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日常
番外編 中村雪のつまみ食い①
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席替えで後ろの席になったやつは、大人しそうなやつだった。
話したことはあまりないし、知っていることといえば、名前と、料理が上手だということくらいなものだ。ああ、あと、いつもつるんでいるやつがいるってことか。つるんでいるというか、一方的に絡まれているというか、そんな感じだが。
「悪い奴ではないと思うんだけどなあ……」
「ん? 何の話?」
土曜課外の帰り、駅近くのハンバーガーショップで昼飯を食う。向かいの席には護がいて、ずずーっとジュースを飲んでいた。
「いや、後ろの席の……」
「あー一条? なに、一条がどうかしたの?」
「うーん……」
一条以外、周囲がほとんど女子でかためられている上に、わずかばかりの男子もよく知らん奴ばかりで居心地悪いんだよなあ。で、その中でも唯一、誰とも群れてないのが一条だったから、なんか印象に残ってる。
「雪ちゃん、人見知りだもんね。俺が遊びに行ってあげるから、心配いらないよ」
スマホ片手に、にこにこと笑いながら護は言う。
「でもさー、確かに一条ってなんかたまに目を引くよねー。目立つわけでもないのに。クラスのやつらとも全然つるんでないし。あ、でも、勇樹とか宮野は話してるね、最近」
「そういえばそうだな」
「仲良くなれそうなやつではあると思うんだよねー。だって、ちょっと雪ちゃんと似てるし?」
「えっ、どこが」
ポテトをつまみながら聞き返せば、護はスマホをしまい、テーブルに肘をついて、面白そうに笑って言った。
「なんかあ、他人を寄せ付けない感じ? ああいうの見ると、意地でも近寄りたくなるよねえ」
「やめてやれよ、そういうの……」
昔っからこいつはそんな感じだ。実際、悪い奴ではないし、見た目通り性格も人畜無害だが、どうもたまに、人との距離感がおかしいところがある。突っぱねれば突っぱねるほど、面白がってせっついてくるんだ。
護は背もたれに身を預けると、「そう?」と言った。
「仲良くなれそうなら、せっかくだし、仲良くなりたくない?」
「相手が嫌がったらだめだろう」
「そん時はそん時。嫌がったら、離れればいいだけじゃん?」
ドライなんだか馴れ馴れしいんだか、よく分からん奴だ。だが、それが山崎護という人間だ。
「それにさあ」
護は、少しからかうような、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「雪ちゃんも別に、嫌じゃなかったでしょ? 俺と仲良くなって」
……否定しがたい事実ではあるが、素直に肯定したくない態度である。
「ずうずうしい奴め」
そう言えば護は、「ひどい言い様だなあ」と言いながら笑っていた。
その一条とは、案外早いタイミングで話すことと相成った。
「調理実習かあ……」
家庭科の授業後、一条がふとそうつぶやくのが聞こえて振り返る。
「いやなのか?」
「ん? あー、そういうわけじゃないんだけどさあ……」
一条は苦笑した。それは、めんどくさそうな表情にも見えた。
「こないだみたいになるのめんどくせえなぁって、それだけ」
ああ、こないだ、結構な騒ぎになったからなあ。よそのクラスにまで噂が広がるくらいだ。今は収束しているとはいえ、一度広がった噂というのは、そう簡単には忘れられない。
「自意識過剰なんかなー」
「いや、それはないと思うぞ。いやだよな、騒がれるの」
言えば一条は遠慮がちに笑った。
「うん、ヤダ」
「だよなあ、嫌だよなあ、ほんとに」
俺も覚えがある。俺の場合は、裁縫だな。
正直、幼いころから姉さんがコスプレやらなにやらしていたから、俺としては、裁縫というのは身近なもので、特別なことではなかった。俺も物心ついた時から色々縫ったり編んだりして、今では姉さんに手伝わされることもあるくらいだ。
