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日常
第五百四十五話 黒糖蒸しパン
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「今日はお客さん少ないかもねぇ」
茶碗を洗い終えたばあちゃんが、こたつに入りながら言った。じいちゃんもこたつにもぐりこんだまま「そうだなあ」と相槌を打つ。
「え、なんで」
「そりゃ寒いし、道凍ってるからな」
「嘘、凍ってんの?」
「昨日の夜から雪が降ったみたいでねえ。積もってはないけど、道、つるっつるよ」
マジか、気づかなかった。朝から外に出ていないばかりか、外を見てすらないからなあ。でも考えてみれば、朝起きるときはめっちゃ寒かったなあ。この服、よっぽど暖かいんだな。はんてんも羽織ると完璧だ。
さて、そんな完璧な状況で俺がやることといえば、一つしかない。ゲームだ。それも古いやつ。ちょっとしたことでデータが飛び、画面が止まるが、これでしか味わえない楽しさってのがあるんだよなあ。
攻略本もないし、実際に試してみてうまくいけばいいし、うまくいかないときはもう一度考え直すという、地道な作業になる。でも、その分やりがいってもんがあるんだ。
そうと決まればまずはカセットをセットしよう。どれにすっかなあ……やっぱ、これかな。ほわほわした絵柄だけどそこはかとなく不気味で、主人公もなんかゆるいけどめっちゃ強いやつ。これ、小さいころにやってなんとなく怖かったの覚えてる。
自然の中に突然人工物が現れる違和感とか、迫りくる敵とか、引き返せない道とか、異様な見た目のラスボスとか。でも、癖になる。シリーズもう何年続いてんのかな。最近のカセット買ってないからなあ。
「せっかくだし、最初からやるか」
三つあるセーブデータの二つ目を選ぶ。一つ目はもう全クリしてるんだよな。
そうそう、これこれ。パルテルカラーの世界に、言い知れぬ不気味さ。何というか、ゲームに求めていたこの感覚。心臓が震える感じ。はあ、好き。昨日帰って来てからしんどかったけど、課題終わらせといてよかったあ。
決して画質はよくないし、操作性も抜群とはいえないが、これがいいんだよなあ。
「あ、飲み物……」
オープニングムービーが終わり、ステージ選択画面になったところで、飲み物を取りに行く。おやつがあるのもいいが、俺的には、ゲームするとき、傍らに水分があると嬉しい。集中するとのど乾くんだ、これが。
「何か飲む?」
と、ばあちゃんが立ち上がった。
「あ、いいよ。自分で……」
「いいのいいの。ちょっと作りたいものあるから。何飲みたい?」
「じゃあ……緑茶を」
ごくごく飲める冷たい飲み物もいいけど、こういうじっくりやるゲームはしみじみと温かいお茶でも飲みながらやるのがいいんだ。
「お茶ね。温かいのでいい?」
「ばっちりです」
ばあちゃんはじいちゃんの方を向いて言った。
「あなたも飲むでしょ」
「そうだな、頼む」
じいちゃんが頷いて答えると、ばあちゃんは台所に向かった。
それじゃあ、さっそくステージ一の最初から……
あー、なんか懐かしい音楽。なんか、風を感じるようだ。春風のような、何かが始まりそうな、クルクルとせわしないようで穏やかなようで、何かが潜んでいそうな音楽。こたつに入ってできるの、幸せだ。
昔やった時と比べて、なんだか簡単な気がする。やはりそれだけ、俺もゲームをこなしてきたということか。ふふふ、今の俺なら、向かうところ敵なしなのでは?
