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日常
第五百二十話 牛丼
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年が明けて二日にもなれば、店は開ける。いわゆる初売りだそうだ。
通りは相変わらず少ないし、寒いし、世間はまだまだ正月休みムードだが、お客は来るのだろうか。
……というのはずいぶんな見当違いで、開店早々、修理に購入と大忙しだ。
ここら辺の人たちの足はもっぱら車か自転車だ。それを考えると当然ともいえる。それに、通学車もそろそろ準備しようかという時期だ。早い人は早くに買ってるけど、今頃に買う人もいる。
誰かが休みの時には、誰かが働いている。そうだよな、そうやって世の中は回ってんだよな。
朝から電話が鳴り、来客も絶え間なく、父さんも母さんも駆り出されて大忙しだ。
そして今日は、俺も働いている。
「春都、次行こう」
「はいよー」
ばあちゃんと車に乗り込み、配達へ向かう。学校行きの自転車を組んで、配達するのだそうだ。結構な重労働なので、自転車の載せ降ろしは俺がやる。その間の接客はばあちゃんに任せるのだ。
「これね、初荷っていうのよ」
「はつに?」
信号機で止まったところで、ばあちゃんが言う。
「初めての荷物、って書いて初荷。そうねえ、年が明けて最初に荷物を運ぶとか、出荷するとか、そんな感じね」
「ふぅん、そんなんあるんだ」
「昔は盛大にやってるところもあったんだけどねえ。今じゃ少なくなったものよ」
「初荷か」
よし、新しい言葉覚えた。初荷。
行き先は近いところから遠いところまで様々だ。さすがに疲れるな。でもこれ、じいちゃんとばあちゃんいつも二人でやってんだよな。元気だなあ。
いや、こういうことをやってるから元気なのかな。それとも、こうやってつつがなく商売をするために元気でいられるよう、気を付けているのかな。どちらにしたってすごいなあ。俺よりずっと元気だ。
「お昼、何か買って帰ろうか。好きなの買っていいよ」
午前中最後の配達の帰り、助手席でぐったりしていたら、軽快にハンドルをさばくばあちゃんが言った。
「いいの?」
「いいよぉ、頑張ってくれたし、午後からも頑張ってもらわないといけないから」
なんかちょっと不穏な言葉が後半に聞こえた気がしたが、まあいい。好きなのかっていいのか。何買おう。うーん、俺、今何食いてぇかなあ。
やっぱがっつりしたの食いたいな。だとすれば……丼ものか。うな丼! ……は、ちょっと贅沢過ぎるか。じゃあかつ丼。弁当屋さんに売ってる……うへぇ、弁当屋、人多いなあ。ああ、今はオードブルだけ売ってるところもあんのか。それじゃあ……
「あ、牛丼。牛丼食いたい」
「いいね、牛丼」
「ドライブスルーで買えるよ。この先にあるし」
あと五分程度で牛丼屋にたどり着く、というところでばあちゃんが「あ、そうだ」とつぶやき、右のウインカーをあげた。
「あれ、牛丼屋まっすぐだよ」
「うふふ」
ばあちゃんは面白そうに笑って、車を走らせる。なんだなんだ、俺はいったいどこに連れていかれるんだ。
たどり着いたのは花丸スーパーだった。
「牛丼なら、私が作ろう」
「えっ、大変じゃない?」
「きっと今日はどこでも人が多いだろうし、待つのも大変でしょ。作るよ。春都が手伝ってくれて、まだまだ元気あるから」
うわあ、すごいなあ。頼もしいなあ。笑顔がまぶしく見えるのはきっと、太陽のせいだけじゃないはずだ。
「牛肉ねえ、普通のサイズ売ってるかな~」
見れば確かに、パーティ用というか、宴会用のやつが多い。親戚とかが集まるとこうなんだろうな。うちにはあんまり縁のないものだ。いや、そんなこともないか。俺、結構食うし。
「ああ、あったあった。よかった」
年末よりも、いわゆる普通サイズの商品も増えたみたいだな。