でも、家庭科の裁縫の授業の時、何でもないようにミシンを使い、刺繍をし……としていたら、妙に注目されたことがある。その時も結構噂になって、大変だった。
「別に、パフォーマンスしてるわけじゃないんだけどなあ」
一条の、そのため息交じりの言葉には、非常に同意する。
「おーい、春都ー。飯、食いに行こうぜー」
と、その時、一条といつもつるんでいる井上とかいうやつがやってきた。一条は「おう」といって立ち上がり、弁当を手に取った。
「じゃ」
「うん」
一条は廊下に出て、井上と合流する。井上に何かを問われたのか、一条はさっきと同じような表情で何かを答え、井上はそれに笑って返す。すると一条は、幼く見える笑みを浮かべ、そして次いで発せられた井上の言葉に、あきれたような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべた。
「一条って、あんな顔で笑うんだね」
ちょうどやってきた護が言って、一条の席に座り、食堂から買ってきたらしいパンとパックの牛乳を机に置いた。
「な、それは俺も思った」
「ねー」
さて、俺も昼飯食うか。
「いただきます」
コンビニで買ったおにぎり。でかいやつはのりがしっとりしているから学校でも食べやすい。
中に入っているのは、おかか、こんぶ、梅。全部主張が強い具材な割には、結構合うんだよなあ。のりの風味も相まって、うまい。俺の定番の昼飯だ。
「仲良くなれそうじゃない? 一条」
護がパンを食いながら言う。こいつはどっちかというと、パン派だよなあ。
「思ったより、話せる奴だったな」
「国語の成績いいみたいだから、教えてもらおっかな~」
「お前すぐ寝るだろ」
おにぎり一個だけじゃ足りないから、総菜パンも持ってきた。マヨネーズとベーコンと玉ねぎがのったパン。母さんに頼むといつもこれを買ってきてくれる。たまに具材が、ベーコンじゃなくてツナの時もある。
ベーコン、塩気があって好きなんだよなあ。玉ねぎの風味はほぼなくて、マヨネーズがちょっとすっぱい。
「調理実習、一条の手際が楽しみだよね」
ワクワクしたように護が言う。
「まあ、そうだな」
騒ぎにならない程度にな。
「ごちそうさまでした」
話したことはあまりないし、知っていることといえば、名前と、料理が上手だということくらいなものだ。ああ、あと、いつもつるんでいるやつがいるってことか。つるんでいるというか、一方的に絡まれているというか、そんな感じだが。
「悪い奴ではないと思うんだけどなあ……」
「ん? 何の話?」
土曜課外の帰り、駅近くのハンバーガーショップで昼飯を食う。向かいの席には護がいて、ずずーっとジュースを飲んでいた。
「いや、後ろの席の……」
「あー一条? なに、一条がどうかしたの?」
「うーん……」
一条以外、周囲がほとんど女子でかためられている上に、わずかばかりの男子もよく知らん奴ばかりで居心地悪いんだよなあ。で、その中でも唯一、誰とも群れてないのが一条だったから、なんか印象に残ってる。
「雪ちゃん、人見知りだもんね。俺が遊びに行ってあげるから、心配いらないよ」
スマホ片手に、にこにこと笑いながら護は言う。
「でもさー、確かに一条ってなんかたまに目を引くよねー。目立つわけでもないのに。クラスのやつらとも全然つるんでないし。あ、でも、勇樹とか宮野は話してるね、最近」
「そういえばそうだな」
「仲良くなれそうなやつではあると思うんだよねー。だって、ちょっと雪ちゃんと似てるし?」
「えっ、どこが」
ポテトをつまみながら聞き返せば、護はスマホをしまい、テーブルに肘をついて、面白そうに笑って言った。
「なんかあ、他人を寄せ付けない感じ? ああいうの見ると、意地でも近寄りたくなるよねえ」
「やめてやれよ、そういうの……」
昔っからこいつはそんな感じだ。実際、悪い奴ではないし、見た目通り性格も人畜無害だが、どうもたまに、人との距離感がおかしいところがある。突っぱねれば突っぱねるほど、面白がってせっついてくるんだ。
護は背もたれに身を預けると、「そう?」と言った。
「仲良くなれそうなら、せっかくだし、仲良くなりたくない?」
