539 / 843
日常
第五百九話 ぜんざい
しおりを挟む
雪は翌日まで降り続いた。
途中、日の差す時間もあったが、すぐに分厚い雲が現れ、雪は思いのほか長く降り続いていた。おかげで朝課外はないし、午後からは休校だ。昼飯だけ食って、解散となった。
校門の外に出て、空を見上げてみる。
しんしんと降り続ける雪が冷たい。雪って、なんか不思議な感じがする。絶え間なく降り続け、ますます降り積もっているというのに、静かだ。雨なんか少しでも降ったら音を立てるというのに、雪ときたら、こんなにも静かだ。まるで、時の止まった空間にいるような、そんな感じがする。
スノードームの中って、こんな感じなのかなあ。
「悪い、待たせたな」
遠くの方で通話をしていた咲良が小走りにやってくる。慌てて来たものだから、咲良は、凍った地面でつるりと滑りそうになる。
「うぉっとと、あぶねぇ」
「気を付けろよ」
咲良が何とか体勢を立て直したところで聞く。
「で、何だって? 親」
ずんずんと雪が順調に降り積もったせいで、公共交通機関はストップしてしまったようだった。確かに、豪雨も降雪もある程度乗り越えられるこの辺りの公共交通機関も、冬の天気には少々弱いらしい。ま、この辺、どっちかっていうと、水害とか台風の被害の方が多いからなあ。
で、咲良は帰れなくなってしまい、親に迎えに来てもらうよう頼んでいたのだ。
咲良は少し渋い顔をした。
「それがさあ、やっぱ向こうも雪すごいみたいで。てかそもそも父さんも母さんも仕事中だし。来れるとしても、二時間後くらい、だってさ」
スマホを見ながら咲良はぼやく。
「コンビニも混んでるだろうからなあ。その間どこにいようかなあ。外で待つしかないのかなあ」
「それは寒いだろ」
「だよなあ」
と、話していると、すれ違った数人の生徒の会話が聞こえてきた。
「それじゃあ、お邪魔します、先輩」
「いいよー。迎え来るまで寒いしね。うち近いし、せっかくならなんか遊ぼうよ」
「先輩の家って初めて行きますね、そういえば」
その会話を聞いた咲良が、期待を込めたまなざしをこちらに向けた。
こいつが言わんとするところは分かるし、それを無視できるほど俺も薄情ではない。というか、思いついていたことでもあるわけで。
「うちで待つか?」
「さすが春都! 話が早いなあ!」
勢いよく肩を組み、はじけんばかりの笑顔を咲良は向けてくる。
「勉強するぞ、勉強」
「え~、そこはゲームでいいでしょ」
「冬休みの課題、早めに終わらせとくと楽だぞ」
「う……それはそうだけどさぁ」
いつもより賑やかな帰り道。雪のせいか、景色がまぶしく見えた。
家に着き、こたつにもぐりこんで課題を進める。
咲良はぬいぐるみにいたく感動し、今、俺と咲良の間には巨大なぬいぐるみが鎮座している。
「なー、春都。これは?」
「単語の意味くらい、自分で調べろ」
「自分で調べるより、春都に教えてもらった方が早いじゃん」
「そういうことじゃなくて……」
数学と英語の反復横跳びは疲れる。こっちはこっちで結構めんどくさい数式が並んでいるし、英語は文法がややこしいところだし。あー、国語ばっかりやりてぇー。
「思ったんだけどさあ、例文で出てくる文章ってさ、使うタイミングないの多くね?」
早々に勉強に飽きたらしい咲良が、ペン回しをしながら言った。俺も疲れた。小休止にしよう。ペンを置き、ぬいぐるみにもたれかかる。
「分かる。あとめっちゃ失礼なやつとか」
「そうそう! これはペンです、って使うんかね? 見たら分かりそうなものじゃん?」
「あー、それは意外と使うらしいぞ」
咲良がぬいぐるみをギューッと押しつぶすので、体勢が傾く。
「うぁーやめろぉー」
「どのタイミングで使うわけ?」
「ぱっと見、ペンって分からんデザインの時」
「あっなるほどねえ。納得~」
何かと意味があるんだなあ、と咲良は言いながらぬいぐるみをいじるのを止めない。振動して酔いそうなので、起き上がる。
「……ん? なんか甘い匂いしねぇ?」
言えば咲良はスンスンと鼻を鳴らした。
「あ、ほんとだ」
母さんが台所に立っているから何か作っているのだろうとは思っていたが、この匂いは何だろう。うーん……分かりそうで分からん。この素朴な匂いは……