「これでいいかな、二パック」
「うん」
「紅しょうがも買って帰ろうね」
「よし来た」
人混みをぬって、紅しょうがを取りに行く。
正月らしい飯もうれしいが、いつものご飯というのも愛おしいものである。どっちもうまいし、楽しいからいいんだけどな。
あ、でも、昼から手作りの牛丼食えるってのも、正月ならではなのかもしれないな。
ばあちゃんが牛丼の具を作っている間、うきうきで冷蔵庫から色んなおかずを取り出す。お節料理の残りが日ごろの食卓に出てくるってのも、正月ならではだよなあ。
ああ、いいにおいがしてきた。
「はい、できたよ。持っていって」
「はーい」
「ご飯できたよー!」
ばあちゃんがお店の方に声をかけると、みんな戻ってきた。紅しょうがや七味も用意して、っと。
「いただきます」
熱々、つゆだくの牛丼。匂いだけでもうたまらん。
まずは肉だけ。脂身と身のバランスがちょうどいい肉だ。かたすぎず、柔すぎず、うま味がジュワッとあふれ出す。甘辛い味つけが口いっぱいに広がって、最高にうまいし、食欲が増す。
あ、玉ねぎも紛れてるのか。嬉しいなあ。あってもなくても……なんて言われそうだが、違うんだなあ、これが。玉ねぎの甘味とうま味が、つゆや肉に移ってまた味わいが増す。うまいなあ。
ご飯にはつゆがたっぷり含まれて、ふやふやだ。おかゆっぽくもあるが、これが牛肉と合うんだ。
七味をかけるとピリッと味が引き締まる。香辛料の風味が豊かだ。紅しょうがは爽やかになる。シャキシャキとした紅しょうがの食感と柔らかな牛肉やご飯の食感、この違いがたまらんのだ。ジュワッと出てくる紅しょうがの酸味。牛肉のうま味との相性は抜群だ。
黒豆の甘さと、金時豆の素朴な味わいを合間で楽しみ、また牛丼に戻る。
ああ、うまかったなあ。幸せだ。丼ものって、見た目がっつりしてるけど、食べ終わってしまうと、ああ、儚い、食べ終わってしまった、と思うのだ。しかし、満足である。達成感すら覚える。
……さて、午後からも、頑張るかあ。
「ごちそうさまでした」
通りは相変わらず少ないし、寒いし、世間はまだまだ正月休みムードだが、お客は来るのだろうか。
……というのはずいぶんな見当違いで、開店早々、修理に購入と大忙しだ。
ここら辺の人たちの足はもっぱら車か自転車だ。それを考えると当然ともいえる。それに、通学車もそろそろ準備しようかという時期だ。早い人は早くに買ってるけど、今頃に買う人もいる。
誰かが休みの時には、誰かが働いている。そうだよな、そうやって世の中は回ってんだよな。
朝から電話が鳴り、来客も絶え間なく、父さんも母さんも駆り出されて大忙しだ。
そして今日は、俺も働いている。
「春都、次行こう」
「はいよー」
ばあちゃんと車に乗り込み、配達へ向かう。学校行きの自転車を組んで、配達するのだそうだ。結構な重労働なので、自転車の載せ降ろしは俺がやる。その間の接客はばあちゃんに任せるのだ。
「これね、初荷っていうのよ」
「はつに?」
信号機で止まったところで、ばあちゃんが言う。
「初めての荷物、って書いて初荷。そうねえ、年が明けて最初に荷物を運ぶとか、出荷するとか、そんな感じね」
「ふぅん、そんなんあるんだ」
「昔は盛大にやってるところもあったんだけどねえ。今じゃ少なくなったものよ」
「初荷か」
よし、新しい言葉覚えた。初荷。
行き先は近いところから遠いところまで様々だ。さすがに疲れるな。でもこれ、じいちゃんとばあちゃんいつも二人でやってんだよな。元気だなあ。
いや、こういうことをやってるから元気なのかな。それとも、こうやってつつがなく商売をするために元気でいられるよう、気を付けているのかな。どちらにしたってすごいなあ。俺よりずっと元気だ。
「お昼、何か買って帰ろうか。好きなの買っていいよ」
午前中最後の配達の帰り、助手席でぐったりしていたら、軽快にハンドルをさばくばあちゃんが言った。
「いいの?」
「いいよぉ、頑張ってくれたし、午後からも頑張ってもらわないといけないから」
なんかちょっと不穏な言葉が後半に聞こえた気がしたが、まあいい。好きなのかっていいのか。何買おう。うーん、俺、今何食いてぇかなあ。
やっぱがっつりしたの食いたいな。だとすれば……丼ものか。うな丼! ……は、ちょっと贅沢過ぎるか。じゃあかつ丼。弁当屋さんに売ってる……うへぇ、弁当屋、人多いなあ。ああ、今はオードブルだけ売ってるところもあんのか。それじゃあ……
「あ、牛丼。牛丼食いたい」
「いいね、牛丼」
「ドライブスルーで買えるよ。この先にあるし」
あと五分程度で牛丼屋にたどり着く、というところでばあちゃんが「あ、そうだ」とつぶやき、右のウインカーをあげた。
「あれ、牛丼屋まっすぐだよ」
「うふふ」
ばあちゃんは面白そうに笑って、車を走らせる。なんだなんだ、俺はいったいどこに連れていかれるんだ。
たどり着いたのは花丸スーパーだった。
「牛丼なら、私が作ろう」
「えっ、大変じゃない?」
「きっと今日はどこでも人が多いだろうし、待つのも大変でしょ。作るよ。春都が手伝ってくれて、まだまだ元気あるから」
うわあ、すごいなあ。頼もしいなあ。笑顔がまぶしく見えるのはきっと、太陽のせいだけじゃないはずだ。
「牛肉ねえ、普通のサイズ売ってるかな~」
見れば確かに、パーティ用というか、宴会用のやつが多い。親戚とかが集まるとこうなんだろうな。うちにはあんまり縁のないものだ。いや、そんなこともないか。俺、結構食うし。
「ああ、あったあった。よかった」
年末よりも、いわゆる普通サイズの商品も増えたみたいだな。
「これでいいかな、二パック」
「うん」
「紅しょうがも買って帰ろうね」
「よし来た」
人混みをぬって、紅しょうがを取りに行く。
正月らしい飯もうれしいが、いつものご飯というのも愛おしいものである。どっちもうまいし、楽しいからいいんだけどな。
あ、でも、昼から手作りの牛丼食えるってのも、正月ならではなのかもしれないな。
ばあちゃんが牛丼の具を作っている間、うきうきで冷蔵庫から色んなおかずを取り出す。お節料理の残りが日ごろの食卓に出てくるってのも、正月ならではだよなあ。
ああ、いいにおいがしてきた。
「はい、できたよ。持っていって」
「はーい」
「ご飯できたよー!」
ばあちゃんがお店の方に声をかけると、みんな戻ってきた。紅しょうがや七味も用意して、っと。
「いただきます」
熱々、つゆだくの牛丼。匂いだけでもうたまらん。
まずは肉だけ。脂身と身のバランスがちょうどいい肉だ。かたすぎず、柔すぎず、うま味がジュワッとあふれ出す。甘辛い味つけが口いっぱいに広がって、最高にうまいし、食欲が増す。
あ、玉ねぎも紛れてるのか。嬉しいなあ。あってもなくても……なんて言われそうだが、違うんだなあ、これが。玉ねぎの甘味とうま味が、つゆや肉に移ってまた味わいが増す。うまいなあ。
ご飯にはつゆがたっぷり含まれて、ふやふやだ。おかゆっぽくもあるが、これが牛肉と合うんだ。
七味をかけるとピリッと味が引き締まる。香辛料の風味が豊かだ。紅しょうがは爽やかになる。シャキシャキとした紅しょうがの食感と柔らかな牛肉やご飯の食感、この違いがたまらんのだ。ジュワッと出てくる紅しょうがの酸味。牛肉のうま味との相性は抜群だ。
黒豆の甘さと、金時豆の素朴な味わいを合間で楽しみ、また牛丼に戻る。
ああ、うまかったなあ。幸せだ。丼ものって、見た目がっつりしてるけど、食べ終わってしまうと、ああ、儚い、食べ終わってしまった、と思うのだ。しかし、満足である。達成感すら覚える。
……さて、午後からも、頑張るかあ。
「ごちそうさまでした」
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