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日常
第五百五十話 中華料理
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テスト最終日、部活も再開するということもあってか、教室から人がはけるのも早い。
百瀬に言われていたので一組の教室に向かう。まだ人がいたらやだなあと思っていたが、咲良と朝比奈以外はいなかった。
「俺が最後か」
「おー、春都。お疲れ~」
咲良は一番前の真ん中の席に座り、朝比奈はその右隣に座っている。どこに座ろうかと考えていたら、咲良が左隣の席を示してきたのでそこに座った。
「百瀬は?」
「提出物出しに行った。係なんだと」
「あ、そう……で」
さっきから気になっていた、朝比奈を見る。朝比奈は頭を抱えてしまっていた。何かに悩んでいるのか、はたまた絶望しているのか分からない。心なしか、朝比奈周辺の空気が重い。
「どうしたんだ、あいつは」
「分かんねぇ。俺が来た時からこうだった。ずっとだんまり」
咲良も不思議そうに、頬杖をついて朝比奈に目を向けた。朝比奈は微動だにせず、その表情もうかがい知ることができない。咲良は真面目に言った。
「テストがあんまりよくなかったとか?」
「そんな、お前じゃあるまいし」
「ひどくね?」
どうしたのかと聞こうとしたところで、バン! と大きな音がした。それが扉が開いた音だと認識したときには、教壇に百瀬が仁王立ちしていた。
「待たせたな、諸君」
反動でゆっくりと閉まる扉の気配を感じながら、無言で百瀬に目を向ける。百瀬は真剣な表情でこちらを見ていた。視界の端で、朝比奈がゆっくり顔を上げるのが見えた。
「本日! 諸君らを呼び出したのにはのっぴきならない理由があってのことだ。心して聞き給え」
「どうした急に」
咲良の、驚きを通り越した冷静な声のあと、小さな小さな声で「始まった……」と朝比奈がつぶやいたのが聞こえた気がした。気がした、というのも、百瀬が声を張り上げて言葉を続けたからである。
「来る二月十四日! 何の日か分かるか! はい、そこぉ!」
「えっ、俺?」
急に言われても困るんだが。ええ? 二月十四日……
「遅い! 次、そこ!」
百瀬が朝比奈を指さす。朝比奈は表情一つ動かさず「バレンタインデーです」と答えた。百瀬は満足したように頷くと続けた。
「そうだ、バレンタインデーだ。バレンタインデーとはどのようなものだ? はい、次はそこ!」
次に指を向けられた咲良は、きょとんとしながら答えた。
「えーっと……好きな人にチョコレートやるとか、義理チョコ準備するとか……」
「否!」
「わあびっくりした」
食い気味に否定され、咲良は呆然とするばかりだ。百瀬は勢いよく続けた。
「バレンタインデーはカップルの行事? 想い人にプレゼント? 嫌々義理チョコを準備する? 荒唐無稽、笑止千万! そのような浮ついた行事ではない!」
「いや別にそこまで言ってない……」
咲良が口を挟む暇もなく、百瀬は教卓を叩いて続けた。
「バレンタインデーとは! チョコレートの祭典である!」
そこまで聞いて、どうして百瀬がここまで気合が入っているのかうっすらわかり始めたし、最初に聞こえた朝比奈の声も、幻聴ではないと確信した。
「そしてその祭典の目玉はこれだ!」
バン! と黒板にたたきつけられたのは、一枚の紙だった。よく見るとそれは、デパートの催事についてのチラシのようだった。なになに……チョコレート博覧会……ああ、やっぱり。
百瀬は意気込んだ。
「史上最大規模のチョコレート博覧会! それが最も盛り上がるのは、バレンタイン直前の週末、すなわち! 来週の日曜日! 博覧会に出店するすべての店がそろい、すべての商品がそろい、すべての限定品が手に入る! 最後のチャンス!」
百瀬は一つ息をつくと、少し冷静になって続けた。
「君たちには、その買い物を手伝ってもらおうと思う。予定はないね?」
有無を言わせぬ笑みと声音に何と答えるべきか黙っていたら、朝比奈がここにきてはじめて口を開き、低い声で言った。
「……毎年この時期になると、百瀬はいつもこうなる。一年を通して溜め続けたこづかいを解禁し、買いたいだけ、チョコレートを買う。そしてそれには、手が必要だ」
朝比奈は視線だけをこちらにやった。
「腹くくるんだな」
あの朝比奈がこんななので、さすがの咲良も戦慄している。これ多分拒否権ないやつだ。来週末……確かに予定はない。なんか、今の百瀬にはそれも見通されている気がして、断るという選択肢は浮かばなかった。
「……分かった」
「喜んで、お供させていただきます」
俺と咲良が返事をし、朝比奈が諦めたようにうなだれると、百瀬はうんうんと二回、深く頷いて言った。
