一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
568 / 843
日常

第五百三十五話 ミックスグリル

しおりを挟む
 とても印象的だった出来事とか、何かが起こったきっかけとかって、ふとした瞬間に思い出す。
 スマホでも音楽が聞けることは知っていたが、設定とか購入とかよく分からなくて放置していた。でも最近、音楽プレーヤーの調子がいまいちだから、気合を入れて何とか設定をしてみたのだ。
 なるほど、このサイトで買った音楽をダウンロードすればいつでも聞けるというわけか。アルバムごとではなく、一曲ずつ買えるというのもいいな。
 ああ、思い出した。そういえばこのサイト、ゲーム機でも使えたやつだ。その頃は試し聞きばかりで曲を買うようなことはなかったけど、そっかあ、あれかあ。懐かしいなあ。小学生のころ、あれこれ聞いたっけ。
「じゃあ、もしかして……」
 今はCDも売っていない、アニメの主題歌を検索してみる。ああ、あるある。すげぇ、こうやって聞けるんだ。支払も例のキャッシュレス決済アプリでできるみたいだし、こりゃいいな。
「……あ、そういえば」
 あの曲も、このサイトで知ったんだっけ。えっと、アニメのタイトルをここに入れて……いや、アニメのタイトルにしたら無限に出てくるな。キャラソンだから、キャラクター名にしよう。二人組の曲で……予測変換に出てきた。人気なのか?
「あった!」
 これこれ、この曲。懐かしいなぁ、よく聞いたなあ。試し聞きだから一部分だけだけど、ちゃんと覚えてる。ノリノリのラップパートと無気力なラップパートがあって、全体的に明るい曲なんだ。
 あ、試し聞きの範囲も同じなのか。……ほしいな。
「残高あったかな~」
 決済アプリを開いてみる。ああ、この一曲分はありそうだ。せっかく見つけたし、買おう。
「えーっと、ログインして……」
 購入ボタンを押すのはちょっと緊張する。おお、買えた買えた。家で決済の音が鳴るのって、なんか変な感じだな。
「ダウンロードはまた別のアプリで……」
 これを押せばいいのか。お、早い。さっそく聞いてみる。
「……うんうん、わー。すげえ、スマホからこの曲が流れるとは」
 この曲、ゲームで聞いていたという思い出のほかにも、もう一つあるんだよな。
 咲良と仲良くなったきっかけでもある。アニメや漫画そのものは人気だったけど、キャラソンを知ってるやつは意外にもいなかった。まあ、俺の周りがそうだった、ってだけで、ほんとはよく知られてるんだろうけどさ。
 で、一年の頃の宿泊訓練の時、咲良とバスの席が隣になって、そしたら咲良がこの曲知ってるみたいで、歌い始めたんだ。それに思わず重ねて歌って、それから話が弾んだんだっけ。
「すげーよなあ、偶然って……」
 多分、この曲が無かったらいまだに咲良と話してないだろうし、他のやつともかかわりあってないだろうからなあ。すげえよな……
 お、なんだなんだ。音楽が途切れた。……電話か?

 日曜日だというのに、どうして学校に来ているんだ、俺は。それもこれも、咲良のせいだ。
 課題だか宿題だかなんだか知らんが、忘れ物をして学校に来たのだと。でも一人で行くのもなんか嫌だったので、俺を呼びつけたらしい。
 まったく、この曲が無かったらついてきてないぞ。
「さすがに、週明け提出のやつだからさあ」
「だったら昨日、取りに来いよ」
「昨日は出かけてたんだよ。だから今日、取りに来た」
 咲良は言って、のんきに笑った。週明け提出のやつを日曜日に取りに来るってのもどうなんだ? よく出かけられたな。俺だったら落ち着かなくて、すぐにでも取りに行きそうなものだが。ま、これがこいつか。
 咲良は机からノートを取り出す。
「あったあった。なあ、春都さ、昼飯まだだろ? ファミレス行こうぜ」
「あ? 課題は?」
「帰ってからどうにかするし。腹が減っては戦はできぬ、って言うだろ」
「お前がいいなら、別にいいけど」
「よっしゃ決まり~。じゃ、行こうぜ」
 学校からファミレスまでは徒歩で数分だ。休日ではあるが、人が非常に少ない。ここからはじいちゃんとばあちゃんの店も見えるんだよなあ。
 席は選び放題で、俺たちは窓際のボックス席に座った。
「すみっこって落ち着くよな~」
「分かる」
 メニューはいろいろあって悩ましいが、期間限定で安いらしいミックスグリルのセットを頼むことにした。咲良はそれに、ドリンクバーも注文していた。
 咲良がドリンクバーに行っている間、あの音楽の続きを聞く。イヤホン持ってきといてよかった。
「お、なに聞いてんの?」
 咲良に問われ、曲を最初の方に戻してからイヤホンを貸す。咲良はワクワクしながらイヤホンをはめる。再生ボタンを押すと、咲良は盛大に笑った。
「なに、これ買ったの?」
「おう、いいだろ」
「あっはは、うんうん。いいねぇ」
「ふふ」
 一曲、終わる頃に店員さんが注文の品を持って来てくれた。スマホを片付け、手を拭いたら、今度は飯と向き合う。
「いただきます」
 ミックスグリルって、いいよなあ。ハンバーグにエビフライ、それにナポリタン。付け合わせのフライドポテトも輝いている。セットのメニューはライスとコーンスープだ。ミニサラダもある。
 まずはハンバーグから。うん、程よく柔らかく、なんだかプリッとしている。肉汁があふれ出るようで、ほんのり甘めの玉ねぎソースがよく合うなあ。ご飯と一緒に食べると、いかにもファミレスって感じの味がする。それがいい。
 エビフライは正直、衣が分厚くてえびは小さい。でも、衣にもしっかり味がついているから、おいしいんだ。酸味の少ない、まろやかなタルタルソースが合う。えびもぷりぷりでうまいなあ。
 ナポリタンも甘めだ。なんだか、お子様ランチを少し大人っぽくした感じだよな、ミックスグリルって。ソースたっぷりのナポリタンは、ご飯のお供にもぴったりだ。
 ミニサラダはレタス、トマト、キュウリとシンプルながら、間違いない組み合わせだ。みずみずしく、青い香りと、酸味が嬉しい。特製のドレッシングもよく合う。
「まさかあの曲を入れるとは」
 ポテトのサクサクほくほくを楽しんでいたら、咲良が笑って言い、メロンソーダを一口飲んだ。
「なんか、思い出して、つい」
「俺のスマホにも入ってるよ、その曲」
「マジか」
「たまに聞いてる。いい曲だよな」
 ハンバーグのソースと、ナポリタンのソースがついたご飯をフォークですくって食べる。米の甘味に、肉の風味と甘いトマトの風味が相まってうまい。
 そして、ファミレスのコーンスープは甘くておいしいのだ。
「ああ、いい曲だ」
 色んな意味で、とは言わない。たぶん言ったら、調子に乗る、こいつは。そしたら面倒なんだ。
「俺たちが仲良くなったきっかけだもんな!」
 咲良は何でもないように、俺が黙っていたことを笑って言う。そうだった。こういうやつだったよ、咲良ってやつは。
 その言葉には、とりあえず笑って頷いておくことにした。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...