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日常
第五百五十六話 からあげ
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昨日はすこぶる調子が悪かったくせに、今日は朝から無性にからあげが食いたい。体調ジェットコースターかよ。
「鶏肉はあるんだよなあ」
登校までまだ時間はある。晩飯のために仕込んでおくか。
鶏もも肉はぶつ切りにする。こういう時のために、最近、ビニール手袋を買った。今まではビニール袋で代用していたが、やっぱり手袋は使いやすいな。生肉用のまな板を引っ張り出してきて、よく切れる包丁で切っていく。たまにばあちゃんが研いでくれるんだ。
怖いくらいに切れるな。手を切らないように気を付けないと。
切った鶏もも肉をビニール袋に入れておき、次は鶏むね肉を切っていく。肉を切る感覚って、なんかすごい、なんともいえない。初めて切ったときはちょっとビビった。
鶏むね肉もビニール袋に入れて、さあ、味付けだ。
鶏もも肉は、もも肉ってだけで食いごたえもこってり感もある。だからこそ俺は、濃さを上乗せしていく。にんにく多めで醤油と酒。それと白だし……
「あっ」
白だし切れてるし。いつも入れてんだけどなあ……
「ん~……ま、いっか」
今日は、白だしなしで。
よく揉みこんだら口を縛って冷蔵庫に。からあげのにんにくは多少多めでも、匂いが気にならないものである。
鶏むね肉はさっぱりしているから、醤油とショウガ、にんにくはちょこっと。これもよく揉みこんで、冷蔵庫へ。
「いい匂い」
調味料が合わさった匂いだけでもう、うまそうだ。早く揚げて、白米と一緒に食いてぇなあ……
食いたいものがあるって、幸せだ。
もうすぐクラスマッチということもあって、体育の授業の熱がすごい。
「みんなよくやるよなあ」
あれだけ自由自在にボールを操れたら、気分がいいだろうな。
「ほんとだよね。クラスマッチで勝ってもなんてことないでしょ」
寒さに少々不機嫌な宮野が、得点を記録しながら言った。と、そこに、二宮先生がやってきた。いつも通りのジャージ姿で、寒さなど物ともしない様子だった。先生は少し気取った笑みを浮かべると、かっこつけて得点板に寄りかかる。
「君たちに、いい知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたい?」
その問いに、宮野と視線を合わせる。
「……どうする、宮野」
「よくあるのは、いい知らせを聞いて、その後、悪い知らせを聞く、って順番だけど、僕は悪い知らせから聞きたい」
「同感だ。でも、いい知らせと悪い知らせが相殺できるかも分からない」
「悩ましいね」
「……考えるねぇ」
二宮先生は、いつもの笑みを浮かべて言った。
「別に、生き死にがかかった内容じゃないし、気軽にしなよ」
「じゃあ……悪い知らせから?」
「そうだね」
宮野も同意すると、先生はバインダーを見ながら言った。
「クラスマッチ当日は、よっぽどの理由がない限り、全員一回は出場しなければならなくなった」
「げえっ」
なんとなくそんな気はしていたが、マジかぁ。そうだよなあ。一回も試合に出ないなんて、先生たちが許さないよなあ。二宮先生は苦笑した。
「俺はどっちでもいいと思うんだけどねえ。むしろ、無理強いする方がよくないでしょ」
「どうしてその意見を突き通さないんです」
地を這うような声で宮野が言う。俺が言うのもなんだが、そんなにか。二宮先生はバインダーで宮野の頭をポンと軽く叩き、「そんな目で人を見るんじゃありません」と言った。
「あのね、若造の意見はなかなか通らないの。まあ、すみっこに立ってるだけでもいいから、心配しないでいいよ」
「うぅ……」
まあ、これも成績のためだ。我慢するしかない。
「じゃあ、いい知らせって?」
宮野は少しだけ落ち着いた様子で聞いた。二宮先生はとっておきの秘密を教えるように声を潜めて言った。
「学食でからあげの単品があるだろう? あれの個数が一個増えるぞ」
「えっ」
「さらにドレッシングが追加される。ごまと、シーザーだ」
「なんと」
あれほどかたくなに増えなかったからあげの個数と、ドレッシングの種類が? すげえ。今までドレッシングは、しそかサウザンアイランドとかいうのしかなかったというのに。
