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日常
第四百八十八話 豚肉とネギのうどん
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昼食後の授業は、教科を問わずに眠いものである。特に俺は、英語の授業が眠くてしょうがない。一度だけ一瞬寝落ちたことがあるが、先生が見逃してくれて命拾いしたものだ。
しかし、寝ようにも寝られない教科もある。体育だ。
「はぁ~あ……」
すでに着替えの段階から憂鬱で仕方がない。しかも今日みたいに薄暗い空で、寒い風が吹き荒れる中、外でサッカーをしなければならないとなると、より一層しんどいものがある。
「なげぇため息だな」
中村がそう言って笑う。
「あ?」
「そんなに嫌か、体育」
「嫌だ」
「食い気味に答えるなあ」
もぞもぞとジャージを着、制服をたたむ。きれいにたたむのは苦手なので、せめてしわが寄らないようにはしておく。
「いつも隅の方で気配隠してるもんな、一条」
ジャージの袖をまくりながら中村は言う。気づかれてたか。
「極力、迷惑をかけないようにしてる」
「あ、そういう感じ」
「俺は、ボールとは仲良くできないみたいだ」
そもそも、人間同士でも交流すんのは難しいというのに、無機物相手にどうしろってんだ。まあ、でも、意のままにボールを操れるのは、ちょっとうらやましいかなあ。
廊下に出ると、よそのクラスも午後からの授業の準備をしているのが分かった。いいなあ、国語。数学や英語でもいい。体育でも、試合に出ずに雑用ばかりしていたい。
「早く終わんねーかなあ、体育」
「まだ始まってもないぞ」
呆れたような笑みを浮かべて中村が言ったのだった。
「よーし、それじゃあ……今日からは本格的に、クラスマッチに向けての準備に入ろうと思う」
吹きさらしの中、体育教師がバインダーを持って言う。
そもそもサッカーは三学期に行われるクラスマッチの競技である。夏ごろにもクラスマッチやったのに、どうして二回もやるんだろう。冬のクラスマッチが、入試の丸付けの間、生徒たちに何かやらせておくという趣旨なのは分かるのだが、それなら夏のクラスマッチをなくしていただきたいものだ。
そんなこちらの心中など知る由もなく、先生は話を続ける。
「一クラスで一チームになるからな。今からスタメンを十一人決めてもらう。決まったら、先生に報告するように」
「はい」
「それじゃあ、いったん解散」
わらわらと、クラスごとに離れた場所に集合する。なるほど。スタメンを決めるということは、ベンチメンバーも決まるということだ。つまり、試合に積極的に参加しなくても堂々としていられるというわけだ。
メンバーを決める輪の中心から極力離れつつも、ちゃんと参加してますよという態度を装い、紛れる。すると、隣に宮野がやってきた。
「なんだ宮野。お前は運動神経いいだろ」
「バレー以外は無理。絶対やりたくない」
宮野はきっぱりと言った。その目には「スタメンなんぞなってたまるか」という強い意志が見て取れる。なんなら、話しかけんなオーラ全開だ。
結局こちらに注意を向けられることもなく、主要メンバーは決まってしまった。これで一安心だ。キャプテンらしいやつが先生に報告しに行っている間、サッカーボールやコートの準備をする。
「なんかうちの学校って、スポーツ系の行事多くない?」
埃っぽい体育倉庫から宮野と一緒に、ゼッケンが入ったかごを持ちだしながら話をする。
「多い多い。びっくりするよね。しかも中途半端に力入ってるから、練習大変」
「ホントになあ」
盛り上がるスタメン組を遠目に、こまごまとした準備を進める。ゼッケンの色、面白いくらいに揃ってねえなあ。それを並べていくのはまあ、楽しい。つい、推しの並び順にしてしまう。
