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日常
第五百十一話 ステーキ
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やっと終業式だ。二学期ってなんか長く感じるんだよなあ。
「課外はあるけど、一応、終わりだなあ」
寒々しい体育館から帰りながら、咲良がすがすがしい様子で言った。風の通りがいい外廊下はとんでもなく寒いが、密閉空間にいて息苦しかったので、確かに、心地よくもある。
「あと職場体験な」
「遠足みたいなもんだろ、それは」
「遠足と同列に語るか……」
あとは各教室で担任から申し送りがあった後、解散となる。さっさと帰って、のんびりしよう。来週はもう職場体験だ。
「明日はクリスマスイブだなあ」
咲良は子どものように笑った。
「なんか予定ある?」
「何も」
「じゃあさ、どっか遊び行こうぜ。菜々世にはもう声かけてるんだ」
「まあ……別にいいけど」
「よっしゃ決まり~。じゃ、また詳しいことはあとで!」
なんとまあ楽しそうなことで。クリスマスイブって、どこもかしこも人が多そうだけどなあ。それに、二学期は長いが冬休みは短いもんだ。課題、大丈夫なんだろうか。
でも、あんなにうきうきしている咲良を見ると、それを言うのはなんか、はばかられた。
楽しいもんは、楽しい。で、いいんだなあ……
翌日、バスに乗って向かったのは、この辺でどっか遊びに行くといえばここ、というようなショッピングモール……まあ、映画見に行ったとこだった。うん、やっぱ、ここしかないよなあ。
「人多いなあ!」
到着早々、咲良が言う。
「そりゃ、クリスマスイブだもんねぇ」
と、守本は余裕そうに笑った。
「慣れてるのか」
さっそく、目の前の人だかりに辟易しながら聞けば、守本は何ともいえない笑みを浮かべた。あきらめというか、何というか。
「まあ……ちょくちょく連れまわされてるからね……嫌でも慣れる」
「菜々世んとこ、買い物好きだもんなー」
いざ人混みに踏み込みながら、咲良は笑って言った。とりあえずひとけのないところに行きたいが、この空間のどこにそんな場所があるだろうか。
咲良の言葉に、守本は頷いた。
「なんか人混みとか何でもないみたいで、びっくりするよ」
「菜々世はそうでもないのにな」
「そう、家族で俺だけね。だから、必然的に俺は荷物持ちになる。だから友達と出掛けるの、かなり気が楽。自分も楽しめるからね」
家族で行くのも悪くはないんだけどねえ、と取って付けたように言って、守本は続けた。
「まあ、月に何度も荷物持ちさせられると、ちょっとねぇ」
「でもお前、その分の駄賃はちゃんともらってんだろ」
咲良がいたずらっぽく聞くと、守本は「当然」と笑った。
「もらわなきゃやってらんないよ」
「抜け目ないな」
言えば守本は得意げに笑った。
まだ食事時ではないこともあって、飲食店街はそこまで人が多くなかった。咲良はそれを見て、俺たちを振り返って言った。
「さて、どうしようか。この人の多さだと、昼時には混むぞ、ここ。昼飯食いっぱぐれるかも」
「えっ、それは困る」
正直俺は、昼飯を目的に来たようなものだ。いやまあ店を見て回るのも嫌じゃない、むしろ新鮮で楽しいけど。とにかく、何にしても、飯が食えないなど、あってはならないことだ。
「だよなー、春都ならそう言うと思った」
咲良は笑うと、「よし」と言ってこう聞いた。
「今、腹減ってる? 俺は減ってる」
「俺も」
「割と空いてるよ」
「よーし、全員一致。んじゃ、今から飯を食おう。どっか開いてる店あるかなー」
商品一つ一つの値段が高い店も多く、まだ準備中のところもある。かといってフードコートはお茶してる人たちでいっぱいだし……お?
