一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百五十七話 皿うどん

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 冬場の事務室掃除って、結構寒い。掃除時間になった途端、換気のために窓が開け放たれて、冷たい風が吹き込んでくる。もとから寒けりゃそうでもないかもしれないが、そもそも事務室って暖房が効いて過ごしやすい室温なものだから、温度差がすごいんだ。
「あー……さっむ」
 掃除機の音を後ろで聞きながら、雑巾であちこちを拭いていく。まあ、水で濡らした雑巾じゃないだけいいか。冬の濡れ雑巾は冷たいんだよなあ。
「今日は冷えるね」
 そう言いながらやってきたのは石上先生だ。あ、マスクつけてる。最近はマスクつけてくる人、増えたなあ。
 先生はコピー機に書類をセットすると、慣れた手つきでパネルを操作した。間もなくして、ガッチャンガッチャンと騒がしい音が鳴り始め、セットされた書類が次々とコピー機に吸い込まれていく。
「冷えますね。こないだまで地味に暖かかったから、余計に」
「早く春が来てくれるといいなあ」
「同感です」
 寒いなら寒いで、温かいものがおいしいからいいんだけどなあ。やっぱり、上着がいらないくらいの陽気が一番好きだ。
 あっという間にコピーは終わり、先生は書類をきれいにそろえる。
「寒いと風邪とか流行るしねぇ。一条君も気を付けた方がいいよ。学級閉鎖になったクラスもあるからね」
「あ、そうなんですか」
「一年生のクラスだから、気づかないよね」
「先生のマスクも、予防って感じですか?」
 聞けば先生は、曖昧に笑って首を傾げた。
「うーん、半分正解」
「残りの半分は?」
「花粉だよ、花粉対策」
 ああ、花粉。もう飛び始めているのか。花粉は暖かくなってから飛ぶものだと思っていたのだが、そういうことでもないらしい。先生は揃えた書類と原本が混ざらないように重ねながら言った。
「今はまだ飛び始めだから何とかなってるんだけどね。それでもしんどいよ。これから本格化すると思うと……」
「花粉症って、大変そうですもんね」
「今まで平気だった人でも、ある日発症することもあるからね。気を付けなよ」
「うへぇ……分かりました」
 気を付けないといけないことばかりだな。
 先生は人を脅かすだけ脅かして、「それじゃ」と自分の席に戻って行ってしまった。漆原先生を見ても思うが、ちゃんと働いてるんだな、この人たち。
「失礼しまーす」
 ノックの音とともに、やわらかい声が聞こえて来た。羽室先生だ。事務室にいると、いろんな先生がやってくる。
「これ、お願いしますね」
「わざわざありがとうございます」
 羽室先生は何かの書類を近くにいた事務室の先生に渡すと、掃除機をかけていた生徒と話し始めた。羽室先生って、たいていの生徒と仲がいいんだよなあ。あと、イライラを顔に出さない。そもそも、イラつくことあるんだろうか、この先生ってくらいだ。つくづく、保健室の先生という職業は、俺には向いていないと思う。
 間違っても選ばないようにしないとなあ……と思う職業はいくつかあるが、総じて、人の面倒を見るスキルか、片付けスキルが必須なものばかりだ。
 俺はどうにも、面倒を見るより見られる方が向いているらしい。じゃあ一体、どんな職に就けばいいのやら。
 ……などと飛躍した思考回路に陥っていると、羽室先生が声をかけて来た。
「一条君、あれから調子はどう?」
「あ、おかげさまで。何とか生きてます」
「あはは、元気そうでよかった。最近は体調を崩す子も多いからね、気を付けてね」
「はい」
 やっぱり、体調不良のやつ多いのか。俺の周りのやつらは軒並み元気で、体調不良とは無縁って感じだから、あまり実感がわかない。自分も、滅多に風邪ひかないしインフルエンザにはなったことないしなあ。
 小学生のころ、自分の席の周りがみんなインフルエンザになったときは、さすがに覚悟したもんだ。あーこれ絶対かかったな。しこたま遊び倒したし、うつってない方がおかしいよな、って。でも、ならなかったんだなあ、これが。
 そのくせ睡眠不足でダウンするんだから、よく分からん。まあ、なんだ。体調不良ってのは、人それぞれなんだな。
 そういえば、ばあちゃんが言ってたな。俺が元気なのは、しっかり飯を食ってるからだって。食い力……とかなんとか。
 食い意地張ってんのも、悪くないってもんだ。

 今日は野菜がたくさん食べたい気分なので、皿うどんを作る。
 キャベツともやしとニンジンと……うん、それで十分かな。キャベツはザクザクと切って、ニンジンは薄く。もやしは洗えばよし、と。
 海鮮とか入れたらうまいんだろうなあ、きくらげもいいなあ。あっそうだ。かまぼこ入れよう。食感の違いと海鮮の風味が味わえていいのでは。コーンの缶詰もあったな。あれも入れよう。スープ系と違って、皿うどんの餡はとろみがあるから、コーンも余すことなく食えるのだ。
 野菜を炒めて、水入れて、皿うどんの麺に付属しているスープの素を入れて、煮る。いい感じにとろみがついたら、あらかじめ用意しておいた皿うどんの麺にかけて、完成だ。
 酢をかけてもうまいんだっけ。ソースも用意しよう。
「いただきます」
 まずはそのまま。
 パリッパリの麺の食感は、食べ始めの方にしか味わえないものだ。香ばしく、食感が楽しい。コクのある餡との相性も抜群だ。
 皿うどんの醍醐味といえば、やっぱりたっぷりの野菜だよなあ。キャベツの甘味にニンジンのほくほく、もやしの食べごたえ。口いっぱいに野菜をほおばりたい時、しかも加熱した野菜がいいときは、皿うどん、もってこいだ。
 コーンのプチッとはじける甘さがうれしい。かまぼこもいい味出してる。くにくにとした食感が癖になるな。やっぱ入れて正解だった。
 麺がふにゃふにゃになって食べやすくなってきたかなーってところに、酢を投入。
 おお、酸っぱい。でも味がキリッと引き締まって、さっぱりしてまたうまい。酢ってなんか敬遠してたけど、うまいもんだな。
 ソースはウスターを先に。うん、なかなか。目が覚めるような味がする。
 とんかつソースはどうだろう。お、ちょっとまろやかになった。
 皿うどんって色々楽しめるんだよなあ。具材、調味料、麺のかたさ……シンプルって、何でも楽しめる。
 今度こそ、海鮮ときくらげ入り、作ってみたいなあ。

「ごちそうさまでした」
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