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日常
第五百四話 豚肉とねぎのうどん
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今学期最後の土曜課外ではあるが、最後って感じはあまりない。何せ、冬季課外が待っているからなあ。
「冬季課外の課題、多くね?」
教材を取りに廊下に出たところで、咲良がさっそく愚痴をこぼしにやってきた。一時間目はどのクラスも、冬季課外の課題が出されたのだ。
咲良はロッカーにうなだれ、実にめんどくさそうな表情で続けた。
「冬休みの長さ分かってんのかなあ、先生たち。結構短いぜ? 短いのに夏休みと同じレベルの課題出すってどうなのよ」
「夏休みほど多くはないだろ」
「いや、多い多い。あれは多いって」
まあ、少ないといえるような量ではないか。プリントの束は、見るだけでげっそりしそうなほどの分厚さだ。
「はぁ~あ、だっるい」
咲良は体勢を戻すと、ロッカーにもたれかかる。
「春都ー」
「なんだ」
「冬休み、一緒に勉強しようぜ~。俺を助けると思ってさ」
「それ、俺ばっかりが教えることになりそうなんだが」
言えば咲良は、にっこりと笑って得意げに言ったものだ。
「インプットよりアウトプットの方が、学習効果が高いんだって! つまり、俺に教えてくれることで、春都の頭により一層、学習内容が定着するというわけだ」
「お前、教わる側の人間がそれ言っていいのか」
「大丈夫大丈夫。何もやらないよりいいだろ」
妙なところで自信満々だよなあ、こいつ。咲良はここまで話したらすっきりしたのか、興味は勉強から別のものへと移ったようだ。
「おっ、見てあれ」
咲良が指さす先に視線を向ける。
「どれ」
「ほらあれ」
こいつはいったい何を言いたいんだ……あ、ああ。
「朝比奈だ」
「珍しいな。この時季に教室の外に出てる」
そりゃ教室の外に出ることは当然あるから咲良の言い方はなかなかに語弊があるが、まあ、言いたいことは分かる。この時季に、必要以上に教室の外に出ている朝比奈は珍しい。
「あ、貴志、出てきてるし」
と、そこに百瀬がやってきた。
「よぉ、百瀬」
「ちぃーっす」
しばらく三人で朝比奈の観察をしていたら、咲良がぽつりと言った。
「今日、暖かいんかな」
「それは俺も思った」
百瀬も笑って言う。
「日は照ってるよねえ」
すると朝比奈はこちらの視線に気づいたらしく、怪訝そうな表情を浮かべながらやってきた。
「来た来た」
咲良が笑うと、朝比奈は少し表情を緩めた。
「なんだお前ら、人のことじろじろ見て」
「いや、今日は気温がいつもより高いのかなーって」
咲良が言うと、朝比奈は「どういうことだ?」と首を傾げた。咲良の言葉を継いで、百瀬が言う。
「貴志が教室の外に出てるから!」
そこまで聞くと、朝比奈はしばらくぽかんとした後、呆れたように苦笑した。
「なんだよそれ。俺はいったいお前らの中でどうなってる?」
「寒さの指針だな」
「春都、うまいこと言うなあ」
朝比奈は「なんだよ、お前ら」と言いながらも、面白そうに笑っていた。そして気を取り直すと言った。
「まあ、確かに今日は寒さがそこまでないな。寒いのは寒いけど」
「太陽って偉大だよねえ。日が陰ると途端に寒くなるもん」
百瀬の言うとおりだ。冬になると余計にそれは感じる。どんなにヒーターをつけていようとも日差しがないとなんかうっすら寒いし、太陽が出ていない時間帯は寒さ極まれりって感じだ。でも逆に、太陽がしっかり出ていると、ヒーターがあんまり動いていなくても案外平気なものである。
洗濯物は、夏の太陽の方がよく乾くんだけどなあ。
「このまま春になってほしい」
朝比奈は冗談でもなんでもなく、本気でそう思っているようである。
まあ……気持ちは分からなくもないがなあ。
「俺はもうちょっと冬を満喫したいけどな」
「まだ冬季限定スイーツで気になってるの、全部食べてないもんなあ」
とりあえず何でも楽しんどけ、みたいな咲良と百瀬は楽しそうに言った。
冬ならではの楽しみ、ってのもあるもんなあ。おでんとか、夏に食べたくなってもなかなか材料揃わないよなあ、そういや。
どっちも楽しめたら、一番いいよなあ。
