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日常
第五百五十三話 豆腐ステーキ
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今日は図書館がにぎわっている。それもそうだ。最近、延滞しているやつらに督促状が出されたからだ。数日から一週間延滞しているやつから、数カ月の延滞、果ては一年近く延滞しているやつまで。今のうちから声かけとかないと、学期が終わるまでに返してくれねえんだよな。
で、今日は慌てて返却に来たやつであふれかえっているわけだ。一年近く延滞しているやつは、どんな気持ちなんだろう。長期休みの度に督促状がきてるはずなのだがなあ……
「返却お願いします」
「はい」
「あ、返却する時って、クラスの名前とか言わないといけないですか」
「いや、大丈夫です」
長いこと延滞してる人らは、貸出返却のルールとか覚えてない人も多いから、手間も増える。カウンターで返却作業して、その本は、忘れ物がないか確認するとか、破損がないか確認するとか、そういう作業をするために、一時的にカウンター付近の簡単な本棚に置いておくのだが、それはできれば、借りた人にしていただきたいのだ。
俺らがやってもいいけど、一回カウンター離れないといけないから、手間なんだよ。かといってまとめてカウンターに置いておくと、他の作業ができなくなるし。
「五時間目だりー、絶対寝るし」
「それな」
「そういや、こないだ……」
よそ見をして話をしながら、二人組が本をカウンターに置いた。
「あっ」
いかん、そんな隅に置いたら……
「よっと」
カウンターから滑り落ちた本が、床に打ち付けられることはなかった。タイミングよくやってきた漆原先生がうまく取ってくれたのだ。
「君たち、本は丁寧に扱ってもらえるか?」
「えっ、あ、すんません!」
漆原先生の一言に、二人組は姿勢を正して言った。
二人が図書館から出ていくのを見送って、漆原先生はカウンターに戻ってきた。さっきまで、困ったような、少し不本意そうな表情を浮かべていたその顔に、得意げな笑みが浮かぶ。
「なかなかの反射神経だっただろう?」
「ナイスキャッチです」
「俺も自分でびっくりした」
返却処理をし、本は手元に置かれた。
利用者は延滞者だけではないので、カウンターに並ぶ列は途切れることがない。でも普段から図書館使ってる人たちは慣れてるから、スムーズだ。
「貸出お願いしますー」
「あ、はい」
何人かは名前とかクラスを聞かなくても、だれか分かるようになった。決まった曜日に図書館に来る人たちもいるようで、咲良が当番の日にはまた違う常連がいるらしい。
「どうぞ」
「どうもー」
ふう、やっと落ち着いてきたな。
「今日は利用者多いですね」
「延滞してたやつらだろう。返却図書が山積みだ」
「貸し出しは少ないですけどねえ」
「滞在してるやつも少ないな」
先生は言うと、手元に置いていた数冊の返却本を棚に戻しに向かった。うわ、本棚溢れてるし。こりゃ片付けが大変だなあ。
「先輩、貸出お願いしまーす」
あ、橘だ。来てたんだな。
「はいよ……」
あまりまじまじと見るものではないが、どうしても、作業をするときに、何を借りるのか、何を借りていたのか目についてしまう。
「チョコレート?」
「そうなんですよー。今度調理部で作ることになって。予習しとこうかなと」
「勉強熱心だな」
ピンクとか赤とかが主で、きらきらした感じの表紙だ。俺には似合わないが、橘にはよく似合う。
橘は表紙を眺めながら、不思議そうにつぶやいた。
「僕が作るとどうしても石みたいになるんですよねぇ」
「見た目が石っぽいチョコレートもあるし、いいんじゃないか?」
「いや、硬さです。歯が欠けるかと思いました」
適度に硬いチョコレートは好みだが、歯が欠けるのはちょっと……
橘は明るく笑った。
「普段、言いたいこと言いたいだけ言う妹が気を使って『味はおいしいよ』っていうくらいなんです。練習しなきゃなあ。あっ、部活ではたくさん作る予定なので、先輩にも持って来ますね!」
楽しみにしててください! とだけ言い残して、橘は帰って行った。
「食えるのだといいなあ……」
あんまり硬いときは、牛乳に溶かすとか? でも目の前で食ってみてくれって言われたらどうしよう。
