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日常
第五百三十一話 かつ丼
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ここ数日暖かかったし、あと一週間は春のような天気が続くと天気予報ではいっていたというのに、今日はどうしてこう寒いんだ。
四時間目の体育、吹きさらしの運動場。風通しのいいジャージは、寒さをしのぐには心もとない。でもまあ、ないよりはましだ。それにしても、サッカーをやっているやつらは元気だなあ。半袖半ズボンのやつもいるぞ。
かといって、動く気にはなれない。多少寒かろうと、じっとしているだけでいいのであれば、じっとしておくさ。
「おー、決まった。一条、そっち点数」
「あいよー」
ただ単にさぼっているわけではない。試合に出ないメンバーは、何かと雑用を任されるのだ。今は宮野と一緒に得点係をやっている。審判とか絶対できないからな。
「サッカーのルールって、難しいんだよなあ……宮野、分かる?」
「何も。アニメ知識しかないから」
「でもバレーも最初は漫画で覚えたって言ってなかったっけ?」
「系統が違うんだよ。分かるでしょ?」
ああ、なるほど。そういうこと。スポーツ系の漫画やアニメにもいろいろあるもんな。現実的なやつとか、逆に、ルールそっちのけって感じのハチャメチャなやつとか。どっちも面白いけど。
ビュウ、と風が吹き、寒さに慣れたはずの体を一気に冷やす。
「うう、寒い」
「寒いねぇ」
「おっ、じゃあ、動くか?」
いつからそこにいたのか、得点板の後ろには体育教師が立っていた。最近、鈴木先生の代わりにやってきた、二宮先生だ。鈴木先生よりずっと若い男の先生で、いかにも運動が得意そうな見た目だ。
「いえ、結構です」
「そうか? 遠慮しなくていいんだぞー」
そうは言いながらも、強制しないのがこの先生だ。意外とこの先生、体育会系じゃないんだよなあ。そんな先生もいるんだな。
なんでも、一年生を担当する体育の先生が産休か何かでしばらく休むから、と鈴木先生が一年生の担当になったらしいので、この先生が来たわけだ。どんな先生が来るんだと身構えたものだが、存外、悪くないものである。
「運動は嫌いか?」
二宮先生は世間話程度にそう聞いてくる。その問いに、宮野と視線を合わせ、宮野が先に答えた。
「バレー以外は得意じゃないです。嫌いではないんですけど」
「そうか、そういえば宮野はバレー部だったな。一条は?」
「俺もまあ……苦手なだけです」
正直なところを言えば、今まで出会ってきた体育の先生との相性が悪かったのだろうと思っている。悪い先生ではないのだが、どうも合わなかった。どの教科でも、先生との相性ってあるからな。
二宮先生は気を悪くする様子もなく、明るく笑って言った。
「そっかそっか。嫌いじゃないならうれしいなあ。嫌いだと、どうしようもないからなあ。それじゃ、お前たちには色々と先生の手伝いを頼むとしよう。気兼ねなく頼めるやつがいると思うと、こちらとしてもありがたい」
「そうですか」
「おお、ありがたいぞ」
こうはっきり言われると、こちらとしても気を使わなくていいというものである。先生は得点板に寄りかかりながら言った。
「スポーツを見るのは好きなのか?」
「あ、それは、はい」
アニメやゲーム、漫画も含めて、というのは宮野と揃って口をつぐむ。先生は爽やかな笑みを浮かべて「そうか~」と言った。
「野球とか?」
「あ、野球はよく見ます。高校に入ってからはあんまり行けてないですけど、試合見に行くこともあります」
「おお、そうか」
先生も俺と同じ球団が好きなようで、嬉しそうだった。先生は一応、教師らしく目の前の試合の様子を眺めながら、話題を少しだけ変えた。
「スポーツ漫画とか、アニメとかもいろいろあるもんな~。先生も読んでるんだがな」
「えっ」
宮野が思わず驚いた声をあげると、先生は「どうした?」と聞く。宮野は少し口ごもった後、恐る恐る言った。
「体育の先生は、あんまり漫画とか、読まないものかと」
二宮先生はあっけらかんと笑って言った。
「なんだそれ。他の先生はどうか知らんが、俺は読むぞ~」