確かに、いい知らせだ。
「いいか? まだ一般には公開されていないトップシークレットだ。口外はするなよ」
二宮先生の言葉に、俺と宮野は何度も頷いた。
まあ、今日は食堂に行かずとも、家でからあげが食えるんだけどな。
フライパンに油を注いで、熱する。温まったところに、漬け込んでいた鶏肉を入れる! ジュワアッ、といい音。ぱちぱち、とはじける音。漂う香ばしい香り。はあ、いい匂い。早く食べたい。でも、しっかり揚げないとうまくないから、耐えろ、俺。
第一陣、終了。……一個くらい食べてもいいよな。揚げたて。
「んっふふ、うま」
揚げながら食うからあげは各別にうまい。さあ、さっさと最後まで揚げるぞ。
揚げ終わったらどんぶりにご飯をよそって、野菜は、トマトをざく切りに。マヨネーズとレモンも準備する。
「いただきます」
まずは鶏もも肉。そのまま食う。
ザクっとした表面、プリプリ、もちもちとした肉。ジュワアッと染み出すのはうま味と、肉汁と、濃い味付け。にんにくと醤油の香ばしさはもちろんだが、鶏肉そのもののうま味も抜群だ。どうしよう、いくらでも食える。
皮もパリパリ……いや、ざっくざくって感じだ。肉よりもっとジューシーで、口の中をやけどしそうだ。
なんだ、白だしなくてもうまいな。シンプルに醤油の香ばしさが味わえるし、にんにくの風味がダイレクトに伝わってくる。
トマトの酸味と甘みですっきりしたら、鶏むね肉の方を食う。
こっちは歯ごたえがあるな。ぎゅと噛みしめるような食感で、しょうがのおかげでさっぱりだ。醤油の風味もまた、違って感じる。冷めてもうまいだろうな、というのが、熱々を食べているうちから分かるようだ。
さあ、次はレモンを。
もも肉は脂がキリッと引き締まるようで、むね肉はよりさっぱりする。マヨネーズもうまいんだよなあ。鶏の脂とマヨネーズは、間違いない。合うんだよ、これが。マヨネーズのまろやかさに、鶏の脂のこっくりとした舌触り……うーん、たまらん。むね肉には食べ応えを加えてくれる。
もちろん、もも肉もむね肉も、冷めてもうまい。やけどを気にせず一口で食えるってのがいい。
学食のからあげが増えるのも嬉しい。
でも、からあげに関してだけは、いわせてほしい。
うちで食うからあげ、世界一うまい。
「ごちそうさまでした」
「鶏肉はあるんだよなあ」
登校までまだ時間はある。晩飯のために仕込んでおくか。
鶏もも肉はぶつ切りにする。こういう時のために、最近、ビニール手袋を買った。今まではビニール袋で代用していたが、やっぱり手袋は使いやすいな。生肉用のまな板を引っ張り出してきて、よく切れる包丁で切っていく。たまにばあちゃんが研いでくれるんだ。
怖いくらいに切れるな。手を切らないように気を付けないと。
切った鶏もも肉をビニール袋に入れておき、次は鶏むね肉を切っていく。肉を切る感覚って、なんかすごい、なんともいえない。初めて切ったときはちょっとビビった。
鶏むね肉もビニール袋に入れて、さあ、味付けだ。
鶏もも肉は、もも肉ってだけで食いごたえもこってり感もある。だからこそ俺は、濃さを上乗せしていく。にんにく多めで醤油と酒。それと白だし……
「あっ」
白だし切れてるし。いつも入れてんだけどなあ……
「ん~……ま、いっか」
今日は、白だしなしで。
よく揉みこんだら口を縛って冷蔵庫に。からあげのにんにくは多少多めでも、匂いが気にならないものである。
鶏むね肉はさっぱりしているから、醤油とショウガ、にんにくはちょこっと。これもよく揉みこんで、冷蔵庫へ。
「いい匂い」
調味料が合わさった匂いだけでもう、うまそうだ。早く揚げて、白米と一緒に食いてぇなあ……
食いたいものがあるって、幸せだ。
もうすぐクラスマッチということもあって、体育の授業の熱がすごい。
「みんなよくやるよなあ」
あれだけ自由自在にボールを操れたら、気分がいいだろうな。
「ほんとだよね。クラスマッチで勝ってもなんてことないでしょ」
寒さに少々不機嫌な宮野が、得点を記録しながら言った。と、そこに、二宮先生がやってきた。いつも通りのジャージ姿で、寒さなど物ともしない様子だった。先生は少し気取った笑みを浮かべると、かっこつけて得点板に寄りかかる。
「君たちに、いい知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたい?」
