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日常
第五百四十六話 あんまん
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昼休み、いつものごとく廊下で咲良と話をしていたら、百瀬がやってきた。
「いやあ、諸君。いい季節になったねぇ!」
「……どうした急に」
妙にハイテンションな百瀬に、咲良が真顔で聞く。百瀬は目をキラキラさせて言った。
「チョコレートの季節だよ!」
「チョコレート……」
いまだピンとこない俺とは逆に、咲良は「ああ、なるほど」と納得がいったようだった。え、なになに。何の話。チョコレート?
困惑していたら、咲良が笑って言った。
「こないだ春都と映画見に行ったときにも盛り上がってたわ、そういや。特設コーナーできててさあ」
「え、そんなところあったか?」
「あったじゃん。バレンタインコーナー」
バレンタイン……ああ!
「それでチョコレートの季節!」
「えっ、なに、一条。今まで分かってなかったの?」
「てっきり、寒いからその手のお菓子が多いのかと……」
「まあ、そういうところもあるだろうけどね」
百瀬は笑った。
確かに、バレンタインはもうすぐだ。どうりで最近、花丸スーパーでもやけに華やかな場所があるなあと思っていたんだ。俺は節分のことしか気にしてなかったからな……豆まきどうすっかなあ、とか考えていたものだ。
俺のやってるスマホゲームもバレンタインイベントないもんなあ……すっかり忘れていた。
「チョコレートはいいよねえ。俺、甘いものの中でチョコレートが一番好きなんだぁ」
百瀬は実に楽しそうに言った。
「今の時期は、バレンタインのおかげでたくさんのチョコレートが一堂に会するわけだよ」
「まあ、チョコレートだけで特集組まれることは、一年のうちで今くらいしかないな、そういや」
「スイーツフェスみたいなのはあるけどなー」
と、咲良も言う。百瀬はしみじみと頷いて続けた。
「普段行けないようなところにあるチョコレート、海外のチョコレート、変わり種に、バレンタイン限定! チョコレートオンリーのビュッフェもあるし、もう、大変だよねぇ。この時のために貯金してるもん」
「そんなにか……」
チョコレートは好きだが、ここまで気合入れたことはないなあ。百瀬はさらに意気込んだ。
「二月に入ったら、デパ地下でチョコレート博覧会ってのがあるんだ! 高いチョコもあるけど、この日だけは贅沢するって決めてんの。まあ、高いからうまいってことはないんだけど、一粒くらい食べたいじゃん?」
「それは分かる」
一粒数百円のチョコレート。ちょっとした憧れだ。大量に食いたいってわけじゃない。たくさん食べるの、なんか緊張しそう。
「一粒? もっと食えばいいじゃん」
咲良が不思議そうに言うと、百瀬は「ちっちっち」と指を振った。
「四粒五千円ぐらいするチョコレートだよ? そんなに食えないって」
「ごっ……」
そ、そんなにするチョコレートがあるのか。百瀬はふっと息をついた。
「ま、いくら貯金しているとはいえ、そういうのばっかり買えないからね。しっかり計画を立ててるんだ。あれ買って、これ買って……ここで休憩して」
「休憩?」
「カフェがあるんだ。博覧会限定メニュー、チョコレートケーキにホットチョコ!」
「歯ぁ溶けそう……」
咲良が思わず口に手を当てて言うと、百瀬は「そんなことないよ~」と笑った。
「いろんな甘さのがあるから、いくらでも食べられるって」
「そういうもんなのか? 百瀬お前、血液チョコレートでできてんじゃねえの……?」
「まっさかぁ」
あっはっは、と声をあげて笑った後、百瀬はその笑顔のまま続けた。
「チョコレート以外にもいろんなの食べてるし、純粋なチョコレートではないよぉ」
「そこかよ」
突っ込むところが違う気がするのだが。
まあ、好きなものは人それぞれってことか……
「二人とも、チョコレート食べないの?」
「お前ほどは食わねーよ」
咲良は笑う。
「人並みだ、人並み」
「一条は?」
「俺もそんなに食わないなあ……」
「えー、そっかあ。俺、いくらでも食えるんだけどなあ」