割と深刻な問題に頭を悩ませていたら、漆原先生が隣でクックッと笑っているのが聞こえた。
家に帰り、冷蔵庫の中身を確認する。あっ、豆腐。明日までか。豆腐の消費期限って短いなあ。今日のうちに食っとこう。そういや前に、百瀬が豆腐を使ったチョコレートのお菓子があるって言ってたなあ。ま、作んないけど。
程よい厚さに切って、豆腐ステーキにする。水分が多いから、焼くときに油が跳ねるんだよなあ。でも、頑張ってカリカリにする。もやしも塩こしょうで炒めて、豆腐の下に敷く。醤油とバターで炒めたきのこを上にのせ、最後にねぎを散らしたら完成だ。あー、いい匂い。飯が進みそうだ。
「いただきます」
まずは豆腐から。表面はサクッと、中はプルンとしている。こりゃいい感じだ。
サクサクと香ばしい焼き目とやわらかくまろやかな豆腐本来の味わいがいい。きのこの風味とうま味が移り、バターの芳香と醤油のコクがうまい。
きのこも一緒に食べないとな。えのきとまいたけ。まいたけって超絶高級食材で、マツタケより高価だと思っていた時期がある。ぶなしめじより安いときもあると気づいたのは、割と最近のことである。
まいたけは香りがいいんだよなあ。食感も程よく、ジュワッと出汁みたいなのが染み出してくる。しいたけより癖がないと、俺的には思う。
えのきはのどにも歯の間にも詰まるんだなあ。慎重に食べないといけない。でも、シンプルで淡白な味わいだから、うまいんだ。そしてきのこにはバター醤油がよく合う。なんでここまで合うんだ? って不思議になるくらい合う。きのこのために、バター醤油という味付けは生まれたのではなかろうか。
もやしも、しんなりしつつシャキシャキでみずみずしい。なんか癖になるんだよなあ、もやし。野菜の中でも結構トップに君臨する勢いで好きだ。
あ、ねぎ。風味が爽やかだなあ。あるのとないのとじゃ大違いである。
全部いっぺんに、米にのせてかきこむ。ああ、うまいねえ。バター醤油の味わいと豆腐の香ばしさとまろやかさ、きのこのうま味、もやしのみずみずしさ。いっぺんに味はうとまたうまい。
それにしても豆腐、もやし、きのこと結構腹にたまるなあ。豆腐はさっぱりしているが、腹にはしっかりたまるのだ。ご飯も食って、満足である。
また豆腐、買っておこう。消費期限には重々気を付けて。
「ごちそうさまでした」
で、今日は慌てて返却に来たやつであふれかえっているわけだ。一年近く延滞しているやつは、どんな気持ちなんだろう。長期休みの度に督促状がきてるはずなのだがなあ……
「返却お願いします」
「はい」
「あ、返却する時って、クラスの名前とか言わないといけないですか」
「いや、大丈夫です」
長いこと延滞してる人らは、貸出返却のルールとか覚えてない人も多いから、手間も増える。カウンターで返却作業して、その本は、忘れ物がないか確認するとか、破損がないか確認するとか、そういう作業をするために、一時的にカウンター付近の簡単な本棚に置いておくのだが、それはできれば、借りた人にしていただきたいのだ。
俺らがやってもいいけど、一回カウンター離れないといけないから、手間なんだよ。かといってまとめてカウンターに置いておくと、他の作業ができなくなるし。
「五時間目だりー、絶対寝るし」
「それな」
「そういや、こないだ……」
よそ見をして話をしながら、二人組が本をカウンターに置いた。
「あっ」
いかん、そんな隅に置いたら……
「よっと」
カウンターから滑り落ちた本が、床に打ち付けられることはなかった。タイミングよくやってきた漆原先生がうまく取ってくれたのだ。
「君たち、本は丁寧に扱ってもらえるか?」
「えっ、あ、すんません!」
漆原先生の一言に、二人組は姿勢を正して言った。
二人が図書館から出ていくのを見送って、漆原先生はカウンターに戻ってきた。さっきまで、困ったような、少し不本意そうな表情を浮かべていたその顔に、得意げな笑みが浮かぶ。
「なかなかの反射神経だっただろう?」
「ナイスキャッチです」
「俺も自分でびっくりした」
返却処理をし、本は手元に置かれた。
利用者は延滞者だけではないので、カウンターに並ぶ列は途切れることがない。でも普段から図書館使ってる人たちは慣れてるから、スムーズだ。
「貸出お願いしますー」