その問いに、宮野と視線を合わせる。
「……どうする、宮野」
「よくあるのは、いい知らせを聞いて、その後、悪い知らせを聞く、って順番だけど、僕は悪い知らせから聞きたい」
「同感だ。でも、いい知らせと悪い知らせが相殺できるかも分からない」
「悩ましいね」
「……考えるねぇ」
二宮先生は、いつもの笑みを浮かべて言った。
「別に、生き死にがかかった内容じゃないし、気軽にしなよ」
「じゃあ……悪い知らせから?」
「そうだね」
宮野も同意すると、先生はバインダーを見ながら言った。
「クラスマッチ当日は、よっぽどの理由がない限り、全員一回は出場しなければならなくなった」
「げえっ」
なんとなくそんな気はしていたが、マジかぁ。そうだよなあ。一回も試合に出ないなんて、先生たちが許さないよなあ。二宮先生は苦笑した。
「俺はどっちでもいいと思うんだけどねえ。むしろ、無理強いする方がよくないでしょ」
「どうしてその意見を突き通さないんです」
地を這うような声で宮野が言う。俺が言うのもなんだが、そんなにか。二宮先生はバインダーで宮野の頭をポンと軽く叩き、「そんな目で人を見るんじゃありません」と言った。
「あのね、若造の意見はなかなか通らないの。まあ、すみっこに立ってるだけでもいいから、心配しないでいいよ」
「うぅ……」
まあ、これも成績のためだ。我慢するしかない。
「じゃあ、いい知らせって?」
宮野は少しだけ落ち着いた様子で聞いた。二宮先生はとっておきの秘密を教えるように声を潜めて言った。
「学食でからあげの単品があるだろう? あれの個数が一個増えるぞ」
「えっ」
「さらにドレッシングが追加される。ごまと、シーザーだ」
「なんと」
あれほどかたくなに増えなかったからあげの個数と、ドレッシングの種類が? すげえ。今までドレッシングは、しそかサウザンアイランドとかいうのしかなかったというのに。
確かに、いい知らせだ。
「いいか? まだ一般には公開されていないトップシークレットだ。口外はするなよ」
二宮先生の言葉に、俺と宮野は何度も頷いた。
まあ、今日は食堂に行かずとも、家でからあげが食えるんだけどな。
フライパンに油を注いで、熱する。温まったところに、漬け込んでいた鶏肉を入れる! ジュワアッ、といい音。ぱちぱち、とはじける音。漂う香ばしい香り。はあ、いい匂い。早く食べたい。でも、しっかり揚げないとうまくないから、耐えろ、俺。
第一陣、終了。……一個くらい食べてもいいよな。揚げたて。
「んっふふ、うま」
揚げながら食うからあげは各別にうまい。さあ、さっさと最後まで揚げるぞ。
揚げ終わったらどんぶりにご飯をよそって、野菜は、トマトをざく切りに。マヨネーズとレモンも準備する。
「いただきます」
まずは鶏もも肉。そのまま食う。
ザクっとした表面、プリプリ、もちもちとした肉。ジュワアッと染み出すのはうま味と、肉汁と、濃い味付け。にんにくと醤油の香ばしさはもちろんだが、鶏肉そのもののうま味も抜群だ。どうしよう、いくらでも食える。
皮もパリパリ……いや、ざっくざくって感じだ。肉よりもっとジューシーで、口の中をやけどしそうだ。
なんだ、白だしなくてもうまいな。シンプルに醤油の香ばしさが味わえるし、にんにくの風味がダイレクトに伝わってくる。
トマトの酸味と甘みですっきりしたら、鶏むね肉の方を食う。
こっちは歯ごたえがあるな。ぎゅと噛みしめるような食感で、しょうがのおかげでさっぱりだ。醤油の風味もまた、違って感じる。冷めてもうまいだろうな、というのが、熱々を食べているうちから分かるようだ。
さあ、次はレモンを。
もも肉は脂がキリッと引き締まるようで、むね肉はよりさっぱりする。マヨネーズもうまいんだよなあ。鶏の脂とマヨネーズは、間違いない。合うんだよ、これが。マヨネーズのまろやかさに、鶏の脂のこっくりとした舌触り……うーん、たまらん。むね肉には食べ応えを加えてくれる。
もちろん、もも肉もむね肉も、冷めてもうまい。やけどを気にせず一口で食えるってのがいい。
学食のからあげが増えるのも嬉しい。
でも、からあげに関してだけは、いわせてほしい。
うちで食うからあげ、世界一うまい。
「ごちそうさまでした」
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