592 / 854
日常
第五百五十七話 皿うどん
しおりを挟む
冬場の事務室掃除って、結構寒い。掃除時間になった途端、換気のために窓が開け放たれて、冷たい風が吹き込んでくる。もとから寒けりゃそうでもないかもしれないが、そもそも事務室って暖房が効いて過ごしやすい室温なものだから、温度差がすごいんだ。
「あー……さっむ」
掃除機の音を後ろで聞きながら、雑巾であちこちを拭いていく。まあ、水で濡らした雑巾じゃないだけいいか。冬の濡れ雑巾は冷たいんだよなあ。
「今日は冷えるね」
そう言いながらやってきたのは石上先生だ。あ、マスクつけてる。最近はマスクつけてくる人、増えたなあ。
先生はコピー機に書類をセットすると、慣れた手つきでパネルを操作した。間もなくして、ガッチャンガッチャンと騒がしい音が鳴り始め、セットされた書類が次々とコピー機に吸い込まれていく。
「冷えますね。こないだまで地味に暖かかったから、余計に」
「早く春が来てくれるといいなあ」
「同感です」
寒いなら寒いで、温かいものがおいしいからいいんだけどなあ。やっぱり、上着がいらないくらいの陽気が一番好きだ。
あっという間にコピーは終わり、先生は書類をきれいにそろえる。
「寒いと風邪とか流行るしねぇ。一条君も気を付けた方がいいよ。学級閉鎖になったクラスもあるからね」
「あ、そうなんですか」
「一年生のクラスだから、気づかないよね」
「先生のマスクも、予防って感じですか?」
聞けば先生は、曖昧に笑って首を傾げた。
「うーん、半分正解」
「残りの半分は?」
「花粉だよ、花粉対策」
ああ、花粉。もう飛び始めているのか。花粉は暖かくなってから飛ぶものだと思っていたのだが、そういうことでもないらしい。先生は揃えた書類と原本が混ざらないように重ねながら言った。
「今はまだ飛び始めだから何とかなってるんだけどね。それでもしんどいよ。これから本格化すると思うと……」
「花粉症って、大変そうですもんね」
「今まで平気だった人でも、ある日発症することもあるからね。気を付けなよ」
「うへぇ……分かりました」
気を付けないといけないことばかりだな。
先生は人を脅かすだけ脅かして、「それじゃ」と自分の席に戻って行ってしまった。漆原先生を見ても思うが、ちゃんと働いてるんだな、この人たち。
「失礼しまーす」
ノックの音とともに、やわらかい声が聞こえて来た。羽室先生だ。事務室にいると、いろんな先生がやってくる。
「これ、お願いしますね」
「わざわざありがとうございます」
羽室先生は何かの書類を近くにいた事務室の先生に渡すと、掃除機をかけていた生徒と話し始めた。羽室先生って、たいていの生徒と仲がいいんだよなあ。あと、イライラを顔に出さない。そもそも、イラつくことあるんだろうか、この先生ってくらいだ。つくづく、保健室の先生という職業は、俺には向いていないと思う。
間違っても選ばないようにしないとなあ……と思う職業はいくつかあるが、総じて、人の面倒を見るスキルか、片付けスキルが必須なものばかりだ。
俺はどうにも、面倒を見るより見られる方が向いているらしい。じゃあ一体、どんな職に就けばいいのやら。
……などと飛躍した思考回路に陥っていると、羽室先生が声をかけて来た。
「一条君、あれから調子はどう?」
「あ、おかげさまで。何とか生きてます」
「あはは、元気そうでよかった。最近は体調を崩す子も多いからね、気を付けてね」
「はい」
やっぱり、体調不良のやつ多いのか。俺の周りのやつらは軒並み元気で、体調不良とは無縁って感じだから、あまり実感がわかない。自分も、滅多に風邪ひかないしインフルエンザにはなったことないしなあ。
小学生のころ、自分の席の周りがみんなインフルエンザになったときは、さすがに覚悟したもんだ。あーこれ絶対かかったな。しこたま遊び倒したし、うつってない方がおかしいよな、って。でも、ならなかったんだなあ、これが。
そのくせ睡眠不足でダウンするんだから、よく分からん。まあ、なんだ。体調不良ってのは、人それぞれなんだな。
