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日常
第五百八話 パンとグラタン
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寝る前から思っていたが、部屋が異様に寒い。普段であれば布団にもぐりこめば何とか眠れたし、たまにホカホカしすぎて布団を脱ぎ出ることもあったくらいだ。まあ、寒くて起きるんだけど。
しかし今日は、布団にもぐりこんでも体が温まらない。顔の周りが異様に冷たく、そこから体まで冷え切ってしまうようだ。
「さーっむぅ……なにこれ、なんで?」
はんてんを頭にかぶせ、ギリギリまで布団を引き上げ、外の空気に触れる体の面積を最小限にする。ちょっと息苦しい。呼吸は確保しないとな。
やっと温まりだして、うとうとしだした頃。ふと、寝る前に見たニュース番組を思い出す。
『今日の夜から明日、明後日にかけて、寒波が襲来し、ところどころで積雪が見られそうです。寒さ対策、路面の凍結などに注意してください』
いや、まさかな……まだ十二月だぞ。
そんな本格的には、積もらないよなあ……
「うーわ、まじかぁ……」
昨晩の俺、大外れだぞ。がっつり積もってやがる。ベランダの手すりには五センチ……いや、十センチは積もっているし、見えうる屋根はすべて真っ白だ。窓際どころか部屋はキンッキンに冷たいし、風邪を引きそうだ。
「居間で着替えよ……」
制服もろもろを抱え、居間へ向かう。
「おはよう」
「おお、おはよう、春都」
居間に座って新聞を読んでいた父さんが振り返って言う。あ、今日は父さんもはんてん着てる。
「おはよう。見た? 雪」
母さんが、湯気の立つコップを手に言った。
「見た見た。てか、居間もあんまり暖かくない……?」
「なかなか暖まらなくてねぇ。廊下とか洗面所でもさすがにヒーターつけてるよ。寝る部屋もどうにかしないとね」
「こたつに制服入れておいたら、温まるんじゃないか?」
父さんに言われ、冷え切った制服をこたつに突っ込む。一人の時は火事になりそうでなんかこわいけど、父さんが近くにいることだし、今日は大丈夫だろう。冷たい洋服を着ると、一気に体の熱が吸い取られて寒いんだ。
廊下は生ぬるい感じだった。底の方に冷水がたまったぬるま湯のようでもある。
あー……今日は学校も、寒いだろうなあ。
「おーはよっ、春都」
「おぉ、咲良。おはよう」
登校早々、昇降口で鉢合わせた咲良が、にこにこしながら肩を組んでくる。うおぉ、冷たい。薄く曇った空からはいまだ雪が降り続け、咲良の頭にも少し降り積もっている。でもちょっとすると、咲良の腕はほんのり暖かくなる。さすが子ども体温。
「俺の言ったとおりだったろ!」
やけに楽しそうな声音と表情で咲良は言う。
「なんの話だ」
「雪だよ、雪! 積もるかもしれないっつったろ!」
「あー、言ってたなそういやそんなこと」
階段の前でやっと咲良は肩から手を放す。おお、急に冷気が。咲良は頭の後ろで手を組むと、少し不本意そうな表情をした。
「でも、学校休みになんなかったなあ。せめて朝課外が休みになってくれてもいいと思わねえ?」
「それは同感だ」
「ま、休校にはなんないと思ってたけど。バスも電車も強いじゃん、この辺」
「それはなぁ」
天変地異でも起きない限り、ダイヤが乱れることがないのではと思うほどの強さではある。だから、そのバスや電車が運休だと聞くと、この辺の人らは戦慄する。
「あ、俺ね、行きがけに雪だるま作ってきたんだ」
あとで写真見せてやるよ、と咲良は笑った。
「仕事が早い」
「へへー。だってさぁ、この辺の雪ってすぐ溶けるじゃん。ちょっと日が照ったらなくなっちゃうし、今のうちに楽しんどかないと」
「そうか」
でも、この調子だとそう簡単に溶けなさそうだけどなあ。
「かまくら作れるくらい積もるかなあ」
二階にたどり着き、廊下から運動場を眺めながら咲良が言った。
「運動場を見る限り、作れそうだけどねぇ」