「あ、一条。その順番」
「分かるか?」
「分かる分かる。あれでしょ、あのアニメ」
はたから見ればただ単にゼッケンを片付けているようにしか見えないだろうが、これはちょっとした遊び感覚だよな。
いやあ、ベンチ組に確定したことだし、これからの体育は少しくらい楽しめそうかなあ。
今日は父さんも母さんも帰りが遅くなるらしいので、俺が飯を作る。
寒いから鍋でもいいかと思ったが、明日も早いらしいのでさっと食べられるうどんにした。
具材は豚肉と長ネギ。長ネギは鍋に入れるのと同じくらいの大きさに切って、豚肉は薄切りなのでそのまま。出汁は水と白だし。火にかけてネギを入れ、豚肉も入れ、火が通ったら完成だ。あとはうどんを茹でるだけにしておく。
「ただいまー」
おっ、帰ってきた。
「おかえり。ご飯できてるよ」
「なになに」
母さんがうきうきした様子で聞いてきて、父さんもそわそわとしている。
「豚肉とネギのうどん。あとうどん茹でるだけにしてるから」
「わー、やった。寒かったからうれしい」
「おいしそうだ」
二人が風呂とか入っている間に仕上げてしまおう。よし、出来立て。いいね。
「いただきます」
まずは出汁を一口。ああ、しみじみするなあ。じんわりと口いっぱいに広がるうま味と温かさ、のどを通っていく熱、胃に落ちる温度が心地よい。もう一口、もう一口と止まらなくなってしまいそうだ。
そろそろ麺も食べよう。生麺なので、ふわふわしている。噛むとトロッとしているような気もしてくる。
豚肉は薄いが、うま味は十分だ。出汁にたゆたう豚肉が大好きなんだよなあ。やわらかくて、でもちょっと噛み応えもあって、脂身は甘く、うどんと一緒に食べるとたまらない。
ネギはとろとろしている。風味は程よく、爽やかである。
ああ、温まるなあ。冬に温まる料理というのは何も鍋だけに限らない。何なら、こたつでアイスってのも、気分が温まるもんだ。
このうどん、好きなんだよなあ。どんなに体調が悪くても食べられる代物だ。
また作ろう。今度は雑炊みたいにしてみてもいいし、スープだけでもいいかもなあ。
「ごちそうさまでした」
しかし、寝ようにも寝られない教科もある。体育だ。
「はぁ~あ……」
すでに着替えの段階から憂鬱で仕方がない。しかも今日みたいに薄暗い空で、寒い風が吹き荒れる中、外でサッカーをしなければならないとなると、より一層しんどいものがある。
「なげぇため息だな」
中村がそう言って笑う。
「あ?」
「そんなに嫌か、体育」
「嫌だ」
「食い気味に答えるなあ」
もぞもぞとジャージを着、制服をたたむ。きれいにたたむのは苦手なので、せめてしわが寄らないようにはしておく。
「いつも隅の方で気配隠してるもんな、一条」
ジャージの袖をまくりながら中村は言う。気づかれてたか。
「極力、迷惑をかけないようにしてる」
「あ、そういう感じ」
「俺は、ボールとは仲良くできないみたいだ」
そもそも、人間同士でも交流すんのは難しいというのに、無機物相手にどうしろってんだ。まあ、でも、意のままにボールを操れるのは、ちょっとうらやましいかなあ。
廊下に出ると、よそのクラスも午後からの授業の準備をしているのが分かった。いいなあ、国語。数学や英語でもいい。体育でも、試合に出ずに雑用ばかりしていたい。
「早く終わんねーかなあ、体育」
「まだ始まってもないぞ」
呆れたような笑みを浮かべて中村が言ったのだった。
「よーし、それじゃあ……今日からは本格的に、クラスマッチに向けての準備に入ろうと思う」
吹きさらしの中、体育教師がバインダーを持って言う。
そもそもサッカーは三学期に行われるクラスマッチの競技である。夏ごろにもクラスマッチやったのに、どうして二回もやるんだろう。冬のクラスマッチが、入試の丸付けの間、生徒たちに何かやらせておくという趣旨なのは分かるのだが、それなら夏のクラスマッチをなくしていただきたいものだ。