「へえぇ……」
「あっ、信じてないな?」
「いやいや」
「俺の部屋を見せてやりたいもんだね。壁一面、本棚になってるぞ」
えっ、何それ、うらやましい。
それからはいろいろ、体育以外のことでさんざん盛り上がってしまった。どうやら、二宮先生は筋金入りの漫画好きらしい。
今日の昼飯は学食だ。しかしまあ、体が冷え切ってしまい、食欲はあるが食べたいものが思いつかない。できれば元気の出る、温かいものが食べたいものだ。
「俺かつ丼にしよー。春都は?」
食券を待つ列に並び、咲良が振り返って聞いてくる。あ、かつ丼いいな。
「俺もかつ丼にする」
「一緒だな」
大盛りにしよう。腹減った。
「いただきます」
トロトロの卵で包まれたとんかつは、なおもサクサクのままご飯の上に鎮座している。
まずはとんかつだけで食べる。思った通り、サクッとした衣は香ばしくてうまい。ロース肉か。ジューシーだなあ。脂の甘味がよく分かる。焼いたのもいいが、揚げるとまた、食べ応えが増してうまい。
肉は柔らかく、脂に負けずうま味も食べ応えも十分だ。トロトロ卵との相性がいいことで。甘辛い味わいが、ご飯を進ませる。
ここでみそ汁。具は、巻き麩とわかめか。巻き麩、つるんとした口当たりがいい。わかめもいい味してるんだ。
「ああ、あったけぇ……」
「そういや四時間目体育だったな。あ、新しい先生だったんだろ? どうだった?」
咲良が興味津々というように聞いてくるので、さっきの授業のことをかいつまんで話すと、咲良は「え~、いい感じっぽいね」と笑った。
「まあ、今のところはいい感じだ」
「次、六時間目に俺ら授業あるんだよね~。楽しみだ」
さて、次はご飯ととんかつを一緒に。
うんうん、やっぱり、丼ものってのは具材とご飯を一緒に食べてこそだよなあ。さくさくとろとろのとんかつだけでも、味が染みたご飯だけでも十分うまいが、やはり、二つ揃うと無敵である。サクジュワッとした甘辛い汁が染み出す衣に、豚肉の甘味とうま味、ご飯のホカホカ。うまいに決まってる。
かつ丼って、たまに無性に食べたくなるんだよなあ。七味とかかけて味変するのもいい。ピリリと味が引き締まってうまいんだ。
かつ丼で大正解。いやあ、いいもん食った。
「ごちそうさまでした」
四時間目の体育、吹きさらしの運動場。風通しのいいジャージは、寒さをしのぐには心もとない。でもまあ、ないよりはましだ。それにしても、サッカーをやっているやつらは元気だなあ。半袖半ズボンのやつもいるぞ。
かといって、動く気にはなれない。多少寒かろうと、じっとしているだけでいいのであれば、じっとしておくさ。
「おー、決まった。一条、そっち点数」
「あいよー」
ただ単にさぼっているわけではない。試合に出ないメンバーは、何かと雑用を任されるのだ。今は宮野と一緒に得点係をやっている。審判とか絶対できないからな。
「サッカーのルールって、難しいんだよなあ……宮野、分かる?」
「何も。アニメ知識しかないから」
「でもバレーも最初は漫画で覚えたって言ってなかったっけ?」
「系統が違うんだよ。分かるでしょ?」
ああ、なるほど。そういうこと。スポーツ系の漫画やアニメにもいろいろあるもんな。現実的なやつとか、逆に、ルールそっちのけって感じのハチャメチャなやつとか。どっちも面白いけど。
ビュウ、と風が吹き、寒さに慣れたはずの体を一気に冷やす。
「うう、寒い」
「寒いねぇ」
「おっ、じゃあ、動くか?」
いつからそこにいたのか、得点板の後ろには体育教師が立っていた。最近、鈴木先生の代わりにやってきた、二宮先生だ。鈴木先生よりずっと若い男の先生で、いかにも運動が得意そうな見た目だ。
「いえ、結構です」
「そうか? 遠慮しなくていいんだぞー」
そうは言いながらも、強制しないのがこの先生だ。意外とこの先生、体育会系じゃないんだよなあ。そんな先生もいるんだな。
なんでも、一年生を担当する体育の先生が産休か何かでしばらく休むから、と鈴木先生が一年生の担当になったらしいので、この先生が来たわけだ。どんな先生が来るんだと身構えたものだが、存外、悪くないものである。
「運動は嫌いか?」
二宮先生は世間話程度にそう聞いてくる。その問いに、宮野と視線を合わせ、宮野が先に答えた。
