一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百三十三話 ローストビーフサンドイッチ

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 相変わらず、休日だというのに電車の乗客は少ない。乗る時間が早いせいもあるのかもしれないが、それにしたって、俺のほかに二人だけとは。まあ、満員電車よりはいいんだけど。出発を待つ電車の中は、実に静かだ。
 乗降口の近くに座ったので、なんだか空気が生ぬるい。電車内の暖かな空気と外の冷たい空気が相まって、変な感じがする。
 間もなくして扉が閉まると、たちまち温度が安定しだす。各駅停車だから、停まるたびにぬるま湯のようになるんだろうけど、空気が入れ替わるのは気分がいい。
 ゆっくりと加速していき、加速しきったのかどうか分からないタイミングで次の駅に停まる。こんなにあっという間につく距離に駅なんて作る必要はないのではなかろうか、ということを思った時もあったものだ。電車で行くから近く感じるのであって、実際は結構距離があると知ったのは、案外最近のことである。
 ガタンガタン、ガタンガタン、と規則正しい電車の音を聞いていると、何も考えずにぼーっとしてしまう。ハッと我に返っては、また電車の振動に身をゆだね、時々、ハッとまた思考を開始する。
 あ、そうだ。今日は音楽プレーヤーを持ってきていたのだ。イヤホンを差し込み、プレイリストを開く。気に入った曲ばかりの寄せ集めで、何も考えたくないときは、これを再生しておけばまず間違いない。
 電車の振動と曲は決してリズムが合っているとはいえないが、この合っていない感じが心地よい。電車に乗って出かけているのだなあ、と実感する。
 気を抜くと歌いだしそうになるのはちょっと大変だが。
『次は……』
 お、もうそろそろだな。なんだかあっという間のように思うが、聞いた曲数を数えるとそうでもない。そこそこの時間はかかっている。
 プレーヤーを鞄にしまい、いつもの駅で降りる。その時やっと、乗客がかなり増えていたことに気が付いた。

 今日は何やら、図書館までの道がにぎやかだ。何かお祭りでもあるのだろうか。
「お、これか」
 商店街の店に貼ってあったポスターを見て、合点がいった。なるほど、定期演奏会に加え、地元の祭りもやってんのか。
 開催場所は近くの市民ホールのようだ。そういやそんなのもあったな。うちの町のよりもっと大きなホールで、確か近くに美術館もあったように思う。大きな広場もあって祭りはそこでやってるらしい。そこに人が向かっている、といったところなのだろう。
 そんな人の流れと逆行して図書館に向かう。自分と無関係の学校行事って、なんかいい。他人事のように思えるのが楽なのだ。まあ、だからといって何かあるわけではないのだが、今、自分は時間に縛られていないのだ、と実感できるのがいいんだ。
 今日、そんなイベントがあるおかげか、図書館に人は少ない。あー、空気がいい。
 本を返却して、さっそく、本棚に向かう。新刊も入っているみたいだ。
「何借りようかなあ……」
 前に読んで、難しくてよく分からなかった本を借りたことがある。内容が理解できるようになっていたのは嬉しかったが、同時に、結構な内容だったことに気が付いて先を読み進めようという気が少しだけしぼんだ。
 正直、タイトルがかっこよくて借りたのが最初だからなあ。結局、途中で苦しくなって断念した。やはり、肌に合わない本ってあるんだなあ。
 今日は、気になっていた児童書を何冊か借りていくことにした。地元の図書館の、児童書の蔵書数は少ない。少子高齢化の象徴のような町だからだろうか。確かに、この辺りに比べたら子どもは少ないか。
 昼飯にはまだ早い時間なので、デパートの地下街で時間をつぶす。地下街といっても、きらきら広々とした印象ではない。天井は低く、ギュッと店同士がくっつき合っているような、食品売り場だ。でも、人も少ないし、こういう場所が好きなんだ。
 まあまあなお値段のする品が並んでいるが、地元じゃ見ないようなものがたくさんで心躍る。おしゃれな水とか、珍しい香辛料とか。お、海外のお菓子もあるのかあ。外国のチョコレートって、甘さが違って、ときどき無性に食べたくなる時があるんだ。お、意外とお手頃。ひと箱買っていこう。
 会計をして、あとはいろいろ見て回る。鮮魚店、精肉店、青果店。お酒がたくさん置いてある店もある。こっちはお土産とかプレゼント用のお菓子のコーナーかあ。あ、弁当屋とか焼き鳥屋もある。あー、そそられるなあ。
「なんかいいにおいするな」
 あっ、コーヒー屋さん。豆の匂いかあ。奥の方はカフェになっているみたいだ。何というか……上品な感じのご婦人方がいらっしゃる。豆の値段を見てちょっと納得した。
 カウンターに座っていた一人が、ゆったりと音もなく立ち上がり、会計の方へ向かう。
「おいしかったわ」
 店員さんは愛想よく笑った。
「よかったです。温まりましたか?」
「ええ、来てよかった」
「またいらしてくださいね」
 会話もなんだか上品だ。らっしゃーせー、とか、ありゃっしたー、とか、そんなんじゃないんだよなあ。そんなふうに急ぐ人はそもそもここには来ないか。
 こういう店が似合うようになる日は、いつか来るのかねえ。