土曜課外の後は、何ともいえない充実感に満ちた状態で昼飯を食う。これがまた、幸せなんだなあ。勉強してるし、飯食ったらちょっとくらい自分のやりたいことやってもいいか、って気分になる。
「いただきます」
今日はうどんかあ。豚肉とねぎが入ったやつだ。うれしいなあ、これ、体が温まっていいんだよ。
まずは麺から。袋麺だな、これは。もちもちしてる。自分で作るときは器が冷たいまんまでなんとなく冷えた感じがするけど、母さんが作ってくれたやつは、ちゃんと器も温めてあるから、しっかり熱々だ。すするのが大変なくらいである。でも、やっぱ温かいの、うまい。
出汁がうまいんだよなあ。濃いわけでも塩辛いわけでもなく、程よい感じ。うま味はたっぷりで、ねぎの風味も爽やかだ。豚肉の味もにじみ出てて、他のうどんでは味わえない味になってんだよ。
ねぎ、トロットロだなあ。でも、ところどころ程よく食感が残っているところもある。この歯触りの違い、たまらないな。
そんで豚肉だよ、豚肉。薄切りでひらひらしていて、脂身のバランスがちょうどいい。程よく脂身があった方がうまいんだ、甘味があって。肉は噛みしめるほどに出汁とうま味が染み出してきて、ちょっとサクサクしたような脂身が口にとろけだしてくる。
そこにねぎと、うどんと、出汁で追いかける。かぁ~、うまい。このうま味、何と表そうか。なんかもう、言葉に表せないくらいにうまい。ねぎのさわやかさと豚肉の味わい、出汁のうま味にうどんのモチモチ。これが口いっぱいに広がって……たまんねえなあ。
一味を振りかけると、ピリッと味が引き締まる。そうそう、この味も楽しみたいものである。唐辛子の風味で、また違った楽しみ方ができるのだ。
これは出汁まで飲み干したい。ので、ご飯を投入する。ほぐして、さらさらっと描きこむのがいい。ここまで食べ進めると、程よく冷めつつも、心地よい温度は残っているから、胃がほんわりと温かくなって、いいんだ。
ああ、やっぱもうちょっとだけ、冬、続いてくれ。ヒーターの温度で満ちた部屋で、暖かいものを食べる贅沢をもっともっと味わいたい。
あーでもこのうどん、夏場でも手に入る材料だし、暑い中で、あるいはクーラーの効いた部屋で食うのもうまいんだ。
いやあ、悩ましいなあ。
「ごちそうさまでした」
「冬季課外の課題、多くね?」
教材を取りに廊下に出たところで、咲良がさっそく愚痴をこぼしにやってきた。一時間目はどのクラスも、冬季課外の課題が出されたのだ。
咲良はロッカーにうなだれ、実にめんどくさそうな表情で続けた。
「冬休みの長さ分かってんのかなあ、先生たち。結構短いぜ? 短いのに夏休みと同じレベルの課題出すってどうなのよ」
「夏休みほど多くはないだろ」
「いや、多い多い。あれは多いって」
まあ、少ないといえるような量ではないか。プリントの束は、見るだけでげっそりしそうなほどの分厚さだ。
「はぁ~あ、だっるい」
咲良は体勢を戻すと、ロッカーにもたれかかる。
「春都ー」
「なんだ」
「冬休み、一緒に勉強しようぜ~。俺を助けると思ってさ」
「それ、俺ばっかりが教えることになりそうなんだが」
言えば咲良は、にっこりと笑って得意げに言ったものだ。
「インプットよりアウトプットの方が、学習効果が高いんだって! つまり、俺に教えてくれることで、春都の頭により一層、学習内容が定着するというわけだ」
「お前、教わる側の人間がそれ言っていいのか」
「大丈夫大丈夫。何もやらないよりいいだろ」
妙なところで自信満々だよなあ、こいつ。咲良はここまで話したらすっきりしたのか、興味は勉強から別のものへと移ったようだ。
「おっ、見てあれ」
咲良が指さす先に視線を向ける。
「どれ」
「ほらあれ」
こいつはいったい何を言いたいんだ……あ、ああ。
「朝比奈だ」
「珍しいな。この時季に教室の外に出てる」
そりゃ教室の外に出ることは当然あるから咲良の言い方はなかなかに語弊があるが、まあ、言いたいことは分かる。この時季に、必要以上に教室の外に出ている朝比奈は珍しい。
「あ、貴志、出てきてるし」
と、そこに百瀬がやってきた。
「よぉ、百瀬」
「ちぃーっす」
しばらく三人で朝比奈の観察をしていたら、咲良がぽつりと言った。
「今日、暖かいんかな」
「それは俺も思った」
百瀬も笑って言う。
