一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
523 / 843
日常

第四百九十四話 温かい弁当

しおりを挟む
「あっ、これ」
 朝、台所には、保温弁当箱が出ていた。筒状だから、一目見ただけですぐ分かる。
「出したんだ」
「最近寒いでしょ。そろそろいいかなと思って」
 母さんはやかんを手にしていた。グラグラと沸いた湯を弁当に注ぎ入れ、少ししてから捨てる。
「こうしないと、お弁当冷えちゃうのよ」
「結構手間かかるんだなあ」
「そうよ」
「ありがとうございます」
 言えば母さんは笑った。
「朝ごはんもうすぐできるから。座って待ってて」
「はぁい」

 弁当に関する論争も尽きないものだ。各々のこだわりといってもいいかもしれない。
「一条の弁当が保温仕様になってる」
 昼休みになってすぐ、そう言ってやってきたのは山崎だ。保温機能が付いた弁当はでかいので、鞄には入りきれない。それがまた良く目立つのだ。
「やっぱご飯は温かい方がいいよね。冷たい米って、なんか苦手~」
「そうか?」
「ありゃ、一条はそうでもない?」
 どうだろう。温かいご飯も好きだけど……
「冷たいのは冷たいのでうまいだろ」
「えー? そうかなあ。なんか物足りないっていうか、さみしくない?」
 さみしい、か……そういや思ったことないな。冷たい米でもうまいもんは十分うまいし、むしろ冷たい米だからこそ、噛みしめるほどににじみ出てくる甘さとか、あると思うんだけどなあ。
「ね、ね。雪ちゃんは? 冷たい米、どう思う?」
 中村は椅子に座ったまま振り返り、背もたれに腕をのせて頬杖をつきながら言った。
「俺も別に米にこだわりはないな」
「えー、そうなの?」
「俺は米より、鮭の位置が気になる」
「鮭の位置?」
 近くから椅子を持って来ていた山崎が首をひねる。中村は鞄からコンビニの袋を取り出しながら言った。
「米の上に焼鮭のってるときあるだろ。俺、あれちょっと抵抗ある」
 ああ、ご飯の上に何かしらのおかずがのってるってこと、あるよなあ。うーん、それも特に抵抗ないなあ。
「なんでなんで? なんで抵抗あんの?」
 山崎が興味津々というように聞く。
「魚の味がご飯に移るだろ。あれ、ちょっと無理」
「でも結局一緒に食べるわけじゃん。あんま変わんなくない?」
「いやぁ……どうにもなあ……」
 理屈は分かるがどうにも受け入れられないこと、ってあるよな。中村の気持ちも分からないでもない。
「お待たせ~」
「おー咲良。やっと来たか」
「前の授業が長引いてな。いやー、寒いね~」
 咲良は流れるようにパイプ椅子をもってきて座る。さて、俺も弁当を開こうか。
「あ、あったかい弁当」
 咲良が弁当箱の周りに触れる。
「冷たいじゃん」
「温かいのは中だ」
「なんか、周りも温かそうだけどなあ」
 俺が弁当を開いている間に、山崎が咲良にさっきまでの話をする。咲良は自分も弁当を開きながら相槌を打っていた。
「こだわりかあ。俺なんかあるかなあ」
 おっ、ちゃんと温かい。
「いただきます」
 白米がホカホカだ。冷たいのもいいが、体の芯から冷え切っている冬には、温かいご飯がありがたい。ゆるゆると溶けていくように、体が温まるのを感じる。
「うーん、まあ、ないことはないけど。あっ、ふりかけかなあ」
 咲良は小袋のふりかけを振りながら言った。卵か。甘くてうまいよな。
「ふりかけは、食べる直前にかけるほうがいいな。まあ、かかってたとしても食べるけどね」
「ああ、お前そういやいつも小袋で持って来てるもんな」
「大袋の時もあるよ」
 みそ汁の具は小さな豆腐と長ネギだ。味噌玉だな、この具は。この小さな豆腐がなんか好きなんだよなあ。ほのかに感じる大豆の甘味、ネギのシャキシャキに爽やかな香り。そして何より、温かい出汁の味。ああ、あったまる。
「一条は? そういうこだわりないの?」
 山崎に聞かれ、少し考えてみながらおかずに手を付ける。
 柚子胡椒で炒められたささみ肉。ピリッとした刺激とすっきりとした香りが、温かさで際立つ。ぱさぱさしているといわれがちだが、この淡白な感じがいいんだよなあ。
「飯にはこだわってそうだよな」
 と、中村も言う。
「うーん……こだわりかあ……」
 芯までしっかり火が通った卵焼きをほおばる。このかための食感が安心する。半生ってのは怖いからなあ。すぐ食べるなら、半熟も嫌いじゃないけど。甘みのある卵焼きは、マヨネーズとの相性もいい。
 ああ、思いついた。俺のこだわり。こだわりというか、気にすること。なんて表そうか……
「……清潔さと安全性?」
 シャキッとみずみずしく炒められた小松菜を食む。ベーコンと一緒に炒めてあるから、肉のうま味も染みててうまい。この青さがたまらないんだよなあ。
「えっ、なにそれ」
 山崎が聞き返してくるので、考えながら答える。
「卵焼きは芯まで火が通ってるか、とか、夏だと、ちゃんと冷えてるかな、とか。飯食って辛い思いはしたくないからなあ」
「あはは、春都らしいなあ」
 咲良が笑って言った。
 マヨネーズとケチャップが添えられたハンバーグは冷凍のやつだな。オーロラソースの程よい酸味とトマトのうま味が、肉の味によく合う。そしてこれは、ご飯と一緒に食うのがうまいのだ。朝飯でも時々食べる。そん時はマスタードを少しつけると、ハンバーガー屋の味になる。ピクルスが欲しくなるような味なんだなあ、これが。
「なるほど、そういうこだわりもあるのか」
 と、中村が頷く。
「こだわりというか、気にしてることだな」
「何でもうまそうに食ってるもんねえ、一条は」
 山崎もそう言って笑う。
 何でも……ってわけではないだろうが、まあ、飯は楽しく、おいしく食いたいよな。好みは当然あるが、いろんなものをおいしく食べたいものである。
 今日の晩飯も楽しみだなあ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...