大事だよな。
「おはよー、春都。こないだは疲れたなあ」
「ああ、咲良。おはよう」
咲良は頭の後ろで手を組み、はーっと息をついた。
「なんかまだ疲れが抜けきってない感じ~」
「そうだな」
「人混みってやっぱ疲れるんだな~。学校とはまた違う疲れっつーの?」
昇降口からは食堂が見える。まだ人もパンもすっからかんで、厨房の裏口にはトラックが停まっていた。
そのトラックを目にした咲良は「あっ」と声をあげた。
「どうした」
「今日、月曜だよな?」
「あ? ああ……」
週の半ばになって曜日が分からなくなることはあるが、週の最初に分からなくなることは、あんまりないよなあ……こいつ、大丈夫か? まだ疲れてんのか。
「知ってるか、春都」
咲良は声を潜めると、周りを気にしながら言った。
「食堂のカレーパンの秘密」
「なんだそれ」
やけに真剣そうな顔で咲良は続けた。
「月に一回、月曜日にあのトラックが来るんだけどな。その日、食堂に並ぶカレーパンはすごく、特別なんだ」
「そんなのがあるのか」
「すぐに売り切れるから滅多に買えないんだ。だから、人にもあんまり知られてない。いつも整理券が配られて、昼休みになって出来立てがもらえるんだけど、その整理券も二時間目までには配布が終わんの」
「えぇ……」
「それぐらい人気なんだよ」
「やっぱ違うのか? いつものとは」
聞くと咲良は「俺もうわさでしか聞いたことがないんだけどさあ……」と囁く。
「どっかのお菓子屋さんが作ってる、牛筋カレーパンなんだって。値段の割には大きくて食べ応えがあって、めちゃくちゃうまいらしい。店でも人気みたいでなあ……」
「食ってみたいな、それ」
でも今日は移動教室のオンパレードなんだよなあ。朝課外以外はほとんどよその教室にいる。買いに行くなんて暇は少しもない。
咲良は準備運動をするようなそぶりを見せて言った。
「俺は今日、ラッキーなことに移動教室がないから、整理券貰いに行くぜ。一人二枚までだから、春都の分も取っといてやろうか」
「えっ、いいのか?」
「おうよ」
任せとけ! と咲良は明るく笑った。
「その代わり、金はあとでもらうぞ」
「それはもちろんだが……高いのか? 五百円とか」
「いや、二百円くらい」
思ったより安いな。人気のパンというのだから、もっと高いと思ってた。
なんでも、そのカレーパンで十分腹は満たされるらしい。なので、他のものは買わないと決めた。飲み物だけ、準備しとくか。楽しみだなあ。
「ほれ、春都。整理券」
昼休み早々、クラスにやってきた咲良は、二枚の整理券を手にしていた。そのうちの一枚を受け取り、食堂へ向かう。
「ありがとな」
「いやー、すごかったぜ。戦いだったわ」
「ああ、見てた見てた」
ちょうど渡り廊下を歩いていた時、食堂が見えたのだが、まあ、すごかったなあ。吸い寄せられていく、という表現があそこまでしっくりくる光景は、なかなかない。
カレーパンの列に並び、順番を待っている間に食堂の席は埋まっていく。
「はーい、次の方~」
「きたきた!」
咲良がうきうきしながら整理券をおばちゃんに渡す。俺も一緒に渡したほうがよさそうだ。あ、ショップカードが置いてある。この店かあ、一枚もらっていこう。
「熱いから気を付けてね~」
おしゃれな柄の紙袋に入れられたカレーパンはずっしりとしていて、確かに熱かった。ああ、香ばしい匂いだ。
食堂は席が埋まっていたので、教室に戻る。が、俺の教室も咲良の教室も満員だ。
いったんひとけのない渡り廊下に避難する。咲良は言った。
「どうするよ、屋上は寒いだろ?」
「そりゃなあ」
「お、どうしたんだ、君たち」
あ、漆原先生。
「いやーそれがですね」
咲良が事情を話すと、先生は「なるほどなあ」とつぶやき、意味深に笑って言った。
「それじゃあ、君たちにいい場所を教えてあげよう。ついてきなさい」
言われるがままやってきたのは、図書館の裏、今は使われていない渡り廊下だった。イスとテーブルがあって、風に合わせて揺れる木陰がきれいだ。周りの建物とかが風よけになっていて、寒くもない。
「俺の秘密の休憩場所だ。いい場所だろう」
「校内を私物化してるんすか?」
咲良がいたずらっぽく笑いながら聞くと、先生は堂々と言った。
「昼休みの間だけこうさせてもらってるんだ。ここで食う飯はうまい」