「二人とも、ぜんざい食べる? 寒いから作ったんだけど」
台所から飛んできた母さんの言葉に、咲良と顔を見合わせる。
「食べる!」
「食べます!」
揃って答えると、母さんは笑って「はーい」と言った。
お椀によそわれた餅と小豆。はあ、なるほど、小豆の匂いだったか。
「いただきます」
まずは汁をひとすすり。
ほう、あったまるなあ。サラサラではなく、少しざらりとした舌触りで、トロッとした口当たりがいい。熱さに拍車がかかるようだ。
口の中でゆっくりと味わうと、素朴な小豆の味わいがにじみだしてくる。小豆の香りとほくほくした食感が身に染みるようだ。砂糖の、ほのかでありながら確かな甘みが、疲れた頭に効くなあ。
餅はとろとろとモチモチの狭間で、いちばん、ぜんざいに合う食感になっている。表面がとろりととろけ、口に入れて食むと、もっちもっちと柔らかな口当たりで……そんで小豆をまとって、甘くて、うまい。
「うまぁ……甘くて、うまいなあ」
咲良が溶けそうな笑みを浮かべて言った。この顔、どっかで見たことある。あ、動物園だ。温泉に入って気持ちよさそうなカピバラとか。
「うまい」
「なあ」
ぜんざいって、なんかぜいたくな気分になるんだよなあ。たっぷりの砂糖と、小豆と、餅。シンプルな材料でできあがった甘味。子どもの頃にはあんまり分からなかった小豆のおいしさが、今なら、よく分かる。小豆、好きになっといてよかったなあ。
寒いけど、雪、降ってよかったなあ。
「ごちそうさまでした」
途中、日の差す時間もあったが、すぐに分厚い雲が現れ、雪は思いのほか長く降り続いていた。おかげで朝課外はないし、午後からは休校だ。昼飯だけ食って、解散となった。
校門の外に出て、空を見上げてみる。
しんしんと降り続ける雪が冷たい。雪って、なんか不思議な感じがする。絶え間なく降り続け、ますます降り積もっているというのに、静かだ。雨なんか少しでも降ったら音を立てるというのに、雪ときたら、こんなにも静かだ。まるで、時の止まった空間にいるような、そんな感じがする。
スノードームの中って、こんな感じなのかなあ。
「悪い、待たせたな」
遠くの方で通話をしていた咲良が小走りにやってくる。慌てて来たものだから、咲良は、凍った地面でつるりと滑りそうになる。
「うぉっとと、あぶねぇ」
「気を付けろよ」
咲良が何とか体勢を立て直したところで聞く。
「で、何だって? 親」
ずんずんと雪が順調に降り積もったせいで、公共交通機関はストップしてしまったようだった。確かに、豪雨も降雪もある程度乗り越えられるこの辺りの公共交通機関も、冬の天気には少々弱いらしい。ま、この辺、どっちかっていうと、水害とか台風の被害の方が多いからなあ。
で、咲良は帰れなくなってしまい、親に迎えに来てもらうよう頼んでいたのだ。
咲良は少し渋い顔をした。
「それがさあ、やっぱ向こうも雪すごいみたいで。てかそもそも父さんも母さんも仕事中だし。来れるとしても、二時間後くらい、だってさ」
スマホを見ながら咲良はぼやく。
「コンビニも混んでるだろうからなあ。その間どこにいようかなあ。外で待つしかないのかなあ」
「それは寒いだろ」
「だよなあ」
と、話していると、すれ違った数人の生徒の会話が聞こえてきた。
「それじゃあ、お邪魔します、先輩」
「いいよー。迎え来るまで寒いしね。うち近いし、せっかくならなんか遊ぼうよ」
「先輩の家って初めて行きますね、そういえば」
その会話を聞いた咲良が、期待を込めたまなざしをこちらに向けた。
こいつが言わんとするところは分かるし、それを無視できるほど俺も薄情ではない。というか、思いついていたことでもあるわけで。
「うちで待つか?」
「さすが春都! 話が早いなあ!」
勢いよく肩を組み、はじけんばかりの笑顔を咲良は向けてくる。
「勉強するぞ、勉強」
「え~、そこはゲームでいいでしょ」
「冬休みの課題、早めに終わらせとくと楽だぞ」
「う……それはそうだけどさぁ」
いつもより賑やかな帰り道。雪のせいか、景色がまぶしく見えた。
家に着き、こたつにもぐりこんで課題を進める。