「いい返事だ。よし、いいか? 博覧会は戦場だ。一瞬の判断ミス、一瞬のためらいが命取りとなる。詳細は追って連絡するが、覚悟は決めておくように」
以上、そう言って百瀬は眩しいほどの笑顔を浮かべた。
なんだかひどく疲れてしまった。疲れたときは、しっかり飯を食うに限る。
回鍋肉に麻婆豆腐、餃子、そして、おやつにあんまん。中華料理は元気になる。明日は休みで外に出る予定もないので、にんにく効いてても大丈夫だろう。
「いただきます」
まずは回鍋肉から食う。ざく切りのキャベツに、厚めの豚バラ肉。そこに絡まる濃い茶色のたれ。もう見た目と香りだけでワクワクする。
やっぱりここは、キャベツと豚肉を一緒に食いたい。肉はもちもちとしながら、脂身はサクサクとしていて、ジュワジュワ染み出す豚肉のうま味がたまらない。甘辛いたれがよく合うなあ。キャベツの食感もいい。風味が控えめのキャベツなので、肉にもたれにも合うのだ。このキャベツなくして、回鍋肉のおいしさ無し、である。
これを白米で追いかける。ああ、うまい。キャベツだけでも十分うまいし、肉だけでも満足だが、肉、キャベツ、たれに米。それらが合わさることで、おいしさはケタ違いだ。
餃子には酢とこしょうを。疲れた体に、酸味が心地よい。よく焼けた表面は香ばしく、小さめながら肉はたっぷりで、うま味は抜群だ。野菜の甘味も感じられる餃子である。もちろん、ポン酢で食ってもうまい。酸っぱさが控えめで、ちょっと食べやすい。ポン酢の味がまた、餃子のおいしさを引き上げるのだ。
麻婆豆腐をご飯にかけて、麻婆豆腐丼にしてみる。麻婆豆腐はご飯がよく合うんだ。
豆腐は絹ごしなので、つるつるのとろとろだ。木綿もいいが、絹ごしのこの口当たりも好きである。肉は薄切りの豚肉で、ひりひりする辛さと相性がいい。脂身の甘さが際立つなあ。
麻婆豆腐のたれとでもいうのだろうか。トロッとした部分がご飯をほぐす、その食感がたまらなく好きだ。ご飯の甘味を感じながら豆腐のまろやかさと唐辛子とかの辛さ、肉のうま味がいっぺんに味わえるので、幸せになる。
おやつのあんまんは緑茶と一緒に。もちもちのふわふわだ。やっぱり、この甘さには緑茶の渋みが合う。それに、辛い物を食べたので、甘さが心地いい。
チョコレート博覧会当日の晩飯も、中華にしとこうかなあ……ああ、いっそ、デパ地下で総菜を買って帰ろうか。
体調、万全にしとかないとだなあ。何せ、戦場だからな。
「ごちそうさまでした」
百瀬に言われていたので一組の教室に向かう。まだ人がいたらやだなあと思っていたが、咲良と朝比奈以外はいなかった。
「俺が最後か」
「おー、春都。お疲れ~」
咲良は一番前の真ん中の席に座り、朝比奈はその右隣に座っている。どこに座ろうかと考えていたら、咲良が左隣の席を示してきたのでそこに座った。
「百瀬は?」
「提出物出しに行った。係なんだと」
「あ、そう……で」
さっきから気になっていた、朝比奈を見る。朝比奈は頭を抱えてしまっていた。何かに悩んでいるのか、はたまた絶望しているのか分からない。心なしか、朝比奈周辺の空気が重い。
「どうしたんだ、あいつは」
「分かんねぇ。俺が来た時からこうだった。ずっとだんまり」
咲良も不思議そうに、頬杖をついて朝比奈に目を向けた。朝比奈は微動だにせず、その表情もうかがい知ることができない。咲良は真面目に言った。
「テストがあんまりよくなかったとか?」
「そんな、お前じゃあるまいし」
「ひどくね?」
どうしたのかと聞こうとしたところで、バン! と大きな音がした。それが扉が開いた音だと認識したときには、教壇に百瀬が仁王立ちしていた。
「待たせたな、諸君」
反動でゆっくりと閉まる扉の気配を感じながら、無言で百瀬に目を向ける。百瀬は真剣な表情でこちらを見ていた。視界の端で、朝比奈がゆっくり顔を上げるのが見えた。
「本日! 諸君らを呼び出したのにはのっぴきならない理由があってのことだ。心して聞き給え」
「どうした急に」
咲良の、驚きを通り越した冷静な声のあと、小さな小さな声で「始まった……」と朝比奈がつぶやいたのが聞こえた気がした。気がした、というのも、百瀬が声を張り上げて言葉を続けたからである。
「来る二月十四日! 何の日か分かるか! はい、そこぉ!」
「えっ、俺?」
急に言われても困るんだが。ええ? 二月十四日……
「遅い! 次、そこ!」
百瀬が朝比奈を指さす。朝比奈は表情一つ動かさず「バレンタインデーです」と答えた。百瀬は満足したように頷くと続けた。
「そうだ、バレンタインデーだ。バレンタインデーとはどのようなものだ? はい、次はそこ!」
次に指を向けられた咲良は、きょとんとしながら答えた。