そういえば、ばあちゃんが言ってたな。俺が元気なのは、しっかり飯を食ってるからだって。食い力……とかなんとか。
食い意地張ってんのも、悪くないってもんだ。
今日は野菜がたくさん食べたい気分なので、皿うどんを作る。
キャベツともやしとニンジンと……うん、それで十分かな。キャベツはザクザクと切って、ニンジンは薄く。もやしは洗えばよし、と。
海鮮とか入れたらうまいんだろうなあ、きくらげもいいなあ。あっそうだ。かまぼこ入れよう。食感の違いと海鮮の風味が味わえていいのでは。コーンの缶詰もあったな。あれも入れよう。スープ系と違って、皿うどんの餡はとろみがあるから、コーンも余すことなく食えるのだ。
野菜を炒めて、水入れて、皿うどんの麺に付属しているスープの素を入れて、煮る。いい感じにとろみがついたら、あらかじめ用意しておいた皿うどんの麺にかけて、完成だ。
酢をかけてもうまいんだっけ。ソースも用意しよう。
「いただきます」
まずはそのまま。
パリッパリの麺の食感は、食べ始めの方にしか味わえないものだ。香ばしく、食感が楽しい。コクのある餡との相性も抜群だ。
皿うどんの醍醐味といえば、やっぱりたっぷりの野菜だよなあ。キャベツの甘味にニンジンのほくほく、もやしの食べごたえ。口いっぱいに野菜をほおばりたい時、しかも加熱した野菜がいいときは、皿うどん、もってこいだ。
コーンのプチッとはじける甘さがうれしい。かまぼこもいい味出してる。くにくにとした食感が癖になるな。やっぱ入れて正解だった。
麺がふにゃふにゃになって食べやすくなってきたかなーってところに、酢を投入。
おお、酸っぱい。でも味がキリッと引き締まって、さっぱりしてまたうまい。酢ってなんか敬遠してたけど、うまいもんだな。
ソースはウスターを先に。うん、なかなか。目が覚めるような味がする。
とんかつソースはどうだろう。お、ちょっとまろやかになった。
皿うどんって色々楽しめるんだよなあ。具材、調味料、麺のかたさ……シンプルって、何でも楽しめる。
今度こそ、海鮮ときくらげ入り、作ってみたいなあ。
「ごちそうさまでした」
「あー……さっむ」
掃除機の音を後ろで聞きながら、雑巾であちこちを拭いていく。まあ、水で濡らした雑巾じゃないだけいいか。冬の濡れ雑巾は冷たいんだよなあ。
「今日は冷えるね」
そう言いながらやってきたのは石上先生だ。あ、マスクつけてる。最近はマスクつけてくる人、増えたなあ。
先生はコピー機に書類をセットすると、慣れた手つきでパネルを操作した。間もなくして、ガッチャンガッチャンと騒がしい音が鳴り始め、セットされた書類が次々とコピー機に吸い込まれていく。
「冷えますね。こないだまで地味に暖かかったから、余計に」
「早く春が来てくれるといいなあ」
「同感です」
寒いなら寒いで、温かいものがおいしいからいいんだけどなあ。やっぱり、上着がいらないくらいの陽気が一番好きだ。
あっという間にコピーは終わり、先生は書類をきれいにそろえる。
「寒いと風邪とか流行るしねぇ。一条君も気を付けた方がいいよ。学級閉鎖になったクラスもあるからね」
「あ、そうなんですか」
「一年生のクラスだから、気づかないよね」
「先生のマスクも、予防って感じですか?」
聞けば先生は、曖昧に笑って首を傾げた。
「うーん、半分正解」
「残りの半分は?」
「花粉だよ、花粉対策」
ああ、花粉。もう飛び始めているのか。花粉は暖かくなってから飛ぶものだと思っていたのだが、そういうことでもないらしい。先生は揃えた書類と原本が混ざらないように重ねながら言った。
「今はまだ飛び始めだから何とかなってるんだけどね。それでもしんどいよ。これから本格化すると思うと……」
「花粉症って、大変そうですもんね」
「今まで平気だった人でも、ある日発症することもあるからね。気を付けなよ」
「うへぇ……分かりました」
気を付けないといけないことばかりだな。
先生は人を脅かすだけ脅かして、「それじゃ」と自分の席に戻って行ってしまった。漆原先生を見ても思うが、ちゃんと働いてるんだな、この人たち。