「かき集めれば、いけるんじゃないか?」
「作ってみる?」
「運動場にか? 先生に壊されるぞ」
「そっかぁ。それは悲しいなあ」
咲良は早々に諦め、あっけらかんと笑って言った。
「体育で、でっかい雪だるま作る! ってことになんないかな。クラスを超えて、みんなで」
「それはちょっと楽しそうだな」
こんなに寒い日は、やっぱり、温かいものが欲しくなる。
鍋やスープなんかもいいが、今日の晩飯は……グラタンかあ。いいなあ。
「いただきます」
今日はマカロニグラタンらしい。
手作りのホワイトソースは、コクがありながらもさっぱりしている。まったりとした口当たりに、鶏や野菜のうま味がたっぷりで、熱々の温度が身に染みる。
マカロニはつるんとしていて、食べ応えがある。マカロニの穴に詰まったホワイトソースでやけどしないように気を付けながら、できるだけ口いっぱいに食べたい。ん~、あったまるなあ。口の中が温かいってだけで、体もしっかり温まるもんだ。
チーズもモチモチで、この食感が幸せだ。塩気とうま味がいい。
「温まるなあ……」
言えば母さんは笑った。
「でしょ。グラタン、いいかなあと思って」
「ほら、春都。パン食べないか」
父さんが差し出してきた皿には、スライスされた、焼きたてのフランスパンがのっている。
「食べる食べる」
カリッと焼かれたフランスパンに、ホワイトソースとマカロニをのせて食べる。トロッとしたソース、もっちりとしたマカロニ、カリッと香ばしいパンの表面にぱさっとしたような、でももっちりともしているような、風味豊かな中身。最高の組み合わせだ。
グラタンとご飯、ってのもいいけど、やっぱ、パン、うまい。小麦の香りがたまらなく合うのだ。
鶏肉も食べよう。皮も少し残っていて、もちもちでジューシーだ。うま味がソースに染み出していると思ったが、肉そのものにもしっかり残ってるもんだなあ。
醤油を少し垂らすと、ちょっと和風になってうま味が増す。少し冷めたチーズは歯切れがいい。
グラタン皿に残ったソースをパンでしっかりぬぐって食べる。
よし、きれいになった。うまかったなあ。
今日は風邪ひかないように、暖かくして寝るとしよう。
「ごちそうさまでした」
しかし今日は、布団にもぐりこんでも体が温まらない。顔の周りが異様に冷たく、そこから体まで冷え切ってしまうようだ。
「さーっむぅ……なにこれ、なんで?」
はんてんを頭にかぶせ、ギリギリまで布団を引き上げ、外の空気に触れる体の面積を最小限にする。ちょっと息苦しい。呼吸は確保しないとな。
やっと温まりだして、うとうとしだした頃。ふと、寝る前に見たニュース番組を思い出す。
『今日の夜から明日、明後日にかけて、寒波が襲来し、ところどころで積雪が見られそうです。寒さ対策、路面の凍結などに注意してください』
いや、まさかな……まだ十二月だぞ。
そんな本格的には、積もらないよなあ……
「うーわ、まじかぁ……」
昨晩の俺、大外れだぞ。がっつり積もってやがる。ベランダの手すりには五センチ……いや、十センチは積もっているし、見えうる屋根はすべて真っ白だ。窓際どころか部屋はキンッキンに冷たいし、風邪を引きそうだ。
「居間で着替えよ……」
制服もろもろを抱え、居間へ向かう。
「おはよう」
「おお、おはよう、春都」
居間に座って新聞を読んでいた父さんが振り返って言う。あ、今日は父さんもはんてん着てる。
「おはよう。見た? 雪」
母さんが、湯気の立つコップを手に言った。
「見た見た。てか、居間もあんまり暖かくない……?」
「なかなか暖まらなくてねぇ。廊下とか洗面所でもさすがにヒーターつけてるよ。寝る部屋もどうにかしないとね」
「こたつに制服入れておいたら、温まるんじゃないか?」
父さんに言われ、冷え切った制服をこたつに突っ込む。一人の時は火事になりそうでなんかこわいけど、父さんが近くにいることだし、今日は大丈夫だろう。冷たい洋服を着ると、一気に体の熱が吸い取られて寒いんだ。
廊下は生ぬるい感じだった。底の方に冷水がたまったぬるま湯のようでもある。
