一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百三十四話 回転焼き

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 サンドイッチ店を出て駅ビルへ向かう。来た道とは違う道を歩いてみようと思って少し遠回りしていく途中、祭り会場の近くに差し掛かった。
「お、賑やか」
 露店もたくさん出ていて、メインステージらしきところでは出し物が行われていた。
「よかったらどうぞ~」
 会場への入り口付近で、ビラを配っている人がいる。いかん、そういう人に見つかると、断れないのが俺だ。セールスとかならまだ断れるが、こういう、断る理由が特にないような場所での声掛けって、ちょっと苦手だ。
 やっぱ来た道を戻った方がよさそうだ。
「なんか余計に歩いたなあ」
 ま、腹ごなしだ。腹ごなし。
 それに、この街の景色を見るのは嫌いじゃない。駅ビルももちろん好きだし、百貨店も好きだ。でも、そういうところじゃなくて、人の生活そのものがあるような場所も好きだ。雑居ビルの裏側とか、しんと静まり返ったアパートとか、雑居ビルの狭間に位置する古い一軒家とか。そういうの見ると、なんかそわそわする。
 駅ビルの人だかりは少し苦手だなあ、と思うところもあるが、見るとほっとする。風が冷たくなると余計にそう思う。
 この近くに病院があって、以前、ばあちゃんはそこに長いこと入院していたことがある。病気の治療のためだったから、長期間、というよりも、ちょこちょこ間を空けながら何度も入退院を繰り返す、って感じだった。
 その頃は小学生で、学校が終わると毎日お見舞いに行ったし、土日は病院で一日過ごした。手術の日は、電車に乗って一人で病院に来たっけ。ホームで迷って、大変だったなあ。
 鼻の奥に残るような薬の匂い、独特な匂い、目に染みる何か、清潔なシーツはあるけれど石鹸の匂いはしない。きれいに整頓され、つとめて明るくしようとした内装ではあるが、その陰にたゆたう暗い何かは隠しきれていないような――
 病院のそんな空気を想像するだけで動悸がするようだ。心電図や点滴のアラーム、ナースコール、救急車のサイレン。今でも耳にこべりついている。
 それを紛らせてくれるのが、この駅ビルの雑踏だ。
 駅ビルの方には、楽しい思い出がたくさんある。スーパーの中を通り抜け、エスカレーターで二階へ向かう。二階には色々な店が所狭しと並んでいるんだ。
 ランドセルもここで買った。どうしても欲しいと俺がねだったランドセルは、その店でも屈指の値段の高さで、ばあちゃんも母さんもどうにかして別のやつに気をそらそうとしてたなあ……あ、あったあった、この店だよ。
 結局望みのものを買ってもらって、ありがたい話である。
 そんでこっちには天然石の店があるんだなあ。アメジストか何かの原石みたいなのが展示されてて、通るたびにずっと見てた。あ、まだある。これ、展示品じゃなくて売り物なんだよなあ。まだ売れてなかったか。高いもんな。
 そういえばこの辺に、焼きたてを食べられる焼き鳥屋があった気がするのだが……もうなくなったのか。見慣れない雑貨屋がある。漂う香りが、焦げた香ばしいたれの香りから、甘いハーブのような香りになっている。
 いや、これはハーブの香りだけではないな。……チョコレートだ。チョコレートの香りがする。
 チョコレートの専門店ができているのか。小粒のチョコレートが、箱の中にきれいに並べられている。母さん、こういうの好きなんだよなあ。今度帰ってきたときに、教えよう。一番大きいのが食べたいって言いそうだなあ。
 こっちには……おお、見事に酒が並んでいる。父さんが喜びそうだ。あ、酒に合うつまみとかも置いてあるのか。白米に合うんだよなあ……でも、酒が並ぶところに高校生は入りにくいなあ。
 あまり変わっていないと思っていたが、結構変わってるところもあるんだな。次の階には……ほう、貴金属が。
 この辺は俺には場違いのようだ。とりあえず、上へ上へと昇っていく。
「宝石類多いな……あ」
 宝石以外、発見。線香やろうそくの専門店だ。お香とかも置いてある。何だこれ、いちごミルクの線香?
「わ、ほんとだ」
 すげえいちごミルク。こっちは飴か……わあ、フルーティ。こんなんあるんだ。へえ、すげえ。
 でも俺は、普通の線香の匂いが好きだなあ。
「……そろそろ行くか」
 回転焼き、買いに行かないと。
 まだまだ上にはフロアがあるし、屋上にも行けるらしいから、楽しみがたくさんだ。また今度来よう。屋上にはカフェみたいなところもあるらしい。
 やっぱ高いところにあるカフェは、値段も高いのかなあ。などと思いながら、エレベーターで一階へと向かった。

 帰りに店に寄る。うめずも一緒に待っていて、尻尾をぶん回しながら出迎えてくれた。
「はい、これ。お土産」
「あらー、ありがとう」
 ばあちゃんは嬉しそうに回転焼きの箱を受け取った。
「こっちから黒あん四つ、白あん四つ、カスタード二つね」
「たくさんねぇ」
「回転焼きは、たくさん買ってしまいがちだよなあ」
 と、じいちゃんが笑う。うめずが興味津々というように見上げるが、こればっかりはあげられない。その代わりに、いい感じのおやつを買ってきた。野菜味のクッキーなのだそうだ。
「それじゃあ、いい時間だし、お茶にしようか。春都も食べるでしょ?」
「いいのでしょうか」
「一緒に食べよう」
 ばあちゃんが楽しそうに笑って、お茶の準備をする。俺は黒あん、じいちゃんとばあちゃんは白あん、うめずはクッキーだ。じいちゃんが一つずつ、回転焼きを皿にのせてくれた。うめず専用の器に、クッキーを入れる。小粒のクッキーは、淡い色どりで、きれいで、うまそうだ。
「いただきます」
「わうっ」
 まずは緑茶をひとすすり。はあ、ほっとする。
 焼きたての白あんは食ってんだよな。ほくほくの白あんは甘さが程よく、ぽわぽわの生地が優しかった。
 さて、黒あんはいかがかな。
 ん、ちょっと生地が冷えて食べやすい。縁の方は少し噛み応えがあって、それもまたいい。熱々の時よりも甘さが強く感じられる。黒あんは粒が残っていて、食べ応えがある。こっくりとした甘みは、砂糖というより蜜のような感じである。
 豆のうま味もちゃんとあるんだなあ、これが。むにぃっと、むちぃっとした食感の生地、たまらないなあ。ほんのりと残った温かさが心地よい。
 そこに緑茶がよく合う。この渋みが、甘味を引きたてつつも口をすっきりとさせるんだ。
 うめずも気に入ってくれたようで、おいしそうにクッキーを食べている。またなんか、違うの買ってきてみよう。
 期間限定の餡がなかったのは残念だったけど、十分うまい。
 うちの分にも買ってきたし冷凍するつもりだけど……あっという間になくなってしまいそうだなあ。

「ごちそうさまでした」
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