「日は照ってるよねえ」
すると朝比奈はこちらの視線に気づいたらしく、怪訝そうな表情を浮かべながらやってきた。
「来た来た」
咲良が笑うと、朝比奈は少し表情を緩めた。
「なんだお前ら、人のことじろじろ見て」
「いや、今日は気温がいつもより高いのかなーって」
咲良が言うと、朝比奈は「どういうことだ?」と首を傾げた。咲良の言葉を継いで、百瀬が言う。
「貴志が教室の外に出てるから!」
そこまで聞くと、朝比奈はしばらくぽかんとした後、呆れたように苦笑した。
「なんだよそれ。俺はいったいお前らの中でどうなってる?」
「寒さの指針だな」
「春都、うまいこと言うなあ」
朝比奈は「なんだよ、お前ら」と言いながらも、面白そうに笑っていた。そして気を取り直すと言った。
「まあ、確かに今日は寒さがそこまでないな。寒いのは寒いけど」
「太陽って偉大だよねえ。日が陰ると途端に寒くなるもん」
百瀬の言うとおりだ。冬になると余計にそれは感じる。どんなにヒーターをつけていようとも日差しがないとなんかうっすら寒いし、太陽が出ていない時間帯は寒さ極まれりって感じだ。でも逆に、太陽がしっかり出ていると、ヒーターがあんまり動いていなくても案外平気なものである。
洗濯物は、夏の太陽の方がよく乾くんだけどなあ。
「このまま春になってほしい」
朝比奈は冗談でもなんでもなく、本気でそう思っているようである。
まあ……気持ちは分からなくもないがなあ。
「俺はもうちょっと冬を満喫したいけどな」
「まだ冬季限定スイーツで気になってるの、全部食べてないもんなあ」
とりあえず何でも楽しんどけ、みたいな咲良と百瀬は楽しそうに言った。
冬ならではの楽しみ、ってのもあるもんなあ。おでんとか、夏に食べたくなってもなかなか材料揃わないよなあ、そういや。
どっちも楽しめたら、一番いいよなあ。
土曜課外の後は、何ともいえない充実感に満ちた状態で昼飯を食う。これがまた、幸せなんだなあ。勉強してるし、飯食ったらちょっとくらい自分のやりたいことやってもいいか、って気分になる。
「いただきます」
今日はうどんかあ。豚肉とねぎが入ったやつだ。うれしいなあ、これ、体が温まっていいんだよ。
まずは麺から。袋麺だな、これは。もちもちしてる。自分で作るときは器が冷たいまんまでなんとなく冷えた感じがするけど、母さんが作ってくれたやつは、ちゃんと器も温めてあるから、しっかり熱々だ。すするのが大変なくらいである。でも、やっぱ温かいの、うまい。
出汁がうまいんだよなあ。濃いわけでも塩辛いわけでもなく、程よい感じ。うま味はたっぷりで、ねぎの風味も爽やかだ。豚肉の味もにじみ出てて、他のうどんでは味わえない味になってんだよ。
ねぎ、トロットロだなあ。でも、ところどころ程よく食感が残っているところもある。この歯触りの違い、たまらないな。
そんで豚肉だよ、豚肉。薄切りでひらひらしていて、脂身のバランスがちょうどいい。程よく脂身があった方がうまいんだ、甘味があって。肉は噛みしめるほどに出汁とうま味が染み出してきて、ちょっとサクサクしたような脂身が口にとろけだしてくる。
そこにねぎと、うどんと、出汁で追いかける。かぁ~、うまい。このうま味、何と表そうか。なんかもう、言葉に表せないくらいにうまい。ねぎのさわやかさと豚肉の味わい、出汁のうま味にうどんのモチモチ。これが口いっぱいに広がって……たまんねえなあ。
一味を振りかけると、ピリッと味が引き締まる。そうそう、この味も楽しみたいものである。唐辛子の風味で、また違った楽しみ方ができるのだ。
これは出汁まで飲み干したい。ので、ご飯を投入する。ほぐして、さらさらっと描きこむのがいい。ここまで食べ進めると、程よく冷めつつも、心地よい温度は残っているから、胃がほんわりと温かくなって、いいんだ。
ああ、やっぱもうちょっとだけ、冬、続いてくれ。ヒーターの温度で満ちた部屋で、暖かいものを食べる贅沢をもっともっと味わいたい。
あーでもこのうどん、夏場でも手に入る材料だし、暑い中で、あるいはクーラーの効いた部屋で食うのもうまいんだ。
いやあ、悩ましいなあ。
「ごちそうさまでした」
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