そんなこちらの心中など知る由もなく、先生は話を続ける。
「一クラスで一チームになるからな。今からスタメンを十一人決めてもらう。決まったら、先生に報告するように」
「はい」
「それじゃあ、いったん解散」
わらわらと、クラスごとに離れた場所に集合する。なるほど。スタメンを決めるということは、ベンチメンバーも決まるということだ。つまり、試合に積極的に参加しなくても堂々としていられるというわけだ。
メンバーを決める輪の中心から極力離れつつも、ちゃんと参加してますよという態度を装い、紛れる。すると、隣に宮野がやってきた。
「なんだ宮野。お前は運動神経いいだろ」
「バレー以外は無理。絶対やりたくない」
宮野はきっぱりと言った。その目には「スタメンなんぞなってたまるか」という強い意志が見て取れる。なんなら、話しかけんなオーラ全開だ。
結局こちらに注意を向けられることもなく、主要メンバーは決まってしまった。これで一安心だ。キャプテンらしいやつが先生に報告しに行っている間、サッカーボールやコートの準備をする。
「なんかうちの学校って、スポーツ系の行事多くない?」
埃っぽい体育倉庫から宮野と一緒に、ゼッケンが入ったかごを持ちだしながら話をする。
「多い多い。びっくりするよね。しかも中途半端に力入ってるから、練習大変」
「ホントになあ」
盛り上がるスタメン組を遠目に、こまごまとした準備を進める。ゼッケンの色、面白いくらいに揃ってねえなあ。それを並べていくのはまあ、楽しい。つい、推しの並び順にしてしまう。
「あ、一条。その順番」
「分かるか?」
「分かる分かる。あれでしょ、あのアニメ」
はたから見ればただ単にゼッケンを片付けているようにしか見えないだろうが、これはちょっとした遊び感覚だよな。
いやあ、ベンチ組に確定したことだし、これからの体育は少しくらい楽しめそうかなあ。
今日は父さんも母さんも帰りが遅くなるらしいので、俺が飯を作る。
寒いから鍋でもいいかと思ったが、明日も早いらしいのでさっと食べられるうどんにした。
具材は豚肉と長ネギ。長ネギは鍋に入れるのと同じくらいの大きさに切って、豚肉は薄切りなのでそのまま。出汁は水と白だし。火にかけてネギを入れ、豚肉も入れ、火が通ったら完成だ。あとはうどんを茹でるだけにしておく。
「ただいまー」
おっ、帰ってきた。
「おかえり。ご飯できてるよ」
「なになに」
母さんがうきうきした様子で聞いてきて、父さんもそわそわとしている。
「豚肉とネギのうどん。あとうどん茹でるだけにしてるから」
「わー、やった。寒かったからうれしい」
「おいしそうだ」
二人が風呂とか入っている間に仕上げてしまおう。よし、出来立て。いいね。
「いただきます」
まずは出汁を一口。ああ、しみじみするなあ。じんわりと口いっぱいに広がるうま味と温かさ、のどを通っていく熱、胃に落ちる温度が心地よい。もう一口、もう一口と止まらなくなってしまいそうだ。
そろそろ麺も食べよう。生麺なので、ふわふわしている。噛むとトロッとしているような気もしてくる。
豚肉は薄いが、うま味は十分だ。出汁にたゆたう豚肉が大好きなんだよなあ。やわらかくて、でもちょっと噛み応えもあって、脂身は甘く、うどんと一緒に食べるとたまらない。
ネギはとろとろしている。風味は程よく、爽やかである。
ああ、温まるなあ。冬に温まる料理というのは何も鍋だけに限らない。何なら、こたつでアイスってのも、気分が温まるもんだ。
このうどん、好きなんだよなあ。どんなに体調が悪くても食べられる代物だ。
また作ろう。今度は雑炊みたいにしてみてもいいし、スープだけでもいいかもなあ。
「ごちそうさまでした」
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