一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百五十二話 イカリング

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 翌日も天気はすこぶるよかった。このまま暖かくなってくれたらうれしいのだが、また寒くなるらしいし、用心しておかないと。
 かといって、今日の暖かさを満喫しない手はない。
「よっしゃうめず、今日は散歩に行こうか」
「わうっ」
 なんかたまに、俺、人間相手よりもうめず相手の方が、会話がスムーズに感じるときがある。不思議だ。
 散歩と聞いてテンションマックスのうめずは、居間と廊下をつなぐ扉の前でスタンバイしている。尻尾を振り回し、何度もこちらを振り返り、足踏みをする。そんなに楽しいのか、散歩。
「はいはい、落ち着けって」
 扉を開けてやれば、うめずは一目散にリードの元へ駆けていく。そんなにか、そんなになのか。
「うめずは散歩が好きだなあ」
「わふっ」
「まあ、なかなか散歩行けないもんな」
 たまにじいちゃんやばあちゃんが連れ出してくれたり、父さんや母さんが帰ってきているときは昼間散歩に行ったりすることもあるが、俺はなかなか連れて行ってやれないからなあ。それに俺は、外に出るより家にいる方が好きだし。
「出不精でごめんな」
 首輪にリードを取り付けてやりながら言えば、うめずは足にすり寄ってきた。
「くぅん」
「よしよし。じゃ、行くかー」
「わう」
 今日は風がないから、昨日よりももっと暖かかった。
「ほんとに、このまま春になってほしいよなぁ……」
「わふっ」
 日が当たる道を選んで歩いて行く。今日みたいな春の気配を感じる日に心が浮き立つのは、何も人間ばかりではないようだ。時折すれ違う散歩中の犬たちもどこか足取りが軽く、元気そうに見える。うめずはいつもよりもうきうきと歩みを進めていた。
 家の塀の上を歩く野良猫は優雅で、日向ぼっこをしている猫もいた。うめずはたいていのものにおびえることも緊張することもないので、猫を見かけても「あー、猫だなあ」って感じで通り過ぎていく。
 うめずは割と、家族や知っている人以外には塩対応だ。俺や家族が招き入れた客人なんかには割とすぐなつくが、その他にはあまりくっついていかない。
「帰りに店の方寄ってくか」
 ちょうど帰り道の途中だし。
「わうっ」
 運が良ければ、昼飯にありつけるかも……なんてな。

 日曜日ではあるが、実に忙しそうな店である。
「通学用の自転車の準備が立て込んでてねぇ」
 ばあちゃんが、自転車の入ったでかい箱を移動させながら言った。
「あー、入学シーズン」
「そうそう。早めに頼む人もいるんだけど、ギリギリになって準備する人も多いから」
「今日もまだまだ忙しいぞ」
 じいちゃんはそう言いながら、自転車にペダルを取り付ける。
「なんか手伝う?」
「いや、大丈夫だ」
「……二人とも、お昼は食べたの?」
「いや?」
 ここで声をそろえなくても。というか、さも当然のように言うのやめてくれ。もうお昼、だいぶ過ぎてるぞ。
「なんか作っていいなら、作るけど」
「あら? そう?」
 と、ばあちゃんが食い気味に言って笑う。
「台所にあるものは何使ってもいいから、そうしてくれると嬉しいなぁ」
「分かった」
 うめずと一緒に部屋に上がり、さっそく、台所に向かう。うめずは裏の部屋に行ってしまった。たぶん、日向ぼっこしながら昼寝でもするのだろう。
「よし……まずは……」
 おにぎりだな。米は十分に炊いてあるので、それを握ろう。具は……なしで。塩だけで十分うまい。
 ばあちゃんも母さんも基本的に塩がきつめだが、俺はどうしても加減してしまいがちだ。皿にぱらっと塩を振り、ラップで米を握っていく。そして、皿にのせる。自然と俵型になるのはもう、癖だな。
 よし、こんなもんだろう。最後にぱらっと、全体的に塩を振って……あとはおかずだな。
 とりあえず卵焼きを作ろう。卵は……わ、いっぱいある。じゃあ、四つほど拝借して……
 ボウルに卵を割り入れ、塩を少々。かき混ぜたら砂糖を入れて、さらに良くかきまぜる。きれいに溶いたら、熱したフライパンで焼いていく。ばあちゃんは、四角いフライパンを使わない。丸いフライパンで卵焼きを作るのは久しぶりだな。
 よし、うまくできた。卵焼きがうまく焼けると、なんだかうれしい。
 あとは冷凍庫で見つけたイカリングを揚げる。ああ、香ばしい匂い。いい香りだ。
「いい感じだな」
 なかなか豪華な昼食だ。表にいる二人を呼ぶと、すぐにやってきた。
「あら、すごい。ありがとうねぇ」
「上等だ」
 二人から誉め言葉をもらうと、とても安心するのは何だろう。
 お茶は麦茶で。うめずもやってきたので、水を注いでやる。
「いただきます」
 とりあえず、米が食いたいな。
 おにぎりの塩気はちょうどいい。でもやっぱり、少しきつめだなと思うくらいが、おにぎりにはちょうどいいのだろうか。でもまあ、なかなかうまくできている。ああ、中に具材を入れるかどうかでも変わってきそうだな。
 揚げたてのうちにイカリングを食べる。サクサクッとした衣は少しかたくて、口の中をけがしそうだ。香ばしい衣の味わいに、イカのうま味がにじみ出てくる。
 イカリングって、自分じゃなかなか買わないなあ、そういえば。自分で飯作ってると、似たり寄ったりになりがちだ。うん、イカリングうまい。そのまま食べても十分味わい深いが、ソースをかけるとまた違ったおいしさである。
 噛み切りにくいのが、イカ食ってるなあって気分になっていい。冷めると少し噛みやすい。
 卵焼きは甘い。いつも弁当で食ってる味だが、温かいとまた違って感じるのが不思議だ。そして、甘い卵焼きにはマヨネーズがよく合う。
 イカリングもマヨネーズ、合うな。塩気がちょうどいい。
「たまには、作ってもらうのもいいものね」
 と、ばあちゃんが笑って卵焼きを食べた。
「いつもと違う味って、おいしい」
「そう?」
「腕を上げたな」
 じいちゃんもそう言って、おにぎりを口にした。
 作りに来てもらうばっかりじゃなくて、たまには、俺が作りに行くのもありか。
 今度は、何を作ろうかなあ。

「ごちそうさまでした」
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