一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百十話 チキンカツサンド

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 雪解けって、寒い。
「雪降ってるときより寒いのでは……?」
 エレベーターを待つ時間がしんどすぎる。かといって、吹きさらしの階段を下りていく気力も度胸もないし、仕方ない。早く来てくれぇ。
「はー、来た来た」
 いつもは暖かいエレベーター内も、今日はあんまり暖かくない。
「うー……寒い寒い」
 なんか今日は突き刺すような寒さだなあ。部屋も体もなかなか温まらないタイプの寒さだ。日が差して雪は溶けているが、ところどころにシャーベット状の雪が残っている。制服のすそが濡れないように、場所を選んで歩かないと。靴下濡れると寒いんだ。
 いつもより日差しのきらきらが増しているように思う。なんかまぶしい。
 お、日陰には結構雪が残ってんな。小学生の通学路には雪玉とか雪だるまとかが並んでいる。ここまでずらっと並んでいるとちょっと気持ちわる……いや、不気味……とにかく、見慣れない。
 いやあ、それにしても、この寒さだと防寒具も甲斐なしだなあ。ネックウォーマーは冷たいままだし、コートを着ても一向に温まる気配がない。まあ逆に、昇降口で脱ぐのをためらう必要がなさそうだ。着ても着なくても一緒だもんな。
「いや……そうでもないか」
 実際に脱いでみると、思いのほか温まっていたのだと実感する。
 寒さで肌が痛い。一刻も早く教室へ、と思っていたら、階段付近で声をかけられた。
「あっ、一条先輩! おはようございます」
「おー橘。久しぶりだなあ」
「遅い登校ですねぇ」
 橘はそう言って笑う。
 腕時計を確認してみると、予鈴までおよそ三十秒といったところだった。何だ、これくらい、余裕だな。
「たいていこの時間に来てるよ。まあ、たまに気まぐれで、早めに来ることもあるけど」
「全然焦らないんですね」
「まあ……慣れたなあ」
 一年生の頃はよく分からずに三十分前には来てたこともあったが、それも一年の一学期前半までで、それ以降は校門で予鈴を聞くことも多くなった。今、一年生の廊下で予鈴を聞いているだけでもゆとりがあるってもんだ。
 橘は何をどう感じたのか、目を輝かせて言ったものだ。
「かっこいいですね、慣れですか。遅い登校って、なんか憧れます。僕も真似してみようかな」
「いや……別に」
 かっこいいわけではなく、俺はただ、極力学校にいる時間を短くしようと思っているだけであって、なにもそんな目を向けられるような立派なことはしていないのだが。
 真似しない方がいいと思うぞ、橘。
 その思いが通じた……訳ではないのだろうが、橘は真剣そのものといった表情を浮かべ、顎に手を当てて思案した。
「でも僕、バスの時間あるからなあ。遅れるって、難しいんですよねえ」
「それでいいと思うぞ」
 さすがにそろそろ行かないとまずい時間になってきたので、橘と別れ、階段を駆け上がる。教室に入るときに、辞書を持って行くのを忘れないようにしないと。
 あれ? でも咲良、橘と同じバスに乗ってるはずだけど、妙にギリギリなときあるよなあ。
 あいつ、何してんだろ。

「あー、それね、送ってもらった時だね」
 昼休み早々、図書館に向かう咲良について行きながら、今朝の疑問をぶつけてみればなんてことない種明かしがされた。咲良はあっけらかんと笑った。
「バスに間に合わないときは、じいちゃんかばあちゃんに送ってもらってる。そういう時が春都と鉢合わせる確率高いなあ」
「そういうことか」
 今日は図書館が昼休み開始十分程度しか開館しないらしいので、今のうちに予約していた本を取りに行っているらしい。昼飯前の運動ってやつだな。
「これで間違いないな?」
 取り置きしてあった本の題名を漆原先生と咲良が確認をする。咲良が頷くと、先生は貸出手続をして、咲良に渡した。
「取り置き期限ギリギリだったな。今度からもうちょっと早く取りに来なさい」
 漆原先生に苦笑しながら言われ、咲良は「はぁーい」と緊張感のない返事をする。
「なんだ、ギリギリだったのか」
 図書館を出たところで聞くと、へへ、と笑って咲良は言った。
「なかなか行くタイミングなくて」
「取り置き期限って確か、一週間だろ。先週行けばよかったんじゃないか」
 今週は休館日だったり、雪降ったりで忙しかったにしてもなあ。咲良は何も気にしていないように笑った。
「ま、借りれたし、いいだろ。さ、学食行こ~」
 本は教室にいったん持ち帰って、学食へ行くことにした。
 学食は思いのほか混んでいなかった。学食より教室の方が温かいもんなあ。咲良が食券を買い、列に並んでいる間に席を取っておく。窓際も出入り口付近も今日は寒い。真ん中の方にしよう。
「ありゃ、珍しい。窓際じゃないの」
 かつ丼ののったトレーを持って、向かいに座る咲良が言った。
「寒い」
「だよねえ」
 さて、俺も食おう。
「いただきます」
 今日はチキンカツサンドにスープだ。ホットドッグ用の背割りコッペパンに千切りキャベツとチキンカツが挟まっている。結構なボリュームだ。一つはソースとごま、もう一つはオーロラソースだ。どっちから食うか悩みどころだが、ソースから食おう。
 甘さ控えめなパンに、サックサクのチキンカツ。冷えてかたい食感だが、これがうまい。噛みしめるほどにうまみが染み出し、キャベツの青さと相まっていい感じだ。衣の香ばしさ、鶏肉のうま味、ごまの風味にソースの程よい酸味。やっぱ、カツにはソースだなあ。
 ごまがあるってだけで、ちょっと高級な感じがする。
 スープはミネストローネかあ。トマトの味がいいんだよなあ。細かく刻まれたキャベツに玉ねぎ、ごろっと果肉が残ったトマト。キャベツも玉ねぎも甘いし、トマトは爽やかだ。
 朝も食ったっけど、より、味がなじんでいてうまい。具材が汁気をたっぷり吸ってるのがいいんだろうな。ジュワッとした口当たりがたまらない。パンに合う。
 さて、次はオーロラソースの方を。
 これはこれで、パンに合う。確かにカツにはソースが合うが、オーロラソースも負けていない。甲乙つけがたいとはまさにこのこと。マヨネーズのまろやかさとケチャップのうま味がいい塩梅で混ざり合い、まったりとしていながらすっきりともしている、一級のソースだ。
 キャベツにもまた合うんだなあ、このソース。鶏肉のうま味と衣の香ばしさを引き立てながらも、ソースそのものの味も損なわない。
 ラップはがして食うのも、弁当の醍醐味だよなあ。
「雪、溶けちゃったなあ」
 咲良が外を見ながらつぶやいた。確かに、今朝、雪があったところには水たまりができている。授業中、民家の屋根から雪が落ちているのが見えたなあ、そういや。すごい音だった。
「そうだな」
「でもまた降るってテレビじゃいってたなあ、そういや」
「げ、まじかよ」
 雪は嫌いじゃないが、寒いのはあまり好きではない。また大雪が降ると聞くとちょっと楽しみな半面、げっそりともする。
 今度はどれくらい降るんだろうなあ……

「ごちそうさまでした」
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