確かに、人目に付かないし、雨もしのげるし、いい場所だ。
「まあ、座れ。俺も昼飯だ」
「あ、先生も買ったんですね、カレーパン」
「まあな」
キャンプ用品らしき折り畳みの椅子に座る。意外とおさまりがいいな。
「いただきます」
さてさて、どんな見た目かなあ。
うっすらときつね色に色づいたカレーパン。見た目の破壊力がまずすごい。でかいし、いい感じの色味だ。
思い切ってかぶりついてみる。サクッとした表面、もっちり、むっちりとした生地。脂っこくなくて、でも、しっとりとしていて、小麦臭さもない。ほんのりと感じる自然な甘さが、最高にうまい。まだカレーは食ってないが、パンだけでこんなにうまいとは。そのカレーも、香りだけでうまいと分かる。
カレー、たっぷり入ってるなあ。ドライカレーと、米にかけて食うカレーの間くらいの水分量だ。どれどれ、まずは一口。
スパイスの香りは濃すぎず、でも、ちゃんとある。うま味たっぷりのルーは熱々で、辛さもちょうどいい。甘すぎないルーは、甘めのパンとの相性が抜群だ。なにこれ、超うまい。カレーパンってこんなにうまかったっけ。揚げたてだからか? いや、でも分かる。これは、出来たてじゃなくてもうまいやつだ。
牛筋はとろとろで、でも少し噛み応えもあって、ジュワッと味が染み出してくる。ほんのり、脂が甘くてコクがある。牛筋カレーって、かしこまった感じがするっていうか、おしゃれな店で出てくるイメージで、なんとなく食べてなかったけど、うまいな。ニンジンも甘くてうまい。
もっちもちのパン生地に、ルーのほのかな辛さと香り、そして具材。どれが一つ欠けてもなしえない味わいのカレーパンだ、これは。
「これ、うまいな」
咲良も珍しく言葉少なに食べている。
「食べ応えあるなあ」
先生もにこにこしながら食べている。やっぱり、これはおいしいカレーパンなのだ。
これ、絶対店に買いに行こう。また食べたい。今度は二つくらい食べたい。お菓子も気になるし、絶対行こう。
絶対、絶対また食べよう。
「ごちそうさまでした」
「おはよー、春都。こないだは疲れたなあ」
「ああ、咲良。おはよう」
咲良は頭の後ろで手を組み、はーっと息をついた。
「なんかまだ疲れが抜けきってない感じ~」
「そうだな」
「人混みってやっぱ疲れるんだな~。学校とはまた違う疲れっつーの?」
昇降口からは食堂が見える。まだ人もパンもすっからかんで、厨房の裏口にはトラックが停まっていた。
そのトラックを目にした咲良は「あっ」と声をあげた。
「どうした」
「今日、月曜だよな?」
「あ? ああ……」
週の半ばになって曜日が分からなくなることはあるが、週の最初に分からなくなることは、あんまりないよなあ……こいつ、大丈夫か? まだ疲れてんのか。
「知ってるか、春都」
咲良は声を潜めると、周りを気にしながら言った。
「食堂のカレーパンの秘密」
「なんだそれ」
やけに真剣そうな顔で咲良は続けた。
「月に一回、月曜日にあのトラックが来るんだけどな。その日、食堂に並ぶカレーパンはすごく、特別なんだ」
「そんなのがあるのか」
「すぐに売り切れるから滅多に買えないんだ。だから、人にもあんまり知られてない。いつも整理券が配られて、昼休みになって出来立てがもらえるんだけど、その整理券も二時間目までには配布が終わんの」
「えぇ……」
「それぐらい人気なんだよ」
「やっぱ違うのか? いつものとは」
聞くと咲良は「俺もうわさでしか聞いたことがないんだけどさあ……」と囁く。
「どっかのお菓子屋さんが作ってる、牛筋カレーパンなんだって。値段の割には大きくて食べ応えがあって、めちゃくちゃうまいらしい。店でも人気みたいでなあ……」
「食ってみたいな、それ」
でも今日は移動教室のオンパレードなんだよなあ。朝課外以外はほとんどよその教室にいる。買いに行くなんて暇は少しもない。
咲良は準備運動をするようなそぶりを見せて言った。
「俺は今日、ラッキーなことに移動教室がないから、整理券貰いに行くぜ。一人二枚までだから、春都の分も取っといてやろうか」
「えっ、いいのか?」
「おうよ」
任せとけ! と咲良は明るく笑った。
「その代わり、金はあとでもらうぞ」
「それはもちろんだが……高いのか? 五百円とか」
