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日常
第四百九十四話 温かい弁当
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「あっ、これ」
朝、台所には、保温弁当箱が出ていた。筒状だから、一目見ただけですぐ分かる。
「出したんだ」
「最近寒いでしょ。そろそろいいかなと思って」
母さんはやかんを手にしていた。グラグラと沸いた湯を弁当に注ぎ入れ、少ししてから捨てる。
「こうしないと、お弁当冷えちゃうのよ」
「結構手間かかるんだなあ」
「そうよ」
「ありがとうございます」
言えば母さんは笑った。
「朝ごはんもうすぐできるから。座って待ってて」
「はぁい」
弁当に関する論争も尽きないものだ。各々のこだわりといってもいいかもしれない。
「一条の弁当が保温仕様になってる」
昼休みになってすぐ、そう言ってやってきたのは山崎だ。保温機能が付いた弁当はでかいので、鞄には入りきれない。それがまた良く目立つのだ。
「やっぱご飯は温かい方がいいよね。冷たい米って、なんか苦手~」
「そうか?」
「ありゃ、一条はそうでもない?」
どうだろう。温かいご飯も好きだけど……
「冷たいのは冷たいのでうまいだろ」
「えー? そうかなあ。なんか物足りないっていうか、さみしくない?」
さみしい、か……そういや思ったことないな。冷たい米でもうまいもんは十分うまいし、むしろ冷たい米だからこそ、噛みしめるほどににじみ出てくる甘さとか、あると思うんだけどなあ。
「ね、ね。雪ちゃんは? 冷たい米、どう思う?」
中村は椅子に座ったまま振り返り、背もたれに腕をのせて頬杖をつきながら言った。
「俺も別に米にこだわりはないな」
「えー、そうなの?」
「俺は米より、鮭の位置が気になる」
「鮭の位置?」
近くから椅子を持って来ていた山崎が首をひねる。中村は鞄からコンビニの袋を取り出しながら言った。
「米の上に焼鮭のってるときあるだろ。俺、あれちょっと抵抗ある」
ああ、ご飯の上に何かしらのおかずがのってるってこと、あるよなあ。うーん、それも特に抵抗ないなあ。
「なんでなんで? なんで抵抗あんの?」
山崎が興味津々というように聞く。
「魚の味がご飯に移るだろ。あれ、ちょっと無理」
「でも結局一緒に食べるわけじゃん。あんま変わんなくない?」
「いやぁ……どうにもなあ……」
理屈は分かるがどうにも受け入れられないこと、ってあるよな。中村の気持ちも分からないでもない。
「お待たせ~」
「おー咲良。やっと来たか」
「前の授業が長引いてな。いやー、寒いね~」
咲良は流れるようにパイプ椅子をもってきて座る。さて、俺も弁当を開こうか。
「あ、あったかい弁当」
咲良が弁当箱の周りに触れる。
「冷たいじゃん」
「温かいのは中だ」
「なんか、周りも温かそうだけどなあ」
俺が弁当を開いている間に、山崎が咲良にさっきまでの話をする。咲良は自分も弁当を開きながら相槌を打っていた。
「こだわりかあ。俺なんかあるかなあ」
おっ、ちゃんと温かい。
「いただきます」
白米がホカホカだ。冷たいのもいいが、体の芯から冷え切っている冬には、温かいご飯がありがたい。ゆるゆると溶けていくように、体が温まるのを感じる。
「うーん、まあ、ないことはないけど。あっ、ふりかけかなあ」
咲良は小袋のふりかけを振りながら言った。卵か。甘くてうまいよな。
「ふりかけは、食べる直前にかけるほうがいいな。まあ、かかってたとしても食べるけどね」
「ああ、お前そういやいつも小袋で持って来てるもんな」
「大袋の時もあるよ」
みそ汁の具は小さな豆腐と長ネギだ。味噌玉だな、この具は。この小さな豆腐がなんか好きなんだよなあ。ほのかに感じる大豆の甘味、ネギのシャキシャキに爽やかな香り。そして何より、温かい出汁の味。ああ、あったまる。
「一条は? そういうこだわりないの?」
山崎に聞かれ、少し考えてみながらおかずに手を付ける。
柚子胡椒で炒められたささみ肉。ピリッとした刺激とすっきりとした香りが、温かさで際立つ。ぱさぱさしているといわれがちだが、この淡白な感じがいいんだよなあ。
「飯にはこだわってそうだよな」
と、中村も言う。
「うーん……こだわりかあ……」
芯までしっかり火が通った卵焼きをほおばる。このかための食感が安心する。半生ってのは怖いからなあ。すぐ食べるなら、半熟も嫌いじゃないけど。甘みのある卵焼きは、マヨネーズとの相性もいい。
ああ、思いついた。俺のこだわり。こだわりというか、気にすること。なんて表そうか……
「……清潔さと安全性?」
シャキッとみずみずしく炒められた小松菜を食む。ベーコンと一緒に炒めてあるから、肉のうま味も染みててうまい。この青さがたまらないんだよなあ。
「えっ、なにそれ」
山崎が聞き返してくるので、考えながら答える。
「卵焼きは芯まで火が通ってるか、とか、夏だと、ちゃんと冷えてるかな、とか。飯食って辛い思いはしたくないからなあ」
「あはは、春都らしいなあ」
咲良が笑って言った。
マヨネーズとケチャップが添えられたハンバーグは冷凍のやつだな。オーロラソースの程よい酸味とトマトのうま味が、肉の味によく合う。そしてこれは、ご飯と一緒に食うのがうまいのだ。朝飯でも時々食べる。そん時はマスタードを少しつけると、ハンバーガー屋の味になる。ピクルスが欲しくなるような味なんだなあ、これが。
「なるほど、そういうこだわりもあるのか」
と、中村が頷く。
「こだわりというか、気にしてることだな」
「何でもうまそうに食ってるもんねえ、一条は」
山崎もそう言って笑う。
何でも……ってわけではないだろうが、まあ、飯は楽しく、おいしく食いたいよな。好みは当然あるが、いろんなものをおいしく食べたいものである。
今日の晩飯も楽しみだなあ。
「ごちそうさまでした」
朝、台所には、保温弁当箱が出ていた。筒状だから、一目見ただけですぐ分かる。
「出したんだ」
「最近寒いでしょ。そろそろいいかなと思って」
母さんはやかんを手にしていた。グラグラと沸いた湯を弁当に注ぎ入れ、少ししてから捨てる。
「こうしないと、お弁当冷えちゃうのよ」
「結構手間かかるんだなあ」
「そうよ」
「ありがとうございます」
言えば母さんは笑った。
「朝ごはんもうすぐできるから。座って待ってて」
「はぁい」
弁当に関する論争も尽きないものだ。各々のこだわりといってもいいかもしれない。
「一条の弁当が保温仕様になってる」
昼休みになってすぐ、そう言ってやってきたのは山崎だ。保温機能が付いた弁当はでかいので、鞄には入りきれない。それがまた良く目立つのだ。
「やっぱご飯は温かい方がいいよね。冷たい米って、なんか苦手~」
「そうか?」
「ありゃ、一条はそうでもない?」
どうだろう。温かいご飯も好きだけど……
「冷たいのは冷たいのでうまいだろ」
「えー? そうかなあ。なんか物足りないっていうか、さみしくない?」
さみしい、か……そういや思ったことないな。冷たい米でもうまいもんは十分うまいし、むしろ冷たい米だからこそ、噛みしめるほどににじみ出てくる甘さとか、あると思うんだけどなあ。
「ね、ね。雪ちゃんは? 冷たい米、どう思う?」
中村は椅子に座ったまま振り返り、背もたれに腕をのせて頬杖をつきながら言った。
「俺も別に米にこだわりはないな」
「えー、そうなの?」
「俺は米より、鮭の位置が気になる」
「鮭の位置?」
近くから椅子を持って来ていた山崎が首をひねる。中村は鞄からコンビニの袋を取り出しながら言った。
「米の上に焼鮭のってるときあるだろ。俺、あれちょっと抵抗ある」
ああ、ご飯の上に何かしらのおかずがのってるってこと、あるよなあ。うーん、それも特に抵抗ないなあ。
「なんでなんで? なんで抵抗あんの?」
山崎が興味津々というように聞く。
「魚の味がご飯に移るだろ。あれ、ちょっと無理」
「でも結局一緒に食べるわけじゃん。あんま変わんなくない?」
「いやぁ……どうにもなあ……」
理屈は分かるがどうにも受け入れられないこと、ってあるよな。中村の気持ちも分からないでもない。
「お待たせ~」
「おー咲良。やっと来たか」
「前の授業が長引いてな。いやー、寒いね~」
咲良は流れるようにパイプ椅子をもってきて座る。さて、俺も弁当を開こうか。
「あ、あったかい弁当」
咲良が弁当箱の周りに触れる。
「冷たいじゃん」
「温かいのは中だ」
「なんか、周りも温かそうだけどなあ」
俺が弁当を開いている間に、山崎が咲良にさっきまでの話をする。咲良は自分も弁当を開きながら相槌を打っていた。
「こだわりかあ。俺なんかあるかなあ」
おっ、ちゃんと温かい。
「いただきます」
白米がホカホカだ。冷たいのもいいが、体の芯から冷え切っている冬には、温かいご飯がありがたい。ゆるゆると溶けていくように、体が温まるのを感じる。
「うーん、まあ、ないことはないけど。あっ、ふりかけかなあ」
咲良は小袋のふりかけを振りながら言った。卵か。甘くてうまいよな。
「ふりかけは、食べる直前にかけるほうがいいな。まあ、かかってたとしても食べるけどね」
「ああ、お前そういやいつも小袋で持って来てるもんな」
「大袋の時もあるよ」
みそ汁の具は小さな豆腐と長ネギだ。味噌玉だな、この具は。この小さな豆腐がなんか好きなんだよなあ。ほのかに感じる大豆の甘味、ネギのシャキシャキに爽やかな香り。そして何より、温かい出汁の味。ああ、あったまる。
「一条は? そういうこだわりないの?」
山崎に聞かれ、少し考えてみながらおかずに手を付ける。
柚子胡椒で炒められたささみ肉。ピリッとした刺激とすっきりとした香りが、温かさで際立つ。ぱさぱさしているといわれがちだが、この淡白な感じがいいんだよなあ。
「飯にはこだわってそうだよな」
と、中村も言う。
「うーん……こだわりかあ……」
芯までしっかり火が通った卵焼きをほおばる。このかための食感が安心する。半生ってのは怖いからなあ。すぐ食べるなら、半熟も嫌いじゃないけど。甘みのある卵焼きは、マヨネーズとの相性もいい。
ああ、思いついた。俺のこだわり。こだわりというか、気にすること。なんて表そうか……
「……清潔さと安全性?」
シャキッとみずみずしく炒められた小松菜を食む。ベーコンと一緒に炒めてあるから、肉のうま味も染みててうまい。この青さがたまらないんだよなあ。
「えっ、なにそれ」
山崎が聞き返してくるので、考えながら答える。
「卵焼きは芯まで火が通ってるか、とか、夏だと、ちゃんと冷えてるかな、とか。飯食って辛い思いはしたくないからなあ」
「あはは、春都らしいなあ」
咲良が笑って言った。
マヨネーズとケチャップが添えられたハンバーグは冷凍のやつだな。オーロラソースの程よい酸味とトマトのうま味が、肉の味によく合う。そしてこれは、ご飯と一緒に食うのがうまいのだ。朝飯でも時々食べる。そん時はマスタードを少しつけると、ハンバーガー屋の味になる。ピクルスが欲しくなるような味なんだなあ、これが。
「なるほど、そういうこだわりもあるのか」
と、中村が頷く。
「こだわりというか、気にしてることだな」
「何でもうまそうに食ってるもんねえ、一条は」
山崎もそう言って笑う。
何でも……ってわけではないだろうが、まあ、飯は楽しく、おいしく食いたいよな。好みは当然あるが、いろんなものをおいしく食べたいものである。
今日の晩飯も楽しみだなあ。
「ごちそうさまでした」
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