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日常
第五百二十九話 餃子
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昼休みの図書館での返却業務は、いい腹ごなしになるってもんだ。本を書架に戻していくのは結構いい運動になるんだ。それにしても、冬休みのあの一日で結構な量返ってきたと思っていたが、そうでもなかったのだろうか。今日も随分と返却本が多い。
「よいしょ……」
上の方の本棚に戻す作業もしんどいが、下の方の本棚に戻す作業もなかなかしんどいところがある。かがむって動作は、どうにも苦手だ。
「お、料理本」
誰かが大量に借りたのだろうか。巻数もそろってるし。冬休みの間に作ってみようとでも思ったんだろうなあ。作ったのかな、なんか。
「どんな料理が……」
なるほど、パーティ系の料理が多いな。こだわりのローストビーフ、豪快骨付きチキン、絢爛豪華なお節料理……作れたんかなあ、これ。結構上級者向きというか、とてもお金がかかりそうだ。こういうのって、作るのと買うの、どっちが安上がりなんだろう。
こっちもそんな感じなのかな……お、なんだ、これはそうでもないな。ホットプレートでできるレシピ集。ホットプレートっていいよな。
「何読んでるんですか、先輩」
「びっくりした。橘か」
「全然びっくりしてないテンションで言いますね。ほんとにびっくりしたんですか?」
ケラケラと笑って、橘が隣にしゃがむ。
「したよ」
「そうですか。で、何読んでるんです?」
橘に、読んでいた本を手渡す。豪華で手の込んだ飯の本は、また今度。いつかは作ってみたいものだ。
「料理ですか。僕も冬休みの間、頑張ったんですけどね~。難しいです」
「なにを作ったんだ?」
「色々ですよ」
例えば……と橘は思い出しながらページをめくった。
「これには載ってないですけど、ケーキとか」
「お、すごいな。ケーキ作れるのか」
スポンジって、結構難しいと聞いたことがある。俺は小さいころに母さんと作ったっきりだ。自分一人で作ったらどうなるだろう。膨らまなさそう。
橘は「それがですねぇ」と困ったように笑った。
「本当は作るつもりなかったんですけど、妹にねだられちゃって」
「そうなのか」
「はい。今年のクリスマスはケーキいらないって言ってたのに、当日になって急に食べたいなんて言うもんですから。でも、どこにも売ってないんですよ」
「そりゃなあ」
その手のものは、予約制であることが多い。何なら当日は、予約しているケーキしか販売しない、なんてところもあるくらいだ。でも、スーパーとかコンビニとかにはありそうだけどなあ。
「コンビニとかは?」
「ホールケーキは売り切れてました。妹は、どうしてもホールケーキがよかったみたいで」
「ああー……」
なるほど、ケーキがあったとしても、本人が納得しないといけないってわけか。俺は別に、どんなケーキでも嬉しいがなあ。そうもいかないやつもいるんだろうな、きっと。
「それで、材料だけは売ってたので、作りました」
「行動力がすごいな」
「妹すねちゃって、面倒だったんですよ」
「なるほど」
「お店で買ってきたケーキが入ってるような箱を見つけたので、それに入れて、それっぽくしたら喜んでくれました。よかったです」
よかった、という言葉は、妹が喜んでくれたことに向けられたものであろうが、それ以上に、何とか事が収まってよかった、という安堵が伝わってきた。
橘は笑って言った。
「でも楽しかったですよ。ケーキ作り」
「そうか」
まあ、本人が楽しかったなら何よりだ。
「今度はロールケーキを作ってみようと思ってるんですよねえ」
そう言いながら、橘は本のあるページを見せてきた。
「これです、これ」
それは、ホットプレート特集の一ページ。見開きのそのページには『ホットプレートでロールケーキ』というポップなフォントの文字が躍っていた。
「ホットプレートで作れるらしいんですよね。いろんな味で作ってみようかと」
「いいんじゃないか?」
「なんか僕、料理っていうか、お菓子ばっかり作ってる気もします」
そりゃまあ、お前の所属する調理部は、基本お菓子を作っているからな。飯作ることは、まず、ないだろう。特別な時間を設けでもしないかぎり。こないだのからあげの時のようにな。