「失礼しまーす」
ノックの音とともに、やわらかい声が聞こえて来た。羽室先生だ。事務室にいると、いろんな先生がやってくる。
「これ、お願いしますね」
「わざわざありがとうございます」
羽室先生は何かの書類を近くにいた事務室の先生に渡すと、掃除機をかけていた生徒と話し始めた。羽室先生って、たいていの生徒と仲がいいんだよなあ。あと、イライラを顔に出さない。そもそも、イラつくことあるんだろうか、この先生ってくらいだ。つくづく、保健室の先生という職業は、俺には向いていないと思う。
間違っても選ばないようにしないとなあ……と思う職業はいくつかあるが、総じて、人の面倒を見るスキルか、片付けスキルが必須なものばかりだ。
俺はどうにも、面倒を見るより見られる方が向いているらしい。じゃあ一体、どんな職に就けばいいのやら。
……などと飛躍した思考回路に陥っていると、羽室先生が声をかけて来た。
「一条君、あれから調子はどう?」
「あ、おかげさまで。何とか生きてます」
「あはは、元気そうでよかった。最近は体調を崩す子も多いからね、気を付けてね」
「はい」
やっぱり、体調不良のやつ多いのか。俺の周りのやつらは軒並み元気で、体調不良とは無縁って感じだから、あまり実感がわかない。自分も、滅多に風邪ひかないしインフルエンザにはなったことないしなあ。
小学生のころ、自分の席の周りがみんなインフルエンザになったときは、さすがに覚悟したもんだ。あーこれ絶対かかったな。しこたま遊び倒したし、うつってない方がおかしいよな、って。でも、ならなかったんだなあ、これが。
そのくせ睡眠不足でダウンするんだから、よく分からん。まあ、なんだ。体調不良ってのは、人それぞれなんだな。
そういえば、ばあちゃんが言ってたな。俺が元気なのは、しっかり飯を食ってるからだって。食い力……とかなんとか。
食い意地張ってんのも、悪くないってもんだ。
今日は野菜がたくさん食べたい気分なので、皿うどんを作る。
キャベツともやしとニンジンと……うん、それで十分かな。キャベツはザクザクと切って、ニンジンは薄く。もやしは洗えばよし、と。
海鮮とか入れたらうまいんだろうなあ、きくらげもいいなあ。あっそうだ。かまぼこ入れよう。食感の違いと海鮮の風味が味わえていいのでは。コーンの缶詰もあったな。あれも入れよう。スープ系と違って、皿うどんの餡はとろみがあるから、コーンも余すことなく食えるのだ。
野菜を炒めて、水入れて、皿うどんの麺に付属しているスープの素を入れて、煮る。いい感じにとろみがついたら、あらかじめ用意しておいた皿うどんの麺にかけて、完成だ。
酢をかけてもうまいんだっけ。ソースも用意しよう。
「いただきます」
まずはそのまま。
パリッパリの麺の食感は、食べ始めの方にしか味わえないものだ。香ばしく、食感が楽しい。コクのある餡との相性も抜群だ。
皿うどんの醍醐味といえば、やっぱりたっぷりの野菜だよなあ。キャベツの甘味にニンジンのほくほく、もやしの食べごたえ。口いっぱいに野菜をほおばりたい時、しかも加熱した野菜がいいときは、皿うどん、もってこいだ。
コーンのプチッとはじける甘さがうれしい。かまぼこもいい味出してる。くにくにとした食感が癖になるな。やっぱ入れて正解だった。
麺がふにゃふにゃになって食べやすくなってきたかなーってところに、酢を投入。
おお、酸っぱい。でも味がキリッと引き締まって、さっぱりしてまたうまい。酢ってなんか敬遠してたけど、うまいもんだな。
ソースはウスターを先に。うん、なかなか。目が覚めるような味がする。
とんかつソースはどうだろう。お、ちょっとまろやかになった。
皿うどんって色々楽しめるんだよなあ。具材、調味料、麺のかたさ……シンプルって、何でも楽しめる。
今度こそ、海鮮ときくらげ入り、作ってみたいなあ。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる