一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
551 / 854
日常

第五百二十話 牛丼

しおりを挟む
 年が明けて二日にもなれば、店は開ける。いわゆる初売りだそうだ。
 通りは相変わらず少ないし、寒いし、世間はまだまだ正月休みムードだが、お客は来るのだろうか。
 ……というのはずいぶんな見当違いで、開店早々、修理に購入と大忙しだ。
 ここら辺の人たちの足はもっぱら車か自転車だ。それを考えると当然ともいえる。それに、通学車もそろそろ準備しようかという時期だ。早い人は早くに買ってるけど、今頃に買う人もいる。
 誰かが休みの時には、誰かが働いている。そうだよな、そうやって世の中は回ってんだよな。
 朝から電話が鳴り、来客も絶え間なく、父さんも母さんも駆り出されて大忙しだ。
 そして今日は、俺も働いている。
「春都、次行こう」
「はいよー」
 ばあちゃんと車に乗り込み、配達へ向かう。学校行きの自転車を組んで、配達するのだそうだ。結構な重労働なので、自転車の載せ降ろしは俺がやる。その間の接客はばあちゃんに任せるのだ。
「これね、初荷っていうのよ」
「はつに?」
 信号機で止まったところで、ばあちゃんが言う。
「初めての荷物、って書いて初荷。そうねえ、年が明けて最初に荷物を運ぶとか、出荷するとか、そんな感じね」
「ふぅん、そんなんあるんだ」
「昔は盛大にやってるところもあったんだけどねえ。今じゃ少なくなったものよ」
「初荷か」
 よし、新しい言葉覚えた。初荷。
 行き先は近いところから遠いところまで様々だ。さすがに疲れるな。でもこれ、じいちゃんとばあちゃんいつも二人でやってんだよな。元気だなあ。
 いや、こういうことをやってるから元気なのかな。それとも、こうやってつつがなく商売をするために元気でいられるよう、気を付けているのかな。どちらにしたってすごいなあ。俺よりずっと元気だ。
「お昼、何か買って帰ろうか。好きなの買っていいよ」
 午前中最後の配達の帰り、助手席でぐったりしていたら、軽快にハンドルをさばくばあちゃんが言った。
「いいの?」
「いいよぉ、頑張ってくれたし、午後からも頑張ってもらわないといけないから」
 なんかちょっと不穏な言葉が後半に聞こえた気がしたが、まあいい。好きなのかっていいのか。何買おう。うーん、俺、今何食いてぇかなあ。
 やっぱがっつりしたの食いたいな。だとすれば……丼ものか。うな丼! ……は、ちょっと贅沢過ぎるか。じゃあかつ丼。弁当屋さんに売ってる……うへぇ、弁当屋、人多いなあ。ああ、今はオードブルだけ売ってるところもあんのか。それじゃあ……
「あ、牛丼。牛丼食いたい」
「いいね、牛丼」
「ドライブスルーで買えるよ。この先にあるし」
 あと五分程度で牛丼屋にたどり着く、というところでばあちゃんが「あ、そうだ」とつぶやき、右のウインカーをあげた。
「あれ、牛丼屋まっすぐだよ」
「うふふ」
 ばあちゃんは面白そうに笑って、車を走らせる。なんだなんだ、俺はいったいどこに連れていかれるんだ。
 たどり着いたのは花丸スーパーだった。
「牛丼なら、私が作ろう」
「えっ、大変じゃない?」
「きっと今日はどこでも人が多いだろうし、待つのも大変でしょ。作るよ。春都が手伝ってくれて、まだまだ元気あるから」
 うわあ、すごいなあ。頼もしいなあ。笑顔がまぶしく見えるのはきっと、太陽のせいだけじゃないはずだ。
「牛肉ねえ、普通のサイズ売ってるかな~」
 見れば確かに、パーティ用というか、宴会用のやつが多い。親戚とかが集まるとこうなんだろうな。うちにはあんまり縁のないものだ。いや、そんなこともないか。俺、結構食うし。
「ああ、あったあった。よかった」
 年末よりも、いわゆる普通サイズの商品も増えたみたいだな。
「これでいいかな、二パック」
「うん」
「紅しょうがも買って帰ろうね」
「よし来た」
 人混みをぬって、紅しょうがを取りに行く。
 正月らしい飯もうれしいが、いつものご飯というのも愛おしいものである。どっちもうまいし、楽しいからいいんだけどな。
 あ、でも、昼から手作りの牛丼食えるってのも、正月ならではなのかもしれないな。

 ばあちゃんが牛丼の具を作っている間、うきうきで冷蔵庫から色んなおかずを取り出す。お節料理の残りが日ごろの食卓に出てくるってのも、正月ならではだよなあ。
 ああ、いいにおいがしてきた。
「はい、できたよ。持っていって」
「はーい」
「ご飯できたよー!」
 ばあちゃんがお店の方に声をかけると、みんな戻ってきた。紅しょうがや七味も用意して、っと。
「いただきます」
 熱々、つゆだくの牛丼。匂いだけでもうたまらん。
 まずは肉だけ。脂身と身のバランスがちょうどいい肉だ。かたすぎず、柔すぎず、うま味がジュワッとあふれ出す。甘辛い味つけが口いっぱいに広がって、最高にうまいし、食欲が増す。
 あ、玉ねぎも紛れてるのか。嬉しいなあ。あってもなくても……なんて言われそうだが、違うんだなあ、これが。玉ねぎの甘味とうま味が、つゆや肉に移ってまた味わいが増す。うまいなあ。
 ご飯にはつゆがたっぷり含まれて、ふやふやだ。おかゆっぽくもあるが、これが牛肉と合うんだ。
 七味をかけるとピリッと味が引き締まる。香辛料の風味が豊かだ。紅しょうがは爽やかになる。シャキシャキとした紅しょうがの食感と柔らかな牛肉やご飯の食感、この違いがたまらんのだ。ジュワッと出てくる紅しょうがの酸味。牛肉のうま味との相性は抜群だ。
 黒豆の甘さと、金時豆の素朴な味わいを合間で楽しみ、また牛丼に戻る。
 ああ、うまかったなあ。幸せだ。丼ものって、見た目がっつりしてるけど、食べ終わってしまうと、ああ、儚い、食べ終わってしまった、と思うのだ。しかし、満足である。達成感すら覚える。
 ……さて、午後からも、頑張るかあ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...