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日常
第五百十二話 ローストビーフ
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人が多いのは億劫だが、地元にはないような商品が並んでいる店を見るのは楽しい。見慣れない海外のお菓子や、何に使うか分からないけど小学生と思しき子どもたちが熱狂しているおもちゃっぽいもの、映画館の匂い、おしゃれなカフェ。見ているだけでも満足できそうだ。
散々歩き回り、色々買い物をした後、ペットショップ近くのベンチが空いていたのでそこで一休みすることにした。
「おー、ワンがおる、ワン」
ガラス張りのケースの中にいる犬を見て、守本が楽しそうに言った。
「お前昔っから犬のこと、ワン、っていうよなあ」
そう言いながら咲良も犬に目を向ける。子犬がほとんどで、元気いっぱいに走り回って壁に衝突しそうなやつもいれば、暇を持て余したように隣のケージの犬にちょっかいを出すやつもいる。こいつは……見事に爆睡してんなあ。
少し休んだら、エスカレーター近くのフロアマップを見に立ち上がる。
「さて、次はどこ行こうかね~」
咲良は歌うように言ってフロアマップを眺める。
近くのカフェからコーヒー豆のいい香りが漂ってくる。俺としては、人の少なくなったカフェでのんびり過ごすというのもありなのだが。この店はそれなりに値が張るので、フードコートでもいい。
「俺はどこでもいいぞ」
守本がのんびりと言う。
「うーん、どこ行っても人多そうだもんなあ。とりあえず二階に……」
と、エレベーターの方に足を向けた咲良が「うげっ」と顔をしかめ、回れ右をする。
「やっぱこっちに行こう。な、な?」
「なんだよ急に」
「どうしたんだ?」
「いいから、そーっと、こっちに……」
エレベーターとは真逆の方、今の俺たちには必要のない店が並ぶ方に咲良は俺と守本を押しやる。何だ何だ、どうしたっていうんだ。
「あっ、いた! おにーちゃん!」
人混みの中から、確かにこちらへ向けた声が聞こえた。よく通る、はつらつとした声だ。その声に咲良は足を速め、守本は何かを察したように笑って歩みを緩める。
「おい、菜々世!」
「無視はよくないんじゃないの、お兄ちゃん」
急かす咲良に向けて、挑発的に言う菜々世。やがて咲良は諦めたのか、盛大にため息をついて足を止め、呼びかけた声を振り返った。
「お兄ちゃんも来てたの?」
こちらにやってきたのは、どことなく咲良に似た雰囲気の少女だった。あ、あー、咲良の妹だ。思い出した。咲良の妹は一人で来ているようだった。
咲良の妹はにこにこ笑ってこちらを見ている。なんとなく会釈をした。
「いつもなら、見かけても声かけないどころか、目が合っても無視するくせに。どういう風の吹き回しだ、鈴香」
「いいじゃないの、たまには」
「何の用だ」
「別に、見かけたから声かけただけ」
そんな妹の言葉に、咲良は「あっそう」としかめっ面になった。
「じゃ、俺らは行くとこあるから」
「どこ行くの?」
「どこだっていいだろ」
「冷たいなあ。いいもん、勝手についていく!」
「はぁ?」
似た者同士の言葉の応酬に、俺も菜々世も口をはさめない。ただ、菜々世はこの光景に慣れているようで、笑みを浮かべていた。
「俺は別にいいよ。久々に鈴香ちゃんと話もしたいし」
と、菜々世が言うと、咲良の妹は得意げな笑みを咲良に向けた。咲良は半ばあきらめたように深いため息をつく。
「いいか、春都。これも一緒で」
咲良は妹さんを指さして言い、妹さんは「これって言うな」と自分に向けられた咲良の手をはたく。断りづれぇなあ。
「まあ……うん、いいよ」
かくして、咲良の妹も一緒に回ることになったのだった。
「……ってな感じで大変だった」
家に帰りついて風呂に入り、食卓につきながら今日の話をすれば、父さんも母さんも笑った。
「それは賑やかだったなあ」
「でもよかったね、ステーキ半額で」
「それはそう」
途中からは咲良も機嫌が直って、最終的に楽しくてよかった。しっかし、疲れたなあ。明日はのんびり寝よう。
「それじゃあ疲れたでしょう。しっかり食べてね」
そういって母さんがテーブルに置いたのはローストビーフが山盛りの皿だった。
「作ってみたの」
「父さんも手伝ったんだぞ」
「豪華ぁ」
ステーキ食って、散々遊びまわって、家に帰れば風呂も飯も準備されてる上に、ローストビーフ。大丈夫かな、俺、こんな贅沢していいのかな。なんか悪いことでも起きるのでは。
まあ、人混みの中で歩き回って、いろいろあって体力消耗したし、それで相殺、ってことで。
「いただきます」
厚すぎず薄すぎない肉は、いい感じの火の通り具合だ。肉汁ソースでまずはいただく。
……うまい。ソースには醤油とかも加えられていて、肉のうま味が際立っている。そのうま味を肉につけて食うんだから、肉そのもののうまさも最高に味わえる。噛みしめれば肉汁が滲み出し、ピリッとこしょうの風味も効いていていい。
わさび醤油でも食べてみる。あっ、これはまたさっぱりしてうまいな。わさびの風味と辛さ、醤油のうま味が肉によく合う。米とも合うんだなあ、これが。寿司っぽく食えていい。肉汁のソースだとローストビーフ丼って感じがする。
ねぎも巻いてみよう。爽やかな風味が加わって、より一層肉のおいしさが分かる。
そしてここでマッシュポテト。なめらかなマッシュポテトは店のよりもバター控えめで、いもの味がよく分かる。安心感のある味だ。あっさりとしたマッシュポテトが肉によく合う。ソースとの相性も抜群だ。
クリスマスとか、クリスマスイブって、小さい頃より特別感なくなったなあ、なんて思ってたけど、そんなことない。めっちゃ楽しい。
この調子なら、職場体験も頑張れそうだ。
「ごちそうさまでした」
散々歩き回り、色々買い物をした後、ペットショップ近くのベンチが空いていたのでそこで一休みすることにした。
「おー、ワンがおる、ワン」
ガラス張りのケースの中にいる犬を見て、守本が楽しそうに言った。
「お前昔っから犬のこと、ワン、っていうよなあ」
そう言いながら咲良も犬に目を向ける。子犬がほとんどで、元気いっぱいに走り回って壁に衝突しそうなやつもいれば、暇を持て余したように隣のケージの犬にちょっかいを出すやつもいる。こいつは……見事に爆睡してんなあ。
少し休んだら、エスカレーター近くのフロアマップを見に立ち上がる。
「さて、次はどこ行こうかね~」
咲良は歌うように言ってフロアマップを眺める。
近くのカフェからコーヒー豆のいい香りが漂ってくる。俺としては、人の少なくなったカフェでのんびり過ごすというのもありなのだが。この店はそれなりに値が張るので、フードコートでもいい。
「俺はどこでもいいぞ」
守本がのんびりと言う。
「うーん、どこ行っても人多そうだもんなあ。とりあえず二階に……」
と、エレベーターの方に足を向けた咲良が「うげっ」と顔をしかめ、回れ右をする。
「やっぱこっちに行こう。な、な?」
「なんだよ急に」
「どうしたんだ?」
「いいから、そーっと、こっちに……」
エレベーターとは真逆の方、今の俺たちには必要のない店が並ぶ方に咲良は俺と守本を押しやる。何だ何だ、どうしたっていうんだ。
「あっ、いた! おにーちゃん!」
人混みの中から、確かにこちらへ向けた声が聞こえた。よく通る、はつらつとした声だ。その声に咲良は足を速め、守本は何かを察したように笑って歩みを緩める。
「おい、菜々世!」
「無視はよくないんじゃないの、お兄ちゃん」
急かす咲良に向けて、挑発的に言う菜々世。やがて咲良は諦めたのか、盛大にため息をついて足を止め、呼びかけた声を振り返った。
「お兄ちゃんも来てたの?」
こちらにやってきたのは、どことなく咲良に似た雰囲気の少女だった。あ、あー、咲良の妹だ。思い出した。咲良の妹は一人で来ているようだった。
咲良の妹はにこにこ笑ってこちらを見ている。なんとなく会釈をした。
「いつもなら、見かけても声かけないどころか、目が合っても無視するくせに。どういう風の吹き回しだ、鈴香」
「いいじゃないの、たまには」
「何の用だ」
「別に、見かけたから声かけただけ」
そんな妹の言葉に、咲良は「あっそう」としかめっ面になった。
「じゃ、俺らは行くとこあるから」
「どこ行くの?」
「どこだっていいだろ」
「冷たいなあ。いいもん、勝手についていく!」
「はぁ?」
似た者同士の言葉の応酬に、俺も菜々世も口をはさめない。ただ、菜々世はこの光景に慣れているようで、笑みを浮かべていた。
「俺は別にいいよ。久々に鈴香ちゃんと話もしたいし」
と、菜々世が言うと、咲良の妹は得意げな笑みを咲良に向けた。咲良は半ばあきらめたように深いため息をつく。
「いいか、春都。これも一緒で」
咲良は妹さんを指さして言い、妹さんは「これって言うな」と自分に向けられた咲良の手をはたく。断りづれぇなあ。
「まあ……うん、いいよ」
かくして、咲良の妹も一緒に回ることになったのだった。
「……ってな感じで大変だった」
家に帰りついて風呂に入り、食卓につきながら今日の話をすれば、父さんも母さんも笑った。
「それは賑やかだったなあ」
「でもよかったね、ステーキ半額で」
「それはそう」
途中からは咲良も機嫌が直って、最終的に楽しくてよかった。しっかし、疲れたなあ。明日はのんびり寝よう。
「それじゃあ疲れたでしょう。しっかり食べてね」
そういって母さんがテーブルに置いたのはローストビーフが山盛りの皿だった。
「作ってみたの」
「父さんも手伝ったんだぞ」
「豪華ぁ」
ステーキ食って、散々遊びまわって、家に帰れば風呂も飯も準備されてる上に、ローストビーフ。大丈夫かな、俺、こんな贅沢していいのかな。なんか悪いことでも起きるのでは。
まあ、人混みの中で歩き回って、いろいろあって体力消耗したし、それで相殺、ってことで。
「いただきます」
厚すぎず薄すぎない肉は、いい感じの火の通り具合だ。肉汁ソースでまずはいただく。
……うまい。ソースには醤油とかも加えられていて、肉のうま味が際立っている。そのうま味を肉につけて食うんだから、肉そのもののうまさも最高に味わえる。噛みしめれば肉汁が滲み出し、ピリッとこしょうの風味も効いていていい。
わさび醤油でも食べてみる。あっ、これはまたさっぱりしてうまいな。わさびの風味と辛さ、醤油のうま味が肉によく合う。米とも合うんだなあ、これが。寿司っぽく食えていい。肉汁のソースだとローストビーフ丼って感じがする。
ねぎも巻いてみよう。爽やかな風味が加わって、より一層肉のおいしさが分かる。
そしてここでマッシュポテト。なめらかなマッシュポテトは店のよりもバター控えめで、いもの味がよく分かる。安心感のある味だ。あっさりとしたマッシュポテトが肉によく合う。ソースとの相性も抜群だ。
クリスマスとか、クリスマスイブって、小さい頃より特別感なくなったなあ、なんて思ってたけど、そんなことない。めっちゃ楽しい。
この調子なら、職場体験も頑張れそうだ。
「ごちそうさまでした」
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