咲良はぬいぐるみにいたく感動し、今、俺と咲良の間には巨大なぬいぐるみが鎮座している。
「なー、春都。これは?」
「単語の意味くらい、自分で調べろ」
「自分で調べるより、春都に教えてもらった方が早いじゃん」
「そういうことじゃなくて……」
数学と英語の反復横跳びは疲れる。こっちはこっちで結構めんどくさい数式が並んでいるし、英語は文法がややこしいところだし。あー、国語ばっかりやりてぇー。
「思ったんだけどさあ、例文で出てくる文章ってさ、使うタイミングないの多くね?」
早々に勉強に飽きたらしい咲良が、ペン回しをしながら言った。俺も疲れた。小休止にしよう。ペンを置き、ぬいぐるみにもたれかかる。
「分かる。あとめっちゃ失礼なやつとか」
「そうそう! これはペンです、って使うんかね? 見たら分かりそうなものじゃん?」
「あー、それは意外と使うらしいぞ」
咲良がぬいぐるみをギューッと押しつぶすので、体勢が傾く。
「うぁーやめろぉー」
「どのタイミングで使うわけ?」
「ぱっと見、ペンって分からんデザインの時」
「あっなるほどねえ。納得~」
何かと意味があるんだなあ、と咲良は言いながらぬいぐるみをいじるのを止めない。振動して酔いそうなので、起き上がる。
「……ん? なんか甘い匂いしねぇ?」
言えば咲良はスンスンと鼻を鳴らした。
「あ、ほんとだ」
母さんが台所に立っているから何か作っているのだろうとは思っていたが、この匂いは何だろう。うーん……分かりそうで分からん。この素朴な匂いは……
「二人とも、ぜんざい食べる? 寒いから作ったんだけど」
台所から飛んできた母さんの言葉に、咲良と顔を見合わせる。
「食べる!」
「食べます!」
揃って答えると、母さんは笑って「はーい」と言った。
お椀によそわれた餅と小豆。はあ、なるほど、小豆の匂いだったか。
「いただきます」
まずは汁をひとすすり。
ほう、あったまるなあ。サラサラではなく、少しざらりとした舌触りで、トロッとした口当たりがいい。熱さに拍車がかかるようだ。
口の中でゆっくりと味わうと、素朴な小豆の味わいがにじみだしてくる。小豆の香りとほくほくした食感が身に染みるようだ。砂糖の、ほのかでありながら確かな甘みが、疲れた頭に効くなあ。
餅はとろとろとモチモチの狭間で、いちばん、ぜんざいに合う食感になっている。表面がとろりととろけ、口に入れて食むと、もっちもっちと柔らかな口当たりで……そんで小豆をまとって、甘くて、うまい。
「うまぁ……甘くて、うまいなあ」
咲良が溶けそうな笑みを浮かべて言った。この顔、どっかで見たことある。あ、動物園だ。温泉に入って気持ちよさそうなカピバラとか。
「うまい」
「なあ」
ぜんざいって、なんかぜいたくな気分になるんだよなあ。たっぷりの砂糖と、小豆と、餅。シンプルな材料でできあがった甘味。子どもの頃にはあんまり分からなかった小豆のおいしさが、今なら、よく分かる。小豆、好きになっといてよかったなあ。
寒いけど、雪、降ってよかったなあ。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。
誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。
でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。
「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」
アリシアは夫の愛を疑う。
小説家になろう様にも投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
(完結)私より妹を優先する夫
青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。
ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。
ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる