一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百九十六話 肉ごぼう天うどん

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 外を歩くにはもう一枚上着が欲しくなる季節だ。ダッフルコートがちょうどいい。
 久々に図書館に向かう休日、バスターミナルに集まる人たちも、買い物のためにあちこちの店を回る人たちも、皆、どこかせわしない。師走というだけあって、十二月の街は慌ただしい空気に包まれている。
 寒さに震え、何ともいえないさみしさにさいなまれるくらいなら忙しい方がいいのかもしれない。でもまあ、温かい部屋でのんびりと何もしないでいるのも捨てがたいものだ。
 図書館の中に入る。おっ、暖かい。
 外の寒さに触れた後だと、適温の館内も暑いと感じるほどだ。頬がカーッと熱くなるような、でも体は心地よいような。不思議な感覚だ。その感覚も長くは続かず、次第に温度に慣れていく。
 クリスマスらしい装飾があちこちにさりげなく施されている。クリスマスというのはどうしてこうも心をくすぐってくるのか。
 そして傍らに、大みそかと正月の特集が組まれているのを見るあたり、日本らしいなあと思う。様々な文化のごった煮というか、共存というべきか、節操がないと表現する人もいるだろう。でも、このごっちゃりした感じ、俺は嫌いじゃないけどな。
 そんな特集をちらっとだけ見て、いつもの小説コーナーへ向かう。いつも通りという安心感、これもまたいいものだ。
 目当ての本を数冊取って、カウンターへ向かう。今日は俺も忙しいのだ。
 玄関付近で待っていた父さんと母さんの元へ行く。駅ビルにある百貨店でお歳暮を買うらしい。電車ではなく車でここまで来るのは本当に久しぶりだ。
「お待たせ」
「おっ、もういいのか?」
「うん。行こう」
 小さめの袋に本を入れ、リュックサックにしまっておく。あちこち見て回るなら、両手は空いていた方がいい。
「お菓子とか売ってるところはどこかな? 建て替わったのよね」
 駅ビルに着き、母さんが辺りを見回す。
「あっ、こっちね」
「なんか見たことないスーパーもある」
 長らく工事中だった場所は、すっかりきれいになっている。おしゃれな店だなあ。どんなものが売っているのだろうか。
「お、きれいになってるね」
 父さんが言うように、以前の店舗の様子とはずいぶん変わっている。きらきらしていて、白くて、大理石っぽいというか、高級感がある。甘いような、お高そうな香りが漂い、まるで夢の中にいるような気分だ。
 エスカレーターで四階に上がる。静かな音で、ゆったりと滑らかに動くエスカレーターだ。
「春都はどこか行きたいところあるなら、見に行っていいよ」
 母さんに言われるが、ここは……
「いいよ。荷物持ちでもするよ」
「あら、ありがとう。じゃあ、買うまではどこか見て回ってていいよ。呼ぶから」
「うぃっす」
 といっても、この周辺にあるのは軒並み高級品ばかりだ。宝飾品に香水、洋服……触るどころか、近づくだけでも気が引ける。
 色々考えたが、結局、父さんと母さんのいるギフトコーナーに戻ってきてしまう。
「戻ってきたのか」
 父さんが箱をいくつか抱えているので、それを受け取る。
「なんか、高いのばっかり」
「はは、そうだろうなあ。もうすぐ終わるから、ちょっと待っててくれるか?」
「うん」
 こうして年末に、いろいろな買い物に着いて行く度に思うが、年末年始って金がかかる。金がかかるのは年末年始に限ったことではないが、一年の中でも出費がかなり多い時期の一つのように思う。
 母さんに呼ばれ、レジ台に、抱えていた箱を置く。包装されている間に会計が終わり、俺の両手に荷物がぶら下がる。なかなかの重さだ。やっぱり両手空いててよかった。
「大丈夫? 重くない?」
「これぐらいなら」
「強くなったねえ」
 しみじみと母さんが言うが、そこまでのことだろうか。いったん車に載せに行って、また、駅ビルに戻る。
「さて、そろそろお昼にしようか」
 父さんの提案に、全力で賛成する。朝が早かったので、腹が減って仕方がないのだ。
 確か駅ビルの中に飲食店があっただろうということで見に行く。そうそう、飲食店街があったんだよな。電車の振動と低い音が響く、天井の低い場所だ。どこか怖い感じもするが、なんとなくワクワクもする。
 しかし、こんなに店舗は少なかっただろうか。もうちょっとあったと思うんだけどなあ。うどん屋さんもあったはずだけど、移転してしまったらしい。
 移転先は案外近かったので、そっちに行くことにした。
 昼過ぎだったが人は少なく、すんなりと席に着くことができた。冬季限定鍋焼きうどん、からあげ定食、かも南蛮そば。どれも魅力的だが、今日は肉ごぼう天うどんとかしわのおにぎりにした。
「席が広くていいな」
 父さんが店内を見渡しながら言う。
「前の店舗より座りやすい」
「カウンターもあるのねえ」
 と、母さんも興味津々だ。
 うどんというのはとにかく提供スピードが速い。もう出てきた。
「いただきます」
 柔らかなうどん麺をすする。うん、うまい。出汁の香りがふわっと立って、溶けだしたごぼうと肉のうま味もじんわりと広がっていくようだ。
 ネギは多め。シャキシャキとさわやかで、出汁のうま味を邪魔しない。ネギ抜きというのも一つの好みだろうが、俺は断然、ネギありが好きだ。今日みたいに多めにするのもいい。ただ店によっては山盛りになるので注意が必要だ。
 ごぼうはサクサクで、風味がいい。肉も脂が溶けていい感じにやわらかい口当たりだ。麺と一緒にごぼう天と肉も食べれば、最高にうまい。ネギを含んだ出汁で追いかけると完璧だな。少ししんなりとしたごぼう天もまたいいものである。
 かしわのおにぎり、甘さがあって、鶏のうま味がにじみ出てくる。これだけでも十分うまいが、うどんを食べ終わった出汁に入れて食べれば、また違った楽しみ方ができる。ホロホロと崩し、鶏の脂もにじみ出てきたところで、出汁と一緒にかきこむ。これがうまいんだよなあ。
 ここでネギ多めが効いてくる。程よくしんなりと残ったねぎが風味を足し、一級の雑炊にも負けない、うまい飯が完成するのだ。
 こうして食うと、出汁もしっかり味わえる。
 ああ、満腹だ。

「ごちそうさまでした」
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