橘は、はじけんばかりの笑みをこちらに向けて言った。
「今度色々教えてくださいね!」
「ああ、いつかな。ほれ、本貸せ」
「約束ですよ!」
念を押すように橘は言う。教えるほどの技量があるわけではないのだがなあ。
それにしてもホットプレートか……ホットプレートといえば、俺は、あれが思いつくけどなあ。
ホットプレートの上にずらりと几帳面に並んだ餃子。これだよ、これこれ。ホットプレート料理っつったら、これだろ。それか、もんじゃ焼き。
「いただきます」
どうやら手作りのようだ。焼けるまでの間はサラダでしのぐ。キャベツにピーマン、薄切り玉ねぎ、トマトのサラダは、なんだかお店のサラダみたいだ。しゃくしゃくとみずみずしいキャベツ、ほのかに苦いポリポリ食感のピーマン、酸味が爽やかなトマト、すっきりとした玉ねぎ。
「そろそろ焼けたかな?」
母さんが言うと、父さんが「それ」と蓋を開く。
ああ、いい感じだ。
まずはポン酢で。あっつあつだ。皮がカリカリで、ほんのりもちもち。ジュワッと染み出す、うま味たっぷりの肉汁が最高だ。にんにくの風味はほどほどで、しょうがのさわやかさが際立つようだ。小ぶりなのがいい。ポン酢をひたひたにしてさっぱりといただくのもいいが、肉だねそのものがうまいので、そのままでもいける。
酢にはあらびきこしょうとラー油を。んー、すっぱ辛い。でもうまい。ひりりとする、痛みにも似た辛味は、こしょうかラー油か。酢って、あんまり得意じゃなかったけど、うまいよなあ。餃子の濃い味によく合う。
少し冷まして一口で食うのもいい。酢だとちょっとのどに突き刺さるような気もするけど、ぐっとこらえて食う。すると、うま味がやってくるんだなあ。
ポン酢に油がきらめいている。柚子胡椒をつけて食うと、ピリッと味が引き締まっていいな。肉には柚子胡椒がよく合うのだ。
ご飯にたれのシミができているのもいいなあ。そこをすくって食うと、餃子風味のご飯が味わえる。んで、そこを餃子で追いかける。いいねえ、うまいねえ。
餃子をご飯で追いかけるのもいい。
うん、うまい。やっぱ熱々の餃子って、うまいなあ。つい食べ過ぎてしまう。
今度、父さんと母さんが帰ってきたときは、もんじゃと餃子にしようかな。
……なんて、気が早いだろうか。
「ごちそうさまでした」
「よいしょ……」
上の方の本棚に戻す作業もしんどいが、下の方の本棚に戻す作業もなかなかしんどいところがある。かがむって動作は、どうにも苦手だ。
「お、料理本」
誰かが大量に借りたのだろうか。巻数もそろってるし。冬休みの間に作ってみようとでも思ったんだろうなあ。作ったのかな、なんか。
「どんな料理が……」
なるほど、パーティ系の料理が多いな。こだわりのローストビーフ、豪快骨付きチキン、絢爛豪華なお節料理……作れたんかなあ、これ。結構上級者向きというか、とてもお金がかかりそうだ。こういうのって、作るのと買うの、どっちが安上がりなんだろう。
こっちもそんな感じなのかな……お、なんだ、これはそうでもないな。ホットプレートでできるレシピ集。ホットプレートっていいよな。
「何読んでるんですか、先輩」
「びっくりした。橘か」
「全然びっくりしてないテンションで言いますね。ほんとにびっくりしたんですか?」
ケラケラと笑って、橘が隣にしゃがむ。
「したよ」
「そうですか。で、何読んでるんです?」
橘に、読んでいた本を手渡す。豪華で手の込んだ飯の本は、また今度。いつかは作ってみたいものだ。
「料理ですか。僕も冬休みの間、頑張ったんですけどね~。難しいです」
「なにを作ったんだ?」
「色々ですよ」
例えば……と橘は思い出しながらページをめくった。
「これには載ってないですけど、ケーキとか」
「お、すごいな。ケーキ作れるのか」
スポンジって、結構難しいと聞いたことがある。俺は小さいころに母さんと作ったっきりだ。自分一人で作ったらどうなるだろう。膨らまなさそう。
橘は「それがですねぇ」と困ったように笑った。
「本当は作るつもりなかったんですけど、妹にねだられちゃって」
「そうなのか」
「はい。今年のクリスマスはケーキいらないって言ってたのに、当日になって急に食べたいなんて言うもんですから。でも、どこにも売ってないんですよ」