「ぎゃっ」
……油断するとこうだ。あー、体力、結構減ったなあ。そろそろ回復アイテムが出てくるはず……あ、そっか。そういやこのゲーム、あんまり回復アイテム出てこないんだ。それで苦戦したんだなあ。
最近は、ちょこちょこ回復ポイントのあるゲームとか、回復の必要がないゲームとかばっかりやってたから、感覚がバグってたな。
忘れてはならない。ゲームってのは、元来、容赦ないものなのだ。
「あ、詰んだ。またやり直しかよぉ……」
「苦戦しているみたいだな」
「難しい……」
気づけばじいちゃんもテレビに目を向けている。
……ふぅ、とりあえず、ステージ1クリア。あー、疲れた。いったい何回、ゲームオーバーになったことか。
「っし、次……」
ん? なんか甘い匂いがする。
振り返って見ると、ばあちゃんが何かを蒸している。蒸し器、久々に見たな。
「なんかいいにおいするんだけど」
「黒糖蒸しパンよー。食べてくれる?」
おお、黒糖蒸しパン。久しぶりだ。ばあちゃんの手作り黒糖蒸しパンは、すげぇうまいんだ。
「めっちゃ食べる」
「じゃあもうちょっと待ってて」
よっしゃ、じゃあ、蒸しパンが出来上がるまでどれだけ進めるか、やってみるか。
次は……水のステージか。一つ目のステージをクリアしたことで、記憶がよみがえってきた。ここはうまくやれそうだ。
「おーし、ボス戦クリアっと」
「上達したな。感覚、思い出したか?」
じいちゃんはおかわりのお茶を注ぎながら言った。
「うん、思い出した」
「はーい、できたよー」
おっ、来た来た。
「まだいっぱいあるから、ゆっくり食べましょ」
「いただきます」
熱々、ほっかほかだ。湯気がすごい。
やけどしないようにそっと手に取り、底の紙をはがして、ちぎってみる。ほわぁー、甘い香りの湯気が……
ん、もっちり、いい食感だ。ほわほわの口当たりがよく、なにより、鼻に抜ける黒糖の香りがたまらない。黒糖って、結構癖が強い感じだけど、ばあちゃんが作った黒糖蒸しパンはパクパク食えるんだよなあ。
そこに緑茶。少し冷めているのがいい。ほろ苦い味わいが、黒糖の味とよく合う。
もう一個食べよ。なかなか冷めないんだなあ、これが。結構なボリュームで、食いごたえあって、腹にたまる。でも、いくらでも入るんだ。
合間にゲームを挟んで、もう一個食べる。
少し冷めたら、もっちり感が増す。
ん、黒糖の風味もよく感じられる。しっとりしていて、熱くない分、がっつり食えるのがいいな。
ゲームして、うまいもん食って、茶飲んで……幸せだなあ。
よっしゃ、元気出てきた。ゲーム再開だ。
またあとで、饅頭食おう。
「ごちそうさまでした」
茶碗を洗い終えたばあちゃんが、こたつに入りながら言った。じいちゃんもこたつにもぐりこんだまま「そうだなあ」と相槌を打つ。
「え、なんで」
「そりゃ寒いし、道凍ってるからな」
「嘘、凍ってんの?」
「昨日の夜から雪が降ったみたいでねえ。積もってはないけど、道、つるっつるよ」
マジか、気づかなかった。朝から外に出ていないばかりか、外を見てすらないからなあ。でも考えてみれば、朝起きるときはめっちゃ寒かったなあ。この服、よっぽど暖かいんだな。はんてんも羽織ると完璧だ。
さて、そんな完璧な状況で俺がやることといえば、一つしかない。ゲームだ。それも古いやつ。ちょっとしたことでデータが飛び、画面が止まるが、これでしか味わえない楽しさってのがあるんだよなあ。
攻略本もないし、実際に試してみてうまくいけばいいし、うまくいかないときはもう一度考え直すという、地道な作業になる。でも、その分やりがいってもんがあるんだ。
そうと決まればまずはカセットをセットしよう。どれにすっかなあ……やっぱ、これかな。ほわほわした絵柄だけどそこはかとなく不気味で、主人公もなんかゆるいけどめっちゃ強いやつ。これ、小さいころにやってなんとなく怖かったの覚えてる。
自然の中に突然人工物が現れる違和感とか、迫りくる敵とか、引き返せない道とか、異様な見た目のラスボスとか。でも、癖になる。シリーズもう何年続いてんのかな。最近のカセット買ってないからなあ。
「せっかくだし、最初からやるか」
三つあるセーブデータの二つ目を選ぶ。一つ目はもう全クリしてるんだよな。