チョコレートって、そうやって食うもんだっけ。
「特に今年は、たくさん揃うらしいんだよねぇ」
百瀬はそうつぶやくと、ニヤリと笑ってこちらに視線を向けた。
「なんだよ」
咲良が聞くと、百瀬は「ふっふっふ」と笑い、俺と咲良の肩をポンポンとたたいた。
「ま、楽しみにしていたまえ」
楽しみ、と百瀬は言うが、なんとなく嫌な予感がするのは、俺だけだろうか。
甘いものの話を聞いたせいか、なんか無性に甘いもの食いたくなってきた。
「あんまんください」
「はーい」
コンビニで、いつも気になっていたあんまん。いつか食おうと思いながら、なかなかタイミングつかめなかったんだよな。
ホカホカのあんまんは、手触りから心地いい。
「いただきます」
肉まんより、ねっとり、もっちりとした生地。お、生地は意外と甘さ控えめかな。
あんこはごまか。甘さも当然あるが、上品だな。ごまの風味もたっぷりで、これが百円ちょっとだとは思えないくらいだ。
つやっとした表面に歯を入れるのはためらわれたが、食べ始めたらもうそんなことは気にしていられない。うまいな、これ。
緑茶欲しいなあ……今度また、買って、家でのんびり食おうかな。
少し冷めると、甘さが増す。うんうん、これもまたいい。
そういや、あんまんってなかなか食べないよなあ。なんでだろ。まあ、いうほど肉まんも食わねえな。そもそもコンビニに寄るようなこともあんまないし。家が近いと、そうなりがちだ。
スーパーで売ってるパックの肉まんやあんまんは、四個詰めがほとんどだから、万が一、口に合わないときがいけない。特にあんまんは、あんこの好みがあるもんなあ。それに、家だとうまいこと蒸せないってのもある。コツとか、道具とかあるんだろうけど、食う時には忘れてるんだよなあ。
その点、コンビニのあんまんは、生地がふかふかのもちもちで、餡は柔らかく、温かい。あ、ばあちゃんちの蒸し器使ったらいいんかな。でも片付け大変そうだ。
こうやって、たまには食うのもありだなあ。
……そういえば、百瀬、いったいなにを企んでいたのだろう。ま、気にしても何も分かんねえし。テストももうすぐだし、そっちのことを考えた方がいい。
何もないといいけどなあ……
「ごちそうさまでした」
「いやあ、諸君。いい季節になったねぇ!」
「……どうした急に」
妙にハイテンションな百瀬に、咲良が真顔で聞く。百瀬は目をキラキラさせて言った。
「チョコレートの季節だよ!」
「チョコレート……」
いまだピンとこない俺とは逆に、咲良は「ああ、なるほど」と納得がいったようだった。え、なになに。何の話。チョコレート?
困惑していたら、咲良が笑って言った。
「こないだ春都と映画見に行ったときにも盛り上がってたわ、そういや。特設コーナーできててさあ」
「え、そんなところあったか?」
「あったじゃん。バレンタインコーナー」
バレンタイン……ああ!
「それでチョコレートの季節!」
「えっ、なに、一条。今まで分かってなかったの?」
「てっきり、寒いからその手のお菓子が多いのかと……」
「まあ、そういうところもあるだろうけどね」
百瀬は笑った。
確かに、バレンタインはもうすぐだ。どうりで最近、花丸スーパーでもやけに華やかな場所があるなあと思っていたんだ。俺は節分のことしか気にしてなかったからな……豆まきどうすっかなあ、とか考えていたものだ。
俺のやってるスマホゲームもバレンタインイベントないもんなあ……すっかり忘れていた。
「チョコレートはいいよねえ。俺、甘いものの中でチョコレートが一番好きなんだぁ」
百瀬は実に楽しそうに言った。
「今の時期は、バレンタインのおかげでたくさんのチョコレートが一堂に会するわけだよ」
「まあ、チョコレートだけで特集組まれることは、一年のうちで今くらいしかないな、そういや」
「スイーツフェスみたいなのはあるけどなー」
と、咲良も言う。百瀬はしみじみと頷いて続けた。
「普段行けないようなところにあるチョコレート、海外のチョコレート、変わり種に、バレンタイン限定! チョコレートオンリーのビュッフェもあるし、もう、大変だよねぇ。この時のために貯金してるもん」
「そんなにか……」