「そりゃなあ」
その手のものは、予約制であることが多い。何なら当日は、予約しているケーキしか販売しない、なんてところもあるくらいだ。でも、スーパーとかコンビニとかにはありそうだけどなあ。
「コンビニとかは?」
「ホールケーキは売り切れてました。妹は、どうしてもホールケーキがよかったみたいで」
「ああー……」
なるほど、ケーキがあったとしても、本人が納得しないといけないってわけか。俺は別に、どんなケーキでも嬉しいがなあ。そうもいかないやつもいるんだろうな、きっと。
「それで、材料だけは売ってたので、作りました」
「行動力がすごいな」
「妹すねちゃって、面倒だったんですよ」
「なるほど」
「お店で買ってきたケーキが入ってるような箱を見つけたので、それに入れて、それっぽくしたら喜んでくれました。よかったです」
よかった、という言葉は、妹が喜んでくれたことに向けられたものであろうが、それ以上に、何とか事が収まってよかった、という安堵が伝わってきた。
橘は笑って言った。
「でも楽しかったですよ。ケーキ作り」
「そうか」
まあ、本人が楽しかったなら何よりだ。
「今度はロールケーキを作ってみようと思ってるんですよねえ」
そう言いながら、橘は本のあるページを見せてきた。
「これです、これ」
それは、ホットプレート特集の一ページ。見開きのそのページには『ホットプレートでロールケーキ』というポップなフォントの文字が躍っていた。
「ホットプレートで作れるらしいんですよね。いろんな味で作ってみようかと」
「いいんじゃないか?」
「なんか僕、料理っていうか、お菓子ばっかり作ってる気もします」
そりゃまあ、お前の所属する調理部は、基本お菓子を作っているからな。飯作ることは、まず、ないだろう。特別な時間を設けでもしないかぎり。こないだのからあげの時のようにな。
橘は、はじけんばかりの笑みをこちらに向けて言った。
「今度色々教えてくださいね!」
「ああ、いつかな。ほれ、本貸せ」
「約束ですよ!」
念を押すように橘は言う。教えるほどの技量があるわけではないのだがなあ。
それにしてもホットプレートか……ホットプレートといえば、俺は、あれが思いつくけどなあ。
ホットプレートの上にずらりと几帳面に並んだ餃子。これだよ、これこれ。ホットプレート料理っつったら、これだろ。それか、もんじゃ焼き。
「いただきます」
どうやら手作りのようだ。焼けるまでの間はサラダでしのぐ。キャベツにピーマン、薄切り玉ねぎ、トマトのサラダは、なんだかお店のサラダみたいだ。しゃくしゃくとみずみずしいキャベツ、ほのかに苦いポリポリ食感のピーマン、酸味が爽やかなトマト、すっきりとした玉ねぎ。
「そろそろ焼けたかな?」
母さんが言うと、父さんが「それ」と蓋を開く。
ああ、いい感じだ。
まずはポン酢で。あっつあつだ。皮がカリカリで、ほんのりもちもち。ジュワッと染み出す、うま味たっぷりの肉汁が最高だ。にんにくの風味はほどほどで、しょうがのさわやかさが際立つようだ。小ぶりなのがいい。ポン酢をひたひたにしてさっぱりといただくのもいいが、肉だねそのものがうまいので、そのままでもいける。
酢にはあらびきこしょうとラー油を。んー、すっぱ辛い。でもうまい。ひりりとする、痛みにも似た辛味は、こしょうかラー油か。酢って、あんまり得意じゃなかったけど、うまいよなあ。餃子の濃い味によく合う。
少し冷まして一口で食うのもいい。酢だとちょっとのどに突き刺さるような気もするけど、ぐっとこらえて食う。すると、うま味がやってくるんだなあ。
ポン酢に油がきらめいている。柚子胡椒をつけて食うと、ピリッと味が引き締まっていいな。肉には柚子胡椒がよく合うのだ。
ご飯にたれのシミができているのもいいなあ。そこをすくって食うと、餃子風味のご飯が味わえる。んで、そこを餃子で追いかける。いいねえ、うまいねえ。
餃子をご飯で追いかけるのもいい。
うん、うまい。やっぱ熱々の餃子って、うまいなあ。つい食べ過ぎてしまう。
今度、父さんと母さんが帰ってきたときは、もんじゃと餃子にしようかな。
……なんて、気が早いだろうか。
「ごちそうさまでした」
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