「相手が嫌がったらだめだろう」
「そん時はそん時。嫌がったら、離れればいいだけじゃん?」
ドライなんだか馴れ馴れしいんだか、よく分からん奴だ。だが、それが山崎護という人間だ。
「それにさあ」
護は、少しからかうような、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「雪ちゃんも別に、嫌じゃなかったでしょ? 俺と仲良くなって」
……否定しがたい事実ではあるが、素直に肯定したくない態度である。
「ずうずうしい奴め」
そう言えば護は、「ひどい言い様だなあ」と言いながら笑っていた。
その一条とは、案外早いタイミングで話すことと相成った。
「調理実習かあ……」
家庭科の授業後、一条がふとそうつぶやくのが聞こえて振り返る。
「いやなのか?」
「ん? あー、そういうわけじゃないんだけどさあ……」
一条は苦笑した。それは、めんどくさそうな表情にも見えた。
「こないだみたいになるのめんどくせえなぁって、それだけ」
ああ、こないだ、結構な騒ぎになったからなあ。よそのクラスにまで噂が広がるくらいだ。今は収束しているとはいえ、一度広がった噂というのは、そう簡単には忘れられない。
「自意識過剰なんかなー」
「いや、それはないと思うぞ。いやだよな、騒がれるの」
言えば一条は遠慮がちに笑った。
「うん、ヤダ」
「だよなあ、嫌だよなあ、ほんとに」
俺も覚えがある。俺の場合は、裁縫だな。
正直、幼いころから姉さんがコスプレやらなにやらしていたから、俺としては、裁縫というのは身近なもので、特別なことではなかった。俺も物心ついた時から色々縫ったり編んだりして、今では姉さんに手伝わされることもあるくらいだ。
でも、家庭科の裁縫の授業の時、何でもないようにミシンを使い、刺繍をし……としていたら、妙に注目されたことがある。その時も結構噂になって、大変だった。
「別に、パフォーマンスしてるわけじゃないんだけどなあ」
一条の、そのため息交じりの言葉には、非常に同意する。
「おーい、春都ー。飯、食いに行こうぜー」
と、その時、一条といつもつるんでいる井上とかいうやつがやってきた。一条は「おう」といって立ち上がり、弁当を手に取った。
「じゃ」
「うん」
一条は廊下に出て、井上と合流する。井上に何かを問われたのか、一条はさっきと同じような表情で何かを答え、井上はそれに笑って返す。すると一条は、幼く見える笑みを浮かべ、そして次いで発せられた井上の言葉に、あきれたような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべた。
「一条って、あんな顔で笑うんだね」
ちょうどやってきた護が言って、一条の席に座り、食堂から買ってきたらしいパンとパックの牛乳を机に置いた。
「な、それは俺も思った」
「ねー」
さて、俺も昼飯食うか。
「いただきます」
コンビニで買ったおにぎり。でかいやつはのりがしっとりしているから学校でも食べやすい。
中に入っているのは、おかか、こんぶ、梅。全部主張が強い具材な割には、結構合うんだよなあ。のりの風味も相まって、うまい。俺の定番の昼飯だ。
「仲良くなれそうじゃない? 一条」
護がパンを食いながら言う。こいつはどっちかというと、パン派だよなあ。
「思ったより、話せる奴だったな」
「国語の成績いいみたいだから、教えてもらおっかな~」
「お前すぐ寝るだろ」
おにぎり一個だけじゃ足りないから、総菜パンも持ってきた。マヨネーズとベーコンと玉ねぎがのったパン。母さんに頼むといつもこれを買ってきてくれる。たまに具材が、ベーコンじゃなくてツナの時もある。
ベーコン、塩気があって好きなんだよなあ。玉ねぎの風味はほぼなくて、マヨネーズがちょっとすっぱい。
「調理実習、一条の手際が楽しみだよね」
ワクワクしたように護が言う。
「まあ、そうだな」
騒ぎにならない程度にな。
「ごちそうさまでした」
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