「ここはどうだ?」
見つけたのはステーキ屋。普段であれば素通りするのだが、今日は心躍る文字が目に入り、思わず立ち止まってしまった。
「学生限定……半額? マジか、すっげえ!」
咲良が驚いたように声を上げる。守本も興味深そうに広告をのぞき込む。
「期間限定かあ……いいな、ここ」
「じゃあ、ここにけってーい! いや、春都ナイスゥ」
「飯のことなら鼻が利く」
開店したばかりで、店内は空いていた。ボックス席に座り、もちろん、学生割の対象メニューを頼む。学生証持ってきといてよかった。
「楽しみだなー、ステーキなんていつぶりだろう」
ワクワクした様子で足をばたつかせる咲良。その隣に座る守本も少し楽しそうだ。咲良の足が、向かいの椅子にごつんと当たって荷物を揺らす。よかった、守本の向かいに座っといて。
「半額だからって、肉の量半分とかじゃないよな?」
ハッとして咲良が言ったところで、料理が運ばれてきた。どうやらそれは、杞憂だったようだな。結構がっつり、大きな肉が、鉄板の上でジュウジュウいってる。
「いただきます」
どこからナイフを入れればいいだろう。とりあえず……サラダを食う。
おっ、なんだこのドレッシング。すげぇうまい。玉ねぎたっぷりで、醤油ベースかな。結構しっかり目の味わいだ。レタスに合うなあ。
さて、それじゃあ肉、いってみよう。おお、やわらかい。
「見た目の割にやわらかいな」
守本も同じことを思ったようで、器用に肉を切り分けながら言った。
「ほーだな。んまい」
咲良は早くも肉をほおばり、幸せそうだ。
よし、こんなもんか。特製のステーキソースをかけて、いただく。
ちゃんと歯ごたえもありながら、筋はなく、やわらかい。焼き加減も程よくて、香ばしさとスパイス、肉のうま味がバランスよく味わえる。ステーキソースはドレッシングと同じように醤油ベースだが、香味野菜の風味がより効いていて、肉に合う味付けとなっている。
皿に盛りつけられたご飯にのせて食う。肉と白米って間違いねえよなあ。ステーキソースのちょっとした辛さが白米の味を引き立て、白米が肉の味を押し上げる。お互いがお互いのうまいところを引き立てて、それはもう、最高にうまい。
野菜と一緒に食べるとちょっとすっきりする。
それにしてもまさか、ステーキが食えるなんてなあ。しかも、この値段で、このうまさ。学生でよかったと心から思う。
半分ほど食べたら、今度は付け合わせのマッシュポテトも一緒に食ってみる。この組み合わせ、ローストビーフでも見たなあ。
まろやかなマッシュポテトの口当たりと、ジャガイモやバターの味わいが、肉やソースのがっつりした風味をうまく包み込む。またうま味が変わっていいなあ。それに、食べ応えも増すから、腹にがっつりたまる。
なるほど、ジャガイモと肉って相性がいいんだな。肉じゃがとかビーフシチューとか、カレーとかもそうだもんな。
ああ、もう最後の一切れか。これはソースだけでいただくとしよう。
食った食った。このまま昼寝をしたくなるくらいに満たされた。
しかしそうもいかない。人が増えて来た。とっとと店を出ないとな。
さて、腹ごなしに、あちこち回るとしますかねえ。
「ごちそうさまでした」
「課外はあるけど、一応、終わりだなあ」
寒々しい体育館から帰りながら、咲良がすがすがしい様子で言った。風の通りがいい外廊下はとんでもなく寒いが、密閉空間にいて息苦しかったので、確かに、心地よくもある。
「あと職場体験な」
「遠足みたいなもんだろ、それは」
「遠足と同列に語るか……」
あとは各教室で担任から申し送りがあった後、解散となる。さっさと帰って、のんびりしよう。来週はもう職場体験だ。
「明日はクリスマスイブだなあ」
咲良は子どものように笑った。
「なんか予定ある?」
「何も」
「じゃあさ、どっか遊び行こうぜ。菜々世にはもう声かけてるんだ」
「まあ……別にいいけど」
「よっしゃ決まり~。じゃ、また詳しいことはあとで!」
なんとまあ楽しそうなことで。クリスマスイブって、どこもかしこも人が多そうだけどなあ。それに、二学期は長いが冬休みは短いもんだ。課題、大丈夫なんだろうか。
でも、あんなにうきうきしている咲良を見ると、それを言うのはなんか、はばかられた。
楽しいもんは、楽しい。で、いいんだなあ……
翌日、バスに乗って向かったのは、この辺でどっか遊びに行くといえばここ、というようなショッピングモール……まあ、映画見に行ったとこだった。うん、やっぱ、ここしかないよなあ。
「人多いなあ!」
到着早々、咲良が言う。
「そりゃ、クリスマスイブだもんねぇ」
と、守本は余裕そうに笑った。
「慣れてるのか」
さっそく、目の前の人だかりに辟易しながら聞けば、守本は何ともいえない笑みを浮かべた。あきらめというか、何というか。
「まあ……ちょくちょく連れまわされてるからね……嫌でも慣れる」
「菜々世んとこ、買い物好きだもんなー」
いざ人混みに踏み込みながら、咲良は笑って言った。とりあえずひとけのないところに行きたいが、この空間のどこにそんな場所があるだろうか。
咲良の言葉に、守本は頷いた。
「なんか人混みとか何でもないみたいで、びっくりするよ」
「菜々世はそうでもないのにな」
「そう、家族で俺だけね。だから、必然的に俺は荷物持ちになる。だから友達と出掛けるの、かなり気が楽。自分も楽しめるからね」
家族で行くのも悪くはないんだけどねえ、と取って付けたように言って、守本は続けた。
「まあ、月に何度も荷物持ちさせられると、ちょっとねぇ」
「でもお前、その分の駄賃はちゃんともらってんだろ」
咲良がいたずらっぽく聞くと、守本は「当然」と笑った。
「もらわなきゃやってらんないよ」
「抜け目ないな」
言えば守本は得意げに笑った。
まだ食事時ではないこともあって、飲食店街はそこまで人が多くなかった。咲良はそれを見て、俺たちを振り返って言った。
「さて、どうしようか。この人の多さだと、昼時には混むぞ、ここ。昼飯食いっぱぐれるかも」
「えっ、それは困る」
正直俺は、昼飯を目的に来たようなものだ。いやまあ店を見て回るのも嫌じゃない、むしろ新鮮で楽しいけど。とにかく、何にしても、飯が食えないなど、あってはならないことだ。
「だよなー、春都ならそう言うと思った」
咲良は笑うと、「よし」と言ってこう聞いた。
「今、腹減ってる? 俺は減ってる」
「俺も」
「割と空いてるよ」
「よーし、全員一致。んじゃ、今から飯を食おう。どっか開いてる店あるかなー」
商品一つ一つの値段が高い店も多く、まだ準備中のところもある。かといってフードコートはお茶してる人たちでいっぱいだし……お?