「バレー以外は得意じゃないです。嫌いではないんですけど」
「そうか、そういえば宮野はバレー部だったな。一条は?」
「俺もまあ……苦手なだけです」
正直なところを言えば、今まで出会ってきた体育の先生との相性が悪かったのだろうと思っている。悪い先生ではないのだが、どうも合わなかった。どの教科でも、先生との相性ってあるからな。
二宮先生は気を悪くする様子もなく、明るく笑って言った。
「そっかそっか。嫌いじゃないならうれしいなあ。嫌いだと、どうしようもないからなあ。それじゃ、お前たちには色々と先生の手伝いを頼むとしよう。気兼ねなく頼めるやつがいると思うと、こちらとしてもありがたい」
「そうですか」
「おお、ありがたいぞ」
こうはっきり言われると、こちらとしても気を使わなくていいというものである。先生は得点板に寄りかかりながら言った。
「スポーツを見るのは好きなのか?」
「あ、それは、はい」
アニメやゲーム、漫画も含めて、というのは宮野と揃って口をつぐむ。先生は爽やかな笑みを浮かべて「そうか~」と言った。
「野球とか?」
「あ、野球はよく見ます。高校に入ってからはあんまり行けてないですけど、試合見に行くこともあります」
「おお、そうか」
先生も俺と同じ球団が好きなようで、嬉しそうだった。先生は一応、教師らしく目の前の試合の様子を眺めながら、話題を少しだけ変えた。
「スポーツ漫画とか、アニメとかもいろいろあるもんな~。先生も読んでるんだがな」
「えっ」
宮野が思わず驚いた声をあげると、先生は「どうした?」と聞く。宮野は少し口ごもった後、恐る恐る言った。
「体育の先生は、あんまり漫画とか、読まないものかと」
二宮先生はあっけらかんと笑って言った。
「なんだそれ。他の先生はどうか知らんが、俺は読むぞ~」
「へえぇ……」
「あっ、信じてないな?」
「いやいや」
「俺の部屋を見せてやりたいもんだね。壁一面、本棚になってるぞ」
えっ、何それ、うらやましい。
それからはいろいろ、体育以外のことでさんざん盛り上がってしまった。どうやら、二宮先生は筋金入りの漫画好きらしい。
今日の昼飯は学食だ。しかしまあ、体が冷え切ってしまい、食欲はあるが食べたいものが思いつかない。できれば元気の出る、温かいものが食べたいものだ。
「俺かつ丼にしよー。春都は?」
食券を待つ列に並び、咲良が振り返って聞いてくる。あ、かつ丼いいな。
「俺もかつ丼にする」
「一緒だな」
大盛りにしよう。腹減った。
「いただきます」
トロトロの卵で包まれたとんかつは、なおもサクサクのままご飯の上に鎮座している。
まずはとんかつだけで食べる。思った通り、サクッとした衣は香ばしくてうまい。ロース肉か。ジューシーだなあ。脂の甘味がよく分かる。焼いたのもいいが、揚げるとまた、食べ応えが増してうまい。
肉は柔らかく、脂に負けずうま味も食べ応えも十分だ。トロトロ卵との相性がいいことで。甘辛い味わいが、ご飯を進ませる。
ここでみそ汁。具は、巻き麩とわかめか。巻き麩、つるんとした口当たりがいい。わかめもいい味してるんだ。
「ああ、あったけぇ……」
「そういや四時間目体育だったな。あ、新しい先生だったんだろ? どうだった?」
咲良が興味津々というように聞いてくるので、さっきの授業のことをかいつまんで話すと、咲良は「え~、いい感じっぽいね」と笑った。
「まあ、今のところはいい感じだ」
「次、六時間目に俺ら授業あるんだよね~。楽しみだ」
さて、次はご飯ととんかつを一緒に。
うんうん、やっぱり、丼ものってのは具材とご飯を一緒に食べてこそだよなあ。さくさくとろとろのとんかつだけでも、味が染みたご飯だけでも十分うまいが、やはり、二つ揃うと無敵である。サクジュワッとした甘辛い汁が染み出す衣に、豚肉の甘味とうま味、ご飯のホカホカ。うまいに決まってる。
かつ丼って、たまに無性に食べたくなるんだよなあ。七味とかかけて味変するのもいい。ピリリと味が引き締まってうまいんだ。
かつ丼で大正解。いやあ、いいもん食った。
「ごちそうさまでした」
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