「えーっと……好きな人にチョコレートやるとか、義理チョコ準備するとか……」
「否!」
「わあびっくりした」
食い気味に否定され、咲良は呆然とするばかりだ。百瀬は勢いよく続けた。
「バレンタインデーはカップルの行事? 想い人にプレゼント? 嫌々義理チョコを準備する? 荒唐無稽、笑止千万! そのような浮ついた行事ではない!」
「いや別にそこまで言ってない……」
咲良が口を挟む暇もなく、百瀬は教卓を叩いて続けた。
「バレンタインデーとは! チョコレートの祭典である!」
そこまで聞いて、どうして百瀬がここまで気合が入っているのかうっすらわかり始めたし、最初に聞こえた朝比奈の声も、幻聴ではないと確信した。
「そしてその祭典の目玉はこれだ!」
バン! と黒板にたたきつけられたのは、一枚の紙だった。よく見るとそれは、デパートの催事についてのチラシのようだった。なになに……チョコレート博覧会……ああ、やっぱり。
百瀬は意気込んだ。
「史上最大規模のチョコレート博覧会! それが最も盛り上がるのは、バレンタイン直前の週末、すなわち! 来週の日曜日! 博覧会に出店するすべての店がそろい、すべての商品がそろい、すべての限定品が手に入る! 最後のチャンス!」
百瀬は一つ息をつくと、少し冷静になって続けた。
「君たちには、その買い物を手伝ってもらおうと思う。予定はないね?」
有無を言わせぬ笑みと声音に何と答えるべきか黙っていたら、朝比奈がここにきてはじめて口を開き、低い声で言った。
「……毎年この時期になると、百瀬はいつもこうなる。一年を通して溜め続けたこづかいを解禁し、買いたいだけ、チョコレートを買う。そしてそれには、手が必要だ」
朝比奈は視線だけをこちらにやった。
「腹くくるんだな」
あの朝比奈がこんななので、さすがの咲良も戦慄している。これ多分拒否権ないやつだ。来週末……確かに予定はない。なんか、今の百瀬にはそれも見通されている気がして、断るという選択肢は浮かばなかった。
「……分かった」
「喜んで、お供させていただきます」
俺と咲良が返事をし、朝比奈が諦めたようにうなだれると、百瀬はうんうんと二回、深く頷いて言った。
「いい返事だ。よし、いいか? 博覧会は戦場だ。一瞬の判断ミス、一瞬のためらいが命取りとなる。詳細は追って連絡するが、覚悟は決めておくように」
以上、そう言って百瀬は眩しいほどの笑顔を浮かべた。
なんだかひどく疲れてしまった。疲れたときは、しっかり飯を食うに限る。
回鍋肉に麻婆豆腐、餃子、そして、おやつにあんまん。中華料理は元気になる。明日は休みで外に出る予定もないので、にんにく効いてても大丈夫だろう。
「いただきます」
まずは回鍋肉から食う。ざく切りのキャベツに、厚めの豚バラ肉。そこに絡まる濃い茶色のたれ。もう見た目と香りだけでワクワクする。
やっぱりここは、キャベツと豚肉を一緒に食いたい。肉はもちもちとしながら、脂身はサクサクとしていて、ジュワジュワ染み出す豚肉のうま味がたまらない。甘辛いたれがよく合うなあ。キャベツの食感もいい。風味が控えめのキャベツなので、肉にもたれにも合うのだ。このキャベツなくして、回鍋肉のおいしさ無し、である。
これを白米で追いかける。ああ、うまい。キャベツだけでも十分うまいし、肉だけでも満足だが、肉、キャベツ、たれに米。それらが合わさることで、おいしさはケタ違いだ。
餃子には酢とこしょうを。疲れた体に、酸味が心地よい。よく焼けた表面は香ばしく、小さめながら肉はたっぷりで、うま味は抜群だ。野菜の甘味も感じられる餃子である。もちろん、ポン酢で食ってもうまい。酸っぱさが控えめで、ちょっと食べやすい。ポン酢の味がまた、餃子のおいしさを引き上げるのだ。
麻婆豆腐をご飯にかけて、麻婆豆腐丼にしてみる。麻婆豆腐はご飯がよく合うんだ。
豆腐は絹ごしなので、つるつるのとろとろだ。木綿もいいが、絹ごしのこの口当たりも好きである。肉は薄切りの豚肉で、ひりひりする辛さと相性がいい。脂身の甘さが際立つなあ。
麻婆豆腐のたれとでもいうのだろうか。トロッとした部分がご飯をほぐす、その食感がたまらなく好きだ。ご飯の甘味を感じながら豆腐のまろやかさと唐辛子とかの辛さ、肉のうま味がいっぺんに味わえるので、幸せになる。
おやつのあんまんは緑茶と一緒に。もちもちのふわふわだ。やっぱり、この甘さには緑茶の渋みが合う。それに、辛い物を食べたので、甘さが心地いい。
チョコレート博覧会当日の晩飯も、中華にしとこうかなあ……ああ、いっそ、デパ地下で総菜を買って帰ろうか。
体調、万全にしとかないとだなあ。何せ、戦場だからな。
「ごちそうさまでした」
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