チョコレートは好きだが、ここまで気合入れたことはないなあ。百瀬はさらに意気込んだ。
「二月に入ったら、デパ地下でチョコレート博覧会ってのがあるんだ! 高いチョコもあるけど、この日だけは贅沢するって決めてんの。まあ、高いからうまいってことはないんだけど、一粒くらい食べたいじゃん?」
「それは分かる」
一粒数百円のチョコレート。ちょっとした憧れだ。大量に食いたいってわけじゃない。たくさん食べるの、なんか緊張しそう。
「一粒? もっと食えばいいじゃん」
咲良が不思議そうに言うと、百瀬は「ちっちっち」と指を振った。
「四粒五千円ぐらいするチョコレートだよ? そんなに食えないって」
「ごっ……」
そ、そんなにするチョコレートがあるのか。百瀬はふっと息をついた。
「ま、いくら貯金しているとはいえ、そういうのばっかり買えないからね。しっかり計画を立ててるんだ。あれ買って、これ買って……ここで休憩して」
「休憩?」
「カフェがあるんだ。博覧会限定メニュー、チョコレートケーキにホットチョコ!」
「歯ぁ溶けそう……」
咲良が思わず口に手を当てて言うと、百瀬は「そんなことないよ~」と笑った。
「いろんな甘さのがあるから、いくらでも食べられるって」
「そういうもんなのか? 百瀬お前、血液チョコレートでできてんじゃねえの……?」
「まっさかぁ」
あっはっは、と声をあげて笑った後、百瀬はその笑顔のまま続けた。
「チョコレート以外にもいろんなの食べてるし、純粋なチョコレートではないよぉ」
「そこかよ」
突っ込むところが違う気がするのだが。
まあ、好きなものは人それぞれってことか……
「二人とも、チョコレート食べないの?」
「お前ほどは食わねーよ」
咲良は笑う。
「人並みだ、人並み」
「一条は?」
「俺もそんなに食わないなあ……」
「えー、そっかあ。俺、いくらでも食えるんだけどなあ」
チョコレートって、そうやって食うもんだっけ。
「特に今年は、たくさん揃うらしいんだよねぇ」
百瀬はそうつぶやくと、ニヤリと笑ってこちらに視線を向けた。
「なんだよ」
咲良が聞くと、百瀬は「ふっふっふ」と笑い、俺と咲良の肩をポンポンとたたいた。
「ま、楽しみにしていたまえ」
楽しみ、と百瀬は言うが、なんとなく嫌な予感がするのは、俺だけだろうか。
甘いものの話を聞いたせいか、なんか無性に甘いもの食いたくなってきた。
「あんまんください」
「はーい」
コンビニで、いつも気になっていたあんまん。いつか食おうと思いながら、なかなかタイミングつかめなかったんだよな。
ホカホカのあんまんは、手触りから心地いい。
「いただきます」
肉まんより、ねっとり、もっちりとした生地。お、生地は意外と甘さ控えめかな。
あんこはごまか。甘さも当然あるが、上品だな。ごまの風味もたっぷりで、これが百円ちょっとだとは思えないくらいだ。
つやっとした表面に歯を入れるのはためらわれたが、食べ始めたらもうそんなことは気にしていられない。うまいな、これ。
緑茶欲しいなあ……今度また、買って、家でのんびり食おうかな。
少し冷めると、甘さが増す。うんうん、これもまたいい。
そういや、あんまんってなかなか食べないよなあ。なんでだろ。まあ、いうほど肉まんも食わねえな。そもそもコンビニに寄るようなこともあんまないし。家が近いと、そうなりがちだ。
スーパーで売ってるパックの肉まんやあんまんは、四個詰めがほとんどだから、万が一、口に合わないときがいけない。特にあんまんは、あんこの好みがあるもんなあ。それに、家だとうまいこと蒸せないってのもある。コツとか、道具とかあるんだろうけど、食う時には忘れてるんだよなあ。
その点、コンビニのあんまんは、生地がふかふかのもちもちで、餡は柔らかく、温かい。あ、ばあちゃんちの蒸し器使ったらいいんかな。でも片付け大変そうだ。
こうやって、たまには食うのもありだなあ。
……そういえば、百瀬、いったいなにを企んでいたのだろう。ま、気にしても何も分かんねえし。テストももうすぐだし、そっちのことを考えた方がいい。
何もないといいけどなあ……
「ごちそうさまでした」
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