「あ、はい」
何人かは名前とかクラスを聞かなくても、だれか分かるようになった。決まった曜日に図書館に来る人たちもいるようで、咲良が当番の日にはまた違う常連がいるらしい。
「どうぞ」
「どうもー」
ふう、やっと落ち着いてきたな。
「今日は利用者多いですね」
「延滞してたやつらだろう。返却図書が山積みだ」
「貸し出しは少ないですけどねえ」
「滞在してるやつも少ないな」
先生は言うと、手元に置いていた数冊の返却本を棚に戻しに向かった。うわ、本棚溢れてるし。こりゃ片付けが大変だなあ。
「先輩、貸出お願いしまーす」
あ、橘だ。来てたんだな。
「はいよ……」
あまりまじまじと見るものではないが、どうしても、作業をするときに、何を借りるのか、何を借りていたのか目についてしまう。
「チョコレート?」
「そうなんですよー。今度調理部で作ることになって。予習しとこうかなと」
「勉強熱心だな」
ピンクとか赤とかが主で、きらきらした感じの表紙だ。俺には似合わないが、橘にはよく似合う。
橘は表紙を眺めながら、不思議そうにつぶやいた。
「僕が作るとどうしても石みたいになるんですよねぇ」
「見た目が石っぽいチョコレートもあるし、いいんじゃないか?」
「いや、硬さです。歯が欠けるかと思いました」
適度に硬いチョコレートは好みだが、歯が欠けるのはちょっと……
橘は明るく笑った。
「普段、言いたいこと言いたいだけ言う妹が気を使って『味はおいしいよ』っていうくらいなんです。練習しなきゃなあ。あっ、部活ではたくさん作る予定なので、先輩にも持って来ますね!」
楽しみにしててください! とだけ言い残して、橘は帰って行った。
「食えるのだといいなあ……」
あんまり硬いときは、牛乳に溶かすとか? でも目の前で食ってみてくれって言われたらどうしよう。
割と深刻な問題に頭を悩ませていたら、漆原先生が隣でクックッと笑っているのが聞こえた。
家に帰り、冷蔵庫の中身を確認する。あっ、豆腐。明日までか。豆腐の消費期限って短いなあ。今日のうちに食っとこう。そういや前に、百瀬が豆腐を使ったチョコレートのお菓子があるって言ってたなあ。ま、作んないけど。
程よい厚さに切って、豆腐ステーキにする。水分が多いから、焼くときに油が跳ねるんだよなあ。でも、頑張ってカリカリにする。もやしも塩こしょうで炒めて、豆腐の下に敷く。醤油とバターで炒めたきのこを上にのせ、最後にねぎを散らしたら完成だ。あー、いい匂い。飯が進みそうだ。
「いただきます」
まずは豆腐から。表面はサクッと、中はプルンとしている。こりゃいい感じだ。
サクサクと香ばしい焼き目とやわらかくまろやかな豆腐本来の味わいがいい。きのこの風味とうま味が移り、バターの芳香と醤油のコクがうまい。
きのこも一緒に食べないとな。えのきとまいたけ。まいたけって超絶高級食材で、マツタケより高価だと思っていた時期がある。ぶなしめじより安いときもあると気づいたのは、割と最近のことである。
まいたけは香りがいいんだよなあ。食感も程よく、ジュワッと出汁みたいなのが染み出してくる。しいたけより癖がないと、俺的には思う。
えのきはのどにも歯の間にも詰まるんだなあ。慎重に食べないといけない。でも、シンプルで淡白な味わいだから、うまいんだ。そしてきのこにはバター醤油がよく合う。なんでここまで合うんだ? って不思議になるくらい合う。きのこのために、バター醤油という味付けは生まれたのではなかろうか。
もやしも、しんなりしつつシャキシャキでみずみずしい。なんか癖になるんだよなあ、もやし。野菜の中でも結構トップに君臨する勢いで好きだ。
あ、ねぎ。風味が爽やかだなあ。あるのとないのとじゃ大違いである。
全部いっぺんに、米にのせてかきこむ。ああ、うまいねえ。バター醤油の味わいと豆腐の香ばしさとまろやかさ、きのこのうま味、もやしのみずみずしさ。いっぺんに味はうとまたうまい。
それにしても豆腐、もやし、きのこと結構腹にたまるなあ。豆腐はさっぱりしているが、腹にはしっかりたまるのだ。ご飯も食って、満足である。
また豆腐、買っておこう。消費期限には重々気を付けて。
「ごちそうさまでした」
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