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日常
第五百四十一話 あんパンと牛乳
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勉強合宿も終わり、一段落……と思いきや、土曜課外がある。
「っはぁぁ……」
「でっかいため息だなあ、一条君」
誰もいないと思って、思いっきりため息をついたら、後ろから二宮先生が来ていたのに気が付かなかった。先生は相変わらずはつらつとした笑みを浮かべ、疲労などとは縁がないというような顔をしている。
「あ~二宮先生。おはようございます」
「うん、おはよう」
「何か嫌なことでもあったのか?」
「いえ……」
「おはようございまーっす」
軽い調子でそう言いながらやってきたのは咲良だ。頭の後ろで手を組み、くわぁっと大きなあくびをして、眠そうな目をしばたかせた。
「おお、おはよう。君は井上君だったな」
「正解です」
咲良は少しうれしそうに笑ったが、すぐにくたびれた顔をした。
「いやぁ、まさか合宿直後の土曜日に課外があるとは。昨日、すっかり忘れてて、夜更かししすぎたんすよねぇ」
「それで眠そうにしているんだな」
「ふと嫌な予感がして予定表見たらもうびっくり。寝たの二時っすよ」
咲良はもう一つあくびをした。二宮先生は俺の方を向くと聞いてきた。
「それじゃあ、一条君のため息も、土曜課外のせいか?」
「まあ、そんなとこです」
「みんな、合宿頑張ってたもんねぇ」
土曜課外の後の休みというのは嫌いじゃないんだけどな。今日はどうにも気がのらない。ま、四時間の辛抱だ。嫌だろうとなんだろうと、受けるしかない。
二宮先生とは昇降口で別れた。
「そーだ春都。昼から暇?」
靴箱の陰からひょっこりと顔を出し、咲良が聞いてくる。
「なんかあるのか」
「それがさあ、今日、映画館がな? 二人で見に行ったら、ポップコーンとジュースのセットが割引になるんだよ」
「見たい映画でもあるのか」
「うん。それの上映がもうすぐ終わるんだよな。で、ポップコーンとジュースの割引は月一しかなくて、今日がラストチャンスなんだよ」
「なるほど」
ひんやりと冷えてしまった上靴って、なんか履きづらい。かたまってしまったみたいだ。
「何見るんだ? ホラーは無理だぞ」
「ホラーは俺も無理」
咲良の言った映画は、俺も少し気になっていたアニメ映画だった。こんなふうに誘われでもしないかぎり、なかなか映画館なんて行かないからなあ。せっかくだし、行ってもいいかな。
「特に予定ないし、いいぞ」
「やった。じゃ、決定な!」
さっきまでのだるい雰囲気はどこへやら、咲良はうきうきと弾むような足取りで階段を上る。
「ポップコーンはな、味が選べるんだ。何味がいい?」
「お前が食いたいやつでいいんじゃないか。俺は大抵のもの食えるから」
「え~、悩む~」
塩か、バターか、キャラメルか……いっそ変わり種とか……などと咲良は楽しそうにつぶやいている。
「なーあー、春都~、決めてくれよ~」
「揺さぶるな、揺さぶるな」
変わり種のポップコーンって、一か八かなところあるよなあ。うーん、どうすっかなあ。味、悩むなあ。
すると、咲良がつぶやいた。
「なんとなく食べたいのはあるんだけどさあ」
「じゃあそれにすればいいだろ」
「えー、でもさあ。どうせなら一緒に決めようぜ~……あっ、せーので言おう! せーので! 被ったらラッキーだし、別だったらその二つでサドンデス」
「ああ、それもいいな。じゃあちょっと待て」
……うん、やっぱあれかな。
「いいぞ」
「よし、せーの……」
「塩!」
お、被った。咲良は「あはは」と明るく笑った。
「なんかさ、ひねりがないかなと思って言いづらくてさ」
「シンプルって、間違いないだろ」
「だよねー」
ジュースは何にしようかなあ~、と咲良は楽しそうに言った。
四時間、頑張れそうだ。
「楽しみなことが待ってる時ってさあ、時間が過ぎるの遅いよねー」
土曜課外の日は移動教室が少ないこともあってか、咲良がうちの教室に入り浸る時間も長い。暇なのか、こいつ。
「そうだな」
「で、春都は何食おうとしてんの?」
「あんパン」
それと牛乳だ。いつも高いあんパンが、花丸スーパーで安売りしてたから、つい買ってしまった。
「いただきます」
パンの中央に黒ごまがかかっていて、つやつやした表面がまぶしい。
ふわっとしていて、表面のつやもいい食感だ。あんこはまだ出てこないが、パンそのものもうまいから全然問題ない。薄皮であんこたっぷり、ってのもいいが、パンが主であんこはほどほど、というのもいいもんだ。
あんこは粒あんで、ほろっとしている。粘度や水分はそこまでなく、どちらかといえばぱさぱさとしている。小豆の味わいと砂糖の甘味が、疲れた体に染みわたる。
そこに牛乳、間違いない。まろやかな牛乳の味わいと冷たさが、水分の少ないパンにしみ込んでうまい。
「……お前、うまそうに食うな」
咲良が頬杖をついてこちらを見てくる。
「やらんぞ」
「取らねーよ。そんなにうまそうに食ってるやつから、取るわけないだろ」
咲良はそう言って笑った。
ごまがプチッとはじけて、香ばしさとごまの風味が加わる。こういうアクセントがあるのが、あんパンのいいところだよな。