 地上に戻り、向かうのはサンドイッチの店だ。手ごろな価格で、ボリュームもあって、自分で好きなように注文できるのでありがたい。暖かいならちょっと足を延ばして河川敷で食ってもいいが、今日は寒い。店の中で食おう。
「何にすっかなあ……」
 いろいろ選べるのはいいが、選択肢が多いのもなかなか悩ましい。よし、冬季限定のやつにしよう。ローストビーフと野菜がたっぷりのやつ。セットにして、飲み物は温かい紅茶で、サイドメニューはポテト。
 窓際のカウンター席が空いていたので、そこに座る。車の往来が多い外が見えるのは、なんだか新鮮だ。
「いただきます」
 パンにはごまがついていて、フランスパンの半分、って感じの形だ。パリパリに焼いてあって、もっちりとしつつ、しつこくないくらいのさっぱりとした味わいのパンだ。ごまの香ばしい風味がたまらない。
 そんなパンなので、味わい深いローストビーフのソースとよく合う。黒コショウが効いた醤油ベースの濃い目のソースで、肉のうま味を引き立てる。ローストビーフは、一枚一枚が薄く切られていて食べやすく、たっぷり挟んであるのでしっかり食べ応えもある。なるほど、分厚い肉を数枚、というのも贅沢だが、薄いのをたっぷり、というのもいいもんだな。
 そしてみずみずしい野菜が、いいバランスである。レタス、玉ねぎ、トマトにピーマン。レタスは食感もさることながら、その青い風味がさっぱりと口の中を爽やかにする。玉ねぎのほのかな辛味、トマトの酸味もよく合うなあ。ピーマンの苦み、これこれ。
 ポテトには香辛料がかかっているようだ。何だろう。わかんないけど、うまい。ほんのりトマトっぽい感じがするのかな。塩気がちょうどいいなあ。サクッと、ほくっとしたポテト。いくらでも入りそうである。
 思いのほか体が冷えていたので、温かい紅茶が体に染みる。ほんの少しの渋みと、鼻に抜ける豊かな香り。サンドイッチによく合うな。
 サンドイッチは、最後の方になってくると、少ししんなりとしてくる。しかしこれもまたいいのだ。パン、肉、野菜、ソース、すべてがなじんで食べやすくなり、うま味も増す。パンに染み染みのソースがあふれ出すのがたまらんのだ。
 食べ終わったら少しゆっくりして、電車が来るまでの間、色々見て回ろうかな。
 ああそうだ。回転焼き、買って帰ろう。焼きたても食べたいなあ。

「ごちそうさまでした」
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