一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百五十四話 揚げ出し豆腐

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 今日はなんだか、朝からうまくいかない。うまくいかないというか、頭が冴えない感じがする。
 今日は弁当のつもりだったが、台所に長時間立っていられる気分ではなかったので、おにぎりにした。なんかもう、それすらも億劫だ。でも食堂、人多いからなあ。極力そういうところに、今日は行きたくない気分だ。
 朝飯は食ったが、調子が出ない。もしや風邪ひいた? 熱計ってみるか?
 ……めっちゃ健康的。じゃあなんだ、なんできついんだ。外はどんよりと暗く、雨が今にも振り出しそうだ。天気か? 天気のせいなのか?
「あー……学校……」
 そろそろ登校しないといけない時間だ。しんどい時って、どうして時間の進みが早いんだろう。そのくせ、授業とかの時間は長く感じるんだ。休み時間はあっという間だというのに。
「わうっ」
「うめずー、学校行きたくないー」
 ソファに飛び乗ってきたうめずをわっしわっしと撫でまわすと、うめずは困惑したように一瞬動きを止め、ゆっくりと首を傾げた。
「あはは……はぁ~あ」
「わう……」
「うん、行ってきます」
「わふぅ」
 熱がなくてもしんどい時は休むべし、という人もいるだろう。でも俺はどうにも休めない。学校休んだとしても、気になって体も心も休まったもんじゃない。
 あー、だるいなあ……

「今日は実質、授業四時間しかないよな」
「体育二時間とかめったにないよねー」
「勉強つぶれてラッキー」
 運動場に向かう人波からそんな声が聞こえてくる。今日は体育が三時間目と四時間目、二時間連続であるんだよなあ……寒い。
「ちょっと待て、一条」
「あ、二宮先生。こんにちは」
「こんにちは……じゃないよ」
 体育館の外階段には、教官室から出てきた二宮先生が立っていた。先生は軽やかな足取りで降りてくると、真剣な表情で言った。
「顔色悪いぞ。体調、悪いんじゃないか?」
「あー……ちょっとしんどいだけで、熱はないです。大丈夫です」
「熱はなくてもきついときはきついだろう。今のうちに休んでおかないと、あとで痛い目にあうぞ。若さを過信するんじゃありません」
「いや、でも、俺ただでさえ体育の成績悪いし、休むわけには」
「大丈夫だ。その辺は先生に任せときなさい」
 二宮先生は明るく、不安を感じさせないような笑みで言うと、続けた。
「もしそれでも保健室に行かないって言うなら、先生が抱えて行ってやろうか? 一条君くらいなら、お姫様抱っこでも俵抱きでも、どっちでも行けるぞ?」
「いや、大丈夫です」
「遠慮しなくてもいいのに」
「休ませてもらえるだけ、ありがたいので」
 二宮先生のことだ。冗談抜きに実行されかねないので、大人しく保健室に向かうことにした。

 二時間とも休んでいいとのことなので、教室から着替えを持ってきておいた。
「起きてから着替えればいいね」
 羽室先生は落ち着いた様子で言った。
「あ、こっちに置いておくといいよ。温まるから」
「ありがとうございます」
「ベッドは好きなところ使っていいからね。湯たんぽはいる?」
「もらえますか」
「はーい。ささ、布団に入ってなさい」
 窓際のベッドにしよう。病院とはまた違う清潔さのシーツだ。薬臭くなくて、ちょっと冷たくて、洗剤の香りがしない感じ。
「はい、湯たんぽね」
「ありがとうございます」
 ほのかな温かさの湯たんぽを抱えると、間もなく、深い眠りに落ちていった。

 どうやら体調不良の原因は寝不足だったようだ。二時間寝たら、なんか気分がいい。
 朝よりも頭がすっきりした。着替えもスムーズだ。体操服で寝ると、なんか宿泊訓練を思い出すようだった。ソファに座ってぼーっとする。ぜいたくな時間だ。
「失礼しまーす……お、春都! 起きてたのか」
「咲良」
 昼休みになって間もなく、咲良はにこにこ笑いながらやってきた。手には保冷バッグと、水筒がある。ん? 待て、なんか俺の分もないか?
「ね、先生。ここで昼飯、食ってもいいっすか?」
 咲良が聞くと、羽室先生は頼もしく親指を立ててオーケーした。いいんだ。
「私も食べるから」
「ありゃっす! でなー、春都。これ買ってきたんだ~」
 こいつ、ここで食べる気満々だったんだな。だから俺の分も持ってきたのか。
「なんだ、それ」
「食堂で売ってた、日替わりスープ! 最近メニューに追加されたんだってさ」
 咲良がテーブルに置いたのは、コンビニとかでもよく見る、使い捨てのスープ容器だ。
「春都の分もあるぜぇ」
「お前……金は?」
「俺のおごりだ! ありがたく食え!」
 へへっ、と笑うと、咲良はいそいそと椅子に座った。
「……ありがとう」
「ふふん。ま、とりあえず食べようぜ~」
 パイプ椅子に座りなおし、さっそく。
「いただきます」
 スープは、揚げ出し豆腐か。これもスープにカウントされるんだな。
 カリッとした豆腐は揚げたてのようだ。熱々だから、そっと食べないと。おお、出汁には少しとろみがあって、じんわりと体が温まる。胃に温かいものが落ちていく感覚が気持ちいい。寒いとなんかしょんぼりするから、温かいスープがあるといいなあ。
 豆腐は香ばしく、淡白な味わいだ。出汁が染みたところはジュワジュワしていて、食感も面白い。揚げ出し豆腐って、こんなにうまいものだったのか。くたくたになったねぎもうまい。
 出汁にはトマトも入っている。この酸味、出汁によく合う。トロッと甘くて最高だ。
 おにぎりが塩ちょっとかけただけだったからなあ。ありがたい。でもこういうシンプルなおにぎりにしといてよかったな。出汁のうま味とよく合う。
 あっ、おにぎりを出汁に入れたらどうだろう。冷たいおにぎりをスプーンでほぐし、温かい出汁と一緒にすくって口にする。
 うまい。雑炊とはまた違う、この感じ。とろみがついていて、するすると入っていく。
「はー……うまあ……」
「んまいなあ。明日のスープは何だろ」
 と、咲良が楽しげに言った。
 そろそろ食べ終わるかというところで、再び、扉が開いた。
「おっ、一条。大丈夫そうか」
 二宮先生だ。先生はにこにこ笑って言った。
「ああ、顔色もよくなったみたいだな」
「ありがとうございます」
「それに、食欲もあるみたいで安心したよ。午後からの授業はどうだ?」
「大丈夫そうです」
 そう言うと、先生は二回頷いた。
「よかった。無理だけはするなよ」
「はい」
 午後からは少し、頑張れそうだ。

「ごちそうさまでした」
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