今度は白あんパン、買ってみようかな。
「ごちそうさまでした」
「っはぁぁ……」
「でっかいため息だなあ、一条君」
誰もいないと思って、思いっきりため息をついたら、後ろから二宮先生が来ていたのに気が付かなかった。先生は相変わらずはつらつとした笑みを浮かべ、疲労などとは縁がないというような顔をしている。
「あ~二宮先生。おはようございます」
「うん、おはよう」
「何か嫌なことでもあったのか?」
「いえ……」
「おはようございまーっす」
軽い調子でそう言いながらやってきたのは咲良だ。頭の後ろで手を組み、くわぁっと大きなあくびをして、眠そうな目をしばたかせた。
「おお、おはよう。君は井上君だったな」
「正解です」
咲良は少しうれしそうに笑ったが、すぐにくたびれた顔をした。
「いやぁ、まさか合宿直後の土曜日に課外があるとは。昨日、すっかり忘れてて、夜更かししすぎたんすよねぇ」
「それで眠そうにしているんだな」
「ふと嫌な予感がして予定表見たらもうびっくり。寝たの二時っすよ」
咲良はもう一つあくびをした。二宮先生は俺の方を向くと聞いてきた。
「それじゃあ、一条君のため息も、土曜課外のせいか?」
「まあ、そんなとこです」
「みんな、合宿頑張ってたもんねぇ」
土曜課外の後の休みというのは嫌いじゃないんだけどな。今日はどうにも気がのらない。ま、四時間の辛抱だ。嫌だろうとなんだろうと、受けるしかない。
二宮先生とは昇降口で別れた。
「そーだ春都。昼から暇?」
靴箱の陰からひょっこりと顔を出し、咲良が聞いてくる。
「なんかあるのか」
「それがさあ、今日、映画館がな? 二人で見に行ったら、ポップコーンとジュースのセットが割引になるんだよ」
「見たい映画でもあるのか」
「うん。それの上映がもうすぐ終わるんだよな。で、ポップコーンとジュースの割引は月一しかなくて、今日がラストチャンスなんだよ」
「なるほど」
ひんやりと冷えてしまった上靴って、なんか履きづらい。かたまってしまったみたいだ。
「何見るんだ? ホラーは無理だぞ」
「ホラーは俺も無理」
咲良の言った映画は、俺も少し気になっていたアニメ映画だった。こんなふうに誘われでもしないかぎり、なかなか映画館なんて行かないからなあ。せっかくだし、行ってもいいかな。
「特に予定ないし、いいぞ」
「やった。じゃ、決定な!」
さっきまでのだるい雰囲気はどこへやら、咲良はうきうきと弾むような足取りで階段を上る。
「ポップコーンはな、味が選べるんだ。何味がいい?」
「お前が食いたいやつでいいんじゃないか。俺は大抵のもの食えるから」
「え~、悩む~」
塩か、バターか、キャラメルか……いっそ変わり種とか……などと咲良は楽しそうにつぶやいている。
「なーあー、春都~、決めてくれよ~」
「揺さぶるな、揺さぶるな」
変わり種のポップコーンって、一か八かなところあるよなあ。うーん、どうすっかなあ。味、悩むなあ。
すると、咲良がつぶやいた。
「なんとなく食べたいのはあるんだけどさあ」
「じゃあそれにすればいいだろ」
「えー、でもさあ。どうせなら一緒に決めようぜ~……あっ、せーので言おう! せーので! 被ったらラッキーだし、別だったらその二つでサドンデス」
「ああ、それもいいな。じゃあちょっと待て」
……うん、やっぱあれかな。
「いいぞ」
「よし、せーの……」
「塩!」
お、被った。咲良は「あはは」と明るく笑った。
「なんかさ、ひねりがないかなと思って言いづらくてさ」
「シンプルって、間違いないだろ」
「だよねー」
ジュースは何にしようかなあ~、と咲良は楽しそうに言った。
四時間、頑張れそうだ。
「楽しみなことが待ってる時ってさあ、時間が過ぎるの遅いよねー」
土曜課外の日は移動教室が少ないこともあってか、咲良がうちの教室に入り浸る時間も長い。暇なのか、こいつ。
「そうだな」
「で、春都は何食おうとしてんの?」
「あんパン」
それと牛乳だ。いつも高いあんパンが、花丸スーパーで安売りしてたから、つい買ってしまった。
「いただきます」
パンの中央に黒ごまがかかっていて、つやつやした表面がまぶしい。
ふわっとしていて、表面のつやもいい食感だ。あんこはまだ出てこないが、パンそのものもうまいから全然問題ない。薄皮であんこたっぷり、ってのもいいが、パンが主であんこはほどほど、というのもいいもんだ。
あんこは粒あんで、ほろっとしている。粘度や水分はそこまでなく、どちらかといえばぱさぱさとしている。小豆の味わいと砂糖の甘味が、疲れた体に染みわたる。
そこに牛乳、間違いない。まろやかな牛乳の味わいと冷たさが、水分の少ないパンにしみ込んでうまい。
「……お前、うまそうに食うな」
咲良が頬杖をついてこちらを見てくる。
「やらんぞ」
「取らねーよ。そんなにうまそうに食ってるやつから、取るわけないだろ」
咲良はそう言って笑った。
ごまがプチッとはじけて、香ばしさとごまの風味が加わる。こういうアクセントがあるのが、あんパンのいいところだよな。
今度は白あんパン、買ってみようかな。
「ごちそうさまでした」
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