一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百十九話 正月ごはん

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 大晦日の夜中まで起きているようになったのは、いつからだろう。小さい頃は早々に寝ていたが、いつからか、年が明けるまで起きているようになった。
「うー、眠い……」
 たらふく飯を食って、暖かいこたつに入って、ホカホカの部屋ではんてんを着て過ごしていたら、眠くなってきた。こんな時間までお菓子とかジュースをちまちま口にしながら、テレビをだらだらと見る、なんて、年末くらいにしかやんないよなあ。
「寝たら?」
 片付けも終わり、同じようにのんびりしていた母さんが言う。
「年明けまで起きてる……」
「時間になったらちゃんと起こすから。お父さんも寝てるし」
「え」
 見れば、父さんは仰向けになってすやすやと眠っている。爆睡だなあ……
 じいちゃんはちびちびと酒を飲み、ばあちゃんは楽しそうにテレビを見ている。なんか、いい時間だ。
「ん~、いいや。起きとく、テレビ見る」
「そう? 眠い時は寝ていいよ」
「分かった」
 お目当てのアーティストはまだ出ない。なんか今年はアニソン歌うんだって。あの歌、好きなんだよなあ。楽しみだ。
「ん?」
 スマホが鳴ったので画面を見れば、咲良からだ。
 年末まで賑やかなやつだなあ。
「どうしたの?」
 母さんに聞かれて、スマホの画面を見せる。母さんは笑った。
「ああ、井上君ね」
「何でこんな年末まで……」
「いいじゃないの」
「んー」
 送られてきたメッセージは、何のことはない、『今何してる?』の一言だけだった。何してるも何も、のんびりしてますが、何か?
『テレビ見てる』
 送ると同時に既読がつく。そして、すぐさま返信が来る。
『何見てる?』
 テレビ番組の名前を返せば、『俺も!』と返ってきた。
『でもまだ見たいの出てきてないから、暇だ~』
 というメッセージとともに、こたつでまったりしているウサギのスタンプが送られてくる。これに対して何を返せばいいのか考えていたら、咲良は話を続けた。
『春都のことだからてっきり寝落ちしてると思ってた』
『なんでだよ』
 こいつは俺を何だと思ってやがる。まあ、眠いけど。
『いやー、だって春都、いつも規則正しく寝てるし?』
 むう、否定できない。
 それからしばらくやり取りは続き、お目当てのアーティストが登場したところで終わった。はあ、やれやれ。
『年越したらまた連絡するからな! 電話とメッセ、どっちがいい?』
 画面の向こう側で楽しそうに笑っている咲良が容易に思い浮かぶ。テレビも見ないといけないだろうし、手短に返すとしよう。
『メッセージで十分だ』

 年が明けたら、それなりに新年のあいさつをして、咲良の相手も済ませ、歯を磨いてすぐさま布団にもぐりこむ。一年のうちでもっとも寝つきのいい日だ、と、薄れる意識の中で思った。
 目が覚める頃にはすっかり日は昇っていた。うわ、こんな時間まで寝てたのは久しぶりだ。
 起きてからもしばらく居間でぼーっとして、のそのそと着替えたら初詣に行く。近くの神社まで歩いて向かう。
 正月ともなれば、人通りも車の通りも少なくなるもんだ。行って帰ってくる間、誰一人としてすれ違わなかったぞ。しかし、正月ってどうしてこう寒く感じるんだろう。やっぱ車が通っていないからだろうか。
「うー、寒い」
 いつまでも縮こまっているわけにはいかない。正月の準備をしないと。
 冷蔵庫にしまっていたおせちの具を盛り付け、ばあちゃんと母さんは雑煮や筑前煮の準備をする。じいちゃんと父さんは酒の準備だ。お雑煮は土鍋にまとめて作ってある。カセットコンロで温めながら食べるので
「よし、できた」
 テーブルの上が、大晦日とはまた違った華やかさで彩られる。
「いただきます」
 まずは、数の子を食べたい。かつお節と醤油をかけて食べる。ああ、この食感、いいねえ。ちょっとしょっばくて、海の香りがするようで、醤油が染みてカツオの香りが豊かだ。大事に食べたいものである。
 黒豆はプチッと皮がはじけ、トロトロだ。金時豆はほくほくしている。
 筑前煮。レンコン、ニンジン、しいたけに、ごぼう、こんにゃく、里芋。具だくさんの甘辛い煮物って、それだけでもう、幸せだ。レンコンのシャキっとした食感に粘り気、ニンジンの甘さ。しいたけからにじみ出たうま味が効いていて、しいたけそのものもうまい。ごぼうの風味がいいなあ。こんにゃくの食感、里芋のとろとろ具合も絶品だ。
 そんで、えび。煮えびは真っ赤で、正月にふさわしい色をしている。醤油の香ばしい風味にえびの味が、特別な感じだ。
「春都、お餅いくつ食べる?」
 お雑煮の餅の準備に立った母さんが聞いてくる。
「あー、えっと……三個」
「三個ね」
 あとでまた焼いても食おう。
「春都、数の子をやろう」
 と、じいちゃんが俺の皿に数の子をのせてくる。
「ありがとう」
「はい、私も」
 と、ばあちゃんものせる。
「じゃあ父さんもあげよう」
「お母さんももう十分だから、はい」
 出た、正月恒例、めっちゃ俺の皿だけ山盛り状態。数の子が山のようだ。
「ありがとうございます……」
 とりあえず、他のものも食べよう。
 田作りはカリカリとねっとりした食感の両方が味わえて、魚の風味が強く感じられる。栗きんとんもほろほろと甘い。
 酢の物……酸っぱい。カブのやわらかいような、ポリッとしたような食感、昆布から出たうま味ととろみ、昆布そのものの歯ごたえ、ニンジンのサクッとした食感。
 どれもこれも正月の味だ。
 お雑煮の出汁も、スルメや昆布のうま味が出ていて、いつもの白だしなのに、だいぶ違うのだ。餅はびよーんと景気よく伸び、しいたけ、かつお菜のほろ苦さが絶妙だ。餅にかつお菜がくっついているのもおなじみの光景だなあ。噛みしめるのはスルメと昆布のうま味。鶏はほろほろとした口当たりで、いい塩梅の脂だ。白菜の芯はしゃくっとトロリとして、葉の部分はみずみずしい。
 銀杏のほろ苦さはほどほどに好きだ。
 大根、うまい。薄切りだから味と出汁がよく染みて、薄切りなのにほくほくとしている。こっちのしいたけもまだまだうま味を持っている。うま味たっぷりじゃないか、これ。出汁残すのもったいない。
 山盛りの数の子も平らげた。この後まだまだ餅食うつもりだけど、一旦、休憩。
 砂糖醤油とあと……何食べようかなあ。

「ごちそうさまでした」
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