一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
516 / 854
日常

第四百八十八話 豚肉とネギのうどん

しおりを挟む
 昼食後の授業は、教科を問わずに眠いものである。特に俺は、英語の授業が眠くてしょうがない。一度だけ一瞬寝落ちたことがあるが、先生が見逃してくれて命拾いしたものだ。
 しかし、寝ようにも寝られない教科もある。体育だ。
「はぁ~あ……」
 すでに着替えの段階から憂鬱で仕方がない。しかも今日みたいに薄暗い空で、寒い風が吹き荒れる中、外でサッカーをしなければならないとなると、より一層しんどいものがある。
「なげぇため息だな」
 中村がそう言って笑う。
「あ?」
「そんなに嫌か、体育」
「嫌だ」
「食い気味に答えるなあ」
 もぞもぞとジャージを着、制服をたたむ。きれいにたたむのは苦手なので、せめてしわが寄らないようにはしておく。
「いつも隅の方で気配隠してるもんな、一条」
 ジャージの袖をまくりながら中村は言う。気づかれてたか。
「極力、迷惑をかけないようにしてる」
「あ、そういう感じ」
「俺は、ボールとは仲良くできないみたいだ」
 そもそも、人間同士でも交流すんのは難しいというのに、無機物相手にどうしろってんだ。まあ、でも、意のままにボールを操れるのは、ちょっとうらやましいかなあ。
 廊下に出ると、よそのクラスも午後からの授業の準備をしているのが分かった。いいなあ、国語。数学や英語でもいい。体育でも、試合に出ずに雑用ばかりしていたい。
「早く終わんねーかなあ、体育」
「まだ始まってもないぞ」
 呆れたような笑みを浮かべて中村が言ったのだった。

「よーし、それじゃあ……今日からは本格的に、クラスマッチに向けての準備に入ろうと思う」
 吹きさらしの中、体育教師がバインダーを持って言う。
 そもそもサッカーは三学期に行われるクラスマッチの競技である。夏ごろにもクラスマッチやったのに、どうして二回もやるんだろう。冬のクラスマッチが、入試の丸付けの間、生徒たちに何かやらせておくという趣旨なのは分かるのだが、それなら夏のクラスマッチをなくしていただきたいものだ。
 そんなこちらの心中など知る由もなく、先生は話を続ける。
「一クラスで一チームになるからな。今からスタメンを十一人決めてもらう。決まったら、先生に報告するように」
「はい」
「それじゃあ、いったん解散」
 わらわらと、クラスごとに離れた場所に集合する。なるほど。スタメンを決めるということは、ベンチメンバーも決まるということだ。つまり、試合に積極的に参加しなくても堂々としていられるというわけだ。
 メンバーを決める輪の中心から極力離れつつも、ちゃんと参加してますよという態度を装い、紛れる。すると、隣に宮野がやってきた。
「なんだ宮野。お前は運動神経いいだろ」
「バレー以外は無理。絶対やりたくない」
 宮野はきっぱりと言った。その目には「スタメンなんぞなってたまるか」という強い意志が見て取れる。なんなら、話しかけんなオーラ全開だ。
 結局こちらに注意を向けられることもなく、主要メンバーは決まってしまった。これで一安心だ。キャプテンらしいやつが先生に報告しに行っている間、サッカーボールやコートの準備をする。
「なんかうちの学校って、スポーツ系の行事多くない?」
 埃っぽい体育倉庫から宮野と一緒に、ゼッケンが入ったかごを持ちだしながら話をする。
「多い多い。びっくりするよね。しかも中途半端に力入ってるから、練習大変」
「ホントになあ」
 盛り上がるスタメン組を遠目に、こまごまとした準備を進める。ゼッケンの色、面白いくらいに揃ってねえなあ。それを並べていくのはまあ、楽しい。つい、推しの並び順にしてしまう。
「あ、一条。その順番」
「分かるか?」
「分かる分かる。あれでしょ、あのアニメ」
 はたから見ればただ単にゼッケンを片付けているようにしか見えないだろうが、これはちょっとした遊び感覚だよな。
 いやあ、ベンチ組に確定したことだし、これからの体育は少しくらい楽しめそうかなあ。

 今日は父さんも母さんも帰りが遅くなるらしいので、俺が飯を作る。
 寒いから鍋でもいいかと思ったが、明日も早いらしいのでさっと食べられるうどんにした。
 具材は豚肉と長ネギ。長ネギは鍋に入れるのと同じくらいの大きさに切って、豚肉は薄切りなのでそのまま。出汁は水と白だし。火にかけてネギを入れ、豚肉も入れ、火が通ったら完成だ。あとはうどんを茹でるだけにしておく。
「ただいまー」
 おっ、帰ってきた。
「おかえり。ご飯できてるよ」
「なになに」
 母さんがうきうきした様子で聞いてきて、父さんもそわそわとしている。
「豚肉とネギのうどん。あとうどん茹でるだけにしてるから」
「わー、やった。寒かったからうれしい」
「おいしそうだ」
 二人が風呂とか入っている間に仕上げてしまおう。よし、出来立て。いいね。
「いただきます」
 まずは出汁を一口。ああ、しみじみするなあ。じんわりと口いっぱいに広がるうま味と温かさ、のどを通っていく熱、胃に落ちる温度が心地よい。もう一口、もう一口と止まらなくなってしまいそうだ。
 そろそろ麺も食べよう。生麺なので、ふわふわしている。噛むとトロッとしているような気もしてくる。
 豚肉は薄いが、うま味は十分だ。出汁にたゆたう豚肉が大好きなんだよなあ。やわらかくて、でもちょっと噛み応えもあって、脂身は甘く、うどんと一緒に食べるとたまらない。
 ネギはとろとろしている。風味は程よく、爽やかである。
 ああ、温まるなあ。冬に温まる料理というのは何も鍋だけに限らない。何なら、こたつでアイスってのも、気分が温まるもんだ。
 このうどん、好きなんだよなあ。どんなに体調が悪くても食べられる代物だ。
 また作ろう。今度は雑炊みたいにしてみてもいいし、スープだけでもいいかもなあ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...