一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百九十話 ハンバーガー

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 今日は久々に、家族そろっての遠出である。
 なんでも、じいちゃんとばあちゃんが、店の常連さんから博物館の無料入場券をもらったらしい。期間限定の企画展示で、もうすぐ終わるからと今日、行くことになった。
 父さんの運転する車で、助手席には母さん、後部座席にじいちゃんとばあちゃん、そんでその後ろの席に俺が座る。皆を見渡せる座席に座り、くつろぎながら外をぼんやりと眺められるのはいいもんだ。なんか、これだけで満足できる。
 博物館までは片道三十分ちょっと。車の多い通りを抜け少し行くと、一気にひっそりとした並木道に出る。ところどころにベンチもあってい感じだ。
「はい、到着」
 朝早くに来たので、車は少ない。いいねえ。
 博物館の入り口まで伸びる遊歩道を行く。いろいろな木々が植わっていて、紅葉がきれいだ。
「よそのもみじはきれいと思えるものねえ」
 ばあちゃんが笑いながら言った。
「うちのもみじを見ると、ああ、掃除しなきゃ、って思っちゃうから」
「そうそう。分かる」
 と、母さんが同意する。
 店の庭にも、もみじが植わっているがやはり片づけを考えると、純粋にきれいだとは思えないのだろう。
 それにしても、ここ、トイレもあるし自販機もあるし、テーブルやいすもあるから、ずいぶん居心地がよさそうだ。日当たりもいいし。近くに住んでいるならしょっちゅう来てしまいそうだなあ。一日中ここでぼーっと過ごしていたい。
 遊歩道は結構長くて、途中で疲れてしまうほどだ。先導するじいちゃんとばあちゃんに、父さんと母さんがついていき、俺は一番後ろをぜーぜー言いながらよたよたとついていく。
 開いたばかりの博物館は人が少なくて、空気もきれいなように思う。博物館は好きだけど、なかなか行かないからうれしいなあ。天井高ぇー。
「さて、展示はどこだ?」
 じいちゃんがパンフレットを遠くにやりながら眺める。
「字が小さい」
「えーっと……二階だって」
 案内看板を見つけたので、それに従ってエスカレーターに乗る。ああ、高い、明るい。
「なんか空港みたいだな」
 父さんが周りを見渡しながら言う。
「あ、そうなんだ」
「春都は空港、行ったことなかったかなあ」
「あら、行ったことあるじゃない。飛行機、見に行ったでしょ」
 前に立つ母さんが振り返って言う。のんびりと上へ登っていくエレベーターはまだ二階に到着しない。
「えっ、いつ」
「小さいころ。まあ、覚えてるかどうか分からないくらいのころね」
 それじゃあ、記憶になくても仕方がないのでは。
 やっと二階にたどり着き、展示室前の受付でチケットを渡して入場する。
「おぉ……」
 薄暗く、静かで、ほんのり冷たいような温かいような、不思議な空気の展示室。あー、博物館来たなあー、って感じる瞬間だ。まずは映像が迎え入れる。壁に大きく映し出された映像は、博物館ならではだよなあ。
 年表やらを見ていくと、とうとう展示物が現れる。ずっと昔に人の手で生み出されたものって思うと、不思議な気がする。自分の知らない場所があり、時間が流れ、確かに人が存在したのだと思わせる展示物の数々。すごいなあ。
「すごいねえ、これ」
 母さんがささやくように言う。
「ちゃんと倒れないように展示してある」
「えっ、あっ、そっちですか」
「すごいでしょ。倒れないようにしながら、見るときには邪魔にならない。大切なものだもんね」
 そう言われてみれば、確かにそうか。見てもらいながら、展示物を守る。それは俺が思うよりもすごいことなのかもしれない。なるほどなあ。そういう見方もあるのかあ。盲点というかなんというか。自分一人で来たのであれば、気づかない視点だ。
 それからもいろいろな展示物を見た。なんだか高尚な感じの人も見に来ていて、その人たちの傍らを通るときは忍び足になってしまった。
 企画展示を見た後は常設展示へ。これも無料入場券がついていたのでラッキーだった。
 こっちはなんとなく分かるぞ。小学生の頃にも何度か行ったからな。詳しいわけではないけど、土器がなんか好き。教科書レベルの知識だし、焼き物とかは小説に出てきた知識くらいしかないけど、それでも「あっ、これ知ってる」ってなるのが楽しい。知るって、これだから楽しいんだよなあ。
 ひとしきり見て回り、人が多くなってきたところで退散する。
 やっぱり博物館は、朝早くの人の少ない時間に限るねえ。

 朝が早かったので腹が減るのも早い。帰りがけにどこかに寄ろうと話していたのだが、どこもかしこも人が多くて断念した。でも、ちょっと高めのハンバーガー屋さんのドライブスルーが空いていたので、買うことができた。久々なのでかなり嬉しい。
 車の中に充満するおいしそうな匂いと、うっすらとした紙袋の匂いにお腹が鳴る。
「はい、お疲れさまでした」
 じいちゃんもばあちゃんもうちに来て、昼食をとる。留守番してくれていたうめずにはおやつを。
「いただきます」
 ふかふかのバンズにたっぷりの野菜と大きなパテが挟まっている。特製ソースは零れ落ちるほどだ。ピクルスはないが、このハンバーガーは、それでいい。
 甘みがありそうな見た目だが、実はさっぱりとしているバンズ。これが好きだ。野菜のみずみずしさや肉の濃いうま味によく合う。マヨネーズとはまた違うまろやかさのソースを邪魔しない、いいパンだ。具材とよくなじんで、まあうまいことよ。
 オレンジジュースは果汁百パーセントで爽やかだ。酸味が強いのがいい。
「たまに食べるとおいしいねえ」
 ばあちゃんがそう言いながら食べているのはライスバーガーだ。じいちゃんも同じのを食べている。
「ほんと、おいしいね」
 母さんはえびカツバーガー、父さんはチリソースのハンバーガーだ。さっき一口貰ったけど、そこそこ辛かった。
 ポテトはカリカリというよりサクサクのほくほくだ。塩は控えめながらほんのり甘く、いもの甘さも際立てる。食べ応えがあるんだよなあ、ここのポテト。
 チキンナゲットは衣が薄く、肉の味がよく分かる。ソース無しでも食えるくらいだ。でも、酸味のあるマスタードや甘辛いバーベキューソースも好きだ。ポテトにも合うから、大事につける。
 そんでオニオンリング。中身だけを先に食べて外側を食べたくなるし、でも一緒に食べたいし……悩ましいものだ。楽しいけどな。
 サクサクの衣は程よい塩味。玉ねぎの辛さはなく、シャキシャキしていながらも甘い。やっぱ一緒に食う方がうまいかなあ。でも、衣だけもうまいんだよなあ。
 ハンバーガーの最後の方は、ソースを食べているような感じになる。刻まれた玉ねぎがみずみずしく、爽やかでうまい。余すことなく食べたいもんだ。
 ああ、うまかった。いい休日だなあ。

「ごちそうさまでした」
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