そうそう、これこれ。パルテルカラーの世界に、言い知れぬ不気味さ。何というか、ゲームに求めていたこの感覚。心臓が震える感じ。はあ、好き。昨日帰って来てからしんどかったけど、課題終わらせといてよかったあ。
決して画質はよくないし、操作性も抜群とはいえないが、これがいいんだよなあ。
「あ、飲み物……」
オープニングムービーが終わり、ステージ選択画面になったところで、飲み物を取りに行く。おやつがあるのもいいが、俺的には、ゲームするとき、傍らに水分があると嬉しい。集中するとのど乾くんだ、これが。
「何か飲む?」
と、ばあちゃんが立ち上がった。
「あ、いいよ。自分で……」
「いいのいいの。ちょっと作りたいものあるから。何飲みたい?」
「じゃあ……緑茶を」
ごくごく飲める冷たい飲み物もいいけど、こういうじっくりやるゲームはしみじみと温かいお茶でも飲みながらやるのがいいんだ。
「お茶ね。温かいのでいい?」
「ばっちりです」
ばあちゃんはじいちゃんの方を向いて言った。
「あなたも飲むでしょ」
「そうだな、頼む」
じいちゃんが頷いて答えると、ばあちゃんは台所に向かった。
それじゃあ、さっそくステージ一の最初から……
あー、なんか懐かしい音楽。なんか、風を感じるようだ。春風のような、何かが始まりそうな、クルクルとせわしないようで穏やかなようで、何かが潜んでいそうな音楽。こたつに入ってできるの、幸せだ。
昔やった時と比べて、なんだか簡単な気がする。やはりそれだけ、俺もゲームをこなしてきたということか。ふふふ、今の俺なら、向かうところ敵なしなのでは?
「ぎゃっ」
……油断するとこうだ。あー、体力、結構減ったなあ。そろそろ回復アイテムが出てくるはず……あ、そっか。そういやこのゲーム、あんまり回復アイテム出てこないんだ。それで苦戦したんだなあ。
最近は、ちょこちょこ回復ポイントのあるゲームとか、回復の必要がないゲームとかばっかりやってたから、感覚がバグってたな。
忘れてはならない。ゲームってのは、元来、容赦ないものなのだ。
「あ、詰んだ。またやり直しかよぉ……」
「苦戦しているみたいだな」
「難しい……」
気づけばじいちゃんもテレビに目を向けている。
……ふぅ、とりあえず、ステージ1クリア。あー、疲れた。いったい何回、ゲームオーバーになったことか。
「っし、次……」
ん? なんか甘い匂いがする。
振り返って見ると、ばあちゃんが何かを蒸している。蒸し器、久々に見たな。
「なんかいいにおいするんだけど」
「黒糖蒸しパンよー。食べてくれる?」
おお、黒糖蒸しパン。久しぶりだ。ばあちゃんの手作り黒糖蒸しパンは、すげぇうまいんだ。
「めっちゃ食べる」
「じゃあもうちょっと待ってて」
よっしゃ、じゃあ、蒸しパンが出来上がるまでどれだけ進めるか、やってみるか。
次は……水のステージか。一つ目のステージをクリアしたことで、記憶がよみがえってきた。ここはうまくやれそうだ。
「おーし、ボス戦クリアっと」
「上達したな。感覚、思い出したか?」
じいちゃんはおかわりのお茶を注ぎながら言った。
「うん、思い出した」
「はーい、できたよー」
おっ、来た来た。
「まだいっぱいあるから、ゆっくり食べましょ」
「いただきます」
熱々、ほっかほかだ。湯気がすごい。
やけどしないようにそっと手に取り、底の紙をはがして、ちぎってみる。ほわぁー、甘い香りの湯気が……
ん、もっちり、いい食感だ。ほわほわの口当たりがよく、なにより、鼻に抜ける黒糖の香りがたまらない。黒糖って、結構癖が強い感じだけど、ばあちゃんが作った黒糖蒸しパンはパクパク食えるんだよなあ。
そこに緑茶。少し冷めているのがいい。ほろ苦い味わいが、黒糖の味とよく合う。
もう一個食べよ。なかなか冷めないんだなあ、これが。結構なボリュームで、食いごたえあって、腹にたまる。でも、いくらでも入るんだ。
合間にゲームを挟んで、もう一個食べる。
少し冷めたら、もっちり感が増す。
ん、黒糖の風味もよく感じられる。しっとりしていて、熱くない分、がっつり食えるのがいいな。
ゲームして、うまいもん食って、茶飲んで……幸せだなあ。
よっしゃ、元気出てきた。ゲーム再開だ。
またあとで、饅頭食おう。
「ごちそうさまでした」
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