一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百十三話 おにぎり

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 職場体験先の幼稚園までは自転車で向かう。うーん、寒い。
「お、いたいた」
 咲良と勇樹は先に来ていたようだ。今日は制服ではなく、体操服である。
「おはよー」
「おう、おはよ」
 幼稚園そのものはちんまりとしていて、入り口付近には教会もある。
 問題児が多いところを押し付けられたのではという話だったが、具体的な行先は保育園とかに割り当てられた俺ら以外のグループも一緒になって決めた。この幼稚園は、希望するやつらが少なかったのですんなり決まった。
 この幼稚園、実は俺が通っていたところでもある。ちょっとずつ変わっているところはあるが、あんま変わってない。慣れたところでちょっと安心した。
「おはようございます」
 まずは職員室に挨拶へ向かう。結構古いんだよなあ、この幼稚園。隙間風が吹くので、ストーブをつけていてもこもこと重ね着しないといけないくらいだ。
「ああ、おはようございます。今日から体験の三人ですね」
 園長先生らしき人がにこやかに出迎えてくれる。先生たち、代わったなあ。ま、そりゃそうか。
 それぞれ自己紹介をすると、さっそく仕事を与えられた。
「まずはこれを着てください。そしたら、子どもたちが来る前に教室の掃除をしてくれますか?」
「はい」
 渡されたエプロンは、えらくポップでファンシーでかわいらしくて……いかにも幼稚園の先生! って感じのデザインだった。
「ああ、三人ともよく似合ってる。かわいい」
 園長先生は心の底からそう思っているというように言った。
 職員室のすぐ隣、年中の教室に向かいながら、こそこそと話をする。
「かわいいって、めっちゃ久しぶりに言われた」
 咲良が楽しそうに笑う。
「俺、似合ってんのかなあ……」
 と、勇樹はガラス戸で自分の姿を確認している。
「名札もちゃんとついてる。手作りなんかな、これ。すげぇ」
 市販のエプロンにアップリケとかが付けてあって、フェルトで下の名前が書いてある。このエプロン、最後にもらえるらしい。ちょっとうれしいな、着る機会あんまなさそうだけど。
「じゃ、手分けしよう」
 一応、このグループのリーダーである勇樹が気を取り直して言った。俺は年中、咲良は年少、勇樹は年長の教室を担当する。学校の近くにある別の幼稚園と比べて、小さく古い教室だ。でも、この木の匂いが好きなんだよなあ。
 毎日掃除や片付けをしっかりしてあるからだろう。さほど汚れていないし、やることは少ない。他の教室もそうだったようで、割と早く終わってしまった。
 職員室に戻ると、朝礼みたいなやつのために先生たちも集合していて、改めて自己紹介をする。
 この幼稚園、園児数はさほど多くないんだよな。片手で足りるくらいの時期もあるくらいだ。ただまあ、なんだ。俺がいうのもなんだが、なかなかに個性的なやつらが多いもので、骨は折れそうだ。
 各教室で子どもたちにも挨拶をしたら、あとはもう、流れに身を任せるほかない。勇樹は力仕事が得意だというところに目を付けられて、職員室で雑用を手伝っている。つまり、子どもたちの興味関心は、俺と咲良に集中するというわけだ。
「ぼくこれよめるよ。はるとせんせい」
「わたしのさんりんしゃねぇ、あのねぇ、ピンクのみずいろでねぇ。あのねぇ、ひとりでまだのっちゃだめってままがぁ」
「さくらせんせいはピンク、はるとせんせいはみどりぃの、エプロン。なんでー」
「ねんちょうさんのつみきがあるよー」
 支離滅裂というほどでもないが、理路整然ともしていない言葉が次々とんできて、何がなにやら分からなくなってしまいそうだ。言葉の切れ目が分からん。
「せんせいあそんでー」
 咲良の方はいち早くなじんだようで、そう子どもに言われると「よっしゃ!」と立ち上がった。
「何がしたい? 怪獣ごっこか? それともおままごと?」
「かいじゅうってなにー?」
「え? 怪獣知らねーの? おっくれってるぅ」
 子ども相手に張り合うなよ……
 ぐわーっと咲良は怪獣よろしく子どもを追いかけ、追いかけられる子どもはキャッキャと笑っている。その様子を見ていたら、こっちはこっちで子どもが群がってきた。
「せんせいもあそんでー」
「お、いいぞ。何する?」
「んとねー、えっとねぇ、おままごと」
「楽しそうだな。先生は料理うまいぞぉ」
「あのね、だいどころはこっちにね、きんようびにつくったの」
「そうかぁ、すごいなあ。台所も造れるのかぁ」
 子どもと話していると、声が間延びする。
 幼い子どもと接する大人の声が、どことなく間延びしている理由がなんとなく分かる気がした。なるほど、意識せずともなるもんなんだなあ。

 しこたま遊び倒して、やっと昼飯だ。といっても子どもたちと一緒に食べるのでのんびりはできないとは聞いている。だから今日は、おにぎりにしてもらった。
 ここの幼稚園は、いただきますの前にお祈りするんだよな。久々だ。
「いただきます」
 おにぎりの具は、梅、昆布、高菜の三つだ。まずは梅から。
 んー、酸っぱい。でも、この酸味がいいんだよなあ。ちゃんとうま味もあって、塩辛く、白米によく合う。やっぱ梅干しって、おにぎりにしたら輝くなあ。この独特の風味と食感、前は苦手だったが今は嬉しい。
「せんせいそれなに」
 近くに座っていた子どもが聞いてくる。
「これは梅干しだ」
「こっちは?」
「昆布」
「こっち」
「高菜」
「たかな?」
「お漬物だ、お漬物」
 昆布は甘辛く、これもまたご飯に合う。あー、お茶かけしたい。家帰って食おう。プチプチはじけるごまの風味、昆布のやわらかいような、しっかりしたような食感、モチモチと冷えた米。これはこれでうまいんだよな。
 お楽しみの高菜は最後に。
 ほんのりと残った酸味と、漬物らしい塩気。どことなく香ばしさもあり、醤油とよく合う。苦みはあんまりないのがいい。茎の部分はシャキッとみずみずしく、葉の部分はじっくりと味が染み、しっとりしている。この食感の違いもまた良きかな。
「みて、ピーマン!」
 子どもが、四角く切られたピーマンを掲げて見せる。
「お、ピーマンだなあ」
「あのね、ぼくこれきらい」
「嫌いかあ」
「でもきょうはたべられそう」
 子どもは勢いよくぱくっとピーマンを食べ、しっかり咀嚼してから、飲み込んだ。
「たべたよ!」
「お、すごいなあ。うまいだろ」
「それはよくわかんないけど、いやじゃなかった」
「そうかぁ」
 うまいと思って食えるものが増えるのは、とても楽しいぞ。
 ……とまあ、伝えるのは難しいし、実際、言葉で言っても分かりにくいもんだ、これは。
 だからせめて、米粒一つ残すことなく、きれいに食べきることにする。完食してるやつが近くにいると、なぜか自分も、きれいに食べようと思うものだからなあ。

「ごちそうさまでした」
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