「いや、二百円くらい」
思ったより安いな。人気のパンというのだから、もっと高いと思ってた。
なんでも、そのカレーパンで十分腹は満たされるらしい。なので、他のものは買わないと決めた。飲み物だけ、準備しとくか。楽しみだなあ。
「ほれ、春都。整理券」
昼休み早々、クラスにやってきた咲良は、二枚の整理券を手にしていた。そのうちの一枚を受け取り、食堂へ向かう。
「ありがとな」
「いやー、すごかったぜ。戦いだったわ」
「ああ、見てた見てた」
ちょうど渡り廊下を歩いていた時、食堂が見えたのだが、まあ、すごかったなあ。吸い寄せられていく、という表現があそこまでしっくりくる光景は、なかなかない。
カレーパンの列に並び、順番を待っている間に食堂の席は埋まっていく。
「はーい、次の方~」
「きたきた!」
咲良がうきうきしながら整理券をおばちゃんに渡す。俺も一緒に渡したほうがよさそうだ。あ、ショップカードが置いてある。この店かあ、一枚もらっていこう。
「熱いから気を付けてね~」
おしゃれな柄の紙袋に入れられたカレーパンはずっしりとしていて、確かに熱かった。ああ、香ばしい匂いだ。
食堂は席が埋まっていたので、教室に戻る。が、俺の教室も咲良の教室も満員だ。
いったんひとけのない渡り廊下に避難する。咲良は言った。
「どうするよ、屋上は寒いだろ?」
「そりゃなあ」
「お、どうしたんだ、君たち」
あ、漆原先生。
「いやーそれがですね」
咲良が事情を話すと、先生は「なるほどなあ」とつぶやき、意味深に笑って言った。
「それじゃあ、君たちにいい場所を教えてあげよう。ついてきなさい」
言われるがままやってきたのは、図書館の裏、今は使われていない渡り廊下だった。イスとテーブルがあって、風に合わせて揺れる木陰がきれいだ。周りの建物とかが風よけになっていて、寒くもない。
「俺の秘密の休憩場所だ。いい場所だろう」
「校内を私物化してるんすか?」
咲良がいたずらっぽく笑いながら聞くと、先生は堂々と言った。
「昼休みの間だけこうさせてもらってるんだ。ここで食う飯はうまい」
確かに、人目に付かないし、雨もしのげるし、いい場所だ。
「まあ、座れ。俺も昼飯だ」
「あ、先生も買ったんですね、カレーパン」
「まあな」
キャンプ用品らしき折り畳みの椅子に座る。意外とおさまりがいいな。
「いただきます」
さてさて、どんな見た目かなあ。
うっすらときつね色に色づいたカレーパン。見た目の破壊力がまずすごい。でかいし、いい感じの色味だ。
思い切ってかぶりついてみる。サクッとした表面、もっちり、むっちりとした生地。脂っこくなくて、でも、しっとりとしていて、小麦臭さもない。ほんのりと感じる自然な甘さが、最高にうまい。まだカレーは食ってないが、パンだけでこんなにうまいとは。そのカレーも、香りだけでうまいと分かる。
カレー、たっぷり入ってるなあ。ドライカレーと、米にかけて食うカレーの間くらいの水分量だ。どれどれ、まずは一口。
スパイスの香りは濃すぎず、でも、ちゃんとある。うま味たっぷりのルーは熱々で、辛さもちょうどいい。甘すぎないルーは、甘めのパンとの相性が抜群だ。なにこれ、超うまい。カレーパンってこんなにうまかったっけ。揚げたてだからか? いや、でも分かる。これは、出来たてじゃなくてもうまいやつだ。
牛筋はとろとろで、でも少し噛み応えもあって、ジュワッと味が染み出してくる。ほんのり、脂が甘くてコクがある。牛筋カレーって、かしこまった感じがするっていうか、おしゃれな店で出てくるイメージで、なんとなく食べてなかったけど、うまいな。ニンジンも甘くてうまい。
もっちもちのパン生地に、ルーのほのかな辛さと香り、そして具材。どれが一つ欠けてもなしえない味わいのカレーパンだ、これは。
「これ、うまいな」
咲良も珍しく言葉少なに食べている。
「食べ応えあるなあ」
先生もにこにこしながら食べている。やっぱり、これはおいしいカレーパンなのだ。
これ、絶対店に買いに行こう。また食べたい。今度は二つくらい食べたい。お菓子も気になるし、絶対行こう。
絶対、絶対また食べよう。
「ごちそうさまでした」
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