あー……今日は学校も、寒いだろうなあ。
「おーはよっ、春都」
「おぉ、咲良。おはよう」
登校早々、昇降口で鉢合わせた咲良が、にこにこしながら肩を組んでくる。うおぉ、冷たい。薄く曇った空からはいまだ雪が降り続け、咲良の頭にも少し降り積もっている。でもちょっとすると、咲良の腕はほんのり暖かくなる。さすが子ども体温。
「俺の言ったとおりだったろ!」
やけに楽しそうな声音と表情で咲良は言う。
「なんの話だ」
「雪だよ、雪! 積もるかもしれないっつったろ!」
「あー、言ってたなそういやそんなこと」
階段の前でやっと咲良は肩から手を放す。おお、急に冷気が。咲良は頭の後ろで手を組むと、少し不本意そうな表情をした。
「でも、学校休みになんなかったなあ。せめて朝課外が休みになってくれてもいいと思わねえ?」
「それは同感だ」
「ま、休校にはなんないと思ってたけど。バスも電車も強いじゃん、この辺」
「それはなぁ」
天変地異でも起きない限り、ダイヤが乱れることがないのではと思うほどの強さではある。だから、そのバスや電車が運休だと聞くと、この辺の人らは戦慄する。
「あ、俺ね、行きがけに雪だるま作ってきたんだ」
あとで写真見せてやるよ、と咲良は笑った。
「仕事が早い」
「へへー。だってさぁ、この辺の雪ってすぐ溶けるじゃん。ちょっと日が照ったらなくなっちゃうし、今のうちに楽しんどかないと」
「そうか」
でも、この調子だとそう簡単に溶けなさそうだけどなあ。
「かまくら作れるくらい積もるかなあ」
二階にたどり着き、廊下から運動場を眺めながら咲良が言った。
「運動場を見る限り、作れそうだけどねぇ」
「かき集めれば、いけるんじゃないか?」
「作ってみる?」
「運動場にか? 先生に壊されるぞ」
「そっかぁ。それは悲しいなあ」
咲良は早々に諦め、あっけらかんと笑って言った。
「体育で、でっかい雪だるま作る! ってことになんないかな。クラスを超えて、みんなで」
「それはちょっと楽しそうだな」
こんなに寒い日は、やっぱり、温かいものが欲しくなる。
鍋やスープなんかもいいが、今日の晩飯は……グラタンかあ。いいなあ。
「いただきます」
今日はマカロニグラタンらしい。
手作りのホワイトソースは、コクがありながらもさっぱりしている。まったりとした口当たりに、鶏や野菜のうま味がたっぷりで、熱々の温度が身に染みる。
マカロニはつるんとしていて、食べ応えがある。マカロニの穴に詰まったホワイトソースでやけどしないように気を付けながら、できるだけ口いっぱいに食べたい。ん~、あったまるなあ。口の中が温かいってだけで、体もしっかり温まるもんだ。
チーズもモチモチで、この食感が幸せだ。塩気とうま味がいい。
「温まるなあ……」
言えば母さんは笑った。
「でしょ。グラタン、いいかなあと思って」
「ほら、春都。パン食べないか」
父さんが差し出してきた皿には、スライスされた、焼きたてのフランスパンがのっている。
「食べる食べる」
カリッと焼かれたフランスパンに、ホワイトソースとマカロニをのせて食べる。トロッとしたソース、もっちりとしたマカロニ、カリッと香ばしいパンの表面にぱさっとしたような、でももっちりともしているような、風味豊かな中身。最高の組み合わせだ。
グラタンとご飯、ってのもいいけど、やっぱ、パン、うまい。小麦の香りがたまらなく合うのだ。
鶏肉も食べよう。皮も少し残っていて、もちもちでジューシーだ。うま味がソースに染み出していると思ったが、肉そのものにもしっかり残ってるもんだなあ。
醤油を少し垂らすと、ちょっと和風になってうま味が増す。少し冷めたチーズは歯切れがいい。
グラタン皿に残ったソースをパンでしっかりぬぐって食べる。
よし、きれいになった。うまかったなあ。
今日は風邪ひかないように、暖かくして寝るとしよう。
「ごちそうさまでした」
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