「ここはどうだ?」
見つけたのはステーキ屋。普段であれば素通りするのだが、今日は心躍る文字が目に入り、思わず立ち止まってしまった。
「学生限定……半額? マジか、すっげえ!」
咲良が驚いたように声を上げる。守本も興味深そうに広告をのぞき込む。
「期間限定かあ……いいな、ここ」
「じゃあ、ここにけってーい! いや、春都ナイスゥ」
「飯のことなら鼻が利く」
開店したばかりで、店内は空いていた。ボックス席に座り、もちろん、学生割の対象メニューを頼む。学生証持ってきといてよかった。
「楽しみだなー、ステーキなんていつぶりだろう」
ワクワクした様子で足をばたつかせる咲良。その隣に座る守本も少し楽しそうだ。咲良の足が、向かいの椅子にごつんと当たって荷物を揺らす。よかった、守本の向かいに座っといて。
「半額だからって、肉の量半分とかじゃないよな?」
ハッとして咲良が言ったところで、料理が運ばれてきた。どうやらそれは、杞憂だったようだな。結構がっつり、大きな肉が、鉄板の上でジュウジュウいってる。
「いただきます」
どこからナイフを入れればいいだろう。とりあえず……サラダを食う。
おっ、なんだこのドレッシング。すげぇうまい。玉ねぎたっぷりで、醤油ベースかな。結構しっかり目の味わいだ。レタスに合うなあ。
さて、それじゃあ肉、いってみよう。おお、やわらかい。
「見た目の割にやわらかいな」
守本も同じことを思ったようで、器用に肉を切り分けながら言った。
「ほーだな。んまい」
咲良は早くも肉をほおばり、幸せそうだ。
よし、こんなもんか。特製のステーキソースをかけて、いただく。
ちゃんと歯ごたえもありながら、筋はなく、やわらかい。焼き加減も程よくて、香ばしさとスパイス、肉のうま味がバランスよく味わえる。ステーキソースはドレッシングと同じように醤油ベースだが、香味野菜の風味がより効いていて、肉に合う味付けとなっている。
皿に盛りつけられたご飯にのせて食う。肉と白米って間違いねえよなあ。ステーキソースのちょっとした辛さが白米の味を引き立て、白米が肉の味を押し上げる。お互いがお互いのうまいところを引き立てて、それはもう、最高にうまい。
野菜と一緒に食べるとちょっとすっきりする。
それにしてもまさか、ステーキが食えるなんてなあ。しかも、この値段で、このうまさ。学生でよかったと心から思う。
半分ほど食べたら、今度は付け合わせのマッシュポテトも一緒に食ってみる。この組み合わせ、ローストビーフでも見たなあ。
まろやかなマッシュポテトの口当たりと、ジャガイモやバターの味わいが、肉やソースのがっつりした風味をうまく包み込む。またうま味が変わっていいなあ。それに、食べ応えも増すから、腹にがっつりたまる。
なるほど、ジャガイモと肉って相性がいいんだな。肉じゃがとかビーフシチューとか、カレーとかもそうだもんな。
ああ、もう最後の一切れか。これはソースだけでいただくとしよう。
食った食った。このまま昼寝をしたくなるくらいに満たされた。
しかしそうもいかない。人が増えて来た。とっとと店を出ないとな。
さて、腹ごなしに、あちこち回るとしますかねえ。
「ごちそうさまでした」
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